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とりあえずペトローザのところに顔を出すことになった俺は、身支度を整えようとして気付いた。
「まだあいつら、寝てるんだろうな…」
あいつらとは、当然弟子2人のことだ。今部屋に戻ったら色々と面倒なことになる予感しかしない。この予感は的中率が高いと思う。むしろ鉄板だと言い切れるほどだ。なので、俺は部屋には戻らない。
『何処に行くの? 着替えないの?』
「ああ、作業場にも着替えがあるから、そっちで着替えるよ。ついでに腹拵えもしておきたいからな」
俺の後ろをトコトコと付いてくるノワールを通りすがりの人たちが生温かい目で見てくるんだが…きっと親子だと思われてるんだろうな…見た目は10歳くらいなのに本当は黒竜だなんて判ったら、みんなどうするんだろう…
倉庫に入り、奥の作業場の扉を開けて中に入る。ノワールはICタグで面白そうに鍵を開けて遊んでるので、放置して着替えることにした。着替えのケースから下着とTシャツを取り出して、作業着も綺麗なものにしておく。ちなみに、汚れた服は纏めておくとその日の当番が清浄魔法で綺麗にしてくれるそうだ。清浄魔法は水属性が基本になる生活魔法らしいが、無属性の俺は当然の如く使えない。…こういう時にちょっと肩身が狭い…。
その話をしたら、弟子2人が「「 私が清浄する 」」と鼻息を荒くしていた。そんなに洗濯が好きなんだろうか? それとも清浄魔法が楽しいのか? このあたりの価値観の違いが良くわからん。
そんなことを考えながら下着を着替えようとすると、視線に気付いた。その視線はノワールのものだったが、何故物陰に隠れるようにして視てるんだ? その見方は、トラブル現場を覗き見してしまう家政婦のようだぞ・・・
「…何を見てるんだ?」
『ロックの着替え』
清々しいほどに漢前な回答が帰ってきましたよ。俺としては、竜に着替えを見られてもどうってことは無い。
「おう、好きに見ていけ」
『…つまらない、恥ずかしがる姿が見たいのに…』
そう言い残して、ノワールは作業場の機械に興味を移してしまった。誰がそんな羞恥プレイの知識を与えたのかをきっちり調べ上げたいものだ。竜の考えることは良くわからん。
「道具は…いつもの腰道具だけでいいか? 念のために作業鞄も持っていくか」
作業着に着替えると、道具の準備をする。本当は電動工具とかも持っていきたいところだが、流石にそれが必要になることはないだろうと思いなおした。日本での仕事の時は、不測の事態に備えて一式持ち歩く癖がついてるんだよな…
そんなことをしてると腹の虫が空腹を主張してきた。起きてから何も食ってないことを今更ながらに思い出した俺は、持ち込んだカセットコンロに小鍋を乗せて湯を沸かす。ノワールが興味深そうにコンロの火に指を突っ込んでるが、全然平気な顔だ。さすが竜だ。
荷物の中からカップ麺を取り出して、沸いた湯を入れて数分待つ。俺は固めの麺が好きなので、指定の時間より若干短めで食べる。
『それは何? 人間のエサ?』
「エサって…まあ確かにそうなんだけど…食べてみるか?」
期待の表情を見せてくるノワールに、一口食べさせてやろうとしたんだが…
『熱い! こんなの食べられない!』
いきなり吐き出してしまった。竜がまさかの猫舌だ、いや、竜舌か? 火を吐いたりするのに猫舌っておかしいだろう?
