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異世界でも鍵屋さん  作者: 黒六
第14章 だいじなもの
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検証

更新が滞って申し訳ありません。

「どこをどう考えればそんな結論に至るんだ?」


 ミューリィの言葉はあくまで仮定の話だとしてもかなり飛躍したものだった。俺は物心ついた頃からずっと日本で生活していた。、少なくとも異世界の女神様と関わり合いを持つようなことは一度もなかった。


「でも……そうとでも考えなきゃ辻褄が合わないわ」


 まだどこか疑わしい視線を向けてくるミューリィだが、俺には全く心当たりが無い。仕事も鍵師一筋、それ以外のことはしたことがない。そんな男にどうやって関わり合いが持てるというのか。


「それにほら……あの大怪我から目覚めたときにロックが話してくれたじゃない? あの夢のこと」

「ああ、あれか」


 彼女が言っているのは、俺が勇者の件で瀕死の大怪我を負った際、夢で出会った女性のことだろう。なぜかはっきりと顔を思い浮かべることができないが、不思議となつかしさを感じる女性だったような気がする。なにぶん夢のことなので曖昧なところも多いが。


「もしかするとその時に何かされたのかもしれない。でなければ治癒魔法が効かないロックが一夜で元に戻るなんてありえないわ。それほどまでにロックは大迷宮に必要とされているってことかしら」

「必要だから死なせたくないってことか? そこまで俺が必要とされている理由は何だ?」


 俺が鍵に関しての技術を持っているとはいえ、果たしてそれだけでここまで目をかけられるほど大きな理由だろうか。俺の技術や知識もいずれ年月が経てば追いつかれるはずで、そこまで待つことも選択肢の一つに入っていてもいいはずだ。ある意味であちらの世界から外れた存在である俺に固執する意味は何だ? 違う世界の人間に攻略させなければいけない理由があるのか?


「大迷宮に関する資料は正式なものは残っていないわ。今残されている資料も口伝で伝わってきたものを書き記したものだから、それがすべて正しいとは限らないし」

「招待状についてもか?」

「ええ、ただその点についてはかなり信頼度は高いわ。数代前の勇者が招待状を得て大迷宮に挑んだっていう記録ははっきりと残っているから。ただその後の行方は誰も知らないけど……」

「探索失敗したのか?」

「わからないわ。ただ大迷宮レベルのダンジョンがその後活性化した記録は無いから、おそらく探索は成功したんだと思う。あくまでも推測だけどね」


 そう言うと小さく首をすくめてみせるミューリィ。一夜を共にして関係を持ってしまったせいか、そういう小さな仕草が妙に……可愛らしく見えるな。無事だったという安心感がそう感じさせるのかもしれないが。改めて見ればスレンダーな美人だし、普段の仕事をしていればこんな美人と知り合うなんてまずありえない。


「……どうしたの? そんなに見つめて?」

「いや、改めて見ても綺麗だなって」

「ば、ばか! 真面目な話してるのに茶化さないでよ!」

「いや、かなり本気なんだが」


 差し込む朝陽に映える白い肌と艶やかな長い金髪、精霊に近いとまで言われているその性質からくるものとおもわれる神秘的な雰囲気がよりいっそう引き立てている。


「本当に……そう思う?」

「ああ、それに俺より年上という感じがしないのがいい」

「それ褒めてるの? 冗談にしちゃ度が過ぎてるわよ?」

「もちろん本気だ」

「……なら許す」


 ミューリィは半ば信じていないようだったが、俺は本気だ。はっきりと年齢は明言していないが、これまでの生活や同じエルフのサフィールさんとのやりとりからおそらく百歳は超えているだろうと考えている。積み重ねた年月からくる言葉の重みが……いや、それはないか。結構テキトーなことを平気な顔で言うしな。


 だが年相応な感じは微塵も見えないし、年上という実感もないが安心感はある。畏まるようなこともなければ酒を飲んでの馬鹿話だって付き合ってもらえる。そう考えればいままで付き合った女性の中でもダントツ一位だと思う。とはいえ付き合った数はそんなに多くないが。


「……こんな時間もいいね」

「そうだな」


 毛布を羽織って再び俺の傍に寄ってきたミューリィの肩を抱くと、そのまま身体を預けてくる。心地よい重みと人肌の温もりがここ数日のささくれだった心を癒してくれる。治癒魔法というものを実感したことはないが、傷が癒えるということはこういうことなんじゃないかと思う。


