準備します
さて、装備も手に入ったし、間に合わせだが武器もある。となると、あとは俺の道具を準備するだけだな。俺は作業場に入って道具の選別を始めた。いつもの開錠道具一式に、工具一式…結構な量になりそうだから、もう一度考え直してみよう。
宝箱に関しては、俺が日本で開けたものを基準にすると、必要なのはいつものツールと針金、それにドライバーセットか。扉については、クランコを基準に考えると、ツールにスチールもあった方がいいか。ちなみにこの「スチール」というのは、復元性の高い、薄い鋼板を紐のように切り出した道具だ。曲がりにくい上に、先端を曲げて自在に動かせたりするので、電気配線が必要なオートロックの工事によく使う。
必要な道具を洗い出ししてから、ヘルメットとヘッドライトを準備する。もちろんハンドライトも持っていくが、両手を使う場合はヘッドライトが必需品だ。それに安全靴と作業グローブだ。ま、こんなもんで何とかなるんじゃないかな。
「ロック、準備は順調?」
「何かお手伝いすることはありませんか?」
弟子2人が作業場に入ってくる。入り口の鍵がICタグで開くのがかなり面白いらしく、鍵が開くたびにきゃいきゃい騒いでいる。そんなに使ってると電池が早く切れるって!
「ああ、だいたい準備できた。あとは…食べ物とかはどうするんだ?」
「それなら、だいたい干し肉と黒パンよ。あまり荷物になるのも面倒だから」
「マジックポーチでもあれば別ですが、あれはかなり高価な品物ですから…」
まあそうだろうな、嵩張る弁当なんざ持って歩くのも大変だろう。一応、念のために買っておいたものを出すとするか…。
「ロック、その箱は何なの?」
「何でしょうか…中に小さな箱がたくさんあります」
「これはな、携帯食料だ。きちんとした食事が取れないときに、これで軽い食事を摂ったことに出来るんだ。とはいえ、味はそこそこだけどな」
俺が取り出したのは、某カロリー○イトと、某スニ○カーズ、それから某ゼリー飲料だ。
どうやら水は魔法で出せるようなので、食べ物メインで用意した。それと、マイボトルも用意した。いくら魔法で水を出せるって言っても、移動中とかは無理だろうからな。余裕のあるときに淹れてもらおう。
「「 食べていい? 」」
「持っていくものを今食べてどうする…まあいい、どうせ全部なんて持っていけないんだ、一つくらいならいいぞ。そのかわり、半分ずつだ」
俺は某スニ○カーズの封を開けると、半分に折って2人に手渡す。これはカロリーがあるから、緊急時のエネルギー補給にはうってつけだ。
「「 甘~い 」」
そりゃチョコレートコーティングしてあるからな、甘いのは当然だろう。アイラは耳をぴーんと立てており、セラはうっとりとした表情だ。やはり甘味には2人とも勝てないか。
「ロック、こんなところにいたの…ってどうしたの2人とも、そんな蕩けた顔して…もしかして、手を出したんじゃないでしょうね?」
ミューリィが入ってくるなり失礼なことを言う。そういえばこいつ、どうやって入ってきたんだ…って扉開けっ放しじゃないか! まだまだセキュリティについての考え方は浸透していないんだろうな。
「そんなことするわけないだろう、明日持っていく携帯食料の味見をさせただけだ」
「えー! ずるいわよ! 私にも頂戴! くれなきゃここで寝てやる! 」
「何故寝る? そんなことしなくてもやるよ、さっき開けたのとは違うヤツだけど」
某カロリー○イトを開けて一切れ渡すと、リスのようにぽりぽりと齧り始めた。なんか小動物みたいで可愛いな…。
「変わった味だけど、不味くはないわね。干し肉と黒パンよりは全然いいわ」
「それはいいとして、どうしたんだ、こんなところまで来て」
口の周りを食べかすで汚したミューリィが、汚れを拭っている…俺の服で。どうして俺の服なんだ…それを見ていた弟子2人も同じことをしてくる。もうちょっと恥じらいというものを持ってほしいんだが…
「あのね、明日のダンジョン攻略の進め方を打ち合わせしておこうと思って。ロニー達もいるから、銀の羽亭に来てね、個室を予約してあるから」
ミューリィはそれだけ伝えると、戻っていった。確かに複数で行動するとなると、事前の打ち合わせは必須だな。日本での鍵屋の仕事でもチームを組んで現場に入ることがあるが、進め方が悪いとトラブルになりやすい。きちんと分担を決めないと終わる仕事も終わらなくなる。
「そういうことらしいから、俺達も行くか。多分、酒が要ると思うから、軽めの酒でも持っていこう」
「「 はい 」」
