縛りつける因縁①
長く開いてしまって申し訳ありません。
今回は昔話回の一回目です。
あとがきにお知らせがあります。
リルと一緒にいた女性は優雅な振る舞いで俺達に深く一礼した。元はこの国の王女だったということはその流麗でよどみない動きから十分に想像できた。幼い頃から教え込まれたものが未だに染みついているのだろうか、生粋の上流階級の人間であったことをうかがわせる。
「久しい……といったほうがいいんじゃろうな」
『ロンバルド師……ご無沙汰しております。このような姿でお会いすることになろうとは思いませんでした』
「ワシ等がこの国に着いた時には既に処刑された後じゃったからのう。あの時黒幕を捕まえられんかったことが残念でならん。また同じ過ちを繰り返してしまっておるからのう」
ディノが怒りの感情を押し殺しながら話をしている。以前聞いた話によると、八年ほど前にも召喚された勇者がいて、そいつが暴走して大惨事になったとのことだが、それはシルファリアの隣に立っている全身鎧の男のことだろうか。そいつには首が無い。いや、あるにはある。そいつの右腕に抱えられている人間の頭部らしいものは静かに瞳を閉じている。
「風間雄一郎……」
「知り合いなの?」
「俺が一方的に知っているだけだがな」
俺がつい零した呟きに反応したアイラが神妙な面持ちで聞いてくる。テレビで顔を見ない日はないと言われたほどに有名な芸能人、こっちは当時まだ修行中のヒヨッコ鍵師だ。違いすぎる立場の人間に関わりあうことなんてない。
だが同じ日本人として、こちらの世界に召喚されて、結果的に殺されてしまったという境遇には同情するところも多分にある。白井達も一歩間違えれば彼と同じ結末を迎えていたかもしれないと思うと、あの時に更生させる道を選んだ俺は間違っていないと思う。
「お互い知らない仲ではないので単刀直入に話をしましょう。貴女は何がしたいのですか、シルファリア王女?」
『サフィール先生……』
サフィールさんはシルファリアの幼少時に魔法の家庭教師をしていたことがあるらしい。リルには全くと言っていいほど魔法の才能はなかったが、その分シルファリアはいくばくかの素養があったようだ。魔道士協会のナンバーツーが家庭教師とはずいぶんと豪勢な気もするが、仮にも一国の王族ともなれば市井の魔道士をつけるわけにもいかない。ディノは他人に教えるということはやや苦手なようなので、その役目が回ってくるのは当然だろう。ディノのせいで損な役回りばかりで気の毒に思えてしまう。
「貴女の出方次第では私たちは貴女を討伐対象にしなければならないわ。私もかつての教え子に手をかける真似をしたいとは思わない。それがたとえモンスターとして生き返ったとしても。だから……聞かせてほしいのよ。貴女の最期に間に合わなかった私たちが言うことではないかもしれないけど」
『……わかりました。お話いたします、あの時に何があったのかを、私が何を望んでいるのかを』
シルファリアはしばらくの間俯いて何か考えているようだったが、やがて決意を固めたような表情で顔を上げる。それから皆に椅子を用意すると座るように促してきた。
『あれは……今から十年前のことでした。とある貴族が一人の男を連れて謁見を求めてきたことが全ての始まりでした』
シルファリアは皆が席についたことを確認すると、静かに語り始めた。今なお自身を、そして多くの関係者を縛りつける因縁の始まりについて……
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十年前のユーフェリアも今と変わらず腐敗していた。王族と上流貴族による富と権力の独占、市井の国民たちは常に苦しい生活を強いられている。四大国の一角と言えば聞こえはいいがその位置は末席、他の三国のような特筆するべきものがないユーフェリアにとっては苦しい現状だった。
世界有数のダンジョンを多数国内に保有し、その恩恵にあずかるラムター、広大で肥沃な農地を持ち、農業大国の名をほしいままにしているペシュカ、高純度の鉱石を産出する鉱山をいくつも抱え、金属製品の生産では他国の追随を許さないシドン帝国、いずれも他国との貿易手段には事欠くことなく、国内の貴族たちもそれぞれの国の特性を十分理解した活動をしているために着実に国力を高めていた。
それに対しユーフェリアが誇れるものは、古くからの伝統文化という曖昧なものであり、決定打となるものではなかった。工芸品や装飾品などの二次産業には強いが、必需品というわけでもないので一部の富裕層のみの取引が主体だ。そんな限定された商売に確約された未来があるわけではない。だがその事実に正面から向き合おうとする上層部は数えるほどしかいなかった。
シルファリアは苦悩していた。
ユーフェリアには三人の王女がおり、長女のリルファニアは魔法関連の才は無かったが、交友関係の広さと情報収集能力の高さで国を支えていた。この国の未来に不安を感じており、常に打開策を模索していた。三女のミルファリアは魔法の素養に優れ、その実力はまだ十歳にも満たないころから実力の片鱗を見せるほどだった。
