非常事態です!
俺達はウィクルの地下3層にいた。時刻は午後4時を回ったところで、正直なところ、探索のペースはかなり遅いとのことだった。何故遅いのか、その理由は簡単だ。
「みんな! 前方に大型2、小型3! 小型はたぶん蜘蛛! 大型はサソリとカマキリ!」
アイラの感知能力が再びモンスターの気配を捉えた。一同は再び戦闘態勢になる。実はモンスターとの接敵が余りにも多くて、ほとんど先に進めていない。しかも、休憩できそうな部屋のほとんどが罠部屋というから困ったもんだ。俺は何してるかって? 俺はモンスターから逃げながら、扉の鍵を開けまくってる。罠部屋の場合、鍵開けはするが、そこに入るかどうかはミューリィの精霊魔法による感知で判断してる。今までは全部ハズレだったが。
「ミューリィ、これ、本当に、初級?」
ロニーがサソリの尾を斬りおとしながら聞いてくる。これで初級だとしたら、上級なんて俺がいたら足手まといにしかならないぞ。本当に初級か?
「間違いないわよ! 先週のランク掲示でも初級のままだったんだから!」
「先週ですか? 今週は見なかったんですか?」
ミューリィが水の精霊魔法で蜘蛛を溺死させると、ロニーの質問に怒鳴り返す。ルークは俺の周りに防御結界を張ってくれる。俺はその間に、横にある扉の鍵開けをするが…
「ロック…またハズレ…」
本当にアタリはあるのか? しかもモンスターの攻撃はすごいし、アイラもかなりへばっているらしい。斥候役を務めた後は、俺の傍で休んでる。結界の中だから安全だしな。
「兎に角、こんなところでエサになる訳にはいかねえだろう? さくさく倒して先に進むぞ!」
ガーラントが気合を入れ直す。ロニーがカマキリの首を落として戻ってくると、ようやくモンスターが来なくなった。
「気配なし…たぶんしばらくは大丈夫…」
アイラの気配感知にもかからない…ようやく一息つけるな。みんなも肩で息をしてる…少し休んだ方がいいんじゃないか?
「それじゃ、ここで休憩しましょう。結界を張るわ」
ミューリィが何か呟くと、俺達のまわりを光が覆う。さらに何かを呟いてから、光の中心に座り込んだ。
「風精霊を飛ばしたから、近づいてくるモンスターがいたら反応するはずよ。とにかく…少し休みましょう、何か軽く食べておいたほうがいいわね」
そう言うと、皆が鞄から干し肉を取り出して齧っている。でも…さっきの連戦がまたあるかもしれない時に、干し肉だけじゃ駄目だろう。
「栄養補給ならこれを食べてくれ」
俺が鞄から取り出したのは…所謂カロリー○イトだ。俺はこの味があまり好きじゃないが、背に腹は代えられない。皆、不思議なものを見る様子で眺めているが、経験者のミューリィとアイラが躊躇いなく食べるのを見て、ようやく食べ始めた。
「なかなか美味しいじゃない」
「こんな場所で食べる物じゃないような気がしますけど…美味しいですね」
「俺は甘いの苦手なんだが…疲れてる時はありがたいな」
なかなか評判がいいな、俺も食べるか…と封を開けようとしたところで、アイラが首から提げていた宝珠が光り出した。
「通信用の宝珠が…何かあったのかな?」
アイラがそれを手に取ると、フランの焦った声が聞こえてくる。
『アイラ、みんな無事? ミューリィはいる?』
「どうしたの、フラン? こっちはモンスターのエンカウントが凄くて、中々進めないわ」
『ミューリィ、よく聞いて! ウィクルは最近、ダンジョンマスターが変わって難易度が上がったらしいわ! しかも上級扱いだって!』
その言葉に一同唖然となる。
「そんな話、聞いてないわよ! 詰所の掲示板にもそんなこと貼り出してなかったし!」
『誰かが剥がしたんじゃないの? そんなことより、早く戻ってきて! ランクアップしてからは、誰も入ってないのよ! 調査もしてない上級ダンジョンなんて、命がいくつあっても足りないわ!』
「…わかったわ、今は皆疲れきってるから、休憩したら引き返すわ」
どうやら、難易度が変わってるらしい。あれで初級なんて、何かの間違いだと思ったよ。蜘蛛だってクランコと比べたらチワワとグレートデンくらいの差があったし。
「やっぱり上級だったみたいだね? 久しぶりにモンスターに手応えあったからね」
ロニーがさらっと凄いことを言う。ガーラントもそれに同調するかのように頷いている…お前ら、凄すぎるだろう…
『それじゃ、帰り道も気をつけてね』
フランとの通信が切れた。皆は戻り支度を始めている。こういう決断の速さこそが生き永らえる秘訣なんだろう。
「それじゃ、戻りましょう。アイラ、斥候をお願い」
「うん、わかった」
『それは…困ります…』
今、変な声が聞こえたような…
「ミューリィ、何か言ったか?」
「何も言ってないわよ? それよりも、まだ未調査のダンジョンになってたなんて…」
「未調査だと何がまずいんだ?」
調査って一体何を調べるんだろう? モンスターの傾向と対策…みたいなものを調べるのかな?
