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異世界でも鍵屋さん  作者: 黒六
第12章 錯綜する迷宮
109/150

明かされる真実(後編)

ちょっと遅れました。


「私達のどこが盗人なんですか? 私達だって望んで……」

「確かにそこは同情するよ。そもそも召喚なんてのはこっちの世界の連中の一部の暴走だ。しかも厄介なことにアタシじゃそれを対処できないようになってる」

「……対処できない?」

「ああ、それはこっちの話だ。いいか、お前達はただ与えられただけの子供だということは情状酌量の余地が無い訳じゃない。だが、そこの白いの、お前は違う」

「な、何がですか?」


 他の三人は喋ることすらままならない状態に陥っている中、白井は仮面の女の威圧に挫けそうになる自分を必死で支えながらも気丈に乗り切ろうとする。自分の内心を気取られまいと思いながら。だが……


「お前、あいつ・・・から色々と聞き出すつもりだろ? 拷問してでも」

「…………」

「無言は肯定と受け取るぞ。それに【招待状】は確実に奪い取るつもりだったんだろ?」

「……私は帰りたいんです。なのに……他の誰も帰りたいなんて思ってない! なら自分でどうにかするしかないじゃないですか! こんな考えが正しいなんて思ってません! それでも帰りたいんです!」


 白井がロックのいる場所に現れたのは、色々と情報を入手し、そのうえで【招待状】を奪うつもりだった。もちろんその【招待状】がそのまま使えるとは思っていない。だが、ユーフェリアの王族やランスに対しての切り札になるかもと考えており、そのためにロックが死ぬことがあっても仕方ないと考えていた。彼女がロックを治療しようとしたのは打算八割といったところだった。


「……同郷の人間を殺して戻ったとして、お前はどの顔で母親と向き合うんだ? 人命を救う仕事をしているお前の母親に対して」

「…………」


 何故仮面の女がそれを知っているのかを疑問に思う余裕もない白井は言葉に詰まってしまう。白井の母親は看護師で、白井が産まれてすぐに父とは離婚して女手一つで自分を育ててくれた。その姿をずっと見て育ってきたからこそ、自分も医療の道を目指し、こちらに来て治癒魔法が使えるとわかった時には自ら神殿での治療に参加したものだった。


「……私は……帰りたい……」

「無理だな。今のお前達はこちらの世界で新たな命として認識されている。たとえ何らかの手段で日本に戻ったとしても、お前達はじきに死ぬ。どういう意味か、お前ならわかるだろう?」

「……加護を受けることができないから……そして……魔力が無ければ生きていけない体になってしまったから」」


 白井の顔に絶望の色が浮かぶ。自分がしてきたことが全くの無駄だったとここで思い知らされたのだ。さらに敬愛する自分の母親が、他の誰かを殺してまで戻った自分を受け入れてくれるかを考えるのも怖ろしかった。そもそも既にこちらの人間(野盗だったが)を殺してしまっている自分がいるのだ、こちらの世界に染まりつつある自分が。


「……私達を……どうするつもりですか?」

「お前らが【招待状】を奪おうとしたのはどうしても見過ごすことはできん。その行為はこの世界の根幹を揺るがすことになりかねん。それを望む馬鹿共に乗せられていたとはいえ、一時の享楽に身をゆだねていたこともな。そのせいでこいつらに恨まれたんだろ」


 仮面の女が僅かに首を動かして、背後に立つ存在を指し示す。


「当然だと思わないか? まさか自分の命と引き換えに召喚された連中が、好き勝手に遊びまわって色々と迷惑かけてるんだからな。自分の大事な加護すらも毟り取られて、もう人間としての転生は望めないというのに」

「……え?」


 白井を含めた四人の表情が疑問一色に変わる。ここまでくれば仮面の女の後ろにいる存在が、自分たちが召喚されたことによる被害者だとはっきり認識できた。だが、そこから先のことは全く理解できなかった。


「……加護っていうのはな、この世界においては次なる命への免罪符なんだよ。その命が終わった時、加護を与えてくれた神に加護を返上し、これまでの罪を赦してもらうんだよ。生前に善行をしていれば次の命でも強力な加護を得るが、悪行ばかりだと加護が弱かったり無かったりする。ま、これは自業自得だな」


 仮面の女はちらりと背後を見る。そこに並ぶ者達の表情には何かを懇願するようなものが垣間見える。それが何を望むものであるのかを想像するのは難しくないだろう。


「で、もしも加護が返上できなかった場合、二つの選択肢が用意される。それは魂の消滅か、モンスターとして生まれ変わるかの二択だ。つまり、こいつらは何もしていないにもかかわらずにモンスターとして生きるか消滅するしかないんだよ。なぁ、そいつはあまりにも酷いとは思わないか?」

「……私達の命で償えっていうんですか?」

「お前らのちんけな命でどうなるものでもない。お前らの裁きをアタシが勝手に出来るものでもない。アタシがするのはお前らという不条理な存在を平等に戻してやるだけだ。だが、お前達にはこれが一番きつい仕打ちになるだろう」


