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異世界でも鍵屋さん  作者: 黒六
第13章 過去と対峙するとき
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白亜の城④

遅くなってすみません。

「こっちよ、入ってきて」


 ユーフェリアの王城からそれほど離れていない場所にある森の中のやや開けた場所にぽつんと存在している小さな小屋、やや朽ちかけているようにも見える入り口のドアを開けると躊躇いなく入っていくタニアは小さく手招きした。外見から考えると少々入るのに気が引けるが、他の皆はどんどん入っていくので一番最後に恐る恐る足を踏み入れた。


「地下室?」


 中に入るとそこは殺風景な丸太小屋といった感じの内装で広さは十二畳ほどなのだが、タニアが中央に置かれたテーブルを移動させて床板を外すと地下へと続く階段が現れた。


「ここは私達のような特務に就く者が各自用意する拠点なの。ここで連絡員からの指示を待ってるの」

「王城にいたんじゃないのか?」

「あそこは私達みたいな汚れ仕事をする人間は肩身が狭いのよ。それこそ汚物を見るような目で見る王族や貴族達の巣窟だから。……もちろんリルファニア様は違うけど」


 やや伏し目がちに自嘲めいた口調で話すタニア。自分の就いてきた任務に対しての後悔の念が強いのか、それともリルを護る役目でありながら護衛対象に庇われてしまったことへの不甲斐なさなのかはわからないが、あまりいい精神状態ではないのは誰の目から見ても明らかだ。


「そんなに思い詰めるな。リルが危害を加えられる可能性は低いんだろう?」

「ええ、シルファリア様とは同腹の姉妹だし、処刑に対しての嘆願も最後まで諦めずに続けていたわ。それに……シルファリア様からはリルファニア様に対しての殺気が全く感じられなかった。そもそもリルファニア様を害する理由が思いつかないわ」

「なら少し落ち着け、城内ではお前の案内が頼りなんだぞ。緊急事態の時は焦って普段の実力の半分も出せないことが多々ある。そんな時は普段以上に冷静になることが重要なことくらいお前だって理解してるだろ?」

「そんなこと! ……わかってるわよ。ごめん、声を荒げて」


 つい感情的になってしまったのか、最初こそ語気を荒くしていたんだがすぐに我に帰って謝罪してきた。突然の大声に何事かと他の仲間達も視線を集めたが、タニアの心情を理解しているので誰も咎めるような無粋な真似はしない。もし自分が同じ立場だったら冷静ではいられないと思っているのだろう。俺だって仲間達が危ないとなれば気が逸るのは間違いない。

 だが、俺の役割を考えればそれは最悪の一手と言える。時と場合によってはミリ以下の精度の手先の動きが要されることだってある。それに道具を通して伝わってくる感触を逃さずに読み取る敏感さも必要だが、そのいずれも心を乱した状態では十分に実力を発揮できない。自分の頭の中が煮詰まってきたと感じた時こそ深呼吸してクールダウンだ。


「こんな時こそ落ち着かなきゃいけないって何度も経験してきてるのに……やっぱりギルドの皆との生活が長かったからかしらね」

「ちょっと……その言い方は酷いんじゃないの?」


 タニアのどこか含みのある言葉にミューリィが噛み付く。こいつもかなり迷惑かけてる部分があるが、本心ではギルドのことを考えている。今のタニアの言い方だとギルドと関わったから自分の実力を発揮できなくなったとも受け止められる。


「ち、違うわよ。そういう意味じゃなくて、それだけあの場所の居心地が良かったってことよ。昔のことを綺麗に忘れてしまえるほどに……ね」

「タニア……」


 彼女のかつての仕事はスパイのようなものと聞いた。いや、スパイだと現代的すぎるから忍者のほうがしっくりくるかもしれない。

 忍者は徹底的な現実主義者だと何かの本で読んだことがある。負傷した自分の体すら客観的に見るように訓練されており、任務続行不可能と判断される負傷の場合は即座に自害するほどの冷徹さを持つとか。

 そんな人間があの温かい場所で何年も暮らしていれば、かつての自分を見失ってしまうのも仕方ないことだろう。ましてや自分の仕えていた主と一緒にその生活を楽しんでいたとあれば、過去を清算して新しい人生を歩もうと決意したとしても不思議じゃない。