「ダンジョンマスターの性格によって、そのダンジョンの性質が決まるの。未調査のダンジョンは、その性質が分からないから上級扱いになるのよ。様々な方向から調査をして、それから内部調査に移るんだけど、外部調査もしないで入るなんて…死んでてもおかしくないわ」
それってすごく危険じゃないか! それに、ダンジョンマスターって誰?
「なあ、ダンジョンマスターって誰だ?」
「ダンジョンマスターは特に決まった種族はいないわ。ただ、普通の人族ではなれないわ。ダンジョンマスターになるには、凄く強い魔力の持ち主じゃなきゃ駄目なのよ。まあほとんどがモンスターだけどね。力をつけたモンスターがなるのが一般的で、たまに魔王とかがいたりするわよ」
魔王! 魅惑の響きだ! やっぱり登場シーンはすごいのかな?
「なるほど…まあそこまでのダンジョンには潜るつもりは無いけど」
『だから…困るんです!』
再びさっきの声がする。今度ははっきりと聞こえた…まるですぐ側で話されてるみたいに…
「うお! 吃驚した!」
いきなり俺の前に、漆黒と言うべき黒のドレスを着た少女が現れた。俺の声にすかさず反応したロニーが、見えないほどの速さで剣を抜くが…
「 ! まさかこれを防ぐなんてね」
少女を分断するはずの剣を片手で掴んでいる。そこには驚きの表情は見られない。少女は俺に向き直ると、話しかけてくる。
『あなたは…鍵師ね…あなたに帰られては…困ります』
「…まさか…ダンジョンマスター?」
震える声で問いかけるミューリィに対して、大きく頷くことで肯定の意を表す少女。
『やっと…見つけた…鍵師』
「…ああ、確かに俺は鍵師だが…」
少女は俺を見つめてくる。その瞳は黒だが、瞳孔には金色の輝きがある。おそらく見た目にだまされたら拙い感じだ。それにしても、一体何事か…
『あなたに…頼みがある』
「駄目よ! その言葉に耳を傾けては駄目!」
ミューリィが叫ぶが、少女がその手を軽く振るうと、何かに弾かれるように跳ね飛ばされる。そのまま壁に激突する寸前で、ガーラントが受け止める。でも、ダメージはしっかりあるようで、口の端からは血を滲ませてる。
「ミューリィ! 大丈夫か!」
「だ、大丈夫…よ、ロックは…護られてなさい」
既に膝が笑っているのに、何とか立ち上がろうとする。おそらくまた攻撃を仕掛けるだろう。ロニーもガーラントも、アイラでさえ戦闘態勢だ。…俺は何も出来ないのか?
「…なあ、頼みって…何だ?」
『聞いてくれるの?』
「状況による。俺で出来ることなら引き受けるが、俺でも駄目なら…諦めてくれ。そのかわり、皆には手を出さないでくれ」
「駄目よ! そのまま帰ってこれなくなるわ!」
「あいつはまだまだ本気じゃない…おそらくだが、本気を出されたら全滅じゃないのか?」
「それは…そうだけど…」
やっぱりな、そんな感じがしたんだよ。勿論、フル装備なら判らないが、今は初級の装備だ。こんなもので勝てるほど甘い相手じゃないはずだ。
「それに、俺達を殺すなら、もっと簡単に出来る筈だろ? それをしないのは、俺達が必要だからだろう? ………俺は納得してないが」
「でも…モンスターの言葉なんて…」
「あいつはそれなりに知性があるし、何か困り事があるようだ。それだけ聞いてからでも何とかなるだろう? 俺に頼みってことは『鍵』絡みだと思う」
全員の視線が俺に集まる。そんなに見つめないでくれ、恥ずかしい。
「まああれだ、鍵のことなら任せてくれ!」
俺は皆にそう断言すると、少女に話しかける。
「それで、頼みごとってのは何だ? 鍵のことなんだろ?」
『ええ…一緒に来て…』
「ちょっと待って!」
ミューリィが呼びとめる。
「私達も一緒に行くわ! 私達は仲間だから!」
『…わかった…全員連れて行く…』
少女がそう言うと、部屋が黒い何かに包まれる。まるで黒い光とでもいうようなものが少女を起点に発生した。その瞬間、俺の意識が飛んだ…。
次回は28日の予定です。
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