 仮面の奥の瞳が妖しく輝くのを見た白井達は突然強烈な脱力感に襲われる。抗おうにも身体が言うことをきかない。そして自分の身体から無数の光が零れていくのを呆然と見ているしかできなかった。それが何かを理解するのにさほど時間はかからなかった。


『ああ、これで……』

『次なる命に……』

「ああ、今度はこんなことに巻き込まれないようにな。こっちも色々と手を打っておく」


 仮面の女の背後にいた者たちは四人から零れる光を受け取ると、嬉しそうな表情で消滅していく。奪われた加護を取り戻し、安堵の笑みを浮かべながら。


「お前達から加護の力を返してもらった。これでお前達はただの子供だ、それにもう心配はいらないだろうが、念のために他人の加護を受け付けないようにしておいた。もっとも、お前らが努力して加護を得ることまでは禁じていない。まぁ生き延びることができたら努力してみろ」

「そ、そんな……」


 四人の価値はその加護による強大な力にしか存在しない。もし力を失ってただの子供になってしまったことを関係者が知ったらどうなるだろうか。おそらく、いや、間違いなくお払い箱となるだろう。それどころか、損害を与えたとして処断されてもおかしくない。自分達がしてきたことをさんざん揉消してきたような国だ、今度は自分達の存在を揉消されてしまうかもしれない。


「お、お願いです、助けてください……」

「それを判断する権利はアタシには無い。あるのはお前らが直接手を出した被害者だけ、それが日本の常識だろう? お前らはそれだけのことをしたんだ、覚悟は決めておくんだな」


 仮面の女のどこか哀れみの帯びた声を聞きながら、四人の意識は闇の底へと落ちていった。


「……さて、こっちは終わったが向こうはまだっぽいな」

「そうみたいだけど、これからどうするの?」


 四人の意識が無いことを確認した仮面の女と鎧騎士はいきなり声のトーンをフランクなものへと変えて話し始める。そこには先ほどまでの威圧感など欠片も見受けられない。


「向こうは任せるとして、こいつらの処置とこれからの段取りだけはしておかないとまずい。これからのことは場合によってはかなり大掛かりなことになるかもな」

「……となると、今まで眠っていたダンジョンも動かさないといけないのかな?」

「ああ、それに新しいダンジョンも生まれつつある。それが【大迷宮】の意思だからアタシにも手をだせん。ふざけた考えの連中をふるい落とすつもりなんだろう」

「でも、ロックちゃん・・・・・・まで落ちないかな?」

「そのためにはあの連中にもしっかりと責任を感じてもらわなきゃならん。アンタだって過去にあんな思いしたんだから、そのあたりは理解できるだろう」

「そうだね、もうあんな思いはゴメンだよ。……わかった、あの剣士は責任持つ」


 そう言い残して鎧騎士は姿を消す。後に残るのは四人と仮面の女のみ。


「甚六のことはあいつらに任せるしかないのが歯痒いが仕方ない。まだアタシのことを知られる訳にはいかないからな。まぁある程度のメッセージは残したし、それを見れば性根を入れなおすだろう」


 そんな独り言を口にしながら、仮面の女と四人もその姿を消し、後にはただ闇だけがどこまでも広がっていた。





************




 かちゃり……


 錠の内部機構が動く音がする。慣れない道具だから慎重に慎重を重ねたせいか、特に問題なく解錠できた。

 いや、問題だらけだ。それはこの道具と錠についてだが、それはこの中にいる誰かに尋ねるべきだな。そのためにもさっさと中に入るべきなんだろうが、念のために用心しておくにこしたことはない。


 コンコン……


『どうぞ、お入りください』


 確認のノックに中から声が返ってきた。間違いなくさっき聞こえた声と同じだ。ならここが目的の場所と考えていいんだろう。いきなりこんな場所に連れてこられて罠という可能性は過大にあるが、それでもアクションを起こさなければ解決の糸口すらつかめない。それに入っていいと許可まで貰っているんだ、失礼なことさえしなければ大丈夫だろう。


「失礼します」


 一言断ってから、ドアノブを回して扉を開けて中に入る。

 そこは二十畳くらいの広さの部屋だった。壁は先ほどいた場所と同じような材質で、中央には小さなテーブルと一対の椅子があり、その片方には女性が腰掛けて柔和な笑顔を見せていた。

 女性は年の頃は俺と同じくらいにも見えるし、見方によっては俺よりもずっと下にも見える。長い白髪に合わせたような白い貫頭衣のようなものを着ており、俺を見て笑顔で手招きした。


『ようこそ、鍵師さん』

「あんたは……ここの住人か?」


 近寄った俺が警戒を解かないのを見ると、その女性はやや困ったような表情を浮かべる。もちろん笑顔は崩さないままだ。


『ええ、そうです。私がお招きしたんですよ』

「招く? 俺はあのダンジョンにいたはずだ。そして誰かに攻撃されて……それからここにいたんだが、あれからどうなったんだ? もしかしてあんたがあの連中を……」

『違います』


 俺の疑問を即答で否定した。その顔は相変わらず笑顔だが、どことなく怒っているようにも見える。否定した口調もかなり語気が荒かったような気もする。


『あなたは今、生と死の境界にいます。今のあなたは魂だけの状態ですが、私の力によって一時的に実体化しています』

「な……」


 とんでもない言葉に声が出せなくなった。確かにあれはとんでもない破壊力だったが、まさかそんな状態になっているとは……ということは、俺はどうなる? このままいけば死んでしまうんだろうか?

