動き出す者達 前編
引き続き幕間話です。
途中で視点が切り替わりますのでご注意ください。
ロックが一命を取り留めた後、ギルドのメンバーは探索を切り上げてプルカへと戻ってきていた。ロックは万が一のことを考えて自室で静養している。しかし戻った直後、あるメンバーにはこれまでにない動きがあった。
思い詰めるような表情を見せていたのは受付嬢のリル、そして前衛担当の剣士ロニーだった。他のメンバーはロックが無事回復したことによる安堵と、易々と奇襲を許してしまったという不甲斐なさが入り混じった複雑な様子だったが、それらには比べ物にならないほどに二人の表情は固かった。
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「しばらくこの国を離れるわ」
ギルドに戻るなり行動したのはリルだった。突然の言葉に他の仲間達も動揺を隠し切れなかった。
「一体何を……まさかおぬし、自国に戻るつもりか?」
「ええ、ロックをあんな目に遭わせたのよ? その元凶を作った親族をどうにかするのは私にしかできないことよ」
「じゃが……おぬしは既に放逐された身じゃろう? そんな身分で何が出来るんじゃ?」
「これでもまだ私に忠誠を貫いていてくれる臣下はたくさんいるわ。その伝手を使って入り込むことは可能よ」
ディノの心配する言葉にも決心したかのようなリルの表情が揺るぐことはなかった。旅支度を整えながら淡々と自分の気持ちを吐露していく。
「あの時と同じ轍を踏んだ彼等をどうにかできるのは同じ血族の私だけ。前回はシルファの処刑と私の放逐ということであの子は生き延びた。更生したと思っていたのだけれど……私の考えが甘かったみたい」
「ランスに唆されたということは考えられんか?」
「たとえそれが事実だとしても、一国の王族がここまでのことをしでかしたのよ? それにランスを強制収容所から釈放させた記録はしっかりと残ってる。かつての大罪人に恩赦を与えてまで繰り返した悲劇は断罪されなければならないわ」
旅支度を手早く済ませたリルは静かに立ち上がる。その顔はいつもの受付嬢としての顔ではなく、凛とした高位の血筋に連なる者としての威厳が感じられた。
「……それは第一王女としての責務か?」
「元だけどね。……責務というよりも自分の気持ちが収まらないからよ。これじゃシルファはただ無駄に命を散らしただけ。けじめはきちんとつけないと」
「一人で行くのか? デリックは連れていかんのか?」
「デリックにはもう大事な家族がいる。彼には奥さんと娘を最優先で護ってもらわないといけないわ。大丈夫、タニアが一緒に行ってくれるから」
リルが入り口に視線を動かすと、そこには既に旅支度を済ませたタニアが立っていた。その顔は宿屋の看板娘の顔ではなく、歴戦の勇士を思わせる鋭さを見せていた。促されるように出て行こうとするリルにディノが声をかける。
「ワシらのほうでも揺さぶりをかけておる。……くれぐれも命を粗末にするではないぞ」
「ええ、もちろんそのつもりよ。今はここが私の居場所だから……」
優しく微笑みながらそう言い残し、外へと出て行くリル。ディノはその背中を見えなくなるまで見送り続けた。今生の別れにならないことを切に願いながら……
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「このままじゃいけないと思うんだ」
「いきなり来て何言い出すんだ?」
ギルドの自室で酒を飲んでいたガーラントのところにロニーが訪ねてくるなりそう切り出してきた。あまりにも突然だったので、ガーラントもその真意を理解できなかった。だがロニーの表情にいつもの暢気さが微塵も見られないことから、尋常ならざる覚悟を持っての言葉であることだけは感じ取っていた。
「まずはこっちで一杯飲んでから詳しい話を聞かせろ」
棚からもう一つカップを用意して酒を注ぐとロニーに勧める。最初は戸惑っていたロニーだったが、やがて用意された椅子に腰掛けて出された酒を飲み始めた。
「あの時、僕は動くことができなかった。僕の力が及ばなかったからだ。だから自分の腕を磨きなおしたいんだ」
「……あの時はまさかあんなことが起こるなんて誰も想定してなかった。探索者にとって最大のタブーを破ってきたんだ、俺達が反応できなくても当然だろ?」
ロニーがロックに対しての狼藉を止められなかったことを気に病んでいるのはすぐに理解できたガーラントだったが、彼自身も同様の忸怩たる思いを持っていたのは確かだった。だからこそこうしてひっそりと自室で酒を飲んでいた。
だが、あの奇襲はダンジョンの探索者にとっては最大の禁忌とされる手法であり、駆け出しの頃から徹底的に叩き込まれる禁止事項だ。ベテランの探索者ほどそれが染み付いている以上、想定の範囲外のことだともいえる。それを重責として感じるのは些か無理があるようにも見えた。だが……
「ガーラント、僕はあの惨劇の場にいたんだよ……」
「ロニー、お前……」
ぼそりと呟いたロニーの言葉にガーラントは二の句が継げない。ロニーの言ったことはガーラントも認識している。しかしそれはもう八年前のことだ。しかしロニーの様子から考えると未だにそれを引き摺っているようだった。
「……ま、お前がそう思うんならそうなんだろうよ。俺はあの事件のことは話に聞くだけだから色々口出しできる立場じゃねえ。ただ、お前のやりたいようにしろとしか言ってやれねぇ」
「……そうだね、ありがとう、ガーラント」
カップに残った酒を一息で飲み干すと、席を立つロニー。その顔からは迷いのようなものが消えていた。背負った大剣の柄に手をやると、足早に部屋を出て行こうとする。
