決別ではなく克服
ようやくこの章が終わります。長かった……
『うわああああぁぁぁぁぁぁ!』
『ユウイチロウ様!』
ロニー達が姿を現した途端、ジンノが閉じたままだった目を見開いて声をあげた。それはまさに絶叫、およそ正気の人間が放つとは思えないほどに心の奥底に突き刺さる絶叫だった。
脇に抱えていた頭を放り出し、剣を抜きながらロニーへと迫るジンノ。放り出した頭はシルファリアが何とか無事に受け止めたが、その目は虚ろでまともに辺りが見えているかどうかすら怪しい。その口からはまるで呪詛のような恨み言がこぼれ続ける。
『お前が……おまえが!』
「そうか、あの黒騎士の言っていたことはこれだったのか。確かにこれは僕じゃなきゃ駄目だね。いや、僕がやらなきゃいけないことだったのかもしれない」
「どうする? 助太刀はいるか?」
「ううん、それよりもロックたちの護衛をしてほしい。万が一に無差別に暴れられたら困るからね。今のところ僕が標的らしいけど」
「おう、わかった」
警戒を怠らずに戦斧を構えてこちらに近づいてくるガーラント。一瞬だが偽物かと思ったが、俺が譲った酒用のアルミ製水筒を確認して本人だと確信した。この世界にはまだアルミニウム精製の技術が存在していないので当然だが、手渡したときの驚きようは面白かった。
「ロック、無事か?」
「ああ、それよりもどうしてここに?」
「それにはいろいろとわからないことが多いんだが……ロック、お前黒い全身鎧を着た騎士に心当たりはあるか?」
「は?」
何を言っているんだ、ガーラントは。もしかして偽物なんじゃないのか? 日本に黒い全身鎧……というか全身鎧そのものを着ている奴なんてコスプレ以外に見たことがないし、そもそもそんな知り合いはいない。
「そんなのいるはずないだろう?」
「ああ、俺もそう思うんだが、その黒騎士がどうもお前のことを知っているらしかったんだよ。だから念のために聞いたんだが、もしかして誰かの恨みを買ってたりしてな」
「ただの鍵屋がどうやって騎士の恨みを買うんだよ。こんなに人畜無害な奴いないだろ」
「違いねぇ」
見知った顔を見て安心したのか、水筒を煽るガーラント。だがその中身がいつもと違うようだ。
「ガーラント、その中身……」
「ああ、水だよ。何かあったときに酔ってましたじゃ済まされんだろ。酒は皆で楽しく飲むのが一番美味い」
確かにそれは俺も同意するが、どういう風の吹き回しだろうか。だが今はそれを確かめている場合じゃない。ジンノはロニーに向かって剣を繰り出し続けているが、素人の俺から見てもその破壊力が尋常ではないことくらいはわかる。ロニーが躱した剣先が床に当たるたびにその場所が弾け飛ぶ。だがその速度はまったく落ちることがないのは元から持っていた力のせいなのか、それともモンスターとして復活したことで得た力なのかわからない。
「なるほど、今なら解るよ。当時の僕が君に敗れた理由がね」
『うわああああぁぁぁぁ!』
ジンノの攻撃を冷静に躱し続けるロニー。その動きは俺の目でも追えるほどのスピードだが、それは流麗でまるで舞踊を見ているような錯覚すら覚える。それに反してジンノの攻撃は直線的でわかりやすく感じる。よく言えば素直、悪く言えば愚直のその動きはロニーの華麗ともいえる動きに比べればあまりにも稚拙だ。
「長引かせるつもりはないよ、すぐに終わらせてあげるから」
ロニーは初めてまともに剣を構えた。だがその体に過分な力の漲りは感じ取れない。あくまで自然体、いつものロニーだ。そして迫りくるジンノの剣を待つ……。
**********
懐かしいと言えば懐かしい面々、だけどその様子はかつてとは異なっていた。ここにいる中であの時にあの場にいたのは僕とリル、そしてジンノとシルファリア姫。ただ唯一違うのは、かつての立場のままの者は誰もいないということ。
僕は貴族の次男から一探索者へ、リルは王族から盗賊ギルドの受付嬢へ、そしてジンノとシルファリア姫は人外の存在へ。あの事件が未だ終わりを迎えていないからこそ、こうして再び集まってしまったのかもしれない。
それならここで終わらせよう。きっとあの黒騎士が言っていたのはこのことだ。
僕たちは皆あの時から苦しみを抱え続けている。
『うわああああああぁぁぁぁぁ!』
『ユウイチロウ様!』
シルファリア姫に抱きかかえられた頭部から放たれている叫び声はその苦しみを現している。そうだよ、誰だってそんな苦しみを味わいたくなんてない。しかも君は異なる世界から無理矢理連れてこられた上でこんな苦しみを味あわされている。その点に関してはこちらの世界の住人として申し訳ないと思っている。
だが君が本当にしたかったことはこんなことだったのか? それがあのとき僕が君に問えなかったことだ。それほどまでにあの頃の僕は弱く、そして君は強かった。君のその力の本当の意味も知らずに。
今ならわかる、どうしてあの時君に敗れたのか。今の君の力はモンスターと化したことで得た力なのかもしれないが、与えられた力ということでは君は当時と何も変わっていない。だからこそ今の僕は君の攻撃が見える。
