仕入れです②
こんな感じになりました
俺は大きなミスを犯していた。どうしてだ、以前に何度もこの苦しみを味わったというのに。俺はなんて馬鹿なんだ。
女の子の洋服選びに付き合うなんて…
俺達は近所の大型衣料品店に来ていた。予算に心配なくなった俺は、半ば有頂天になりながら言った。
「好きなものを好きなだけ選べ、俺の奢りだ 」
おそらく、持ち慣れない大金に心の箍が外れたんだろう。この言葉に2人は満面の笑みを浮かべて店内を物色しはじめた。
「この生地凄い、こんなに伸びるわ」
「この染色も凄いわ、こんな色使いは初めてよ」
そして、俺の所に持って来てこう言う。
「「 似合う? 」」
まさか似合わないなんて言葉はここでは使えないだろう? でもアイラ、その胸にでっかく「テリヤキチキン」て書いてあるTシャツはどうかと思うけど。
そんなことをもう三時間もやってる。そろそろ俺の限界が見えてきそうだ。
「それじゃこのくらいね」
「そうですね」
よし、もう終わる…そんな希望は、見事に打ち砕かれた。
「「 次は下着ね 」」
何という拷問か…しかも女性下着売場なんて…
そうか…俺の死に場所はここだったのか…
結局、俺が解放されたのはそれから一時間後だった。2人はお互いに見比べてはしゃいでいたようだ。もう最後の方は覚えてないよ。
とりあえず腹ごしらえするために入ったファミレスでデザートお代わりしまくったり、繁華街でしつこくナンパされたりと色々あったが、何とか予定通りに一日目の買い物を完遂できた。
作業場に戻ってきた俺達は、それぞれの買い物を確認する。2人は何故か、ずっとジャージだった。どうやらジャージの魔力に魅せられたらしい。ジャージみたいな服も向こうには無いらしいからな、あの着易さは次元を超えても通用するんだな。
どうもいくつか買い忘れたものがある。追加の品物をメールで発注してると、2人が覗き込んでくる。
「これも道具なの? 不思議な道具ね」
「しかし…本当に魔力の無い世界なんですね…この灯りも道具によるものだとは…」
2人は改めて感慨深そうに話す。そんなとき…
『く~』
可愛い腹の虫が鳴いた。ふと顔を上げると、セラフィナが真っ赤な顔をしてる。そう言えばもう夕食の時間だな。でも、もう外に行くのも面倒だし、ここはデリバリーでも頼むか。
「まだ色々やることがあるから、何か頼むけど、何がいい?」
俺が机の引き出しから色々なデリバリーのメニューを出すと、2人は目をきらきらさせながら覗き込んでくる。
「これは何? すごく綺麗」
「これは…肉料理ですか?」
「頼むとその料理を持ってきてくれるんだ。疲れた時に重宝してる」
2人はメニューの内容を俺に尋ねながら、目を輝かせてメニューを選んでる。言語魔法のお陰で言葉は通じるみたいだが、料理の内容までは分からないそうだ。
アイラが持ってるのは宅配ピザのメニューだな、セラフィナは中華のメニューを持ってるな…流石に寿司とかは厳しいだろう。
「それじゃ、食べたいモノ全部頼もう! とにかく選べ!」
…なんて言った俺が馬鹿だった…
目の前にあるのは…ピザが5枚、中華麺が5杯に丼物、一品料理が多数…
こんなに食えるか! …なんて思った俺が馬鹿なのか? アイラの食欲が半端ない。あっという間に料理が消えていく。
「ロック…もぐもぐ…これ…美味しいね…もぐもぐ」
「これも、凄く美味しいです」
負けじとセラフィナも料理をたいらげていく。まさかセラフィナまでこんなに食うとは…ていうか、ぼーっとしてたら俺の分がなくなりそうだ。
何とかピザにありついた俺は、先ほど注文した品物の納期回答を確認する。2人は昼間買った服を広げて、きゃいきゃい騒いでる。…まぁこういう雰囲気も悪くない…かな?