『いつもはこんなに熱いものは食べないの。大体は頭から丸齧りよ』
なんてワイルドな! 素材の味を最大限に活かしてる! って何を丸齧りなのかは今は聞かないほうがいいかもしれん。まだラーメン残ってるし…
腹拵えを何とか済ませた俺は、ギルドの受付に向かった。受付には既に弟子2人が起きて待っていたが、何故か凄く睨まれた。俺が睨まれる筋合いは無いと思っていたら、どうやら俺が起こさなかったことに対しての抗議らしい。…でもな、あの時俺が起こしにいくことに対して、凄く嫌な予感がしたんだよ。それにな、子供じゃないんだから自分で起きろ。
「揃ったな、それじゃ行くか」
ペトローザからの指名依頼は詰め所に顔を出してから屋敷に来いというものだった。詰め所はギルドから歩いて10分ほどの所だそうだが、屋敷は歩きだと1時間くらいとのことだ。とりあえず徒歩で詰め所に向かって、屋敷へは車で行くとするか…
街の中心に向かって歩いていくと、武装して連中がたむろしてる場所があった。壁にたくさんの張り紙がしてあるのを、先を争うように見てる。それは小屋のような建物で、イメージとしては警察の派出所みたいな建物だ。扉の上には、『ペトローザ迷宮案内所』とあったんだが…たぶんここが「詰め所」なんだろう。
しかし、いつも思うんだが、言語魔法ってのは凄い。さっきの文字も、ぱっと見は何かの図形が書いてあるようにしか見えないが、何故か俺の頭には日本語の意味が解る。ディノ爺さんの話だと、これは俺自身にかかる魔法ではなくて、俺の周りの空間にかかる魔法なんだそうだ。その空間を介して入った言語情報が変換されて届くらしい。ちなみに発動は俺の魔力で、魔力が多いほど、詳細な意味も伝わるんだとか。
ちなみに、書くほうはそのまま日本語を書いてる。というのも、この世界では生まれてすぐに言語魔法を掛けられるそうだ。すると、自分の魔力にすぐに馴染んでいくそうだ。俺は無属性なので魔法が馴染まないから、手に焼き付けて効果を持たせてるらしい。基本的にほぼ全員が言語魔法を持ってるから、日本語でも読めるということだ。
「メルディアのロックという者だが、ペトローザの会頭からの指名依頼を請けた。これは依頼書だ」
「どれ、ちょっと待ってろ…」
門番らしき男に依頼書を渡した。ゴリラみたいなおっさんだ…できれば仕事上の付き合いだけにしたいと思わせる風体だ。
「ああ、間違いない。悪いがもう少し待っててくれ。あと数名来ることになってるんだ。馬車を用意してあるから、それに乗っていって欲しいんだが…この人数…全員乗るか?」
「それなら、俺達は自分で向かうことも出来るが…」
「おお、そうしてくれると助かる! 用意した馬車が4人用だったんだよ! 屋敷の場所は解るか?」
「それは大丈夫だ。詳しい者がいるからな」
ペトローザの屋敷へはセラが何度か行ったことがあるらしいので、セラにナビしてもらえばいいだろう。4人用の馬車って、俺達だけで満席じゃねーか! せめてもう少しでかいのにしろよ…
俺達は一旦ギルドに戻り、四駆で屋敷に向かう。街中だし、きちんと舗装されてる訳でもないので、安全速度で走る。周りの人たちの訝しげな視線が痛い。
「仕方ありませんよ。曳き馬のいない馬車が走ってるなんて、余程高度な技術を使った魔法具かと思われてるんですから」
それでこの視線か…正直、鬱陶しい。
「だから、あまり街中を走らないほうがいいわ。変な連中に目をつけられるかも…」
…惜しい、アイラ。それは出発する前に教えて欲しかった。前方に進路を塞ぐように、馬に乗った如何にも偉そうな男と、それに付き従う数人の男がいた。
「おい、そこの馬車、停まれ!」
凄く邪魔だな…ま、大体どんな展開になるかは想像つくけど…
「珍しい馬車に乗っているな? この私が乗るに相応しい馬車だ。金貨1枚で譲れ」
などとふざけたことをぬかしやがった。弟子2人の様子を窺うと、2人とも首を横に振っている。
「街中にはこういう無理を言ってくる貴族がいるんです。恐らく、ウィクルに向かうところを見られていたんだと思います」
「それにしても酷いよ! 金貨1枚って!」
うん、お話になりませんって感じだ。金貨1枚は日本円で1万円ってところだから、この馬鹿は俺のフルチューン四駆を1万円で買うって言ってる…いや、こいつのニュアンスからいくと、1万円で売らせてやるから有難く思え!…ってとこだろうな。
