本当ですか?
気がつくと、窓から朝陽が差し込んでいた。どうやら昨日、ベッドに寝転んだ状態で、そのまま寝入ってしまったらしい。
「さて…荷物を降ろさないと…それに、2人にきちんと言わないと…」
アイラとセラフィナがあんなことを考えていたなんて、俺にはわからなかった。てっきり師匠として好かれているものだと思ったんだが。でも、もしそんなつもりで弟子を気取ってるなら、即刻辞めてもらうつもりだ。俺はこの仕事に誇りを持っている。だから、自信を持てるようになるまで、色恋沙汰からは距離を置いている。女にかまけて腕が鈍りましたなんて、それこそ師匠に顔向けできん。
部屋を出てギルドの受付に行くと、リルが声をかけてきた。
「おはよう、ロック。昨日は調子悪そうだったけど、もう大丈夫みたいね」
「ああ、色々と迷惑かけたな」
「本当よ…とにかく、アレを何とかして頂戴。空気が悪くて堪らないわ」
リルが指差す方を見ると…まるでお通夜のような雰囲気を纏ったアイラとセラフィナがいる。…作業着を着てるが、その表情は俯いているからよくわからん。
2人は俺に気付くと、小走りでやってきて、揃って頭を下げる。
「「 ごめんなさい! 」」
「私、ロックの気持ちを全然考えてなかった。それなのに嫁気取りで…」
「私は…少々打算的なところがありました。お母様に唆されたということも…いいえ、これは言い訳ですね。その話に乗るという決断をしたのは私自身ですから」
成る程、反省してくれてるようだ。まぁ俺も大人げなかったっていう自覚はある。だからこの話はここで御終いにするべきだろうな。
「俺はお前達の個人的感情にどうこう言うつもりはない。ただ、それが仕事に影響するようなら、俺は認めない。それに、2人が張り合うのは悪いことじゃないが、仕事場でそれをやったら許さないからな? 仕事以外では特に言うつもりは無いが…できれば俺のことも少し考えてくれたら…嬉しい」
ま、色恋が仕事の原動力になる奴もいるし、そのへんは個人差があるが、他人のことだからよくわからん。でも、俺だって好かれて悪い気持ちではない。
「「 はい! 」」
2人の顔に笑顔が戻る。こんな顔をいつもしてくれればいいんだ。
「2人とも、その作業着はどうだ? よく似合ってると思うが」
「うん、ありがとう! ロックの紋章入り!」
「流石ですね、紋章を持っているなんて」
ん、待てよ? 紋章ってどういうことだ?
「紋章って?」
「この背中の紋章、ロックの紋章でしょ?」
「この紋章は…『鍵屋』の紋章ですか?」
紋章って…それは錠前と鍵のマークなんだが…でも、考えてみれば、紋章って職務内容を表すこともあるって聞いたことがあるようなないような…
「ま、そんなもんだ。仮にも俺の紋章を背負うんだ、仕事はしっかりと覚えてもらうからな」
「「 はい 」」
ようやく雰囲気がいつものように明るくなった。リルも頷いてるから、これで良かったんだろう。そんなことより、早いところ荷物を降ろさないと。
「それじゃ、荷物を降ろしたいから、手伝ってくれるか?」
「うん、任せて」
「私もお手伝いします」
2人を連れて倉庫に向かう途中で、俺はアイラに聞いてみた。
「そう言えば、師匠の作業場があるって聞いたんだが…」
「ゲンの作業場なら倉庫の奥にあるわ…でも、鍵が無いの。ゲンが掛けたと思うんだけど、勝手に開けるのはどうかと思って…」
「それなら、俺が開ける。俺なら師匠も文句は言わないだろ?」
それなら、もし怒られても俺だけだしな。
そんな話をしているうちに、倉庫に着いた。まずは作業場の鍵開けをしますか。
「それじゃ、開けるぞ」
俺達は作業場の扉に掛けられた南京錠の前にいた。2人によく見える位置に膝立ちで位置取ると、作業に入る。今日は久しぶりにツールを使う。2人に解りやすく説明するのにはこれがいいんだ。
「いいか、こういう錠前の場合、この道具を使う。これなら大体の錠前に対応できるはずだ。アイラは持ってるだろ?」
「うん、ゲンから貰ったのがあるわ」
「でも、ロックさん? 私の時はそんな道具じゃなかったような…」
お、そこに気付くか。
「あの時は、こいつで対応できるか怪しかったんで、敢えて針金で開けた。針金は自分で合った形に変えられるから、現場向けなんだ」
2人は大きく頷いている。さて、さっさと開けるとしますか。
俺がツールを使うと、あっけなく錠前が外れた。俺にも馴染みのある錠前だからな。
扉を開けると、そこには見慣れた道具が並んでいた。俺の記憶にはっきりと残っている。
間違いない、師匠の道具だ。でも、かなり広いな、これならここに俺の荷物を入れても問題ないだろう。
「それじゃ、荷物をここに入れよう。それが終わったら食事にしよう。向こうで買ってきたものを味見したいだろ?」
2人はぶんぶんと音がしそうな勢いで首を縦に振ってる。首の筋を痛めないか心配だ。
