仕入れです③
色々買います。
四駆を走らせること30分、目的の場所に着いた。そこはほぼ開店休業状態のワークショップで、俺の馴染みの店でもある。俺は作業に使う衣類は皆ここで仕入れている。価格はそこそこなんだが、多少無理して仕上げをしてくれるのが嬉しい。
「うーす、居るかい?」
建てつけが悪いのか、軋む引き戸を開けて挨拶すると、カウンターでテレビ見ながら煙草の煙を燻らせている女がいた。そいつは俺の顔を見るなり、露骨に嫌な顔をした。
「嫌なヤツが来たよ、いつも無理なことばかりさせるヤツが」
全く隠そうともしない悪口をぶつけてくる。俺がいつも作業着を発注してる店「流山ユニフォーム」の女主人、流山鈴花だ。年齢は絶対30は超えてるはずなのに、常に「20代前半」を主張する、ある意味恐ろしいヤツだ。
そしてこいつには厄介な「癖」があるんだが…
「お? 何だよ、その可愛い娘さんたちは? しかも2人ともレベル高いね。こんな娘連れてくるならそう言ってくれないと! 今お茶の準備するから!」
俺は2人を背後に隠すと、涎を垂らす勢いの鈴花に言う。
「電話の件は、この2人に一式見繕って欲しいんだ。作業着の上下2着ずつ、手袋に安全靴、それからジャンパーもな。作業着とジャンパーはロゴ入りで頼む」
それを聞いて目を爛々と輝かせる鈴花。
「何だよ、そんなことなら任せな! きっちりサイズに合ったもの用意してやるから。ただロゴ入れに時間がかかるから、大体2時間後くらいに取りにきな。きっちり仕上げておいてやるよ」
「それじゃ頼む、実はまだ買い物の途中なんだよ。2時間後にまた来る」
俺はきょとんとして未だに状況を認識できていない2人を車に乗せると、次の目的地に向かった。
「…えーと、さっきのは…何?」
「…あの女性とは随分親しそうでしたね…」
「ああ、あいつは師匠の弟子だった頃からの知り合いだ。いつも多少の無理を聞いてくれるいい奴だよ。俺にとっては姉貴がわりだな」
「「 ふーん 」」
その疑惑に満ちた目は何だよ? 俺はいつもからかわれて大変だったんだぞ?
「まぁ何が出来るかは後のお楽しみだ。これからは気合入れろよ? 俺の向こうでの生活の糧になるものを買いにいくからな!」
俺の真剣な表情に2人の顔も引き締まる。鈴花の店から大体20分で、その店に着いた。
こじんまりとした酒屋なんだが、俺はここでしか酒を買わないと決めている。ビール程度ならコンビニでもいいんだが、本格的な酒はここの品揃えに敵う酒屋は無いんじゃないか?
「こんちわー、また買いに来たよ」
「おや、いらっしゃい」
穏やかに挨拶を返してくれたのは、ここ「リカーショップ七宝」の主人だ。髭面で小柄だが、その笑顔はとても穏やかだ。実は、その腕っ節はかなりのものらしい。でも奥さんには頭が上がらないという噂がある人だ。この店のいいところは、酒の味に厳しい主人が認めた酒じゃないと置かないというポリシーにある。ブランドに頼って味の落ちたメーカーは平気で切り捨てるが、その分、主人のお眼鏡に適った酒はどれも文句なしに美味い。
「おやっさんのところの酒は美味いからな、ついつい飲みすぎちまうよ」
「それはロックちゃんと嗜好が似てるからだろう? 今日は何を探しに?」
えーと、酒を土産にするのは誰だったっけ? デリック夫妻にタリアにリルに…ミューリィは当然除外っと。あとは俺の分だな。
「ポン酒は純米の大吟醸をいくつかと、そこそこのやつを樽でくれ。それと梅酒のいいのも欲しいな。果実のリキュールもいくつか種類を見て欲しい。後は…泡盛と焼酎は芋、麦、黒糖に米、そば、ゴマだな。それにバーボンのお勧めとテキーラ、ラムだな。スコッチもいいのがあれば頼む」
「…随分頼むんだね、まさか1人で飲む訳じゃないんだろ?」
「ああ、知り合いに酒好きが多くてね、土産代わりだよ。金も貰っちまったし」
「そういうことか、なら責任重大じゃないか。それじゃ見繕ってみるよ。数はどのくらい要るんだ?」
「一通り2本ずつ欲しい。俺も愉しみたいからな」
「わかった、ところで日本酒は甘め、辛め?」
「ああ、それは…」
2人は俺達の会話に全然ついてこれず、ぽかーんとした表情で店内を見て回ってる。
「これ…お酒? すごくきれいな入れ物に入ってる…」
「これは硝子ですか? こんなに滑らかに出来るなんて…」
2人が手にしてるのはブルーの瓶が特徴のジンだな。スパイシーな味がいいんだ。
「こんなんでどうかな?」
おやっさんが一通り用意してくれた。俺の知らない銘柄もあるな。
