動き出す者達 後編
遅くなりました
『お久しぶりです、バルロームお父様、そして……ミルファリア。そんなに慌ててどちらに? この通路を使うなんて、まさか国外逃亡するつもりですか?』
見た目の年齢でいえば十代半ばくらいだろうか、周囲の闇に同化するかのような黒のドレスには同じ色の精緻な装飾が施されており、決して一般人が入手できるようなレベルの品物ではない。そのドレスも決して露出が高いということはなく、妖艶さを持ち合わせながらも清楚な印象を持たせている。だがそれらを全て打ち消してしまうものがあった。
「何故……お前がここにいる」
「……火刑で処刑されたはずでしょう、シルファお姉様?」
『ええ、あの時はとても熱くて……生きながら焼かれる苦痛は言葉では表現できないわ』
そう言うと二人の目の前の少女は両手に嵌められた黒の長手袋をゆっくりと外した。そこから現れたのは見るも無残に焼け爛れた肌、明らかに深部にまで及んでいる火傷跡は生命を持つ者であれば即座に苦痛に失神、最悪ショック死にまで至ることだろう。
ゆっくりと歩み寄る彼女の顔の右半分にはドレスと同色のヴェールが被されている。シルファと呼ばれた少女はゆっくりとそのヴェールを外した。
「ひっ!」
「寄るな! 汚らわしい!」
『……ずいぶんな言い方ですね、貴方達の悪事を全て被って処刑された親族に向かっての言葉とは思えません』
外されたヴェールの下から現れたのは手足と同じく焼け爛れた素肌。その眼球は熱により白濁してしまっており、もはや視力があるとは思えないが、残された左目に連動するように二人に視線を固定している。
『まさかとは思いますが、お探し物はこれですか?』
「何故それを!」
「今すぐに返して、シルファお姉さま!」
少女が両手で何かを捧げ持つような形を作ると、そこに禍々しい空気を纏った赤い色の光が集まる。ちりちりと肌を焼くような感覚はそこに強大な魔力、それも生身の人間が扱えるような類のものではないことの証だ。それをシルファと呼ばれた少女が扱うという事実が何を意味するのか。
「お姉さま……まさか……」
『ええ、あなたの想像通りよ。私は貴女が保管しておいた【ダンジョンコア】の力によって復活したのよ、リッチとして……ね』
「……何の音?」
肉親の変貌による衝撃から未だ抜け出すことの出来ない二人の耳に、遠くから何かの金属がぶつかるような小さな音がした。その音は次第に大きくなってくる。ゆっくりとだが確実に、この場所へと向かっていることだけははっきりと理解できた。
がしゃん……がしゃん……
『まさか私だけが復活したとでも思ってるの? あの方も一緒よ』
がしゃん……がしゃん……
いきなりの状況に混乱から抜け出せずに居る二人に金属音が足音だとわかったのは、闇の中から何かがゆっくりと浮かび上がってその全貌を見せたからだった。その正体は全身鎧を来た騎士だった。しかもその鎧はユーフェリアの紋章が刻み込まれていることから国に関連する人物のものだと推測できた。だが、その姿は明らかに異質なものだった。
「首が……無い……」
『失礼なことを言わないでもらいたいわ』
シルファがダンジョンコアを消して首なし騎士の傍に寄ると、騎士が小脇に抱えているものに愛おしそうな表情を浮かべて手を差し出す。まるで最愛の人をいたわるようにそれを撫でる姿を見て、それが何かを理解する。
「まさか……ユウイチロウ=ジンノ? あの時に首を刎ねられて死んだはずじゃ……」
『私を護るために復活してくださったのよ。ああ、ユウイチロウ様、これで再び愛し合うことができます』
うっとりとしながら撫でるシルファだが、未だ幼さを残す少年のものとおぼしき首は眠るようにその両目を閉じたまま表情を変えることはなかった。だがそんなことは全く気に留めずにシルファは己の愛情を物言わぬ生首にと注ぎ込む。
「……狂ってる」
『あら、自分達のしでかしたことを他人に擦り付けるような人たちがまともであるとは思えないのだけど。あんな魔道士の口車に一度ならず二度までも乗ってしまう愚かな貴方達のほうがよほど狂ってるわ』
ミルファの呟きに敏感に反応したシルファは怒りの形相でミルファを睨む。かつての虫も殺せないような弱弱しい箱入り娘だったシルファの姿を知る二人には今の彼女をそのまま受け入れることができなかった。
