白亜の城②
ちょっとだけ遡ります
事の発端は俺が復帰してすぐのことだった。
完全に体の違和感が取れたと思えるようになった俺だったが、何もすることがないので作業場で道具の整備やアイラ達の鍵開けの指導をしたりしていた。もちろん俺の日々の練習も欠かさない。部屋で大人しくしていた間に感覚が鈍っているかもしれないからな。
どうしてこんなことをしていたかというと、ギルドが再び開店休業のような状態になってしまったからだ。
前衛のロニーとガーラントがいないのはもちろんだが、受付で依頼を捌いていたリルがいなくなったのが大きい。残ったメンバーを割り振っていくという作業は熟練した者でないと難しい。客観的に戦力、技術を分析できる者でなければ、ただいたずらにパーティを危険なダンジョンに挑ませるだけになってしまう。ということらしい。
そんなわけで、今の状況をペトローザ商会にも話をしたところ、こちらの状況が安定するまで仕事の斡旋は控えてもらうことになった。幸いにも前回の調査探索で入手したものがそれなりの価格で買い取ってもらえたことと、調査探索の依頼料が入ったことで当面の資金については問題ないようだ。ペトローザとしてもこんな状況の俺達に依頼して完全に潰れてしまうなんてのは望んでいない。仲間の不在も一時的なものでしかないと判断されたんだろう。
「いつまでこんな状態が続くのかな?」
「日々の練習も大事よ、アイラ?」
「それはそうだけど……ダンジョン探索ができないのは不安だよ。このまま仕事できなくなっちゃったりしないのかな?」
「そうならないようにディノやフランがペトローザと話つけたんだろ? ペトローザも一時的なものと判断したようだし、今の俺達にはいつ仕事を再開しても問題なく対処できるように感覚を鈍らせないように準備しておくことしかできない」
耳をぺたんと寝かせて、尻尾もだらんと下がったままで見るからにテンションが下がっているアイラをセラが軽く嗜める。その気持ちは理解できないわけじゃないが、ここで重要なのは次の仕事を失敗せずにこなすことだ。そのためにも地道な練習を重ねておかなければならない。それに今回のことで再認識させられたのは、もし俺が怪我でもした場合、俺の代わりに作業を継続させられるだけの実力を持った者が必要だということだ。そのために技術を教え込むことは最重要事項であり、今のところその役目はこの二人にしか任せられないと思う。
だが、それを表立って口に出すことはできない。というのも、そういうことを言えば、二人は揃って泣き出してしまうからだ。あの時のことを思い出してしまうからだと思うが、ダンジョン内では何が起こるかわからない。万が一のときのことを考慮しておくことも大事だ。完全な俺の代わりが無理だとしても、俺の指示を確実にこなせるくらいまでには鍛えておきたいものだ。
「とはいえ、あまり根詰めても逆効果だし、ここいらで息抜きするか。腹も減ったし、街に何か食べに行くか?」
「「本当?」」
「ああ、タニアもいないしな。ギルドで誰かにお勧めの店でも聞いていこう。桜花も行くぞ」
『……はい』
日なたで昼寝していた桜花に声をかけて起こすと、寝惚け眼を手で擦りながらもいつものように背中にしがみついてくる。首に背後から腕をまわして、傍目から見れば俺がおぶっているようにしか見えない。桜花が俺の後頭部に頭をこすり付けてじゃれついてくるのを我慢しながら、アイラとセラが片付けを終えて作業場が出てくるのを待つ。
「おまたせ!」
「おまたせしました」
「よし、行くか」
待つこと数分、作業場から出てきた二人と一緒にギルドへ向かった。
ギルドの入り口へと近づくと、数人の男女が気落ちしたような表情を見せて帰っていくのが見えた。扉には一枚の羊皮紙が貼ってある。そこには、現在メルディアは一時的に活動を自粛しているという旨の説明がされており、扉も施錠されている。彼等は探索ガイドを頼みにきたパーティだと思うが、今のメルディアは万全の状態ではない。こんな状況で無理に仕事を受ければお互いに危険極まりないので、彼等には気の毒だがここは諦めてもらおう。
「……あの人たちには残念なことをしてしまいましたね」
「……仕方ないよ、うちは今それどころじゃないんだから」
寂しげな彼等の後姿を見て二人がそんな感想を漏らす。それだけ俺達の仕事を評価されていると考えると誇らしくもあるが、認めてくれている人たちの期待に応えられないのは心苦しくもある。
「早く再開できるといいんだが……」
俺もついそんな心情を漏らしながら錠に鍵を差し込んで解錠して扉を開けると、ギルドの受付は暗く静まり返っていた。客用のソファには疲労の色をあからさまに顔に残したフランが横になって眠っていた。
「このままじゃ風邪ひくだろ、フラン。せめて自室のベッドで寝ろよ、体壊すぞ」
「……ん、もう少し寝かせて」
「寝ぼけてるな……アイラ、毛布のようなものはないか? セラ、水差しを持ってきてくれ」
こんなに寝ぼけた状態で自室のある三階まで階段を上らせるのは危険なので、二人に指示を出す。せめて毛布と水くらいは用意しておいてやろう。本当は街でのお勧めの店でも教えてもらおうと思ってたんだが、ここまで疲れている女の子を無理矢理起こしてまで聞くほどのことじゃない。確か俺の部屋にまだお菓子の買い置きはあったはずだから、それを茶うけにして休憩しよう。まだがっつりと食べるほど腹が減っているわけでもないしな。
「毛布持って来たよ」
「お水、ここに置いておきますね」
「ああ、ありがとう。俺達も休憩しよう。買い置きの菓子を持ってくるからここで茶でも淹れて待っててくれ。もしかするとフランも起きてくるかもしれないからな」
フランに毛布をかけてから、自室へと戻る。アイラとセラは大きな物音をたてないようんい注意しながら茶を淹れる準備を始めた。それを横目で見ながら自室へ向かおうと階段を上がろうとしたそのときだった。
ばたん!
