始まりは宝箱
鍵開け技術についてはかなりぼかしています。
おまわりさんが怖いですから。
「まいったな、完全に遊んじまう」
今日は朝から仕事が入ってた。厄介な鍵開けの仕事だったんだが、客が癇癪おこして無理やりこじ開けちまったらしい。全く、馬鹿だよな。鍵開けの料金よりこじ開けたドアの修理代のほうが絶対高いのに。
仕方ない。神様がくれた休みだと思ってゆっくりするか。
そんなことを考えてると、仕事用の携帯が鳴った。俺は個人用と仕事用の2台、携帯を持っている。こんな仕事をしてたらいつ電話がかかってくるか分からないから、プライベートの時は仕事用の電話は電源を切ることにしている。電話の相手は馴染みの旦那だった。
『ロックちゃーん、助けてくれー。うちに来た客が面倒なものもって来ちゃってさー。色々試したんだけどお手上げなんだよねー。悪いけどそっち紹介していい? 作業場のほうに行くように言っとくからー』
「なんだよ、面倒って。ヤバいのは勘弁して欲しいんだけど」
『そういう意味じゃないよー。モノがすごい骨董品なんだよー。ロックちゃんならこういうの好きかと思ってさー。頼むよー』
「まあいいけど…その客って知り合いか?」
『ううん、一見さんー』
「そんな客寄越すなよ。取りっぱぐれたらどうすんだ?」
『でもー、あの鍵はロックちゃん気に入るよー、絶対ー』
「………わかったよ。これから来るんだな? 準備しとく」
『ありがとー。今度奢ってねー』
「そこは奢るところだろ………」
いつも仕事を斡旋してくれる旦那だから無碍に断れないのが辛いとこだよな。
俺の名は紀伊甚六、27歳。店を持たないフリーの鍵屋だ。愛車の四駆に道具一式積み込んで、依頼先で作業する。俺の師匠はこの業界ではとても有名だった人で、開けられない鍵は無いって触れ込みの凄い人だった。その人に徹底的に鍛えられた俺は、気が付けばかなりの腕になっていた。師匠にはまだまだほど遠いが、そこは最近の道具を使ったりしてきっちりとこなしている。
店を持たないから、さっきみたいに電話で依頼をうけて仕事してるが、作業場は持ってる。住居兼用だけどな。さすがに道具が多いから、その保管に苦労するよ。ちなみに仕事を請けるときは「ロック」って名乗ってる。「キーのロック」って…駄洒落かよって思ったけど、仕事仲間からはそこそこ評判がいいんだよな。さて、…どんなモノを持ち込んでくれるのか、楽しみだな。
やっぱりこの業界に長くいると、こんなことが楽しみになってくる。一種の職業病だな、これは。
連絡があってから1時間程すると、作業場に2つの人影が見えた。多分、件の客だろう。
「いらっしゃい。電話の人?」
「ああ、開けてもらいたい物があってのう」
口が悪いのは御愛嬌だ。現場一筋で来たからお客との敬語のやり取りが苦手なんだよ。時折、それでお客と喧嘩になったりするけど、この客はそうでもないらしい。二人ともグレーのフード付きの外套みたいのを着てるしフードを下ろしてるからよくわからんが、しゃべった方は爺さんみたいだな。もう一人は全く喋らないし、爺さんの後ろに隠れたからはっきりとは言えないが、体つきは若い女みたいだ。
「それで、どんな物を開けてほしいんだ?」
「これじゃよ」
後ろのヤツが背中のでかいリュックから四角い布包みを出して机に置いた。爺さんが布をはずすと――
そこにあったのは紛れもなく「宝箱」だった。あのゲームとかアニメに出てくるやつだ。しかもかなり使い込まれてる。きっと、映画の小道具か何かだろう。ここまで使い込まれた感を出すなんて、すごい腕だと思う。まあ俺は開けるだけだけどな。
「ちょっと見せてもらっていいかな?」
「ああ、かまわんよ。遠慮なく見てくれ」
爺さんは作業場の道具が珍しいのか、きょろきょろと見回している。まあ普通の人が使わない道具もあるから無理はないが。ピッキングでいけるかと思ったんだが、ライトで鍵穴を照らすと、どうも一筋縄ではいかない感じがした。
それもそうだ。紹介してくれた旦那も業界では名の知れた鍵屋だ。ピッキングなんて朝飯前の腕前なのにお手上げってことは、相当厄介ってことだ。針金を挿してみると、反応するパーツがいくつもある。鍵穴はシンプルだし、形はただの閂なのに。
「成る程、これはトラップだらけだな」
「ほほう、何故わかるんじゃ」
俺の呟きに爺さんが反応した。
「この針金を差し込んだら、反応が無駄に多い。鍵自体の構造はシンプルだからどれか一つが当たりだと思うが…」
「ほう、そこまで解るか」
「まあこれくらいはな。問題はここからだよ」
一つ一つ当たりを探っていく。途中に不自然な動作をしかけるヤツは除外していくが…これは相当厄介だな。俺は針金じゃなく、太目の釣り糸を取り出す。これならば万が一ハズレを引いても、撓んでくれるから作動しないはずだ。聴診器を当てながら、位置を割り出して紙に書き出していく。
「ちなみに、これは開けるのに失敗すると、2度と開かなくなるんじゃ」
「…それを早く言ってくれ」
なかなか食えない爺さんだ。たぶん旦那もこう言われて手が出せなくなったんだと思う。最初に解ってたらまず断るレベルの難易度だ。
「一応、かなり絞り込めた。もう少し確証が欲しい」
そう断ってから、再び割り出しに入る。目星をつけた場所を探っていき、これだと思われる場所を何とか特定できた。再び針金に持ち替えて、狙った場所だけを動作させる
――――― カチャ ―――――
閂が外れる音がする。でも、何だろう、凄く嫌な感じがする。
「一応念のために訊くが、この鍵に何か細工してないか?」
「おお! そこまでとは………これは合格じゃな」
「合格? 何のことだ?」
「いや、見事な腕前じゃ。最後の罠を見抜くとはな」
「罠? そんなものあったのか?」
「どうして最後に踏みとどまったんじゃ?」
「………なんとなくだけど…嫌な予感がした。うまく説明はできんが…」
俺は正直に言った。確かに俺は感受性が強いとか、そういう言われ方をされたことが多かった。所謂、虫の知らせみたいなものを感じることも多かった。御先祖が呪い師みたいなことをしてたって話もきいたことはあるが…。
師匠に言わせれば、そういう感覚は鍵師には不可欠なんだとか。そう言えば師匠も、ヤバイ筋の仕事の時は、最後まで関わることは無かったよな。他の鍵師がやばい物の存在を見てしまって、行方不明になったなんて話も聞いたことがあったからな。
「ふむ、こういう世界でも素質のある者はおるんじゃのう。試すようなことをして悪かった。この宝箱には魔法の鍵がかけてあるんじゃ。最後は魔法じゃなきゃ開かんのじゃ」
「魔法? 何言ってるのかわからんが…どうしても開かない鍵を開けさせるってのは酷いじゃないか」
「それは申し訳ない。そこまで辿り着けるかどうかを確かめたかったんじゃ。おぬし、わしの話を聞いてはもらえんかの。わしはこういう者じゃ」
そう言うなり、爺さんは名刺を差し出した。そこにはこう書いてあった。日本語で。
――――― メルディア盗賊ギルド 魔術顧問 ディノ=ロンバルド ―――――
これが、俺の人生を大きく変える出会いになるなんて、全く思っていなかった。
読んでいただいた方、誠にありがとうございます。