師匠と弟子
「とりあえず…コーヒーでも…」
俺は混乱する頭を何とか整理しようとコーヒーを淹れた。3人分。さっきの名刺だけでもかなり混乱したのに、さらに混乱させる事態が起こったからだ。
「ディノ様、まさかこの男を?」
「おお、そうじゃ。ここまでの腕前の者をみすみす逃す手はないじゃろ?」
「そんな! 私だって!」
「おぬしはいつも開始早々失敗しとるじゃろ。おぬしの成長を待っておってはギルドが潰れてしまうわ」
「そんなことない! 何とかなる!」
今まで無言だったもう一人がいきなり喋りだすと急に立ち上がった。その拍子にフードが外れると、そこには……狐耳があった。顔は人間の女の子だ。くりっとした大きな目が特徴の、なかなか…というかかなりの美人だ。メディアに出てるアイドルや女優なんか相手にならないくらいの可愛さだ。背中あたりまである金髪をポニーテールにしてる。てっきり作り物だと思ってた耳はせわしなく動いてる。何か物音がするとそっちに向いたりしてるから、もしかすると本物なのか?
「コレ飲んで落ち着いてくれ。ミルクと砂糖はお好みでどうぞ」
二人の前にコーヒーを差し出す。ディノと呼ばれた爺さんは慣れているのか、ブラックで飲んで目を細めている。狐耳の子は苦さに顔を顰めているので、ミルクと砂糖をたっぷり入れてやったら途端に笑顔になった。
「砂糖がこんなに…幸せ…」
コーヒーシュガーでそんなに幸せなら、砂糖をキロで買ってあげたら幸せすぎて死ぬんじゃないだろうか。尤もその前に糖尿病になりそうだが。俺もコーヒーを一口飲んでから、先ほどの話を改めて訊いてみた。
「それで、その…ギルド? の偉い人が俺に何の用で?」
「うむ、実は我等はメルディアという盗賊ギルドなんじゃが、ここ最近、活動が芳しくなくてのう、存続の危機なのじゃ」
「盗賊? そりゃ犯罪集団なら消えて然るべきだろう」
「私達は犯罪などしていない」
「おぬしは黙っとれ。話が先に続かんじゃろう? おお、すまん、話が途中じゃったの。我々は盗賊と言っても、ダンジョンを中心に活動してるんじゃ。罠を解除したり、宝箱を開けたりしておる。当然、冒険者が皆、その技能を持つ訳ではない。かといって盗賊職というのはあまり人気がなくてなり手がおらん。
うちのギルドも熟年者が引退してしまってからは若手で何とかしておったんじゃが、どういうわけか皆、鍵開けが苦手なんじゃ。ダンジョンの宝箱はダンジョンから持ち出すことが出来なくての、当然その場で開ける以外に方法がないんじゃが…」
「宝箱が開けられない盗賊は雇って貰えない…か?」
「そうじゃ。そこでわしらは鍵開けを出来る者をスカウトしておったんじゃが、同じ世界にはこれといった人材がおらん。だから、態々異世界まで来たんじゃ。それにこの世界には魔法というものが存在せんのじゃろう? そういう世界は技術が発達しておる。わしも来てみて吃驚したものじゃ。以前も一人、この世界からスカウトしての、つい先日、病気で亡くなってしもうたんじゃ。だからおぬしのようないい腕前の鍵開け師に来てもらいたかったんじゃ」
悲しそうな表情をするディノ爺さん。しかし、俺はその後に出てきた名前に心臓が止まりそうになった。
「ゲン=ミナヅキ…稀代の鍵開け師と言われておった…」
水無月源。俺が中学時代にかなりヤンチャしてた頃、俺の後見人になってくれた人だ。そして…俺の師匠。師匠は俺が二十歳になった時、一人前と認めてくれた。そしてその翌日、姿を消してしまった。親が早々に死んでしまった俺にとって、家族と呼んでもいい存在だった。だからなんとなく分かった。俺がひとり立ちできるまで面倒みてくれたんだってことを。
だから、探さなかった。もし、師匠が、好きなことをやるためにいなくなったのなら、自由にしてもらうべきだろう。俺が師匠みたいに有名になれば、いずれ会えるだろうって。
でも、まさか異世界に行ってたなんて…そこで亡くなっていたなんて…。 俺は何とか言葉を絞り出した。
「もし、その人の額に大きな傷跡があったら…その人は…俺の師匠だ」
「何じゃと! たしかにあやつには大きな傷があったわ。何かで抉ったような傷跡が」
間違いない、師匠だ。その傷は俺が弟子入りしてすぐの頃、電動工具の扱いが悪くて、電気ドリルを扱いきれていなかったとき、ドリルの先から俺を庇ってついた傷だ。痕が残ったことを土下座して詫びたら、
『こんな傷はかすり傷だ。だが、俺でよかったな。お前が怪我したら大変だからな』
そういって笑って許してくれたんだ。だから…俺は師匠に本気でついていけたんだ。どんなに厳しくても、俺のことを見守ってくれてるって思えたから…。
「…これも何かの巡りあわせかのう。まさかゲンの弟子に会うなんて…ゲンの弟子ならばあの腕前も納得じゃ。ゲンは言っておったぞ。『俺には弟子がいた。恐らく近いうちに俺を超える。だから俺は安心してこっちに来た』とな」
俺は言葉が出なかった。うれしかった。師匠が俺のことを認めてくれていたんだ。そして、俺は気になった。師匠が異世界でどのようなことをしていたのかが。
「師匠はそっちで、どんなことをしてたんだ?」
「皆の手本となるべく、助手を数人連れてダンジョンに潜っておった。その腕前は隣国の冒険者達にも知られておってな、鍵開けのミナヅキといえば誰もが同行願ったほどじゃよ。ただ、晩年は病魔に冒されてしまってからは後進の育成に力を入れておったんじゃが…その半ばで…」
「ゲンはすごい人だ! お前なんかぜんぜん駄目だ!」
狐耳娘が言う。俺はかなりイラっとした。おそらくはこいつが師匠の最後の弟子なんだろう。ならばどれほど師匠から吸収したのか、どれほど切磋琢磨したのかを見たくなった。だから…言った。
「鍵開けを舐めるな。お前がどの程度か知らんが、さっきの宝箱に最初で躓くようなヤツが師匠を語るんじゃない」
まさかディノ爺さんも俺がそんなこと言うとは思っていなかったんだろう。驚いた顔をしている。
「これからお前と勝負する。お前が勝てばお前が向こうで頑張ればいい。それだけの実力があるんだからな。ただし、俺が勝ったら、師匠に代わって、俺がみっちり鍛えてやる」
読んでいただいた方、誠にありがとうございます。