明かされる真実(前編)
途中で視点が切り替わりますのでご注意ください。
「いったいどこまで歩けばいんだ?」
思わずそんな独り言が出てきてしまうのは無理もない。さっきからずっと歩いているが、この広い通路みたいな場所は延々と続いている。変わり映えしない光景のせいか、時間感覚が麻痺してるらしい。おまけにいつもの腕時計がない。寝るときと風呂以外は絶対外さないようにしてるはずなのに。寝てる間に盗まれたのかとも思ったが、こんな不思議な場所にそんなものがいるのかどうかも怪しい。
「疲れないってのはありがたいんだが……」
体感時間だとおそらく三時間以上は歩いてるはずだが、全く疲れない。私生活は摂生していたわけではないが、かといってそこまで不健康な生活してたわけじゃない。だとしても全く疲れないのは異常だ。
ただ、何故か不安を感じない。いや、どこか懐かしいような感覚さえある。だが思い出そうとしても記憶が甦ってこない。
「いつまで同じ光景なんだよ、いいかげんに目新しいものでも出てきてくれよ」
ついそんな独り言が出てしまった。だが、同じ景色ばかり見せられ続ければそう言いたくなる。照明の異様に明るい巨大トンネルを延々と進んでいるような感じだ、普通なら退屈で居眠りでもしてるところだ。
『こちらへ……こちらへ……』
声は相変わらず聞こえているが、その音が段々大きくなっているから目的地には近づいているのかもしれないが、少々飽きてきた。というかだな、同じ光景を延々見させられるなんて一体どんな拷問だよ。
以前どこかで、全部一色で塗り固められた部屋に人間を入れると精神に異常をきたすという話を聞いたことがあるが、この状況はそれに近いものがある。
「……寝るか」
疲れたときには寝るに限る……といっても身体的疲労はほとんど感じないんだが、精神疲労が溜まってきてるのは確かだ。そもそも他人を呼び寄せるならもっと親切でもいいんじゃないか?
延々俺を歩かせて一体何がしたいんだ?
『こちらへ……こちらへ……』
「悪いが疲れたんで少し寝る。一休みしたらそっちに行くから」
相変わらず同じことしか繰り返さない声にそう告げて床に寝転がる。冷たい感触があるかと思ったが、冷たくない。というよりも、温度を感じない。硬い床の感触はあるんだが、温度だけがわからない。ただ、冷たいよりはいいかもしれない。
誰もいないのをいいことに、大の字になって身体を伸ばすと、脱力しながら目を閉じてあの出来事を思い返す。といってもほんの一瞬だったし後ろ向きでまともに顔を合わせてないが。
「絶対、日本人だよな」
ほんの僅かなやりとりだったが、俺は確信した。数人いたらしいが、俺に蹴りを入れた奴は間違いなく日本人だ。
というのも、ディノがかけてくれた【翻訳の魔法】はちょっと特殊だった。今でこそ慣れたが、当初は少し戸惑った。その理由が【相手の発声と言葉の内容の認識にタイムラグがある】ということだった。例えて言うなら【同時通訳】を聞いてるようなものだ。ほんの僅かだが、言葉の意味が入り込んでくるタイミングが遅れる。だが、あいつの言葉にはそれがなかった、つまり慣れ親しんだ日本語だからということになる。
「最近のガキ共はこんなに攻撃的なのか?」
声の様子から俺より年下なのは間違いないと思う。年下に蹴り飛ばされる二十七歳というのは少し情けない気もするが……だが問題はそこじゃない。どうして日本人がこの世界にいるのかということだ。あの転移魔法陣はディノのオリジナルじゃなかったのか?
「あー! 専門でもない俺がわかるわけないだろ!」
目を見開いてそんなことを叫んでみる。俺は魔法なんてほとんど理解できていないし、そんな人間が魔法のことで悩むのはお門違いというものだ。
「ん? あんなところに壁なんてあったか?」
起き上がって周りを見回すと、さっきまでずっと続いていた通路に壁が出来ていた。まるで通せんぼをするように、だ。だが、壁を作るような音はしなかったし、俺が目を閉じていたのはほんの数分のはずだ。そんな短時間で壁なんてできるだろうか?