「日本酒は新潟のいいのがあるから新潟でまとめてみたよ、バーボンはエズラを試してみて、12年と15年。それから、黒糖は六調にした。あとはロックちゃんも飲んだことある銘柄だね。あ、そうそう、新しく仕入れた焼酎だけど、酒粕、しそ、こんにゃく芋、牛乳があるんだ。安くするから感想聞かせてね」
すごいラインナップだな…これだけあれば、次に戻ってくるまでは足りるはず…あの馬鹿エルフが来なければ…あいつにはそこにある巨大ペットボトルのウィスキーでもやるか。
「それじゃ貰ってくよ、はい、お勘定ね」
「…ロックちゃんのまわりには余程酒好きがいるんだね…これだけを一括で買うなんて」
「まあな、でもいい奴等だよ」
「ま、うちは買ってくれるなら大歓迎だけどね」
おやっさんが酒を積み込みながら、笑顔で呆れている。アイラとセラフィナは、販促用のウィスキーの小瓶を貰って上機嫌だ。俺は店の外まで出て手を振るおやっさんに見送られて、次の店に向かった。
「リカーショップ七宝」から15分ほど走ったところにある、業務用食材店が最後の店だ。昨日のうちに調理器具は購入してあるから、あとは食材だ。
「ここは何のお店ですか?」
セラフィナが俺に尋ねてくる。何故アイラがいないのかというと、あいつは貰った小瓶のウィスキーを早速飲んでしまい、酔って寝てる。車酔いとの二重攻撃に敗れたようだ。
「ここは店で使う食材の店だ。向こうで食べるものを用意するってのもあるが、ダンジョンの中で野営することもあるらしいからな、そこで食べられるようなものも持っていったほうがいいと思うんだ。まさか干し肉と黒パンだけじゃ、力が出ないだろう?」
「成る程、そう言えばそうですね」
俺は大量のパスタと即席ラーメン、レトルトカレーをカートに放り込む。さらに、大量の砂糖、塩、胡椒に醤油と味噌を放り込む。あとは油にカレー粉、ソースに焼肉のたれを追加する。勿論ソースは中濃とウスターの2種類だ。これだけあれば、タリアのところで色々作ってもらえるかもしれない。もし駄目なら、厨房借りて自分で作ろう。
「これで買い物は終わりだ、鈴花の店に戻るぞ」
俺達は急いで鈴花の店へと戻った。
「待ってたよ、ほら、もっていきな」
相変わらずテレビを見ながら、煙草を吸っている鈴花から、頼んでいたものを受け取る。
それぞれ紙袋に入ってるから、2人に渡す。転移を約束した時間に間に合わないと拙いので、さっさと勘定を済ますと、すぐさま作業場へと急いだ。
「ねえ、開けていい?」
「出来れば戻ってからにしろ、時間に遅れるのは信頼を失くすぞ」
中を見たがるアイラを窘めると、セラフィナが感心したような様子で話す。
「成る程、刻に正確なのは大事なんですね」
それは…日本では当たり前のことだぞ? ていうか、向こうが時間にルーズすぎるんじゃないのか?
作業場に着くと、昨日買った品物を全て四駆に積み込む。道具や錠前を積み込んでる間に、セラフィナが転移魔法陣の準備をしている。
「お前達、忘れ物は無いな? まぁ来週くらいにはまた戻るつもりだけど」
「大丈夫!」
「私も大丈夫ですよ」
2人は何故かジャージ姿に戻っている。何で買った服を着ないんだ? まぁ本人がいいなら俺が口出しすることじゃないけど…
「セラフィナ、そろそろ頼む」
「はい、ではいきます! 『転移』! 」
俺達は再び、閃光に包まれた。
その頃、「流山ユニフォーム」の店内で、2人の人物がお茶を飲んでいた。1人は店主の流山鈴花、もう1人は「リカーショップ七宝」の店主だ。
「どうやら行ったみたいだね、ロックの奴、あれで隠してるつもりなんだろうね」
「そりゃ仕方ないよ、僕らがこっちにいることを知ってるのは誰もいないんだし」
「それにしても、あの娘の片方は狐人族だね、ずいぶん懐かれてるようだけど」
「もう1人はかなり力のある魔法使いじゃないかな? あれは鍛えればロンバルドを超えるかもしれないね」
2人はお茶をすすりながら、昔馴染みの顔を思い出す。
「おそらく…ゲンが逝ったんだろう…じゃなきゃ『鍵屋』を探す理由がない」
「ロックちゃんの腕なら、ゲンちゃんを超えてるから」
しばしの沈黙の後、鈴花は口を開く。
「ディノ坊やめ、ロックを巻き込んだらタダじゃおかないからな!」
「でも、ロックちゃんって不思議な巡り合わせで生きてるから、案外何とかなるかもね」
「…そうだね、ディノ坊やとロックが出会う確率だって、高いわけじゃないんだ。何とかなるだろう、それに、あの性格だから、間違ったことはしないよ」
2人はどこか遠い目をしながら、温くなったお茶を啜っていた。
ちなみにロックの愛車はランクル80のVXです。
お酒は作者の趣味…です。
次回更新は8日の予定ですが、遅くなるかもしれません。
読んでいただいてありがとうございます。