俺は2人と一緒に作業場を出て、銀の羽亭に向かった。とりあえず梅酒の瓶を一瓶持っていっておこう。流石に明日はダンジョンだから、そんなに深酒はしないだろう。
「こんちは、タリア、みんな揃ってるか?」
「あら、ロック、みんな奥の個室にいるわよ。それはそうと、あの肉用の調味料! 凄く美味しいじゃない! さっき肉を焼いてみたんだけど、もう美味しくって…後で焼いて持っていくから、楽しみにしててね」
おお、ついにこっちの食材と日本の調味料が本格的に融合する! 昨日のは使った調味料って塩と胡椒だけだったからな。ここはひとつ、楽しみに待つとするか。
奥の個室に入ると、テーブルに地図を広げてロニーとガーラントとルークがいた。ミューリィはまだ来ていないようだ。
「やっとロックと一緒に本格的にダンジョンに入れるね、もうワクワクしちゃって」
「そんなこと言ってると余計なところで足をすくわれるぞ?」
「そうですよ? ロックは攻略は初めてなんですから、怪我など無いようにしないといおけませんよ?」
「ははは、大丈夫だよ。ロックの鍵開けの腕前を早く見たいんだ」
「「 それは確かに 」」
ロニーは相変わらずのテンションだけど、ガーラントはともかくルークまでちょっとテンション高い。鍵開けって言っても、見ててそんなに面白いものじゃないと思うんだが…。
テーブルの上の地図は入り組んでいて、まるで迷路みたいだ。もしかして…
「これは…ウィクルの地図か?」
「そうだよ、これで明日の探索ルートを決めるんだ。もうそろそろでミューリィも来るから、揃ったら始めよう。こういう事前のすり合わせをきちんとしておかないと、不慮の事態になったときに対応ができないんだ」
「実はですね、ロック、ダンジョンで命を落とすほとんどが、不慮の事態に対応出来なかった為なんですよ。不慮の事態っていうのもほとんど限定されていまして、正規のルートを使用しなかったり、鍵を破壊したりしてダンジョンマスターの怒りを買った為に起こる変化によるものなんですよ」
「最近じゃ腕試しに態とダンジョンマスターを怒らせる馬鹿もいるらしいがな。俺にはさっぱり理解できないな」
ダンジョンマスターか…所謂ラスボス的なものなんだろうか? となると、やっぱり怒らせない方がいいんだろうな。ま、俺は鍵開けに専念するだけだし、駄目そうなものはさっくりパスさせてもらうつもりだけどな。
そんなことを考えていると、ミューリィが遅れて入ってきた。
「ごめん、待たせちゃったみたいね。もう話は終わったの?」
「いや、まだ始めてないよ。君が来るのを待っていたんだ」
「あら、そうなの? それじゃ早く始めましょ。お腹もすいたし」
厨房からは懐かしい、けど空腹時には暴力的なほどの効き目を持つ「焼肉のタレ」の香りが漂ってきた。これはいいものが期待できそうだ。
「それじゃ、まずは一番大事な、ロックの護衛には誰がつくかの担当決めね。通常のモンスターの時はロニーにお願いしたいんだけど…いいかしら?」
「僕は全然問題ないね」
「突進系と重量のあるモンスターはガーラントね」
「よし、任せろ」
「飛行系と隠密系は私が担当するわ、ルークは全体の把握に努めて欲しいんだけど…こんなところでどうかしら?」
「「「 問題なし 」」」
どうやら俺はそこまで大事にされてるらしい。守られるだけってのはちょっと引け目を感じるが…。
「次に斥候ね、先頭はアイラにお願いするわ。あなたの鼻と気配察知が頼りよ」
「わかった、任せて」
「通常の移動時は私が殿を務めるわ、風精霊で後方の危機察知も出来るから」
こんな感じで打ち合わせは進んでいった。基本的な仕事の割り振りと、緊急時の対処方法のすり合せが中心だったから、そんなに時間が掛からなかった。そんなところに、タリアが大皿に焼肉を山盛りにして入ってきた。
「ロックのくれた調味料、凄く美味しいのよ。ボアの肉も臭みが消えてて最高よ!」
目を輝かせて捲し立てるタリアにちょっと引きながらも、何とか相槌を打つことが出来たのは日ごろの行いがいいからだろう。ちなみに味は…うん、豚の焼肉だな。でも美味いのは確かだ。
「これ、美味いねー」
「ああ、酒が進む味だ」
「なかなかいけるじゃない。」
「かなり香辛料が効いてますね、でも、癖になりそうな味です」
「美味しい!」
皆の評価も上々ってとこか。ちなみにルーク、癖になる奴がいるのは確かだ。俺の友人には、給料日前一週間は炊きたてご飯に焼肉のタレという貧乏メニューで乗り切るバカもいるほどだ。
でも俺はそんなことはしない、俺は炊きたてご飯にのり○ま一筋だから。
事前の打ち合わせは大事です!
次回の更新は23日の予定です。
読んでいただいてありがとうございます。