あまりにも当時の僕は無知で、そして自分の力に己惚れていたんだ。だけど君に敗れ、そして暴走した君を討つことで僕は自分を完全に見失った。そういう意味では僕もあの時に死んでいたのかもしれない。
だが君と僕では大きな違いがあることを知ってほしい。君は未だに孤独なまま苦しみ続けている。だけど僕は大事な仲間と出会った。そして異界から来た鍵師に教えられたんだ。
「なぁロニー、お前が今まで磨き続けた剣技はお前だけのものだ。どれだけ磨いて積み重ねたかは知らねぇが、もし敗れたのならまだまだ足りないってことだろ? それを教えてくれた相手に感謝しないとな」
僕が弱かったのは間違いのないこと。そして君に敗れたこともだ。だけどおかげで僕は自分の剣を一から見直すことが出来たんだ。そして仲間と一緒にまた積み上げてきた。それは今の僕にとっては何よりも大事なもので、僕の誇りだ。
だからこそ、今僕が改めて君に教えよう。敗れることから見えてくるものがあることを。そして君にもずっと傍で支えようとしていた人がいたこと、人であることを捨ててもなお君の傍にいたいという無垢な願いを持ち続ける人がいることを。
「大丈夫、君ならきっとできるよ」
僕はゆっくりと剣を構える。だけど君に対しての殺意はもう抱かない。だって僕のあこがれた勇者は簡単に人を殺めるようなことはしない。その剣は人を救うもの、決してその命を奪うだけのものではないのだから。
**********
勝負は一瞬でついた。ジンノの剣を自らの剣で受け流したロニーは、大きな隙を作ったジンノの剣柄部分に剣先を滑り込ませ、簡単にその手から弾き飛ばした。そして剣の切っ先をジンノの失われた首部分に当てる。
「まさかここまでされてまだ負けじゃないなんて言わないよね」
『誰がどう見てもこれで決着よ。これ以上やったらあなたはもうシルファリアの騎士ではないわ、ただ害を為すことしか考えない低俗なモンスターよ』
『……』
ロニーに攻撃をすべて流され、なおかつノワールの一言によってようやくジンノの首が叫び声をあげるのを止めた。だがその目ははっきりと見開かれており、再び閉じることはなかった。そしてその目からは涙がこぼれている。
『ユウイチロウ様……』
『シルファ……俺は……負けたのか?』
『はい、ですが問題ありません。ここから二人で、二人だけで始めればいいのです』
『そう……だな。二人で始めればいいんだ』
いつの間にか戻ってきていた身体に首をつけると、改めてシルファリアとジンノは抱き合う。鎧越しで痛くないのかという野暮な疑問はこの際どこかに置いておこう。
『感激しているところ悪いけど、あなたたちにはやってもらうことが山積よ。持ち出されたダンジョンコアの安定化とダンジョンの活性化。特にコアが持ち出されてからほとんどの機能が死んでいたから機能の再起動は急務よ。それが終わればモンスターの再生と罠の設置、フロア構成も再構成しないとダメね』
『『……』』
ノワールから放たれた、感動のシーンに冷水をぶちまけるような言葉に抱き合って泣いていた二人は茫然自失となっている。だがすぐに正気に戻ると決意に満ちた目で大きく頷く。
『大丈夫、俺たち二人なら出来るさ』
『はい、ユウイチロウ様』
「シルファ、私たちもできる限り協力するわ。ダンジョンに関してなら私たちの領分でもあることだし。ね、ロック?」
「ああ、リルの言う通りだな。俺も罠や鍵についてならアドバイスできると思う」
『……ありがとうございます、皆さん』
と感動的に終わろうとしていたとき、不意にジンノが俺を見て口を開いた。
『あんた日本人だろ?』
「ああ、ロックと呼ばれているが……本名は紀伊甚六だ」
『『 …… 』』
日本出身のジンノだからとつい本名を言ったんだが、何かまずいことでもあったんだろうか。ジンノとシルファリアがお互いに顔を見合わせてしばし黙り込む。その表情は驚いているようにも見える。
『あのな、驚かないで聞いてほしいんだが、俺たちがモンスターになったとき、流れ込んできた記憶があったんだ。そのとき、かすかに聞こえたような気がしたんだよ。キイって言葉が。最初は鍵の「キー」のことだとばかり思っていたんだが、どうも発音が微妙に違っていた。あんたもしかして関係者か?』
「いや、俺は孤児だったから同姓の知り合いはいない」
『ならいいんだが、その名を呼んだ声はとても悲痛な声だった。そのことを思い出しただけだ』
二人はノワールに促されるように部屋の奥、おそらく隠し部屋であろう小部屋に入っていった。
『私はこの二人に色々と教えてから戻るわ。先に戻っていいわよ』
「先に戻れって……俺たちユーフェリアにいたんだぞ? 戻る足が無いだろ」
四駆は魔法の鞄の中に収納してあるが、それでも全員乗れるかどうか怪しい。なので少なくともほかに馬車でも無ければ全員で移動は無理だろう。
『大丈夫、そろそろ来るから』
「……おーい、みんなー」
遠くから聞こえてくるのはどういう訳かフランの声。なぜフランがこんな場所にいるのか?