「それならリルを無事に救い出して帰ろう、いつもみたい美味しい料理を食べさせて」

「タニアさんがいないと【銀の羽亭】が使えなくて困る人がたくさんいるんですよ?」


 アイラとセラもタニアを元気付けようとしている。タニアはギルドに正式に所属しているわけではないが、そんなことは関係ない。一緒に泣き、笑い、励ましあう大事な仲間なのは間違いない。大事な仲間を誰一人として失いたくないというのは皆同じだ。

 

「……みんな、ありがとう。そうよね、皆無事に帰るために来てくれたんだもの。早く帰ってお店を再開しないといけないわね」

「ああ、皆タニアの料理が食べられなくて困ってるんだぞ」


 目じりに浮かんだ涙を手で拭いながらようやく本心からの笑顔を見せ始めたタニア。どことなく南国の印象を持つ彼女の笑顔がエキゾチックな雰囲気を醸し出し、潤んだエメラルド色の瞳に思わず吸い込まれそうになってしまう。


「……ロック? どうしたの?」

「……いや、なんでもない」


 俺の微妙な変化に気付いたミューリィが訝しげに声をかけてくる。タニアに特別な感情を持っているわけじゃないが、やはり女の涙というものには弱い。特に笑顔プラス涙というのはいけない。こういうものは世界が違えども破壊力が大きいのは共通のようだ。



 タニアが落ち着いたところで彼女を先頭にして地下へと続く階段を降りてゆくと、五分ほど下ったところに扉があった。木製のかなりぼろぼろの扉だが、不思議なことにその扉はぼろぼろなのに素材自体はそれほど古くない。わざと古く見せかけてるような感じだ。


「この扉、何でこんな状態なんだ?」

「……それはこの扉の奥に秘密があるからよ」


 タニアが意味深なことを言う。と、かすかに風が頬を撫でた。風は階段の上のほうから流れてきているようだが、そうするとこの先は……


「この先は……外か?」

「惜しい、ちょっと違うわ」


 タニアが微笑んで扉を開けると、そこには想像を絶したものがあった。

 まず目に飛び込んできたのは淡いマリンブルーっぽい色の光だ。だがそれは眩しいという類のものではなく、柔らかく瞳に入りこんでくる。やがて目が馴染んでくるとその場所の全貌がはっきりと確認できた。


「……鍾乳洞か?」


 洞窟のようにも見えるが、天井からつららのように垂れ下がった鍾乳石のようなものがそこかしこに見受けられる。何故【ようなもの】と称したのか? それは鍾乳石らしきものが全て最上級の水晶のように透きとおっており、しかも光はその水晶っぽいものから発せられていたからだ。少なくとも俺の知識の中にはこんな鍾乳石は存在しない。鍾乳石は石灰質だから乳白色になるのがほとんどのはずだ。


「ミューリィさん、これって……」

「ええ、まさかこんなものが存在してるなんて……」


 セラとミューリィが目の前の光景を見て絶句している。確かに言葉を失うほどに幻想的な光景だが、どうやら彼女達の驚きは別のところにあるようだ。しかもそれは魔法に長けた者でないとわからないものらしい。アイラはただただ見蕩れているだけのようだし。


「これ全部【魔石】よね? しかもこの光の色は最上級品じゃない、タニア」

「ええ、これが私がここをアジトにした理由よ。これだけのものがあれば活動資金には困らない。……ここはリルファニア様が所有していた森、当然リルファニア様もここの存在には気付いていたわ。だからこの【魔石】を使って欲に溺れた上層部を切り崩しにかかろうとしたのよ。でもそれがうまくいかずに私達は国外に逃げたんだけどね」

「……よくこれだけのものが無事だったわね。この国の強欲貴族連中が黙ってないと思うんだけど」

「それは私達も懸念してたわ。だから協力者に頼んだのよ、とっても頼りになる協力者にね」


 ふとミューリィとセラが同時に鍾乳洞の奥に続く暗がりへと視線を向ける。それを見て咄嗟に身構えるアイラだったが、何かを感じ取ったのか鼻をひくひくさせた後に構えを解いた。すると何かうっすらと暗がりから近づいてくるものが見えた。他の皆の様子から見ると危険は無さそうだが……


