怪しい宝箱を開けます
すみません、遅くなりました。
気が付くと、俺達は荘厳な神殿のような造りの部屋にいた。いつの間にか少女に膝枕をされていたのには驚いたが…。
「おい、やめろ…って、ここは何処なんだ?」
少女から離れると、牽制するように問いかける。他の皆は…少し離れたところで気を失ってるようだ。
『ここは最下層の部屋…私の部屋です…』
「皆に怪我は無いだろうな?」
『大丈夫…寝てるだけだから…』
良かった…少し安心できた。あとはこの少女の頼みが何かって所だな。
「で? 頼みって何なんだ?」
『これを…開けてほしい…』
そこにあったのは、紛れも無く「宝箱」だ。でも、華美な装飾は一切無い、質素な感じのする木製の宝箱だ。鍵穴はあるが…
「これを開けるのか? 中身は何だ?」
『どうしてそれを教えなきゃいけないの?』
少し怒ったようだが、これは聞いておかなきゃいけない。依頼として受ける以上、その中にあるものによって対処方法を変える場合があるからだ。開けてみて、傷つけちゃいました…じゃ、洒落にならない。
「中にあるものによって、開け方を変える必要があるんだよ。それが判らなきゃ引き受けられない」
『…中には…私のお母様が…』
「…そんなに小さいのか? お前の母親は」
「そんな訳ないでしょ! 封じ込められてるのね?」
いつの間にか復活していたミューリィ。少女は力なく頷く。
『お母様は…瀕死の状態だったの…だから…こうするしか…』
何か湿っぽい話になってきたな…こういう展開は苦手なんだよ…さっさと開けるか。他の皆も復活してきたみたいだし。
「それじゃ、開けるぞ。アイラ、よく見ておけ」
俺はまず、鍵穴をライトで照らして内部を探るが…あれ? こいつは…
「アイラ、この鍵穴はダミーだ。この鍵穴に鍵を差し込んだらアウトだ」
「でも、この錠前からは魔力を感じないよ?」
そりゃそうだよ、こいつは鍵穴を探すところから始まるんだから。
「これはな、『隠し鍵穴』っていう種類の錠前だ。和錠の一種だな」
「「「「「『 ワジョウ? 』」」」」」
皆の声がハモる。そりゃそうだ、和錠なんて異世界にあるはずないんだから。
和錠は日本独自に発展した錠前で、飛鳥時代には中国から伝来していたとされる錠前が、江戸時代の鍛冶職人の手によって独自の進化を見せた。その特徴は複雑怪奇で、そこに遊び心を加えるという、およそ現代では考えられない錠前だ。
特に、今、目の前にある宝箱に仕込んであるのは、和錠の中でも『鍵穴隠し』と言われる種類のもので、開けるための鍵穴を探すところから始める必要がある。表に鍵穴がある場合は、そいつは間違いなくダミーだ。本当の鍵穴がどこにあるのか…それさえ判れば問題ない。他にも、鍵が知恵の輪のようになってる錠前もあったりして、非常に奥深い、日本が誇る技術だ。
錠前の構造は至ってシンプルで解りやすいが、そこに1アクション、2アクションを加えることで、錠前としての機能を高めてる。こんな方法の錠前はそうそう無い。某冒険映画の謎解きのネタになったとも言われてる。
「ロック、何でダミーって判ったの?」
「ライトで照らしてみれば判る。内部のカムが見当たらないだろう? こういう場合は、いきなり鍵穴を操作するのは止めたほうがいいんだ。わからない錠前は、とにかく丁寧に、探りながらを心掛けておけ」
「はい」
さて、まずは鍵穴探しからだが…宝箱の構造から考えると…たぶん留め金付近か、蝶番あたりが怪しい。俺はそこを重点的に探る。
『…大丈夫? …開けられる?』
「心配するな、大体の構造は理解したから」
心配そうに聞いてくる少女に自信ありげに返すと、少女は少し安心したようで、その口元が小さく綻ぶ。俺は留め金を軽く叩いたり、マイナスドライバーを差し込んだりして見るが…全く動かない。となると…残るは蓋の蝶番だ。蝶番の芯棒の留め金をペンチで回すと…留め金が外れて鍵穴が出てきた! ビンゴだ!
「鍵穴は見つかったぞ、後は開けるだけだが…これまた癖のある鍵だな」
蝶番は2つあって、どちらも鍵穴があるが…これはただの鍵じゃない。この鍵穴は、第2段階に進むためのステップだ。とすると…
「アイラ、蝶番の反対側の留め金を外してみろ」
「はい」
アイラは俺を見習って、プライヤーで留め金を外す。すると、そこには2枚の金属板が1枚の金属板を挟むような形になっていた。俺は鍵穴側からマイナスドライバーを差し込んで、中央の板を押しだす。もうひとつの蝶番も同様に、板を押しだす。
「アイラ、俺が少しずつ調整するから、蓋を開ける方向に力を入れておいてくれ」
中央の板を少しずつずらしながら、蝶番が回る位置を探っていくと…
「蓋が動くよ!」
よし、これで完了だ。
「これで開いたぞ、あとは中身を確認してみてくれ」
『あ、ありがとう…お母様…』
少女が感極って涙を流すと、その蓋は勝手に開いて、中から煙のようなものが出てきた。煙が晴れると…そこには漆黒の巨体を持ったドラゴンがいた。
「まさか…黒竜だったなんて…」
でも、その巨体は傷だらけで、首を持ち上げるのも辛そうだ。っていうか、なんで母親が宝箱の中にいるんだ?