 二人で寄り添いながら、朝の情報番組を眺める。俺としては特に思い入れもなく見ていたが、ミューリィはとても興味があるようだ。


「これ、昔実家の近くの遺跡で似たようなもの見たことあるわ。あれは水晶の板を通して離れた場所の様子を映し出すものだったけど」

「そんなものがあるのか。かなりいいお宝だったんじゃないのか?」

「ただ遺跡の風化が激しくて、一度準備を整えるために遺跡を出たら崩れちゃったのよ。あのままいたら危険だったわ」

「結構ヤバい橋を渡っているんだな」


 そんな話をしていて、ふと思いついたことがあった。何かがきっかけになった訳でもなく、突然頭に思い浮かんだと言ったほうがいいだろう。


「なぁミューリィ、お前も治癒魔法使えるよな?」

「え? 使えるけど……どうしたの、いきなり?」

「ちょっと試してほしいことがあるんだ」

「?」


 突然俺からそんな話が出たので不思議そうな顔をするミューリィ。だが俺は構うことなくベッド脇に置いてあったカッターナイフを手に取ると、躊躇いなく左人差し指の腹の部分に一センチほどの切り傷をつけた。そんなに深く切ったつもりはないのでゆっくりと血が滲みだしてきた。その指先をミューリィに見せながら言った。


「この指に治癒魔法を使ってくれないか?」

「え? だってロックは……」

「いいから頼む。単なる思い付きを確認したいだけだ。この程度の傷は放っておいても数日で治るから安心しろ」

「……わかったわよ。『この者を癒したまえ』……これでどう?」

「お……おお……おおお?」


 ミューリィの詠唱が終わると同時に指先に感じる違和感。それは柔らかな温かさというはっきりとした形で現れた。そして傷の辺りに感じる微かなむず痒さはこれまで生きてきた中で一度も感じたことのない感覚だった。そして視覚的変化はより劇的に現れた。


 小さな指先の傷はその両端から塞がりはじめ、見る見るうちに傷跡すら残さず治ってしまった。まるで逆再生のビデオを見ているような気分だった。


「嘘……魔法が効いてる」

「やっぱりか」


 何となく思いついた閃き、それは今の俺にはミューリィの治癒魔法なら効くんじゃないかということだ。今の彼女の魔力は俺から供給されたもの、その魔力を使って行使される治癒魔法なら俺に対する親和性も高いんじゃないかと思ったからだが、とりあえず第一歩はうまくいったということか。


「まずは第一歩だな」

「え? どうして? 効いてるじゃない?」

「かすり傷程度なら何とかできるのはわかった。だがもっと大きな怪我に対しては確認しようがないからな。まさか自分で大怪我して、治癒魔法が効かなかったら最悪だろう」

「そうよね……でも治癒魔法が効くってわかっただけでもすごい進歩よ!」


 ややふらつきながらも、興奮を隠せないミューリィ。だがそれも当然か、これまで対処不可能とされたものに光明が見えたのだから。もしかするとまだミューリィの魔法限定かもしれないが、それでも大きな一歩には違いない。と、ミューリィが再び俺に身体を預けて潤んだ瞳で俺を見上げる。


「良かった……これでロックのことを護れる……」


 途切れ途切れに言葉を紡ぎながら、小さく肩を震わせる彼女の細い身体を優しく抱き寄せる。力を入れすぎたとは思わなかったが、予想以上に彼女は脱力していた。そんなに疲れたのか?


「あ、あのね、ロック? まだすごく魔力の効率が悪くてあの小さな傷を治すのにかなりの魔力を使っちゃったみたいなの。……だから、ね?」

「……わかったよ」


 もうここまで来れば彼女が何を望んでいるかなど簡単に理解できる。幸いにもこちらは今までのモヤモヤした鬱屈した感情がだいぶ解消されて身も心も万全に近い。なので彼女の望みを十二分に叶えてやることが可能だ。


「しっかり魔力補給しなきゃな」

「うん、お願い」


 朝の喧騒が遠くに聞こえ、柔らかな朝陽が差し込むベッドの中、俺とミューリィは再び肌を重ねていった。




**********



 ひとしきり身体を重ね合った後、二人とも心地よい疲れに身を任せて眠りに落ちていたのだが、その至福の時間をぶち壊してくれたのは飢えた猛獣の如き響きだった。いや、猛獣なんて生易しいものではない、この世のものとは思えないものだった。