次女のシルファリアはこれといったものを持たない王女だった。魔法の素養はそれなりにあったが妹には遠く及ばない。政務においては姉ほどの能力の高さを見出すこともできない。よく言えば平均的、悪く言えば平凡な王女だった。このままいけば後継者に選ばれるのは政務能力から考えても姉なのは間違いない。妹は宮廷魔道士の長という役職が既に確約されているようなものだ。だが自分には決定打となる材料がない。自身の将来の道が望んだものではないことがシルファリアを苦しめていた。
「このままいけば……属国のいずれかの王子との婚姻になる。私はそんな生き方したくない!」
ユーフェリアの懐事情は決して楽観視できるものではなかった。その大部分が一部王族と上流貴族たちによる浪費に消えているのだが、それを咎める者もいない。咎める立場の者ですら好き勝手に浪費しているのだから救いようがない。いずれ訪れる財政破綻の保険として、財政に余裕のある属国へ降嫁させられる、それが平凡な王族である自分に残された道であることも知っている。だがそれを素直に受け入れられるほどに彼女は大人ではなかった。
せめて婚姻くらいは自身の愛した者と迎えたい、それが叶えば他はどうなってもいい、そんなささやかな望みを捨てられない彼女は必死になって貴族主催の夜会に頻繁に顔を出すようになった。平凡な能力しか持たないシルファリアではあったが、その容姿だけは他の姉妹と同等か、それよりもやや上を行っていたのだが、ここではそれが良くない方向に作用した。
王族と縁を結びたい貴族には彼女の姿は恰好の餌にしか見えなかった。雲霞のごとく寄ってくる口先ばかりの貴族たちの相手はシルファリアの心を損耗させ、やがて彼女は夜会にも出席しなくなった。それからしばらくのち、とある貴族が一人の男を連れて謁見を求めてきたのだった。
「シルファリア姫、御目通りいただき感謝いたします」
「面倒な挨拶は不必要です。どういった用件ですか?」
「是非とも重用していただきたい者がおりまして、その者も一度お会いしたいと申しております」
自分用に割り当てられた小さな謁見室にはシルファリアと貴族の男、そして貴族の連れてきた男の三人しかいなかった。王族でありながら外部の人間と会うのに護衛すらつけてもらえない、その仕打ちがこの王城において自分の存在価値がないことを改めて突きつけてくる。
「初めまして、シルファリア王女。私はランス=バロールと申します」
「バロール……聞かない家名ですね、いずこの出身ですか?」
「恥ずかしながら……かなり以前に没落した家系でして、未だに過去の栄光にしがみついているようなものです」
シルファリアはまたいつものパターンかと内心ため息をついた。没落した、没落しかけている貴族が自分を娶って成り上がろうとする、そんな思惑を持って接してくる貴族とは掃いて捨てるほど会ってきた。目の前の男もそのうちの一人でしかない、そう考えたのだ。だが、その男はシルファリアの想像とは違う言葉を発したのだ。
「貴女だけの勇者を……欲しくはありませんか?」
「シルファ! 護衛もつけずに謁見するなんて何を考えているの!」
謁見室から出てきたシルファリアを強く非難する声がする。凛として芯の通った声は信念の強さを感じさせる。シルファリアはその人物へと向き直ると恭しく礼をした。
「ご機嫌いかがですか、リルファニアお姉さま」
「あれほど王城内では単独で動かないでと言ったでしょう? 貴女にもし何かあったらお母様に顔向けできないわ」
そこにいたのはシルファリアと同腹の姉、リルファニアだった。今は亡き第一王妃の娘であり、血の繋がった姉はこの王城内での唯一の味方だった。常にシルファリアのことを考え、他の王族の愚かな思惑に巻き込まれないように尽力していた。
「大丈夫ですよ、お姉さま。あの者たちに危険はありません。その証拠に、私は何もされておりませんわ」
「そう、それならいいのだけれど……」
不安な表情を浮かべるリルファニアだったが、妹はいつもと変わらぬ笑顔を見せて両手を広げて見せた。まるで自分は大丈夫と意志表示しているようなしぐさに胸をなで下ろすリルファニア。
「でも気をつけなさい、また最近国庫の予算が不自然な減り方をしているの。このままいけば今年の冬は国民にも影響が出るかもしれないわ」
「はい、気をつけます。私にもようやく目指すものができましたので」
「それはいいことね。それはどんなことなのか教えてくれる?」
「いくらお姉さまでもそれはできません。実現したときのお楽しみにしていてくださいませ」
そう言い残すと踵を返して歩いてゆくシルファリア。もしリルファニアにほんの少しでも魔法の才があれば妹の身に生じたほんのわずかな違和感に気づいただろう。妹の瞳に昏く澱んだ何かが宿りつつあったことを……
過去の勇者召喚の真相が明らかになっていきます。
活動報告にも書きましたが、拙作『異世界でも鍵屋さん』の三巻が7月8日に発売となります。
今回の表紙についにあの方が登場します!
是非お楽しみいただければと思います。
次回はもう少し早く更新する予定です。