『お母様!』
少女は黒竜に縋りつくと、黒竜は漸く目を開けた。やはり母親なのか、その目は優しい光を以て少女を見つめる。
『心配かけてしまったわね、無茶しなかった?』
『ううん、大丈夫です…何とか頑張った…』
感動の親子の再会…なんだろうけど…存在感がありすぎて…正直怖い。
『そこの人族、あなたがこの宝箱を開けてくれたのですね?』
「そうだが…その身体は大丈夫なのか? 相当辛そうだけど…」
『結界を張って、しばらく静養すれば戻ります。ただ、今回は少々時間がかかりそうですが…』
『その間は私が代理をします! お母様!』
黒竜母娘のやりとりを見ていた俺は、どうにも腑に落ちないことがあった。俺が思ってる通りなら…たぶんこの少女に母親の代理は無理だろう。
「…ちょっと聞きたいんだが…母親のこの状況、知ってたのか?」
頷く少女。俺の苛立ちが増してくる。何を考えてるんだ、こいつは!
「この宝箱を開けられる鍵屋を探してたんだよな? 母親をすぐに出してやりたかったんだよな?」
再び頷く少女。もう駄目だ、止められない。
「なら、何で俺達をモンスターに攻撃させた? 俺達が死んだら、この宝箱は開かなかったんだぞ? その後、誰も近づかなかったら、永遠に開けられないかもしれないんだぞ? それなら、まずは事情を話して何とかしてもらうの大事だろう。俺達にモンスターけしかけてる場合か! ダンジョンマスターなら、モンスターの制御くらいできるんだろ? それとも、お前の母親の命より、モンスターけしかける方が大事なのか? どうなんだ?」
いきなり俺に怒鳴りつけられて、怯える少女。こんな子供を怯えさせる趣味はないんだが、こういう場合の優先順位が違う。何より人命…ここでは竜命か? それが最優先になるはずじゃないのか? それともこの世界は母親の命よりダンジョンへの侵入者を殺すほうが重要なのか?
「いきなりここに連れてくる必要はないんだ、なら最低限見極めをすればいいだろう? 俺達の命を狙う理由にはならない! 物事の優先順位が解ってない! まずは母親の命が最優先だろう!」
こいつは自分の母親を見殺しにしようとした。そういうつもりでは無かったんだろうが、結果的にそうなりかけた。優先順位を間違えてる。
俺は母親の顔を知らない。物心ついた頃にはもう孤児院にいたから、母親の温もりなんてどんなもんか想像もできない。だからこそ、今母親が生きているなら、今大事にしてほしいと思ってる。まだ子供なんだから…
『そこの人族…名を教えなさい』
「…ロックだ」
『ロック、あなたは私の娘を叱りましたね?』
「ああ、あんたの命を最優先で考えなかったからな」
『それは…人族の考え方なんですか?』
「知らん、俺は親の顔を知らないから、親がどういうものかわからない。だからこそ、今親が生きているなら、そっちを優先してほしいって思っただけだ。多分、他の人族は違うと思うぞ」
「ロック…あんた、何やってんのよ…黒竜相手に…」
「黒竜だろうが何だろうが、我慢出来なかっただけだ」
何でそこで呆れる? 皆の視線が痛いぞ?
『ふふふ、面白いですね、私が恐ろしくないのですか?』
「そりゃ怖いよ、でも、さっきあんたが見せた、娘を見る目が凄く優しそうだったからな。それに、竜ってのは知性が高いんだろう? 話せばわかるかもって思ったんだ」
俺は本音で話した。確かに怖いが、その怖さよりも、娘へ向ける優しさが俺を動かした。
『貴方達に問います。私は傷を癒さなければなりませんが、同時にこのダンジョンを護らなければならないのも事実です。先代のダンジョンマスターが討伐されたため、私がここに来たんですが…何かいい方法はありませんか?』
それを聞いたミューリィが会話に参加してくる。
「それなら、一度ここを封印指定にすればいいわ。魔力は精霊達から分けて貰えるように話をつけるし、私達も巡回の名目で時々ここに来るわ。そこで魔力の供給もできるし」
『…守護者をお願いすることはできませんか?』
「守護者ね…それは追々考えましょう。まずは立ち入り禁止にしておかないといけないから。それはそうと、あなたほどの存在にここまで傷を負わせたのは一体誰なの?」
「黒竜ってそんなに強いのか?」
「強いなんてもんじゃないわよ! 常識のはるか上空を飛んでるような強さよ!」
俺達の漫才?を目を細めて見ている母竜は、忌々しげな口調で話し始めた。
『私にここまで傷を負わせたのは…勇者です』
出たよ、勇者! 面倒臭い感がありありだよ! …関わりたくないと思う俺は間違っていないはずだ!
和錠についてはもっと色々出していくつもりです。
次回更新は30日の予定です。
読んでいただいてありがとうございます。