ちなみに、俺達は窓を開けていない。おまけにUVカットフィルムのせいで、外からは見え辛いから、俺達の顔は認識できていないはずだ。
「なあ、どうする? 降りたら絶対に面倒なことになるよな…」
「はい…出来ればこのままやり過ごしたいです…」
セラが申し訳なさそうに言う。同じ貴族として、恥ずかしいんだろう。でも、貴族であるセラがこう言うってことは、降りるのは拙いってのだけは確定だな。それなら少し驚かしてやるか…。
「皆、ちょっと大きい音が出るから吃驚するなよ?」
俺は車内の皆に注意してから、思いっきりクラクションボタンを押し込んだ。
『プァーーーーーーーーーーン!』
俺も久しぶりに全開で鳴らしたから吃驚した。実はクラクションも弄ってあるから、純正品のおよそ2倍はうるさい。知ってる俺が吃驚するくらいなので、知らない奴等はというと…
「おい! 暴れるな! こら! 何処へ行く!」
貴族様の乗った馬が暴れて、どこかへ走っていってしまった。お付きの男共はそれを追いかけていく。
「よし! これで先に進めるぞ…ってどうした? うるさくなるって言っただろ?」
車内では皆が大口を開けて呆けている。前もって注意しておいたのに…
「…まさかここまでうるさいとは思ってもいませんでした」
何とかセラが口を開く。音に敏感なアイラと、感知能力が高いらしいノワールは蹲ったままだ。…ちょっとやりすぎたか…
「すまん…ちょっとやり過ぎた…」
俺の謝罪は、日本に戻った時に洋服を買うのを付き合うという条件付きで受け入れられた。…またあの時間を味わうことになるのか…多分、今度戻る時はギルドの女性陣の分も頼まれるのは必至だ………今度こそ俺の墓場になるかもしれない。し○むらが俺の最期の地になるとは…
変な貴族の妨害を切り抜けた俺達は、セラのナビに従い、漸くペトローザの屋敷に着いた。はっきり言おう、豪邸だ。それも洒落にならないレベルだ。だって門から屋敷が見えないんだから。門から屋敷までの間に林…というかほぼ森がある。こりゃ馬車じゃないと無理だろうな…
「おい! 何者だ!」
門番が俺達に向かって槍を構えてる。確かにこのままじゃ怪しすぎるから、窓を開けて依頼書を見せる。
「そちらからの指名依頼で伺った。これは依頼書だ」
「そんな訳無いだろう! お嬢様が指名依頼なんて…こ、これはお嬢様の『封蝋』! も、申し訳ありませんでした! どうぞお通りください!」
慌てた様子の門番が槍を引き、門を開けてくれた。俺達はそのまま中に進む。
「ペトローザの御息女は指名依頼をほとんど出さないので有名なんです。指名するときは余程気に入った者しか指名しないんですが、その時に目印になるのが御息女の『封蝋』です」
セラがすかさず説明してくれるが、そんな大それたものとは思わなかったな。それにしても屋敷までが遠い! 門から屋敷まで車で10分以上かかるってどういうことだよ! ま、時速10キロくらいで走ってるけど。
「見えてきたよ! お屋敷!」
アイラが思わず声を出してしまうほどに屋敷はでかかった。どこの宮殿かと思えるくらいだ。まさか中で焼肉のタレを作ってないだろうな?
屋敷の玄関前に車を停めると、執事らしき初老の男性と、メイド達が一斉に頭を下げる。
「ようこそ、ロック様。お嬢様より伺っております。まずはお入りください。その馬車はこちらでお預かりしましょうか?」
「いや、こっちで片付けるから大丈夫だ」
四駆を魔法の鞄に仕舞いこむと、俺達は執事の先導で屋敷に入る。屋敷の中はこれまた凄くて、セラの実家の屋敷なんぞよりもはるかに大きかった。まあセラの実家はあの夫人の性格から言って、飾りだけの屋敷を嫌ってるからだろうけど。
「こちらでお待ちください」
通されたのは応接間だろう。調度品も品のいいものばかりで、集めた人間のセンスのよさが窺える。俺達がおのぼりさんのようにきょろきょろ見回していると、控えめなノックの後に1人の女性がメイドを伴って入ってきた。
「お久しぶりですね、ロックさん。クランコ以来ですね」
そこには如何にもな営業スマイルを浮かべた金髪縦ロールの少女がいた。その少女こそ、今回の指名以来の依頼主、リーゼロッテ=ペトローザだ。さて、どんなことを頼まれるのか…おそらくは厄介事なんだろうけど…
異世界の街中を走るランクル80…確かに目立つ…
次回は7日の予定です。仕事の都合で遅い時間の更新予定です。
読んでいただいてありがとうございます。