身分証もらいました
ギルドの入り口に新しい錠前をつけた俺は、ディノ爺さんのところに相談に来ていた。
「とりあえず、一旦日本に戻りたいんだが、いつ頃になるんだ?」
色々と道具を持ち込む準備もしなきゃならないし、仕入れのこともある。特に、今日の作業で電動工具のバッテリーをほとんど使い切ったことが大きい。
「ふむ、そういうことなら仕方ないのう、どれ、明日の朝までにはきちんと陣を組んでおくから今夜は我慢してくれんか?」
「来るときみたいなのは出来ないのか?」
「あの時は簡易魔法陣だったんじゃ。こちらの陣は正式なものじゃったから、目標が定まっておったんじゃが、向こうの陣は一回限りなんじゃよ。ただし、残滓はあるんじゃ、その小さな目標へ転移するのが大変での、かなり精密な陣を組まなきゃならん」
あの時は10分くらいで作ってたけど、そんなもんなのか。俺の理解を超えそうだな。でも、こっちに来るときはどうすればいいんだ?
「日本から来るときはどうするんだ? 俺にそんなことはできないぞ」
「心配いらん、帰るときに誰か魔法に詳しい人間を連れて行って、陣を固定してもらえばいいんじゃ。そのための魔法陣も組み上げておくわい」
「手間かけさせてすまないな、それから、入り口の扉の錠前を新しくしたんだ。俺でも梃子摺る錠前だけど、扉を破壊されたら意味が無い」
「うむ、デリックから聞いておる。後で魔法の対策をしておく」
「それじゃ、町でもぶらついてくるよ」
俺はディノ爺さんの部屋を後にした。
「あれ、ロック? どうしたんだい?」
ロニーが受付でリルと話をしていた。いつもの軽装ではなく、金属の胸当てをしていた。足にはレガースもしてる。
「ああ、ちょっと時間ができたんで町をぶらつこうと思ってたんだが…どうした? そんな物々しい格好して」
「冒険者ギルドからの緊急依頼なんだよ、僕みたいな兼業はこういう時に困るんだ。緊急依頼は拘束力があるから、断ると色々面倒なんだ。野盗退治だからすぐ終わると思うけど…折角僕が案内してあげようと思ったのに」
「それじゃ仕方ないだろ、また今度ゆっくり頼むよ」
「そうだね、それじゃ行って来る」
ロニーを見送ってると、リルが話しかけてくる。
「ねぇ、あの鍵凄いわね、さっきアイラが挑戦してたけど、全くお手上げだったわ。本当にロックでも無理なの?」
…ディンプルキーはアイラじゃ無理だろう、まだ未知の鍵だからな。
「絶対無理ってわけじゃないが、手間と時間が凄くかかる。そんなのやるくらいなら、壊して付け替えたほうが早いんだ。だから鍵開けでの侵入盗には強いぞ、他人の家の鍵を長時間弄ってるなんて不審者意外の何者でもないだろう」
「でも本当に助かったわ、最近この町も物騒だし。勿論王都ほどじゃないけどね、王都は貧民街があるから治安が良くないのよ」
どの世界もその辺は一緒なんだろう。日本だって東京や大阪の裏側は似たようなもんだし、海外マフィアなんかごろごろしてるし…
「ロック、もしかして暇なの? 私はもうそろそろ上がりだから、良かったら町を案内しましょうか?」
それは渡りに船だけど…いつの間にか受付にいたアイラがめっちゃ睨んでくる。
「アイラは今日の受付遅番でしょ? お仕事はさぼっちゃ駄目よ?」
「むー!」
膨れっ面のアイラもなかなかいい表情してるが、仕事は仕事だ。そのへんは分かってるみたいで、文句は言ってこない。ジーナも羨ましそうな顔してるが、流石にそろそろ夕刻だ。子供が出歩いていい時間じゃないだろう。
「お前達にはまた今度頼むよ、流石に今からじゃそう多くは回れないから」
と、誤魔化した。でもあながち間違いじゃない。この町がどのくらいの大きさかはわからんが、そう何箇所も行けないだろうし。
すると、リルが奥から出てきた。さっき着てたのはここの制服みたいなものか? 今は薄いグレーのブラウスに焦げ茶のスカートだ。染色技術が発達してないんだろうか、何か教えてあげたい気もするが、なにぶん専門外だからよくわからん。
「お待たせ、ロック。行きましょ?」
「ああ、よろしく頼む」
俺はリルと連れ立って外に出た。
ギルドの建物は、繁華街から程近い一角にあった。少し歩けば、数軒の酒場らしきものも見える。そんな中、リルは俺の手を引いて人の波をすいすいと歩いていく。その足捌きは見事なもので、俺はなんとかついていきながらも感服していた。
「着いたわ、ここよ」
案内されたのは、ギルドから15分ほど歩いたところにある店だった。リルは躊躇うことなく店内に入っていく。俺は内心どきどきしながら入っていった。
「どうも、久しぶり。元気してた?」
「おお、リルちゃん、久しぶりだな。…そっちのは誰だ?」
体格のいいおっさんがリルに愛想のいい顔をしたと思ったら、俺を見た途端に声のトーンが低くなった。所謂、ドスの効いた声ってやつだ。
「今度メルディアに入ったロックだ。鍵開けしてる、よろしく頼む」
極力圧されないように、端的に挨拶する。
「鍵開けって…お前、もしかして昼間に何かやってた奴か?」
昼の作業を見てたうちの一人か?
「ああ、そうだが…それがどうした?」
「いや、なかなか面白い事してると思ってな、あれは何してたんだ?」
「扉の錠前を取り替えてただけだ。付いていた錠前が不安だったんでな」
リルがカウンターに寄りかかりながら紹介してくれる。
「ロック、彼はメルディアの備品を卸してくれてる道具屋のキールよ」
「キールだ、大概のものは仕入れられるから、欲しいものがあったら相談してくれ」
「ああ、よろしくな」
「それでね、キール、ロックにアレを作って欲しいのよ」
アレって何だ? ちょっと不安になるな。
「おお、アレか、ちょっと待ってろ、今持ってくる」
キールが奥に引っ込む。俺はリルに聞いてみた。
「なあ、アレって何だ? やばいものか?」
「そんなんじゃないわ、見てればわかるわよ」
すると、キールが戻ってきた。その手には沢山のシンプルな指輪があった。
「ちょっと指を見せてみな……成る程、このサイズだな」
数多い指輪から俺の指に合ったものを選び出すと、そこに小さな石を付けた。そこには小さな紋章が刻み込まれている。確かこの紋章は…
「これはメルディアのメンバーの証明みたいなものね。後でディノ様に魔法で処理してもらえば完成よ。一応、この国では身分証明にもなるから失くさないでね。まぁ失くしても戻ってくるような魔法がかけてあるから平気だけど」
それは…すごく便利だな。
成る程、魔法か。俺にも出来たりするのかな? 何だかんだ言っても、魔法なんて憧れるじゃないか。まさにファンタジーって感じで。
でも、いい年して「魔法!」なんて言って喜んでる姿、日本の知り合いには絶対見られたくない。もしかして師匠もこんな気分だったのかな?
…想像したら途端に恥ずかしくなった…穴があったら入るから、誰か埋めてくれ…
読んでいただいた方、誠にありがとうございます。