『あの忌々しい魔道士、これを盗んでいくつもりだったようですけど、私のほうが一足早かったようね。この力に馴染むのが遅れたせいで取り逃がしてしまったのが口惜しい』
「魔道士? ランスがここに?」
『もうこの国にはいないようよ。存在が感じられないから』
「……どうしてそんなことがわかるのよ」
『私がダンジョンコアを使いこなしている時点で気付くべきだと思うけど、貴方達には理解できないのかしら。まぁいいわ、貴方達にはしっかりと罰を受けてもらわないと』
少年の首に縋りつきながら、二人に顔を向けるシルファ。その笑みはこれから二人に課すための罰を考えているのか、まるで楽しい遊びを考える子供のようだった。
**********
「はぁっ!」
「おらぁっ!」
人里離れた山奥、二人の男の声がする。その男達は多数のモンスターに囲まれているが、その数を超えるモンスターの死骸が夥しく周囲に横たわっている。だがモンスター達は全く怯む素振りを見せず、それどころかより好戦的に彼等を睨みつける。
「……そっちはどう、ガーラント」
「ロニーこそ、もうへばったのか?」
「まだまだ大丈夫だよ!……っと」
襲い掛かってきたモンスターを一撃で切り伏せると、息を整えながらガーラントへと返す。それを見たガーラントは額の汗を拭いながら、不敵な笑みを見せる。
「だがよ、さすがに三つ角地竜はキツイよな。しかもまだまだ仲間を呼ぶようだぜ?」
「でもこのくらいじゃないとダメだよ、いや、まだまだ足りない」
彼等を取り囲んでいるのはその名の通り三本の角を持つ地竜だ。常に群れで行動し、危険を感じると周囲の群れに救援を求めるという厄介な性質を持つ。しかもその個体の強さは高ランクの冒険者のパーティが数匹の小さな群れをようやく狩れるというレベルだ。決してたった二人で大きな群れを相手にしてよいモンスターではない。
「そりゃそうだろうけどよ、このままじゃジリ貧だぜ?」
「でもこのくらいの窮地を切り抜けられないようじゃ、またあんな思いをするようになる。もっと自分を追い詰めないと!」
「お、おう……」
肩まである金髪を振り乱しながら、決死の表情で剣を振るうロニーに気圧されるガーラント。だがガーラントの表情は冴えない。
「ロニー、お前もそろそろ限界だろう? ここは一旦引くべきじゃねぇのか?」
「…………」
ロニーは無言だが、沈黙こそが彼の現状を雄弁に物語っていた。彼等は確かに強いが、それでも無尽蔵に動けるほどのスタミナなど持って居ない。自分を追い詰めようとしているロニーだったが、急ぎすぎるあまりに少々身の丈を超えた挑戦だったようだ。それを証明するかのように、三つ角地竜たちは未だにその数を増やし続けている。
「ちっ、こりゃ元いた数を遥かに超えてるじゃねぇか」
「こんなところで終わるわけにはいかないのに!」
思わず零す二人は、何とか突破口を開こうと武器を持つ手に力を籠める。狙うは群れの中でも密集の薄い場所だが、ざっと見渡す限りそんな場所は見つからない。ガーラントの顔に若干の諦念の表情が見え始める。
「参ったな……薄い場所が見当たらねぇ」
じりじりと三つ角地竜の作る包囲網が狭まっていく。このままでは二人は餌食になるのは時間の問題だった。……二人も、地竜たちもそう思っていた、この瞬間までは。
「「 ! 」」
これまで獰猛な唸り声をあげていた地竜たちの動きが突然止まった。それはまるで何かに怯えて動けなくなる小動物のようで、その目からは二人に対しての敵意は微塵も見られなかった。地竜たちはしきりに包囲網の外を気にしていたが、やがて怯えの色がその目により一層強く現れると、突然向きを変えて散り散りに逃げ出した。
モンスターが全て逃走して危機は去ったように見えたが、ロニーもガーラントもそこで安心してしまうほどに無能ではない。あの地竜たちが一斉に怯えて逃げ出すほどの強さを持つ何かがこの場に近づいているのだ、油断など出来ようはずがない。
「……へっ、新たなお客さんはかなりヤバイ奴らしいな」
「望むところだよ」
