出発です
結局、翌日は夜明けとともに出発ということになった。日の入りの時間から逆算すると、だいたい午前5時くらいだろう。時間の概念が日本…というか地球と大して変わらないのはありがたい。俺が必要なことを確認し終えると、ミューリィが話しかけてきた。
「ロック、ちょっといい? 明日は私達がきっちり守るから、ロックは絶対に無理しないでね? モンスター相手に無理して戦わなくてもいいから、とにかく無事でいて。ロックが逃げ回っていても、誰も変な目で見たりしないから。だからロックは鍵開けに専念して、戦いは私達に任せてもらって構わないから」
「あ、ああ、もちろんわかってる。俺は戦いは素人だから」
「それじゃ、明日は頑張ろうね。おやすみ」
…どういうことなんだろう、やっぱり初心者だから相当心配されてるんだな。できるだけ早く慣れて、色々任せてもらえるようになりたい。でもまずは鍵開けだ、これを疎かにしたら俺がいる理由がなくなっちまう。明日はウィクルまでの運転もあるから、早く寝よう。
俺は目覚まし時計を午前4時にセットすると、ベッドにその身を任せた。
午前4時、けたたましく鳴る目覚まし時計のスイッチを切ると、眠気を覚ますべく部屋を出て水場に向かった。
「おはようございます、ロック。早いですね」
声をかけてきたのはルークだ。早いって俺より早く起きてる奴が言うなよ、何時に起きてるんだよ。
「ルークこそ早いだろ、一体いつ寝てるんだよ」
「ああ、私はまとめて睡眠を取ることが出来るんです。私の勤める神殿では、『いつ何時でも救済の門を閉ざしてはならぬ』という教えがありまして、基本的には丸々1日勤務して翌日休んでという形態なんです。あ、ダンジョンに同行するのも神殿の仕事ですから問題ありませんよ? ダンジョンで得た収入は神殿運営に回せますし、孤児院の運営資金にもできますから」
「それは…随分便利だな…俺でも習得できるか?」
「それは…かなり厳しい修行ですから、やめたほうがいいと思いますよ」
寝溜めできるなんて素晴らしい…って思ったんだが、ルークの真剣な表情を見ると、かなりやばい修行のようだ。真面目なルークのことだから、きっとガチでやばいんだろう。
ルークと別れて水場で顔を洗うと、水の冷たさが眠気を飛ばしてくれる。タオルで顔を拭いながら受付に行くと、ルークと一緒にロニーがいた。ソファに毛布があるということは…こいつ、ここで寝てたな?
「おはよう、ロック。今日はよろしく頼むね、僕がしっかり守るから」
挨拶してくるのはいいが、壮絶な寝癖がイケメン度を普段の30%くらいまで落としてるのが残念なところだな。普段ならかっこいい台詞だけど、今のお前が言うとコントにしかならないぞ。…ちなみに今のロニーの髪型は…書道の筆みたいだ、それもかなり使い込んだやつ。普段のロニーの髪型は肩まであるロン毛だ。
「…まずお前はその寝癖を何とかしろ…っていうか、どんな寝方したらそんな寝癖がつくんだよ。お前がモンスターに間違われないか心配になるよ」
「あれ、本当だ。それじゃちょっと直してくるね」
水場に向かって走っていくロニーを見送ると、部屋に戻って着替えを始める。ちなみに今着てるのはジャージだ。
ジャージからいつもの作業着に着替えると、手に入れた装備をつけていく。革鎧は両サイドを紐で縛るタイプだ。靴をスニーカーから安全靴に履き替えて、作業場に転がってた膝当てを付ける。作業グローブはポケットに突っ込んで、ヘルメットとヘッドライトはリュックに掛けておく。リュックには道具一式と携帯食料各種とペットボトルの水を数本を入れて…こんなもんかな?
俺は四駆のキーを弄りながら受付に下りると、もうみんな揃っていた。ロニーの寝癖が完璧に直ってたのが不思議だ、あんな短時間で何したんだよ。
「おはよう、ロック。準備はいいかしら、荷物があったらここに入れて。実はフランから魔法の鞄を借りておいたから」
ミューリィが自慢げに見せてくる。見た目は薄汚れた鞄なんだけど…
「何よ、その顔、信じてないわね? いいわ、見てなさい。この兜を仕舞ってみせるから」
そういうと、俺のヘルメットを鞄の入り口に近づける。すると、いきなりヘルメットが消えた! 手品みたいだ! これは凄い!
「もうこの中に入ってるわ、出すときは出したい物を想像しながら手を入れると…ほら、こんな感じ」
ミューリィが鞄から手を出すと、その手を鞄から出した瞬間にヘルメットが現れた。凄い、凄いよ魔法の鞄! 決してミューリィが凄いんじゃないと思う!
