念願叶いました
「痛ててて…何がどうなってるんだ…」
俺はいきなり腰に走った痛みで目が覚めた。仮眠室のベッドで寝てたはずなんだが、ベッドから落ちてしまったらしい。寝相の良さでは定評のある俺が珍しい事もあるな…余程疲れていたのか。痛む腰をさすりながら起き上ると、そこにはよくわからない状況があった。
シングルベッドよりちょっと大きい程度のベッドに、ふたりの少女が眠っていた。アイラとミューリィが何故か俺の寝ていたベッドにいる。その飛び出た足から想定するに、俺を蹴落としたのはミューリィだな、アイラは丸くなって寝てるし…。
何でこんな状況になったのかは、備え付けの小さなテーブルにある数本の空き瓶が雄弁に物語っている。ラム酒に麦焼酎、芋焼酎…昨夜の飲み会の残りだが、全て綺麗に空けられている。
「全く…全部飲んだのか…」
思わず呟く。そんな気にもなるっての、後で俺が飲もうと思ってたのに、全部空だぞ、空! せめて少しは残しておいてほしかった…。あの麦焼酎は俺の好きな銘柄だったのに…
ぼふ…
そんな間抜けな音とともに、掛けられていた毛布が落ちる。思わず目を逸らして、気配を殺して部屋を出た。そのまま階下に降りて修練場の脇の井戸で顔を洗う。釣瓶落とし型の井戸なんて初めて使うが、結構重労働だな。確か作業場に中古の手押しポンプがあったから、いつか付けてやってもいいかな、あとは塩ビパイプがあれば何とかなりそうだし。
そんなことを考えていると、修練場からフランが汗を拭きながらやってきた。
「あら、ロック、おはよう、昨日は大変だったわね。でもおかげでリスタ男爵夫人と懇意になれたわ、この町であの人のことは知らない人がいない程の有名人よ。元冒険者としてもすごい人だしね、ところでこんな所で何してるの?」
「仮眠室で寝てたらアイラとミューリィがいつの間にかベッドに入ってきてた。二人とも下着姿だったんで、面倒なことになる前に抜け出してきた」
「あの2人は酔うと酷いからね、特にアイラは脱ぎ癖があるのよ。所構わずって訳じゃないんだけどね…多分、師匠であるあなたに甘えてるんじゃないかと思うわ。彼女、ゲンが亡くなってからは何処か張り詰めたような雰囲気があったのよ? きっとゲンの代わりを自分がしなきゃって焦りがあったのかもしれない。ジーナに色々教えなきゃいけないし、その上ダンジョンにもってなると、彼女は限界ぎりぎりだったんじゃないかしら。
そんな時に、ゲンと同じくらい頼れるあなたが来てくれたのよ? だから私からもお願い、アイラに甘えさせてあげて? 彼女は両親もいないし、エイラのこともあるから、しっかりしたお姉さんでいなきゃいけないのは解ってる。ただ、年相応の女の子としてのアイラがいてもいいんじゃないかなって…」
アイラがそこまで思い詰めていたとはな…確かに作業場に現れた時にはほぼ喧嘩腰だった。背負った重責に動けなくなりそうだったんだな…
「わかった、できるだけ気にかけてやるよ。ただ、こっちも教える立場だから仕事に関しては厳しく行くからな、それだけは勘違いしないでほしい」
「勿論よ、仕事はきちんとしてもらわないとね」
「う~、ロック、どこ~」
フランとそんなことを話していると、アイラが目を覚ましたらしく、目を擦りながら階下に降りてきた。下着姿で!
「アイラ! そんな格好で下りてきちゃ駄目でしょ! 早く着替えてきなさい」
「む~」
アイラは不満げな顔をしながらも階段を上っていく。…意外とアイラって着痩せするタイプだったんだね…そんなに大きいとは思いませんでした。でも、ついに見た! アイラの尻尾! ふわふわで大きなのが振れてた! これが眼福ってやつか! 今日はいいことあるかも。
ちなみにミューリィに関しての俺の感想は…「棒」だった。それ以外に形容する言葉が無かった。
ギルドの受付に行くと、既にリルとデリックが仕事を始めていた。2人とも昨日はかなり飲んでいたようだけど、よく二日酔いしてないな。
「おはようございます、昨日は御疲れ様でした」
「おはよう、昨日は大変だったらしいな」
「おはよう、ミューリィはあんなだけど、酒が抜けてれば凄い人だから、そのへんは諦めて付き合ってあげて?」
デリックとリルが俺の挨拶に返してくる。やっぱりこの2人は常識人だ! ここは俺の心のオアシスになるだろう…。そんなことに感動してると、デリックが俺に話しかけてきた。
「ロック、ちょっといいか? 頼みがあるんだが…」
「俺で出来ることならな、どんな事だ?」
「実はな…お前に聞きたいことがあるんだが、ギルドの入口扉、どう思う? 鍵屋ならどれくらい安全かとかわかるんだろう?」
それは俺も気になってたんだよ、金を扱ったり武器を保管してる割に正面扉の鍵が弱い。誰かが室内に居れば閂を使えるんだろうけど、恐らく帰るときに外から鍵を掛けてるんだな? 扉の大きさに比べてこの小さい鍵だと、大きな衝撃で錠前が破壊されるぞ。
「あまりいい状態じゃないな、錠前が小さすぎる。かといって外側に錠前をつけても無理矢理壊されれば意味ないからな…」
「やっぱりそうか…いや、ここ最近はこの町も物騒でな、まわりでも何件か店が物盗りにやられてる。盗賊ギルドが物盗りに逢うなんて笑い話にもならないから、できるだけ早く対処したいんだが…何かいい案はないだろうか?」
これは一種の防犯診断だな、この扉の場合はまず錠前の交換だろう。あとはセンサーライトでも付けるか…
「まずは錠前の交換だな、この鍵だと弱すぎるから、もっと頑丈なものに変える。それと、侵入されやすい場所に罠を仕掛けておいたほうがいい」
「成程、…そこで相談なんだが、お前にそれを頼めないだろうか? 勿論金は払う。流石に何かあってからじゃ遅いからな」
ふーん、何を警戒してるかは大体想像つくけど…そのへんは俺が口出ししていいことじゃないだろうからな。俺に出来ることをやるだけだ。
「わかった、それじゃ今すぐ始めても問題ないよな? 確か車にいくつか手持ちがあるはずだから、ちょっと探してみるよ」
「すまん、助かる」
こうして俺は、ギルドからの依頼で錠前を付けることになった。鍵開けもいいけど、こういう仕事も楽しいんだよ。
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