『私が宝珠を利用して呼んでおいたのよ、クランコに移動するから迎えに来てって』
「そういうことは事前に言っておいてくれよ」
どうだとばかりに幼い胸を張っているノワール。ちらちらとこちらを見上げてくるから頭を撫でてやったんだが、満更でもなさそうだ。よかった、対処を間違えていなかったらしい。アイラとセラ、それに桜花が羨ましそうな眼をしていて、なぜかノワールが勝ち誇った顔をしていたのは見なかったことにしよう。
**********
「結局のところは無事に収まりそうです」
「よかった……ありがとう、タニア」
ギルドに戻ってきてから数日後、再びユーフェリアに戻ってその後の動向を探っていたタニアからリルが報告を受けていた。
結論からいくと、ユーフェリアは王族による強大な力の集中を削ぐ方向に舵を切るようだ。だがいきなりの変化は混乱を招くだけなので、今は政治については一部の信頼のおける貴族が集まり、その内容を精査することで対応しているとのこと。
それから国王と第三王女、それに従う一派はユーフェリアの僻地にある神殿にて一生暮らすことになったそうだ。処刑という声も多かったが、仮にも国王を処刑するとなれば国内の情勢不安を招くとのことでの対応だったそうだ。
「ああ、あそこですか。あの修行を受けることになるくらいなら真っ当な政治をしていたほうがまだマシだったと思うことでしょう」
神殿ならルークに、ということで聞いてみたが、遠い目でそう言ってから何も話さなくなった。一体どういう場所なのかを知りたい衝動に駆られたが、ルークの様子を見ると深入りしないほうがよさそうだ。
クランコの二人は順調にダンジョンマスターへの道を進んでいるようだし、ロニーもリルも過去の因縁にある意味決着がついたとすっきりした表情だ。だが俺にはいろいろと問題が残っていた。
「どうしてミシェルがいるの! ほら離れて!」
「そうですよ! 節操なさすぎです!」
『だってロックのことが気に入ったんだから仕方ないじゃない。それに鍵師に宝箱、こんな相性のいい組み合わせはないし、これも運命だったのよ』
ミシェルが俺の腕に絡みついて体……というか体の一部を強調するように押し付けてくる。うん、アイラの負け確定だな。
結局ミシェルは俺たちについてきた。というか俺の従魔になった。花札を使っての契約に使ったのは八月の札。そしてつけた名前は『月花』だが、どういうわけかその名前で呼ばれることを嫌がった。
『その名前は私がマスターを死守するときの名前。その名で呼ばれる時は私がすべてを懸けてマスターを護るとき、だからそれ以外はミシェルって呼んでね。できれば夜のベッドの上ならもっと嬉しい』
「ちょっと! 桜花も何とかいいなさい!」
「ロックさんを盗られてしまいますよ!」
『お姉ちゃん、二人がいじめる~』
『大丈夫ですよ、お姉ちゃんが護ってあげます』
一番抵抗するかと思われた桜花だったんだが、一番最初に陥落した。
『私の先輩ということは……お姉ちゃんだね』
『お姉ちゃん!』
どうも姉という響きにKO負けしてしまったようだ。その後は俺にくっついてくるミシェルを咎める二人をかばうという光景が頻繁にみられるようになった。だが一つだけ言わせてほしい。俺はミシェルと一夜を共にしてない。そもそもこんな人目の多い場所でそんなことをする勇気は持ち合わせていない。
とまあこんな感じでギルドの仲間に新しい顔が増え、にぎやかさがより一層増した。だが気になるところは残っている。それはジンノとシルファリアが聞いたという『キイ』という名。ミシェルは聞いたことがないと言っていたし、皆もキーと聞き間違えじゃないかと言ってくれたが、ジンノは日本人だ。微妙な発音の違いを理解できないはずがない。それにキイという苗字はいないわけじゃない。ほんのわずかな違和感が次第に大きくなっているのを感じながらも、とりあえずは今ようやく再来した平穏を味わうことにしよう。
次章はもう少しテンポよくいきたいなぁ……
読んでいただいてありがとうございます。