仕入れです①
光が収まると、そこはいつもの作業場だった。アイラは落ち着いていたが、セラフィナは緊張の面持ちで辺りを見回していた。時間は向こうとほぼ同じらしく、作業場の時計は朝6時を回ったところだった。
「とりあえず降りてくれ、部屋に案内するから」
俺は2人を促して、作業場の奥にある俺の部屋に向かった。6畳くらいの部屋だが、ほとんど生活感がない。まぁほとんど作業場のソファで寝てたからなんだけど、変に汚れた部屋じゃなくて良かった。
「すごいですね…これ全部、ロックさんの使う道具ですか?」
作業場の棚いっぱいに置いてある道具類を見て、セラフィナは感嘆の声を上げてる。アイラもここはまだ2回目だし、色々と珍しいんだろう。電動工具に興味があるみたいで、繁々と眺めている。
「魔法道具とは違いますが、とても興味深いです」
「私も早くこういう道具を使えるようになりたい!」
そんな声を聞きながら、俺はバッテリーを充電器に突っ込んで、必要な物を書き出していく。
「まずは発電機…これは新品を買ったほうがいいな、あとは錠前をいくつかと工具類、それから…」
仕入れるものが多いな、これは資金を調達しておかないと拙いかもしれない。デリックに貰ったモノを換金しなきゃいけないんだけど、出所がはっきりしないのは買取してもらえないかもしれないな。気乗りしないが、その筋に持っていくとするか…。
「俺はこれから買い出しにいくけど、どうする? 留守番してるか?
「「 絶対に行く! 」」
…ですよねー、聞いた俺が馬鹿でした。当然ながら、セラフィナは初めての日本だし、アイラだって爺さんと一緒だったから、スカウトで忙しかっただろうし…。
そうとなれば、まずは格好からだな。アイラにはまず尻尾を隠して貰うとして、2人とも向こうの標準的な服装なんだが、やはり日本では浮いてる感が凄い。どこぞの衣料品店に行くのはいいとして、そこまで行くのにどうするか…
そこでふと思い出した。昔付き合ってた子が、ジャージっぽいのを残していったままだったな。よし、そこまではそれで行こう。俺はタンスの一番奥に保管してあったジャージを何枚か取り出して渡した。
「その格好はこっちじゃ目立つから、買いに行こう。とりあえず店に行くまではそれを着ておいてくれ」
2人はジャージを物珍しそうに見てるが、アイラが鋭い目つきでにらむ。
「知らないメスの匂いがする!」
いや、メスはないだろ、メスは…。でも仕方ないじゃないか、それしか無いんだから。べ、別に捨てられなかった訳じゃないんだからね! 捨てる機会が無かっただけなんだからね!
「それは昔、知り合いにもらった古着だ。店で新品を買ったらそこで着替えればいいから」
新品という言葉に機嫌を直したアイラ。何故かセラフィナまで機嫌が悪かったんだけど…やっぱり貴族のお嬢様だから、古着を渡されて怒ったんだな。俺の配慮が足らなくてすまん。
上機嫌になった2人はそのままにしておいて、買わなきゃいけない品物をメールで送っておく。在庫があるものは明日にも届くし、無ければ入荷日を確認しておいて、またこっちに来ればいい。
「どう? 似合う?」
ジャージに着替えた2人が俺の傍に来た。流石に2人とも素材がいいせいか、古着のジャージでもその容姿に陰りはみられない。アイラはその胸が主張しまくってるし、セラフィナはバランスのとれた可愛さがある。っていうか、アイラは耳をどうにかしないと…。たしか俺が使ってたニット帽があったな…
「アイラ、こっちじゃその耳はまずい。これを被っておけ。俺のお古で悪いが」
俺が黒のニット帽を投げ渡すと、すごく嬉しそうな顔で受け取った。そんなにニット帽好きか?
「あ、あの…私にも帽子を…」
え、セラフィナは必要ないだろ? それともそんなにニット帽がいいのか?
