何とかなりました
俺達は『銀の羽亭』で夕食をとっていた。カステラ一切れ二切れくらいじゃ、育ち盛りの胃袋など満足させられるはずも無く、当然の結果だった。
この店は町でもかなり評判がいいらしく、かなりの客が入ってる。昨夜は貸切だったからわからなかったが。でも、俺にはちょっとだけ不満がある。ほとんどの料理が「塩味」だからだ。もちろん魚料理とかは塩味でもいいんだが、肉料理もほぼ塩味オンリーだ。臭みがあるのも少し気になるんだよな…
「なぁ、フラン? この世界には調味料ってそんなに無いのか?」
「え? まぁ、そう…かな?」
いきなり挙動不審になるフラン。
「フランにそんなこと聞いちゃ駄目よ? 全然料理なんかしないんだから」
そう声をかけてきたのは、看板娘のタリアだ。
「それで…調味料だっけ? 王都に行けばそれなりにあるけど、このあたりはそんなに種類はないわ。塩は貴重品だし、スパイスなんてハーブくらいしか無いからね。塩は山まで取りに行けばいいんだけど、さすがに山は危険が多いから、冒険者を雇わないと無理なのよ。だから値段が高くても仕方ないの」
山…ということは岩塩か、岩塩は味がまろやかなものが多いから、日本の精製塩と比べると薄味に感じるんだろう。
「ロック、ここはギルドが契約してるから、食事だけは無料よ。お酒は別料金だから気をつけてね」
「そうそう、家賃を無料にしてもらったかわりにね」
なるほど、ここは社員食堂のようなものか。そういえばこの建物とギルドの建物はくっついてるな。
しかし、これはかなりの問題だな、俺的にはだけど。ここは頻繁に使うことになるだろうけど、味付けが単調だとすぐ飽きる。何か調味料を提供してみよう。
食後のお茶を愉しんでいると、ディノ爺さんが入ってきた。
「おお、ロック、サーシャを知らんか?」
「サーシャなら今朝からダンジョンよ、明日の夕方には戻ると思うけど」
フランの回答に、爺さんの顔が曇る。
「困ったのう、サーシャにあちらでの陣の固定を頼もうと思っていたんじゃが…」
「アイラじゃ駄目なのか? ミューリィだっているだろう?」
「アイラでは駄目なんじゃ、アイラは獣人じゃから、魔力量が少ないんじゃ。陣の固定にはかなりの魔力が必要になるんじゃが、アイラでは全然足りん。ミューリィはエルフじゃからのう、エルフは魔力を周囲から取り込まんと、寿命が短くなってしまうんじゃ。だからおぬしの世界には行けないんじゃよ」
そういえばそんな事を言っていたな…でも、そうなると今戻ることが出来ないのか…仕方ない、一日延期するか。
「それなら、サーシャが戻ってきてからでいいぞ」
「そうもいかんのじゃ、わしの作った陣は、半日以内に魔力を通さんと無効になってしまう。それに、わしは明日の午後には王都に行かなきゃならん。5日ほどで戻る予定じゃがの」
それは…かなりまずいかもしれない…ほぼ一週間空けるわけにもいかないし、道具の件もあるからな…
「あの…『あちらの陣』とは…何のことでしょうか?」
セラフィナがおずおずと聞いてくる。しまった、セラフィナがいること忘れてた。でも、これからうちで働く以上は、知っておくべきか…
「ロックは異世界人なのよ、魔法が存在しない世界出身なの」
アイラが胸を張る。いや、お前が威張るところじゃないと思うんだが…。フランから詳しい説明を受けてる。
「成る程、粗方の話は分かりました。その話、私に任せてもらえませんか、ディノ様?」
アイラの方をちらちら見ながら、セラフィナが自信たっぷりに言う。そう言えば、セラフィナは魔法の腕はいいんだっけ…
「おお、セラフィナ嬢がおったか! 確認しておくが、魔力量はどれほどあるんじゃ?」
「はい、上級魔法なら20回ほど撃っても問題ありません。それでだいたい半分くらい消費します」
「それはすごいのう、どうじゃ、わしのところで修行せんか?」
「いえ、私はロックさんから鍵開けを学びたいですし…それに…」
顔を赤らめて言うセラフィナに、アイラが牙を剥いて睨んでる。怖い、怖いよアイラ!
「おぬしも大変じゃのう…。それはさておき、それだけの魔力量なら、転移を任せてもよさそうじゃの。後で術式の準備をするから手伝ってくれ」
「はい! お任せください!」
眩しい笑顔のセラフィナとは対照的に、どんより曇った表情のアイラ。俺の作業着の袖を摘んでくる。
「ロック…私は…駄目なの?」
「何いってるんだ? お前は。お前には教えることがたくさんあるんだ。こんなところで燻ぶってる場合じゃないんだからな。俺の使う道具も理解してもらわなきゃいけない。師匠から学んでた分、お前はセラフィナの姉弟子ってことになるんだからな」
「…うん! わかった!」
ふう、やっとアイラの機嫌が直ったみたいだ。でも、セラフィナのおかげで転移の心配はなさそうだし、これで一安心。
銀の羽亭を後にした俺は、こっちで仕事するのに必要なものを纏めていた。発電機とか、工具もそうだが、着替えとかもいるよな。あとは…食べ物と酒、錠前もいくつか必要…ディノ爺さんにも必要なものを聞いておくか。
そんなことを考えてたら眠くなってきた。ベッドに入ろうとして、今朝の光景が蘇る。この部屋にも鍵つけたほうがいいかもしれないな…
翌朝、倉庫の四駆に乗っているのは俺、アイラ、セラフィナの3人だ。セラフィナは既にこちらでの陣の固定に成功してる。今は日本の転移陣の残滓を探索中だ。
「それじゃ、遅くとも明日の夜までには戻れると思う。土産は買ってくるから心配するな。デリックにも昨日の錠前の代金はもらってるし」
「しかしロック、本当にあんなものでいいのか? 」
「ああ、問題ない。むしろアレの方が都合いいんだ」
「それならいいが…それと、一つ頼まれてほしいんだが…何か美味い酒を頼む、あまり強くなくてもかまわない。妻が先日の会の話で怒ってしまってね…どうして誘わなかった!ってね」
「わかった、何か見繕っておくよ」
デリック…きっちり尻に敷かれてるな…
「…見つけました! ディノ様の魔力の残滓です!」
セラフィナが声を上げる。
「それでは行きます………『転移』」
俺達の視界は目映い光に占領されていった。
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