「何か凄い失礼なことを思ってるでしょ?」
「イイエ、ソンナコトアリマセン」
「どうして急に話し方が変わるのよ!」
そんなやりとりをしていると、フランが自室から降りてきた。
「みんな揃ってるわね、ウィクルは危険度の低いダンジョンだけど、油断は禁物だからくれぐれも気をつけてね。ロックは初めての探索だから、気負わずに自分のペースで進んで。みんなもロックのペースに合わせてね。それとアイラ、通信用の宝珠は持ってる?」
「うん、あるよ」
アイラが懐から小さな水晶玉を取り出すと、それを見たフランは大きく頷く。
「それじゃ、気をつけて行ってきてね」
「ああ、十分注意するよ」
俺達はフランに見送られてギルドを後にすると、そのまま倉庫に向かった。当然、四駆を出すためだ。昨日のうちにエンジン以下、確認は済ませてあるからこっちは万全だ。エンジンを始動させて、ゆっくりと倉庫から出すと、ガーラントとルークが興味津々といった表情で覗き込んでくる。
「これが馬無しで走る馬車かよ…」
「これ…鉄で出来てるんですか?」
2人はまだコイツが動いているところを見たことなかったから仕方ない。とりあえず中に入ってもらうとして、助手席には誰に座ってもらおうか…
「ウィクルまでの道案内ができる奴に隣に座って欲しいんだが…」
「それじゃ、私だね」
ミューリィが助手席に乗り込む。俺の四駆はロングボディなので、シートは6席分ある。アイラは前回の車酔いが相当応えたのか、後部シートで青い顔をしてる。ロニーは…やっぱりというか、キャリアに座るらしい。…まぁお前がそれでいいなら俺は何もいわないけど。
「全員乗ったな? それじゃ出発するぞ」
俺はアクセルを軽く踏む。時速40キロくらいだが、馬車に比べれば格段の速さだ。馬車で半日くらいかかるらしいから、このペースだと大体2時間といったところだろう。途中の平坦な道が続く場所で、ロニーがいきなり窓から顔を覗かせた。
「ロック、この乗り物ってもっと速くなるの?」
「ああ、今の速さで3割以下ってところだ」
「それじゃ、あの林の先までずっと真っ直ぐだから、もっと速くしてみてよ!」
「…そうね、私も見てみたいわ」
ロニーの提案にミューリィも乗ってきた。ちなみにアイラは出発早々ダウンしている。ガーラントとルークは爆睡中だ。…ルーク、お前、寝溜めできるんじゃなかったのか?
「仕方ないわよ、この椅子、すごく座り心地いいんだもの。馬車に比べたら雲泥の差よ?
むしろ眠らないほうがおかしいわ」
そうですか…でも道は悪路ってわけじゃないから、80…いや、100までいけるかもしれない。よし、俺も久しぶりに飛ばすか!
「よし、それじゃ飛ばすぞ。ロニー、しっかり捕まってろよ。ミューリィ、吃驚して吐いたりするなよ?」
「了解だよ」
「何で私がそんな扱いなの?」
ミューリィが文句を言ってくるが、無視してギアを3速から4速に上げて、アクセルを踏み込んで一気に加速する。一気に80まで加速したが…道が安定してるからそんなに揺れない。キャリアにいるロニーは大丈夫か?
「うわー、速いねー、こんなの騎竜に乗ったとき以来だねー」
…うん、大丈夫みたいだ。ロニーの言うとおり、林の中も真っ直ぐで平坦だ。高さも全然問題ないし、このままで大丈夫だろう。…あれ? 今の木の陰に誰かいなかったか? 余所見するわけにはいかないから確認できないけど…。と思ったら、その木陰からわらわらと人が出てきた。バックミラーで確認すると、こっちを指差して何か喚いてるけど…もうかなり後方なんだよな…
「ロック、このまま突っ切っていいわよ、あれ、野盗だから。流石にこの速さにはついてこれないみたいね」
「…ロニーはこの為に速度を上げさせたのか?」
「そうよ、ロニーくらいの人なら、あの程度の野盗の気配を読むなんて簡単だもの。私も精霊が教えてくれたから気付いてたけど」
野盗か…そういう心配もあるんだな…でも、追いかけてきたりしないか?
「アレ、放っておいていいのか? 追いかけられたり、帰りに待ち伏せされたりしないのか?」
「大丈夫よ、人数もせいぜい20人くらいだし、ロニー1人で瞬殺できるわ」
瞬殺…本当の意味での『殺』なんだろうな。勿論抵抗がないわけじゃないが、むざむざ奪い盗られるくらいなら正当防衛で攻撃してもいんだろう。おそらく金目のものを奪ったら女以外は殺されるんだろうし…そういう覚悟もしておかなきゃいけないんだな…
「そろそろ見えてきたわ、あの石造りの建物がウィクルの入り口よ」
俺が考え込んでいると、ミューリィが声をかけてくる。よし、気分を入れ替えよう。うじうじ悩んでいても仕方ない。日本にいる頃から、やばい筋の仕事で危険な目に遭ったこともある。その時は『やらなきゃ殺られる』って覚悟きめてたんだ。ここでその覚悟が決められないわけじゃないはずだ。
「そこのわき道に入ってね」
今までの道から少し細い横道に入ると、そこには石造りのドームのような建物があった。正面には奥へ続く穴が開いている。あれが入り口だろう。
さて…本格的なダンジョンデビューか…どんな鍵が待っているのか…やばい、職業病かもしれないが、すごく愉しみだ。
ロニーの寝癖はドン・キングをイメージしてます。わからない人は検索してみよう!
次回更新は25日の予定です。
読んでいただいてありがとうございます。