おっと、2人の寝床を用意してやらんと…
「2人はこの部屋を使ってくれ、俺は作業場のソファで寝るから。今、布団の用意してやるから」
「「 えー? 」」
そこで不満の声が上がるのがよく分からないんだが…まさかソファの方がいいなんてオチじゃないだろうな?
「じゃあ、どうすればいいんだよ?」
「こっちで寝ればいいじゃない?」
「そ、そうですよ…」
こっちの世界で一夜を明かすのは、やっぱり不安なのかな? そういうことであれば…仕方ないか…
「わかったよ、こっちで寝るから」
2人の表情が輝く。そんなに不安だったのか…
そんなこんなで3人で寝たんだが、2人がくっついてきて、凄く暑かった。おかげで秋なのにエアコンつける羽目になったよ。
さて、明日は戻る予定だ、食料品とか色々買い込まないといけないし、明日届く予定の道具も受取りが必要だ。そんなことを考えていると、強烈な睡魔に襲われた。流石に洋服選びに4時間も付き合ったのは失敗だったか…。
「「 うわぁ、凄い 」」
二人は目玉が落ちるんじゃないかと思えるほどに、その目を大きく見開いて驚嘆の声を上げている。
俺達は今、とあるスーパーマーケットに来ている。皆への土産と、俺の食生活の充実の為の買い出しだ。
二人が驚いているのは、所狭しと並ぶ食材にだ。向こうでも市場はあるみたいだが、ここまでの品揃えはないんだとか。それに、向こうには中々ないものが彼女達を驚かせている。
「こんなに魚があるよ」
「魚はもっと生臭い物だと思っていましたが…新鮮さが違うんでしょうか?」
確かに向こうには生魚を売る店は無かったよな。あっても塩漬けくらいだったし。タリアにクーラーボックスでも買って行くか。
すると、二人の足がいきなり止まる。…あぁ、成程、そういうことか…。二人が立ち止まったのは、店内の一角… 『焼きたてパンコーナー』だ。
「これって…本当にパンなの? こんなにいい匂いするの?」
「これはバターでしょうか?それもかなりの量使ってますね」
さすがセラフィナ、貴族だけあって、その辺りはわかるか。でも、アイラに負けないくらい、食べたそうな顔してる。
「それじゃお前達の分と、ギルドの連中の分も買って行こう。2日くらいは大丈夫なはずだ」
二人が満面の笑みだ。お前達、食べてばかりだと…太るぞ?
「後は酒と、爺さんはインスタントコーヒー、デリックの奥さんには、大吟醸と梅酒にしておくか。子供達への土産は…日持ちしそうなクッキーかな」
俺がカートに次々と放り込むのを眺めていた二人が、それぞれの目についた品物を入れている。わからない物は俺が説明する羽目になった。もう諦めたよ、とことん付き合ってやる。
と思ったのも束の間、アイラとセラフィナが不思議な顔で持ってきた物に、俺はとっさに反応出来なかった。
「ねーねー、ロック、この箱は何?」
「これは…一体何でしょうか?」
君たち、それはコンドームだよ…そんなもの女の子が持って来ちゃいけません。お兄さん許しませんよ?でも、きちんと教えておかないと拙いだろう。
「それはコンドームだ。避妊道具だよ」
その言葉に、顔から火が出そうな勢いで赤面するセラフィナ。かろうじて平静を保つアイラだが、つい質問して自爆した。
「どうやって使うの?」
アイラめ、セラフィナにお姉さんぶりたいんだな…でも、それはこの返しをうまく捌けたらの話だ。
「それはな、男のアレに被せて、子種が出ないようにするんだ」
ほら、撃沈した。アイラは熟したトマトみたいに真っ赤になってる。大人をからかうからこんな目に遭うのだよ、アイラ君。
周りを見ると、俺を見る目が変質者を見る目に近い。よく考えてみれば、アイラは見た目高校生、セラフィナは中学生だ。そんな2人にコンドームの説明してる俺…完全にアウトじゃないか、おまわりさんが来てしまう!