「……これからどうするんだ?」
「……わからない。でもじっとしてても始まらないのは確かだよ。とりあえずモンスター退治にでも行こうと思ってる。強いモンスターと戦って、僕自身の油断を消していきたい」
ガーラントの問いかけに、ようやくいつもの明るさが戻ってきたロニーが答える。さきほどとはうって変わったロニーの様子に苦笑しながらも、その答えを聞いたガーラントはしばし考えこんだ後、傍らに立てかけてあった自らの得物にそっと触れる。
「……よし、俺も連れて行け。ロックが【大迷宮】に指名された以上、その仲間を自負する俺達だって無関係じゃねぇ。これからはあんなことが繰り返されるかもしれねぇってのに、いつまでも未熟なままじゃいらねれねぇ。俺も強くならんとな」
「ガーラント……うん、行こう!」
ガーラントは立ち上がると、テーブルに残された小さめの樽を片手で掴み、残った酒を一気に喉に流し込んだ。
「戻ってくるまで酒はお預けだ。酒ってのは皆の無事を祝って飲む酒が一番美味い、こんなしけた酒が美味いはずがねぇ。ずっと美味い酒を飲むためにも、強くならないとな」
自分の得物の戦斧を軽々と担ぐとロニーと共にギルドの建物を後にする。自分が強くなるために、そして仲間を護るために強くなろうとする二人は夜明けを待たずに街を出て行くのだった。
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暗い石造りの通路を足早に通り抜けていく二つの足音。一つは重々しく、もう一つは軽い足音だ。人の気配など全く存在しないこの場所にそぐわない口調の会話が響き渡る。
「何故このような場所を通らねばならんのだ!」
「仕方ありませんわ、お父様! それもこれもあの勇者共が捕縛されてしまったからですわ! あの魔道士もどこかへと行ってしまいますし!」
会話の主はユーフェリア国王と第三王女ミルファリアだった。彼等が移動中の通路
はユーフェリア王城の地下にある、王族にのみ伝えられている脱出通路だ。
「あの勇者共に全ての罪を被せてしまえばよかったものを!」
「あの者達は魔道士協会が捕縛しています。魔法尋問をされれば私達の関与が明らかになります。その前にこの国を脱出してしまいましょう。この身さえ無事ならばどうとでもなります!」
彼等は勇者達が身柄を押さえられたことを知るとすぐに逃げの一手をとった。彼等はかつて自分達が召喚した勇者が暴走したことによって引き起こした災害を、身内の者に罪をなすりつけることで回避してきた。だが今回は濡れ衣を着せる者がいないため、ほとぼりが冷めるまで属国へと逃げ延びるつもりでいた。無事脱出した後は従順な臣下を送り込み、国外から政治を行えばいいと考えていたのだ。
「こんなことならばリルファニアを放逐するんじゃなかった。全ての罪を押し付けて処刑すればよかった」
「今更ですわ、お父様。そんなことよりも地下宝物殿に急ぎましょう、入手したダンジョンコアさえ持ち出せれば逃げ延びた先で安く売っても一生贅沢できるくらいの財産になるはずです!」
彼等はかつて勇者達に入手させたクランコのダンジョンコアを持ち出そうとしていた。ダンジョンコアは高密度な魔力の塊であり、モンスターに進化や成長を促したり、力の糧になったりするもので、市場に出回れば天井知らずの価値がつく代物である。彼等としても今後の隠遁生活を充実させるためにも、是が非でも持ち出しておきたいものだった。だが、彼等はダンジョンコアというものの性質をよく理解していなかった。【モンスターの成長や進化を促す】という性質を。
「お父様、高価なものを持てるだけ持ち出してしまいましょう」
「うむ、我々の持ち物を持ち出すのは当然だ」
宝物庫についた彼等は何の躊躇いもなく宝物庫の扉を開ける。ここは王族しか通れない通路の途中にある部屋のため、特に施錠はされていない。中に入り室内の様子を窺うが、そこで室内の変化に気付く。
「ダンジョンコアが……無い?」
宝物庫の中央に鎮座していたはずのダンジョンコアが忽然と姿を消していた。他の宝物は一切無くなっていないのに、何故かダンジョンコアだけが無い。王族しか入れない場所のため、臣下の誰かが持ち出したとは考えられない。目的のものが無いことにやや混乱している彼等は、次第に室内の空気が変化してきていることに気付かなかった。
かつ……かつ……かつ……
「……誰か来る?」
「そんなはずはありません、ここは王族しか知らない場所です。今、この城でこの場所を知るのは私達しかおりません」
次第に近づいてくる足音に不安な表情を浮かべる二人だが、確かにミルファリアの言うとおり、この場所を知るのは現在は彼等しか残っていない。第一王女のリルファニアは既に国外に放逐され、第二王女のシルファリアは八年前に処刑されている。この場所を知る者がいるはずがないのだ。だがその足音は確実に宝物庫に近づいてくる。
かつ……かつ……かつ……
全くペースを変えずに近づいてくる足音。この場所を知る者がいないにもかかわらずに近づいてくる者に恐怖を感じた二人は慌てて宝物庫から出ようとする。そして室外を出たところで足音のする方向につい目をむけてしまった。
本来ならばそんなことする必要などなく、一心不乱に逃げていれば良かったのかもしれない。だが、何故かその足音の主に気を取られてしまった。そして……見てしまった。
「……どうして……どうしてあなたがここにいるの?」
全てを塗りつぶすような暗闇から次第に見えてくるその姿は、ここに存在するはずのない人物だった。
次回に後編の幕間を挟んで次章になります。
読んでいただいてありがとうございます。