買ってきた道具類を下ろすと、あとは食材関係がほとんどだ。食材類はここに置いても大丈夫かな? 入り口に新しい錠前をつければ泥棒にも入られないだろうし、コーヒーと酒をエサにして、ディノ爺さんに魔法をかけてもらおう。
「とりあえず、食材も酒もここに置いておこう。新しい鍵にするから、他の誰も入れないようになる」
「これがその錠前?」
「不思議な形ですね…」
錠前は前のと同じだ。でも、これはちょっと違うんだ。
「これが新しい鍵だ。この扉についている錠前に組み込むタイプだ」
実は、作業場の扉にも師匠が新しい錠前を付けていた。ただ、何か理由があって、そっちでは施錠してなかったようだ。今回は俺がそれを利用させてもらう。
「この鍵穴は外れるんだ、そこにこの錠前を組み込む。それに少し加工も要るが、そんなに時間はかからない」
俺が今、付けてるのは、電池式の後付け錠前だ。シリンダーを外したところに付けるから、ほとんど加工がいらない。それに、オートロックになるのも理由の一つだ。ここには盗まれたくないものがあるから、鍵の閉め忘れが無いようにするためだ。
さっくりと錠前をつけると、俺は扉にドアクローザーをつけた。これが無くちゃオートロックの意味が無い。
「これは何の道具ですか?」
「私も初めて見るよ」
「これはな、扉をひとりでに閉まるようにする道具だ。この錠前と組み合わせれば、鍵の閉め忘れがなくなる」
速度調整を済ますと、錠前に電池を入れる。こいつはだいたい1万回で切れるから、予備電池をいくつか用意しておけばいい。起動音を確認すると、俺はポケットから出したものを錠前に登録していく。電子音に2人は驚いてる。
「「 しゃべった? 」」
さて、これで登録は終わった。あとは動作確認か。
「2人は中で、動作の確認をしてくれ。扉が閉まったら勝手に鍵がかかる。俺は外から鍵で開けるからな」
「「 はい! 」」
うん、いい返事だ。俺が扉を軽く動かすと、勝手に扉が閉まる。その直後、モーターの駆動音とともに、鍵がかかった。
「「 何で? どうして? 」」
2人の驚く声が外にまで聞こえてくる。俺は気にせず、さっき登録したものを錠前に近づける。すると、再びモーターの音がして、鍵が開いた。よし、動作は完璧だ。
「ロックは魔法が使えるの?」
「でも、魔力は感じられないのに、ひとりでに動くなんて」
そう思えても仕方ないのか。こっちじゃ、自動で動くなんて魔法で対応するものなんだろうな。
俺はさっき登録したものに空いている穴にチェーンを通して、ペンダント状にすると、2人の首にかけてやった。
「その黒い小さなものがここの鍵だ。それがあればいつでもここに入れるぞ。自分達で動作を確認してみてくれ、錠前の中央に、この黒いのを近づけるだけでいい」
2人の目の前で実際に操作してみせる。
「うわ! 勝手に鍵が開いた! 鍵穴が無いのに!」
「これは…魔法でも魔法具でもない…こんなものがあるなんて…」
2人はそれぞれ感動してるようだ。
「それはICタグっていう、れっきとした鍵だ。その黒いのはお前達専用の鍵だから、絶対に他の奴に渡したりするなよ!」
「そんなことする訳ないよ!ロックがくれたんだから!」
「ロックさんからペンダントを戴くなんて…」
本当に理解してるのかな、この2人は…。でも、これで荷物の運び込みは終わったし、皆にお土産を持って行くとするか…でも、その前に腹ごしらえだな。
「まずはタリアんとこで昼食にするか!」
「「 はい! 」」
パスタ一袋とパスタソースいくつかと香辛料と酒を持ってタリアの店に向かうと、ミューリィが走ってくるのが見えた。ゆったりとした道着のようなものを着て、只管走っている。その顔には大粒の汗が浮かんでいる。なんでこいつはこんな所で走ってるんだ?
「おい、何してるんだ?」
「ああ、ロック。今、走りこみの最中なのよ。とにかく汗をかかないといけないから」
「一応、お前にも酒を買ってきたから、後で渡すよ」
「ごめん、今、お酒断ってるから」
何か聞いてはいけないことを聞いたような…この酒浸しエルフが酒断ちなんて、笑えない冗談どころか、世界が終わるかもしれない。きっと俺の幻聴だ、そうに違いない。
「ごめんね、ロック、折角のお酒だけど、今しばらくは飲めないんだ」
あの、酒に溺れて死ねるなら本望!みたいなことを平気でほざくミューリィが、自分から酒を断つなんて、絶対信じられない。きっとドッキリなんだろう? スタッフさん、どこですか? カメラさんはどこにいますか?
当然、そんなスタッフやカメラさんなんかいるはず無かった。そりゃそうだよ、異世界なんだから。
ちなみに、前話のロックはそれほど怒ってません。ちょっとイラッとしたくらいです。気分が悪くなったのは…疲れてただけです。
読んでいただいてありがとうございます。