探索開始です
いよいよ本格的に探索します。
ウィクルに着くと、四駆から下りて準備を始める。と、ミューリィが寄って来て話しかけてくる。
「ねえ、この馬車? このままじゃ拙いんじゃないの?」
「ああ、そうだな、せめて隠すくらいはしたいが…」
ウィクルの前にはそこそこの広さの石畳のスペースがあり、今はそこに駐車してる。でも、さっきの野盗みたいなのにちょっかい出されるのも腹立たしい。
「それなら、この魔法の鞄はロックが使ってよ。魔力が多ければ多いほど、収納できる容量は増えるはずだから。ディノが太鼓判押すくらいの魔力量なら、この馬車を収納するくらい問題無いはずよ」
それって…凄くないか? というより反則だろう。あんなデカイ物が収納できるなんて、俺の常識から外れてるんだが…
「討伐したモンスターを入れたりすることもあるから、大丈夫だよ」
ロニーがミューリィに同意してくる。…そこまで言うなら、試してみるか。俺はミューリィから鞄を受け取った。
「それで、どうやって使うんだ?」
「まず鞄の口を開けて、それから収納したい物に触れるの。あとは『収納しろ』って念じればいいのよ。魔力は自動的に鞄が吸い取ってくれるから。ちなみに魔力の供給は最初だけだから、倉庫みたいに常時魔力が必要なポンコツ魔法とは違うわよ」
ポンコツって…まあそんなことは置いといて、ちょっと試してみよう。
「えーと、鞄を開けて、それから…対象に触って…念じる…うお!消えた!」
目の前から四駆が綺麗に消えた。でも鞄の重さは全然変わらないのはどういう理屈なんだろうか。出したい時はどうするんだっけ」
「出したい時は、その対象を思い浮かべてから鞄を開けるのよ。そして、出したい場所に手を向けて『出ろ』って念じればいいわ」
「えーと、思い浮かべてから…鞄を開けて…手を向けて…うわっ! 出てきた!」
いきなり現れた! どこのイリュージョニストかと思ったよ。プリンセス某も吃驚だな、これは。でも、こんな道具…お高いんでしょう?
「ちなみに、この鞄一つでギルドの建物3つくらいは余裕で買えるくらいに高価だから、壊さないようにしてね。でも、魔法の鞄が壊れるなんて聞いたことがないけど」
「そんなに高価なものを俺に持たせるなよ! 緊張するだろ!」
「ロックは基本、戦闘は不参加だから安心でしょ?」
それはそうなんだけど…大金持たされてるみたいで、変な汗が出てくるよ。そういえば以前、某パチンコメーカーに鍵の仕事で行ったとき、そこの営業マンがぼやいてたな。パチンコ業界って未だに現金取引が多いそうだ。人気機種の取引になると億近くの集金があったりするんだが、それを会社まで持って帰るのが辛かったって言ってた。人によっては、アタッシュケースを手錠で繋いで帰ってくる人もいたらしい。…話が思いっきり逸れたな…
「わかったよ…気をつける」
結局、俺が引いた。確かに俺が持つほうが、戦闘での破損の可能性がないから妥当なんだよな。それが理解できる以上は、俺が持つしかないか…
「それじゃ、行きましょう。アイラ、斥候お願いね」
「わかった」
もう一度四駆を収納すると、俺達はウィクル探索を開始するべく、中に入っていった。
ウィクルの内部は予想以上に広かった。魔法っぽい灯りが灯ってるのはクランコと同じだが、広さが違う。横幅だけでも5メートルくらいあるし、高さも3メートル近くある。壁は全部石造りだな、それも人工的な雰囲気だ。クランコは自然の洞窟のような感じだったから、ちょっとした遺跡のような感じだ。ちなみに今の並びは先頭にアイラ、次いでロニー、俺、ミューリィの順で、俺の左右にガーラントとルークという形だ。
それにしても…やけに埃っぽいな…俺の喉も強いほうじゃないから、マスクくらいはしておくか…確か道具入れのポケットにマスクがいくつかあったはずだ。俺はマスクを思い浮べて鞄を開けて手を広げると、掌にマスクが現れた。それを早速着けると、ミューリィが不思議そうな顔をしている。
「何それ、仮装? それにしちゃ顔を隠せてないわよ?」
「そういう物じゃないよ、埃を吸わないようにする道具だ。埃を吸うと病気になり易いから、予防のためにだよ」
「 !? そ、そうよね! 予防は大事よね! さすがロックだわ!」
「…そんなに言われるほどのことじゃないと思うんだが…」
「こっちには予防なんて考え方はないから…」
衛生面の考え方の違いなのかは分からないが、世界が変わればそのあたりも変わるんだろう。俺としてはへんな病気を貰いたくないだけなんだけど…勿論、本気の作業の時は外す。視界を邪魔する場合があるからな。
「みんな、前方にモンスター! たぶん蜘蛛が3!」
アイラの声が皆の意識を集中させる。すると、前方から1メートルくらいの大きさの蜘蛛が3匹、こちらに向かってくるのが見えた。毒々しい色が怖い! そのサイケデリックな配色はある意味凄いけど、この場においてはマイナスにしか働かない!