「いや、セラフィナはそのままで大丈夫だから」
その言葉に、愕然とするセラフィナ。そんな彼女を見て、アイラが自慢げに帽子を被ってみせる。
「えへへへ…ロックの匂い…」
満足そうなアイラと、呆然としてるセラフィナを放置して、俺はとある相手に電話する。
「あー、もしもし、紀伊です。ご無沙汰してます」
『おー、ロックか! 久しぶりだな、どうした? お前からかけてくるなんて珍しいな』
「それが…ちょっと視てもらいたい出物があるんで…これから伺ってもいいですか?」
『まぁお前の頼みなら無碍に断れんな。わかった、それでモノは何だ?』
「…宝石です。カットしてないヤツです」
『…よし、腕のいい鑑定士を用意しておく』
「すみません、お手数かけます」
俺は電話を切ると、デリックから渡された袋を開けた。そこにはたくさんの宝石が入ってる。ルビーやサファイア、エメラルドにトパーズ…ダイヤはないけど、親指より大きなサイズのものが十数個。
「ロック、本当にこんなので大丈夫なの? 魔石じゃなくていいの?」
「そうですよ、こんなもの、子供のおもちゃ代わりですよ?」
アイラとセラフィナが不思議そうに聞いてくる。向こうでは魔力の宿っていない宝石は、タダ同然らしい。ダイヤモンドは防具に使えるそうだが、魔力のない宝石は道具にもできないから安いらしい。時には道端に落ちてることもあるそうだ。
「こっちでは魔力は意味がないからな、これで十分なんだよ。それじゃ出かけるから車に乗ってくれ」
「「 はーい 」」
俺は2人を乗せて、街へと走り出した。
「うわー! すごいすごい! こんな世界があるなんて信じられない!」
セラフィナが驚嘆の声を上げる。見る物すべてが新鮮なんだろう。確かにこれだけの人を向こうで見ることなんて無かったし、建物も、乗り物も、全部が予想をはるかに超えてるようだ。
「どう? すごいでしょ?」
何故アイラが得意げなんだよ。ま、アイラは爺さんと一緒に何回か来てたみたいだし。
「もうすぐ着くぞ、2人はどうするか…まあいいか、一緒に来い。でも、絶対に喋るなよ?言葉に敏感な連中もいるからな」
俺が真剣な表情で釘を刺すと、その意味をきちんと理解したらしく、真面目な表情で頷く2人。よし、行くか。
繁華街の裏手にある雑居ビル、エレベータも無いビルの階段を上がって3階に向かう。飾り気のない扉をノックすると、低い声が返ってきた。
「誰だ?」
「俺です、紀伊です。電話した件で来ました」
「おお、ロックか! 待ってろ、今開ける」
鉄の扉がゆっくり開くと、そこには剃刀のような雰囲気を持った40代の男がいた。
「若頭、ご無沙汰してます。鍵の調子はどうですか?」
「ああ、問題ないぞ。ま、入ってくれ」
俺達は促されるままに中に入ると、いかつい奴等が5人ほどいた。そいつらはアイラとセラフィナをいやらしそうな目で見ていた。
「随分綺麗所を連れてるな、お前の女か?」
「師匠の知り合いですよ、日本人じゃないですけど。弟子として預かってるんです。それはそうと、電話の件ですが…」
「ああ、ちょっと待ってろ。クニさん、視てやってくれ。クニさんは宝石の鑑定じゃ、そのへんの宝石商よりも確実だぞ」
「すみません、若頭。視てもらいたいのはこれなんですよ」
クニさんと呼ばれた初老の男が俺の前に座る。なかなかやばい雰囲気の爺さんだ。俺は袋の中身をテーブルに出す。色とりどりの宝石を見て、思わず室内の強面連中も感嘆の声を漏らす。クニさんは一瞬その目が険しくなったが、すぐに表情を戻すと、鑑定を始めた。やがて、若頭に何か耳打ちする。
「なあ、ロック、こいつの出所は…ま、俺みたいなヤツに持ち込んでくるんだから、正規のルートじゃないんだろ? お前には何度も世話になってるから、聞かないでおくよ。クニさんの見立てだと、全部で二千万はくだらないらしい」
「お前さん、こんな高純度の品物、どこで手に入れた? 定期的に手に入るなら、私のところに持って来い。決してそこらの店に持ち込むなよ? これだけのモノは奴等でもそうそう仕入れられん。場合によっちゃ、厄介な連中が介入してくるからな」
クニさんがアイラとセラフィナを優しそうな目で見る。
「私も孫が生きてればその2人くらいの年だった。こんなヤクザな仕事のとばっちりで…」
どこか遠い目をするクニさん。しかし、すぐに仕事の顔に戻る。
「ルビーにサファイア、エメラルドにトパーズ…これだけの種類でこの大きさと純度、買い手はいくらでもいるぞ。とりあえずこんなもんでどうだ?」
叩かれた電卓の金額は、俺の予想のはるか上だった。おれは即OKを出すと、クニさんが鞄から札束を出してきた。俺、こんな大金見たことねえ。即座に懐にしまいこむ。
「ロック、これからどうするんだ?」
「いや、実は頻繁に海外に行くことになって…、師匠のやりかけの仕事を引き継ぐことになったんです。この2人はその関係者です」
「成る程、もし暇してるならウチの専属はどうかと思ったんだが…」
「すみません、もう決めたんで…でも時々戻ってきますし、また買取をお願いしなきゃいけないんで…あっちは現物支給なんですよ」
俺はそう言って笑顔で返した。俺の頭はもう、懐の札束のことしかなかった。
「それじゃ、こいつらの買い物を済ませないといけないんで、これで失礼します」
「おお、体に気をつけろよ」
俺達はその建物を後にした。しかし、向こうではタダ同然のものがこんな値段になるとは…とりあえず服を買いに行って、昼は美味いものを喰おう!
「さて、資金も調達できたし、お前達の服を買いにいくぞ!」
「「 はい! 」」
やっぱり女の子だな、服を買ってもらうのが嬉しいらしい。でもどこに行けば女の子向けの服が買えるんだ? 俺はいつも適当に買ってるからよくわからん。とりあえず「しま○ら」とか「ユ○クロ」あたりでいいか…
しかし、この時の俺はとんでもないミスを犯していたのだった。
フリーなので、こういう人たちとの付き合いもあるんです。
読んでいただいてありがとうございます。