 

『まだあなたは死んでいません。言っているでしょう、ここは境界だと。まだあなたの命は消えていないのです。それに、あなたは私に聞きたいことがあるのでしょう?』


 女性は笑みを崩すことなく俺に話しかけてくる。その言葉の内容は俺の心の中を見透かしたかのようにピンポイントで応えてくる。死ぬかもしれないし生き残るかもしれないという不安定な現状が俺の思考を混濁させる。


「……死ぬなら聞いても意味がない。俺が生き残れる可能性はどれだけある?」


 死というものを突きつけられて、かなり混乱してる。そもそもこの女性は何を言いたい? 死んだら終り、色々聞いたところで何の意味がある。生き残って今後のためにということなら聞く価値もあるんだろうが、そんなもの未練になるだけだろう。


『……あなたは死ぬことが怖くないのですか?』

「怖いに決まってるだろう! まだまだやりたいこともたくさんあるし、色々と責任もある! これまで積み上げてきたものが全て無くなるんだぞ! 怖いに決まってるだろ! どうなんだよ! 俺は生き残れるのか! そんな生殺しみたいな真似するならさっさとトドメをさしてくれ!」


 今俺は痛みというものを感じていない。死ぬということは全てが終りだ。今まで手に入れたものも、積み上げてきたものも、そしてこれから手に入れるであろうもの全てが消えてなくなるということだ。

 俺が手に入れたもの全て、それは俺が積み重ねてきた時間そのもの、それが消えてしまう。俺の生きてきた証が消えてしまう。それがどんなに怖ろしいことか。

 ギルドの皆、七宝の親父さん、そして鈴花、仕事先の知り合い、俺が死んだって聞いたらどんな顔をするだろう。それを思うと胸が締め付けられる。痛みを感じないはずなのにまるで心臓そのものを誰かに握りつぶされているような錯覚に陥る。

 どうしてこんな思いをしなきゃならない? 俺が何をした? いきなり背後から攻撃されて生死を彷徨って、こんなところで聞きたいことなんかあるか!


「あんたが何者かはどうでもいい、死ぬならとっとと楽にしてくれ!」

『…………』


 白髪の女性に向かって、自暴自棄な言葉をぶつけてしまう。冷静になれといわれてもそんなもの無理だ。自分がここで終わってしまうかもしれないと言われて冷静沈着でいられるほど俺は達観していない。

 女性は俺の支離滅裂な言葉の数々を黙って聞いている。次第にその表情からは笑みが消え、無表情になっていく。そして静かにせきを立つと、ゆっくりと俺のほうへと歩いてきた。その顔は悲愴なものへと変化していた。

 目の前まで来たその女性は両手で俺の頬に触れた。やや背が低いので、自然と俺を見上げるような姿勢になったんだが、馴れ馴れしいその態度に文句を言おうとした俺の口からは何の言葉も出せなかった。

 その女性は、黒曜石のような瞳にいっぱいの涙を浮かべていた。


『ごめんなさい……私の力不足で……でも、あなたを頼る以外に方法が無かったの。でも、そのせいであなたが危険に巻き込まれた……許して』

「……もしかして、あんたが【招待状】の送り主か?」


 俺が巻き込まれた理由などひとつしか考えられない。となれば、導き出される答えは簡単だ。


『それは半分正解よ。私の意思でもあり、迷宮の意思でもある』

「あんたは【ブロンの大迷宮】のマスターじゃないのか?」

『かつてはそうだったわ、でも今は違う。私の力が及ばなくなり始めてる』


 どういう意味だ? いまいち理解が追いついていかない。


『私はあなたにダンジョンを攻略してもらいたい。あなたが一番その可能性が高いからこそ、【招待状】を送ったの。ただ、それがこんな結果を招くことになるなんて思ってもいなかった……』

「……声を荒げてすまなかった、あいつらの狼藉はあんたが仕向けたわけじゃないのに」

『ありがとう……私のほうこそ不安を煽るような言い方をしたから……ごめんなさい。あなたをここで死なせるようなことはしないわ、でもその前に確認しておかないといけないことがある』


 女性は俺の頬から手を離すと、テーブルにつくように促す。別段拒否する理由もないので促されるままにテーブルにつき、女性と向かい合うように座った。一体何を確認するのだろう。


『……あなたに問います、あなたはあの者達のような強大な力を望みますか?』

「……は?」


 女性の問いは俺の想像ははるかに超えたものだった。

 

 

話が長くなりそうだったので分割しました。次回でこの章の最後になる予定です。あくまで予定ですが……

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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