森の木々の間から姿を見せたのは漆黒の全身鎧を身に纏った騎士だった。だが下草の多い森の中にありながら、その移動には全く音がしなかった。その超越したような体捌き、それほどに高い実力を持った相手だということは、突然叩きつけられた威圧感が雄弁に物語っていた。静かに二人の方へ近寄ってくると、ゆっくりだが一分の隙もない動きで腰の剣を抜く。
『お前達の力を見せてみろ』
「……え?」
「……指導してくれようってのか? ふざけやがって……」
突然黒騎士が言葉を発した。明らかな上から目線の言葉にガーラントが噛み付こうとするが、確実に自分よりも格上の相手であることは理解しているので強く出ることができなかった。
「いいじゃない、これほどの相手にご教授願えるんだ、こんなチャンスはそうそう無いよ」
「ロニー……わかったよ、付き合ってやる。おい、二人がかりを卑怯だなんて言わねぇよな?」
『こちらはかまわん。むしろそのくらい歯応えがあっていいだろう』
「…………」
「むかつく言い草だがそっちが格上なのは間違いねぇ。そっちの胸を借りてやるから覚悟しておけよ?」
黒騎士のは何かの思惑がありそうだが、今のロニーとガーラントにはそれを深く詮索する余裕はない。ならばいっそそんなことは気にせずに目の前の強敵と戦ってしまおうと考えていた。実戦に優る授業は無いのだ。格上との闘いほど自身の成長させる近道はない。
「いくよ、ガーラント」
「おう!」
黒騎士はフルフェイスの兜のためにその表情は読めないが、そのバイザーの奥の目が喜色に輝いているようにも見えた。自らの思惑に二人が動いていることに満足しているかのように……
**********
「これは一体……明らかに何か起こっているわ」
「街の住人が一切この状況を不審に思っていないのが不気味ですね」
リルとタニアはユーフェリア王城の正門前に来ていた。通常ならば門番が立ち、一般市民が近づくと必ず尋問されていたものだが、今はその門番すらいない。それどころか門の中から発せられる独特な雰囲気は、リルもよく知るものだった。
「まるでダンジョンみたいな雰囲気ね」
内部がモンスター特有の魔力に満ち溢れた危険な場所、久しぶりに訪れた自身の故郷がこのようなことになっているとは思わなかった。だが今の深刻な問題は、この閉ざされた城門をどうやって開けようかということだ。何故なら門を開ける指示を出すはずの門番がいないのだから。
「あ、リル様、門が開きますよ!」
二人が門前で立ち尽くしていると、閉ざされていた巨大な城門がゆっくりと開いていった。それと共に、先ほど感じた独特な雰囲気がより一層強くなっていくのを感じた二人はあからさまな不安を表情に見せながらも内部に入る決意をした。リルが先に城門を通り抜けたとき、城内の様子が明らかにおかしくなった。
「どうして……こんなに視界が悪いの?」
『それは私がそうさせているからですよ、お姉さま』
まるで靄がかかったような城内、その靄の向こうから近寄ってくる何かがそう声を発した。その途端、漂っていた靄のようなものが左右に開いた。あたかも幕が開くかのように。靄が晴れると同時に明らかになったその何かの正体に二人は驚愕を隠せなかった。
「シルファ……なの?」
『ええ、私はダンジョンコアの力で復活しました。もちろん彼も一緒に』
「その鎧は……ユウイチロウ様?」
『そうです、私はこの城の主になったんですよ』
「いけない! タニア!」
突然リルは振り返ると、すぐ後ろを歩いていたタニアを強く突き飛ばした。いきなりのことで対応できなかったタニアは突き飛ばされて城門を越えてしまった。
『この城は既にダンジョン化しているんです。ようこそ、お姉さま』
「リル様!」
タニアの叫びも虚しく、轟音を立てて城門は閉じられた。独特の雰囲気はさらに強くなる一方で、タニアの目から見てもダンジョン化したのは間違いないようだ。タニアは腕利きの間諜だが、ダンジョンを単独で踏破できるほどの強さは持ち合わせていない。
「私一人じゃどうしようもない……皆の力を借りなきゃ!」
タニアの脳裏に思い浮かんだのは仲の良いギルドの面々。彼等ならこの場を何とかできるかもしれない。そんな一縷の望みを繋ぐべく、タニアは走り出した。
本業が忙しくて更新が遅れ気味ですみません。
次章よりユーフェリア王城攻略編……のはず。