大きな音とともにギルドの扉が開け放たれた。そういえば施錠するのを忘れていたなんて思い出したのもつかの間、入ってきた人物の姿を見て全ての考えが一瞬で吹き飛んでしまった。
「おねがい! リル様を助けて!」
「……まぁ落ち着け、タニア」
そこに立っていたのは褐色の肌を持ったギルドの隣の宿【銀の羽亭】の看板娘兼女将兼料理人、タニアだった。その姿を見て呆然としていたのは俺だけじゃない、アイラもセラも茶の支度をする手を止めてタニアを見つめていた。
「……うーん、あともう少し……」
唯一人、開け放たれた扉の轟音にも全く動じることなく寝ぼけたフランだけが全く緊張感のない寝言を口走っていた。
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「ユーフェリア王城がダンジョン化したじゃと?」
「ええ、リル様は私を庇って閉じ込められたの。それに奥から出てきたのは……間違いなく第二王女のシルファリア様だったわ」
「第二王女……処刑されたはずじゃろう、あの一件の責任を取らされて」
ようやく落ち着きを取り戻したタニアがソファに座って起こった状況を説明している。それを聞いているのはディノだ。あの後、はっきりと目が覚めたフランの指示でアイラが魔道士協会のプルカ支部で色々と後処理していたディノを呼びに行った。俺達だけの判断で動いていい事態じゃないと判断したからだ。
「ええ、でもあの姿は間違うことなんてありえない。それに……仮面の下の焼け爛れた顔は……あのときの火あぶりの痕としか考えられない。それに……あの勇者もいました。首を落とされた状態で……」
「……クランコのダンジョンコアを持ち出したのがユーフェリアの連中だということは掴んでおったが……まさかこんな事態になっておるとは……」
ディノが髭を触りながら目を閉じて考え込む。この様子だとディノでも遭遇したことのない状況かもしれない。
「王城がダンジョン化……処刑された王女がモンスターとなってダンジョンマスター化……こんなことは前例が無い。リルの救出はもちろんじゃが、そのダンジョンもどうにかせんといかんのう。ユーフェリアはあれでも国力のある国じゃが、国民には影響はあったのか?」
「それが……平民街の国民は全く異変に気付いてないの。それに……有力貴族たちの動きが掴めないのも気にかかるのよ」
タニアが訝しげな表情を浮かべながら説明する。確かタニアはユーフェリアの諜報部員だったな、となれば自分のいた国の実情はよく理解しているはず。特に諜報部員ならば現状の正確な把握は必須だ、そんな人間がここまで状況をつかめていないとなればかなり深刻な事態なんじゃないのか?
「シルファリア王女は敵対心を持っておったか?」
「リル様に対しては全く敵意を見せてなかったわ。国王とミルファリア王女に向けてはかなりの敵意を持ってたけど」
「確かにシルファリア王女の処刑をやめるように最後まで嘆願していたのがリルじゃからのう。それにリル自身も放逐されておる、もしシルファリア王女がかつてのままであれば無闇に傷つけられるということも無いとは思うんじゃが……それでも対処は急いだほうがいいじゃろう。フラン、動ける者をユーフェリアに向かわせる準備をするんじゃ」
「でもディノ、今はロニーとガーラントがいないのよ。いくらなんでも前衛無しじゃ危険すぎるわ」
ディノの言葉にフランが反論する。フランの言う事はもっともだと思う。前衛がいなければそれだけ攻撃力が下がるし、前方からの攻撃に対してもかなり防御力が低下する。ましてや未知のダンジョンへ乗り込むとあっては、前回のダンジョン調査と同等かそれ以上のメンバー構成でも不足ということはないと思うが……。
「その点はワシの方で伝手を当たるとする。それに色々と情報を集めておきたいところじゃから、ワシはすぐにでも出立する。現地で合流という流れでいくからお前達は準備でき次第タニアの案内でユーフェリアに向かうんじゃ」
「……わかったわ、みんなすぐに準備して! 通信用の宝珠は絶対に忘れないようにね」
「ああ、アイラ、セラ、道具の準備にとりかかるぞ。皆の準備が終わり次第出発するぞ」
「うん、わかった!」
「すぐに取り掛かります!」
フランの号令を合図に動き出す。大事な仲間を救出するための緊急出動だ、その顔には皆真剣な表情を浮かべている。日本で仕事しているときも依頼者の関係者が命の危険に晒されている状況での仕事はあった。大丈夫、常に冷静にいられればどんな錠にだって対応できるはずだ。それが師匠から叩き込まれて教わった鍵師としての基本だ。
師匠の誇らしげな背中を思い浮べながら、四駆のキーを無意識のうちにきつく握り締めていた。その手に血が滲んでしまうほどに強く……
なんとか更新できました。最近色々と滞りがちですみません……