 ぐるるるる……


「……お腹すいた」

「……腹の音なのか、今の?」


 可愛げなどどこを探しても見当たらないミューリィの腹の音で目覚めた俺たちは改めて自分たちが何も食べていなかったことを思い出した。昨夜ミューリィの異変があってから水くらいしか飲んでいない。だが生憎食べ物がほとんど残っていない。乾き物の酒のつまみはもう食べてしまったし、昨日色々と買うつもりだったのがあの一件でそれどころではなくなってしまったからだ。


「デリバリー頼むから少し待ってろ」

「えー、やだー、お腹すいたー、我慢できないー」

「子供か! 俺よりはるかに年上のくせに……」

「……何か言った? 今度言ったら……もぐわよ?」

「もいでも構わないが、お前も困るだろ、色々と」

「……馬鹿」


 傍で聞いていれば大量の砂糖を吐きそうな会話を交わしながら、届くのが早そうなピザのデリバリーを電話注文する。もちろん冷えたビールも忘れない。そして届くまでの間、さらに吐く砂糖が増量しそうな会話を続けた。どんな内容かは……黙秘しておこう。



「もう昼も過ぎてだいぶ経つな、道理で腹も減るわけだ」

「う、うるさいわね!」


 デリバリーのピザをビールで流し込みながら、改めて時間が経過していたことを実感していた。隣に座ったミューリィは俺のワイシャツを着ただけの姿で貪っている。ちなみに今食べているのは三枚目、二度追加注文した。


「それはそうとロック、貴方はこれからどうしたいの?」

「んー……正直なところ、まだ迷ってる」


 汚れた口元を拭き取りながら、ミューリィが俺の顔を覗き込むようにしながら聞いてくるので、素直に今の心境を話した。ここで誤魔化すこともできたのだろうが、こういう関係になってしまったこともあるし、きちんと話をしておくことでお互いの理解が深まるんじゃないかと考えたからだ。


「確かにお前の治癒魔法は俺に効果があった。だがそれはお前だけだろう? もしお前がいないときに何かあったらと考えるとな……それに俺がいることでお前の足枷になってしまうんじゃないかとも思ってる。それに……ダンジョンでもう一度しくじったらと考えると……正直なところ足がすくむ」

「私としては……もう一度戻ってきてほしいと思ってるけど、ロックに無理強いするつもりは無いわ。もしロックがこのままこっちの生活を望むならそれでもいいと思う。私の魔力供給の目途もついたし……あ、そうだ」


 突然何かを思い出したミューリィは勢いよく立ち上がると、自分の着ていた服をまさぐり始めた。向こうから来た時に着ていた、俺にとっては見慣れた服だ。


「あ、あった。これよこれ、これをロックに読んでほしいのよ」

「……手紙?」


 それはごくありふれた茶封筒、それこそコンビニでも手に入るくらいのものだ。だが何故これをミューリィが持ってきた? あちらの世界の手紙は羊皮紙や木の皮をなめして脱色したものがほとんどで、こんな薄い紙封筒は存在しない。ならこの手紙はいったいどこから入手したんだ?


「これはね、ゲンが亡くなる前に残してくれた手紙なの。自分の死後に来る鍵師が困ったときに渡せって。でもね……どうしても書いてある文字が解読できないの」

「読めないって……」


 読めないというのはどういことだろうか。師匠は生粋の日本人、外国語をマスターしていたなんて聞いたことも無い。それに翻訳魔法があるからかなり複雑な、それこそ日本人でも難易度の高い漢字ですら理解することが出来るはず。そう思って差し出された封筒を手に取って書かれている文字を見て……絶句した。


 書いてある文字は間違いなく師匠の字だ。間違えようもない、修行中からずっと見慣れた字だ。だが今それを懐かしむような感情は全く湧き上がってこない、これを師匠がミューリィに託したという事実が俺の思考を混乱させる。それは封筒の表に書かれた文字によるものだった。


『甚六へ』


そう、封筒の表には師匠の字で俺の名前が書いてあった。

 

読んでいただいてありがとうございます。

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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