「遅刻ですよ、ディノ様?」

「いやー、すまんすまん。人集めに少々手間取っての。じゃがここを合流地点に」するとはいい考えじゃのう」

「ええ、あなたが張った結界の中ですから」

「……じゃあ協力者ってのは」

「ええ、ディノ様が私達を迷宮都市へと招いてくれたのよ」


 ディノが自信たっぷりに髭を撫でながら笑う。なるほど、セラとミューリィはディノの魔力にでも反応したのか。アイラは匂いで気付いたっぽい。


「こちらの手筈も整った。あとは時を待って挑むだけじゃが……その前に……」

「どうした? 何かあるのか?」


 ここですることといえば事前の段取りの打ち合わせということだろうか。個々の行動指針はもちろん、全体的な連携についても打ち合わせは必要だし……


「まずは一休みしてコーヒーを一杯飲ませてくれ、ロック。いつものセットは持ってきておるんじゃろ?」

「あのな……まぁ持ってきているが……」 


 いきなりの緊張感の無い言葉に思わず脱力してしまった。確かにディノは爺さんだし、休憩したいという気持ちはわからなくもないが……普段は爺さん扱いしたら怒るくせにこういうところはやけに年寄りぶるんだよな。

 

「わかったよ、今用意するから待ってろ」

「おお、すまんのう」


 ディノのもの欲しそうな目に根負けしてコーヒーの準備をすることにした。あのままにしておくと話が先に進まないような気がしたし、俺も一杯飲んで気分をリフレッシュしたいと思っていたところだ。



「これからこの国はどうなってしまうんでしょうか」


 鍾乳洞の一角、やや大きめの横穴に作られた簡易寝台に腰掛けながら、タニアは視線を手に持ったカップの中のコーヒーに映る自分自身へと向けていた。彼女は元とはいえユーフェリアの国民である。欲にまみれた貴族連中はともかく、市井の国民達のことが気がかりなんだろう。彼女の主でもあったリルも国民のことを気にかけていたらしいし、彼女もまたそれに賛同していたのだから当然のことだろう。


「上層部をすげ替えたからって解決するとは限らないわよ?」

「どうして? ミューリィ? 悪いことしてた連中がいなくなれば変わるんじゃないの?」


 アイラが心底不思議だといわんばかりの顔でミューリィへと問いかける。だがアイラ、今回の件はそんなに簡単に済む問題じゃないんだよ。


「いきなり国の上層部が皆いなくなったらどうなると思う? 国を動かす人間がいないということは、そこに暮らす国民達にそのしわ寄せが来るのよ。今まで国が行っていたことが全てできなくなる。騎士団の運営ができなければ街は無法者のやりたい放題だし、最悪の場合他の国から攻め込まれたりするわ。そんなことになったらどうするの?」

「……」


 アイラはそこまで大事になるとは考えていなかったんだろう、言葉に詰まって俯いてしまった。さらにミューリィは続ける。


「私はエルフだから皆よりも永い年月生きてる。そんな中でクーデターを起こして上層部が入れ替わった国をいくつも見てきたわ。……でもね、その全ての国は……今はもう存在してないわ」

「国というのは素人に運営できるほど簡単なものじゃないんじゃよ。専門の知識が必要になる上に、時としては裏の部分も持たなくてはならん。特にこの国は奇麗事だけでは成り立たんのじゃ。他の三国は皆ダンジョンという爆弾を抱えておるから、そちらへの対処を頭に入れておかなければならん。少なくとも派閥争いなどしている状況ではないんじゃが、この国はそういう心配を持たなかったが故に権力闘争が激しくなってしまったんじゃ」


 ディノはカップのコーヒーを一口飲むと、目を閉じて何か考え込んでいた。俺達はディノが次に口に出す言葉を固唾を飲んで待っていた。だが、ディノの表情は険しいままだった。


「やはり……直接会って真意を確かめねばならんのう。シルファリア姫が一体何を企んでおるのかを。おそらくそこにリルもいるはずじゃて」


 ディノは静かにそう言った。それはすなわち、最深部にいると思われるダンジョンマスター、シルファリア姫の下までなんとしてでも辿り着かなければならないということを示唆していた。ギルドのフルメンバーにはほど遠い今の状況で。


 

 

 


年内の更新はこれで終了となります。

本年は皆様の温かい応援のおかげで自分の本を出版することができました。

一応プロの末席に加えていただいたのですが、未だに実感がわかないというのが正直なところです。

これからもっとたくさんの方に読んでいただけるように精進していけば、少しずつ自信がついてくるのかな……なんて思っています。

「小説家になろう」を知った当初はこんなことになるなんて全く考えていませんでした。重ね重ね申しあげますが、皆様の応援のおかげでここまで来れました。本当にありがとうございました。

来年もよろしくお願いします。色々とご報告できることもあると思いますので……


それでは皆様、良い年越しをお過ごしください。

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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