とりあえず、土産用の食料品を買った俺達は、そそくさとその店を後にして次の店に向かった。
運転をしながら、俺はふと思いついたことを一人呟いていた。
「しかし、あれだけの宝石を持ちこんで、変にアシがついたら拙いな。このあたりで仕事できなくなっちまう」
やはり俺の見立て通り、デリックから貰った宝石は相当価値のあるものだった。カットなし、裏手数料ありであの金額だからな…とりあえず、この金でこっちの仕事の道具を買うのはやめよう。
でも、一番の心配は、へんな奴に流れて、出所が割れることだ。その為に、あの業界では俺が最も信頼している若頭のところへ持って行ったんだが、若頭だって上役がいる。そいつらに睨まれたら、俺のことがばれる可能性がある。
すると、俺の表情が曇ったのを見たセラフィナが、微笑みながら言う。
「もしかして、あの宝石のことを気にしているんですか?」
「ああ、やばい連中に目をつけられなきゃいいんだが…」
俺は素直に心境を話す。下手に隠していたら、もしもの時に対応できなくなるかもしれないからな。出来るだけ情報は共有化しておきたい。
「それなら大丈夫よ、ロック。ディノ様が対策してくれたわ、ね、セラフィナ?」
「はい、アイラさんの言う通りです。あの宝石には、ある特殊な魔法処理がしてあります。
実は、あの宝石が相当価値があることをロンバルド導師は知っておられまして、厄介な者達が強引な手段に出ることを懸念しておられました。
そこで、あの宝石には認識阻害の魔法を応用して掛けてあるんです」
認識阻害? どういうことだ? それも応用? 日本じゃ魔法は使えないはずだろう?
あまり理解できていない俺に、セラフィナは嫌な顔ひとつせずに、丁寧に教えてくれる…いい子や……この子いい子や…
「認識阻害というのは、認識できなくする魔法なんですが、それを逆手に取りました。こちらの世界では、魔力が存在しないために、魔法を維持する魔力が少しずつ霧散してしまいます。それを利用して、魔法が維持している間にあの宝石に関わった人間に対して、魔法で強制的に全く同じ記憶を上書きするんです。当然、魔法が維持できなければその記憶も消滅しますが、全く同じ内容の記憶なので、元々あった記憶まで消えてしまうんです」
うーん、つまり…俺があの宝石を持ち込んだっていう本当の記憶に、魔法で同じ記憶を書き込む…魔法で作った記憶は消えるが、全く同じ記憶なので、元からあった記憶まで無くなるっていうことか。上書きしたデータが違うデータになるようなものか?
「ただ、宝石自体が消えるわけではありませんから、そんなに大騒ぎにはならないと思います」
なるほど、俺達が持ち込んだ記憶がなければ、俺達に繋がることは無いな。一応、防犯カメラの死角になるように計算して位置取りしたから、俺の手元は見えてないはずだ。あそこのカメラつけたのは俺だし。もし映っていても、久しぶりに挨拶に行ったってことにすればいいか。
俺はほっと一息つくと、あることを思いついた。2人はこれから俺の弟子ってことになるんだろう? あ、ジーナを入れれば3人か…。それならば、他の連中とは違うようにしておきたい…
車を路肩に止め、電話をかける。俺がいつも使ってる業者で、俺の無理をきいてくれるいいやつだ。
「ひさしぶりだな、ロックだ。女性用と子供用のセットを頼みたいんだが、これから行っても大丈夫か?」
電話の相手の答えは、勿論OKだ。2人の怪訝そうな表情を見ながら、俺は次の目的地へと四駆を走らせた。喜んでもらえるといいんだが…
ちなみに2人の食欲は、魔力が無い世界ということに起因します。
読んでいただいてありがとうございます。