「あれは巨大蜘蛛の下級種だね、毒は弱いけど、気をつけて」
ロニーが的確な情報をくれる。俺は一応、鉈を取り出して構えるが、多分俺の出番はないだろう。何故なら、ロニーがまさに一刀両断って感じで斬捨ててるから。やっぱりロニーの腕は相当なものなんだろう、あんなに綺麗に斬れるって、居合いの達人でも難しいと思う。なんせ相手は生き物だし、動いているんだから。巻き藁とは違う。…結局、戦闘は3分もかからずに終わった。
「お疲れ、いい腕だな」
「いやー、これしか取り得がないからね」
俺の労いに、嬉しそうに笑顔で返してくるロニー。それとは真逆に、訝しい顔のミューリィ。
「どうしました、ミューリィ? 何か心配事でも?」
それに気付いたルークが声を掛ける。
「…ちょっとね…ウィクルって蟲系のモンスターはほとんどいないはずなんだけど…」
「…まだ入ってすぐですし、外から入り込んだのかもしれませんよ? あのタイプなら、ここらの森にもよく出没しますから…」
「…そうね、でも、皆気をつけてね」
「「「「「 了解 」」」」」
俺達はミューリィの言葉に従い、集中しながら先に進んだ。
ロック達がウィクルに潜っている頃、ギルドの前に質素だが重厚な造りの馬車が横付けされた。中から出てきたのは、ペトローザ商会の会頭、リーゼロッテだ。リーゼロッテは扉についている錠前を暫く眺めていたが、本来の用件を思い出して、扉を開けた。
「これはリーゼロッテさん、いつもお世話になってます」
リルが立ち上がり、頭を下げる。
「お久しぶりですね、リル。景気はどうですか?」
「まあまあですね、今日はどのようなご用件で?」
リーゼロッテはギルド内を見回すと、残念そうな顔を見せる。
「例の鍵師に会いにきたんですけど…不在のようですわね」
「ロックなら今日はウィクルに潜ってますよ、明日には戻りますけど」
それを聞いたリーゼロッテは少し驚いた表情を見せる。
「もしかして…あなた達、聞いておりませんの?」
「な、何か不都合でもありましたか?」
なかなか表情を変えないことで有名なリーゼロッテが表情を変えたという事実に、動揺を隠せないリルが聞き返す。
「ウィクルのダンジョンマスターが最近、代わったという話です。そのために難易度が上がって、上級者クラスへのランク変更が予定されているので、現在は立ち入り禁止のはずですよ?」
「何ですって?」
思わず立ち上がるリル。デリックも動揺を隠せていない。その動揺は、丁度入ってきたフランにもありありと見てとれた。
「そんな…嘘でしょ…」
ギルドメンバーの表情は、皆青褪めていた。だがリーゼロッテは不思議な顔をしている。
「こちらのベストメンバーなら上級ダンジョンでも無事だと思いますが…たとえ例の鍵屋が素人でも」
「そ、それはそうなんですけど…」
口ごもるフランに訝しげな視線を送るリーゼロッテ。それを察したリルがフォローを入れる。
「今回はロックの鍵開けの訓練なので、上級向けの装備をしていないんです。流石にそれでは無理がありそうなので、我々としても心配しているんです。以前にゲンから聞いた話ですと、鍵屋にとっては腕の怪我は絶対に避けねばならないそうなので…たとえ治癒魔法で治っても、微妙な感覚のずれが生じるそうですから」
「なるほど…それもそうですわね。通信用の宝珠は持たせているんでしょう?」
「はい、勿論…」
「それではフラン? 早急に呼び戻すことをお勧めしますわ。腕のいい鍵屋は私達にとって大切な財産なのですから」
そう言うと、リーゼロッテはギルドを後にして、馬車に乗り込んだ。その顔には明らかに今の対応が異常だということを理解している様子だ。
「どうやら、あの鍵屋には何か秘密がありそうですわ。それを掴めば商会の専属にできるかもしれませんわ」
揺れる馬車の中で、一人邪な笑みを浮かべていた。
リーゼロッテが帰った後、ギルドは騒然となった。そこにはフラン、リル、デリック、そしてセラとディノがいた。
「どうしよう、ロックに何かあったら…」
「まあ落ち着くんじゃ、アイラを除けば同行メンバーはうちのベストなんじゃから、そうそうやられたりはせんじゃろう。宝珠で連絡を取れば、すぐに帰ってくるわい」
「うん…わかった…」
不安げな表情のフランをディノが慰める。確かに同行メンバーは他のギルドから引き抜きが絶えない凄腕だ。そう簡単にはやられないだろう。しかし、フランには懸念材料が残っていた。
「でも…ロックは…」
「あのメンバーならそう簡単に手傷を負うことはないじゃろうて」
「…あの…ロックさんに何かあるんですか?」
セラが皆の態度に不安な表情を見せる。ダンジョンの難易度が上級になったということは理解できるし、ダンジョン管理貴族の娘として、ロニーやミューリィの実績は伝え聞いている。彼らはその筋では「二つ名持ち」で有名な探索者だ。ロックが素人だとしても、十分生還できると思っている。
しかし、皆の態度は、それとは別物のように見えた。だから不安になってしまった。
「大丈夫よ、ロックだって子供じゃないし、すぐに戻ってくるように連絡するから。時間的に、まだそんな深部に到達してないだろうし」
フランが宥めるように言うが、それでも不安を拭うことが出来ない。
「もし通信宝珠が応答しなかったら、私達も行きましょう! その時はサポートをお願いするから、しっかりしなさい!」
リルの叱咤に漸く瞳に力が戻る。ロックのために何か出来るということが彼女を突き動かしたようだ。
「わかりました! 任せてください!」
セラの元気な声を聞いて、胸を撫で下ろす一同だったが、根本の不安材料が残っているため、緊張を解くことができなかった。
なにやらおかしな流れに…
次回は27日の予定です。
読んでいただいてありがとうございます。