「これはずいぶん頑丈な壁だな……ん?」
壁に近づいてみると、周囲の壁面と同じ材質のようだ。しかもかなり頑丈そうで、壊すのは無理そうに見えた。それにこの壁、かなり大きいんだが、壁の端のほうに気になるものがあった。
「あれは……扉か?」
遠目で見たから確証は持てなかったが、近くに寄ってみてはっきりとわかった。それは扉だったんだが、明らかにこの壁とは雰囲気が違う。そう、そこには俺が見慣れた錠がついていた。
「これは……ピンシリンダーか?」
日本でも古い団地等に使われていたタイプの錠に酷似していた。もう現在ではメーカーも製造していないくらい古いタイプで、ピッキングを想定していなかったので空き巣によく狙われた。それにそっくりだった。
俺がこちらに来てしばらく経つが、少しばかり気になっていたことがある。それは錠のレベルだ。
もちろん日本のレベルを参考にすることが間違いだってことは理解してる。日本にある錠は精密部品から大きなパーツまで全てマシンカットだ。それにより複雑な仕組みを作り出すことができる。こちらの鍛冶師のレベルではまず実現できない。だからウォード錠がほぼ全ての錠に共通する仕組みだった。
なのに、それを超えたものがここにある。
『さあ、こちらへ……』
「中に入れって言うのか? ……やはり施錠されてるか……ん?」
声は扉の奥から聞こえてくるんだが、このままじゃ中に入ることはできない。呼んでおいて施錠したままというのがいまいち理解出来ないが、中に入らなければまた延々と同じ景色が繰り返されるんだろう。
ふと視線を足元に落とせば、そこには古ぼけた巾着袋があった。それを手にとってみると中から金属がぶつかる音がしたので、気になって袋を開けてみた。
「どうしてこんなものが……ここにある」
袋の中にはかなり使い込まれた【ピッキングツール】が入っていた。それだけならいい。こちらにもそれっぽい道具があるらしいのはアイラから聞いていた。しかし、この袋に入っていたのはそんなレベルのものじゃない。その一本を取り出すと、刻まれているのは【Made In Japan】の文字。
それは間違いなく日本で作られたものだった。
「……これで開けろってことか」
『…………』
誰に向けたでもない俺の呟きに呼応するかのように、ずっと聞こえていた声が止まる。そうか、この声の主はこいつを使って入ってこいということか。
「わかった、なら遠慮なく入らせてもらう」
不慣れな道具だが、今はそんな我儘言っている場合じゃない。こんな時こそ慎重に、どこまでも丁寧に、それでいて素早く対処しなければならない。相反する矛盾を自分の中で飼いならしながら、鍵穴に道具を差し込む。そして俺には鍵穴内部の感触以外、何も感じられなくなっていった。
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そこはまさに異様な空間だった。
全てが黒一色に染めつくされたようなそこは、自分がどこを向いているのか、そもそも上下の感覚すら怪しかった。
まさに闇、その闇の中心には四人の少年少女がいた。その顔はかなりの疲労の色を浮かべており、皆その場にへたりこんでいた。そんな彼等を嘲笑うかのように、消耗した最大の原因がゆっくりと姿を現した。
「気分はどうだ? ガキ共」
「どういう……つもりですか……」
四人のうち、唯一余力を僅かに残していた白ローブの少女、白井が声を絞り出す。それを見た仮面の女は思わず感嘆の声をあげる。
「ほう、この場所に来てまだそんな余力があるとは思わなかった」
「私達に……何を……」
「まぁ色々とね。お前らが好き放題やってくれたおかげで後始末が大変なんだよ。これから最後の後始末だ」
後始末という言葉を聞いて身体を竦ませる四人だが、恐怖が限界に達したのか赤沢が突然叫ぶ。
「ふ、ふざけんなよ! 俺達は選ばれたんだぞ!」
「……誰に?」
「そんなの神様に決まって……」
「お前らみたいな未熟なガキを選ぶ神なんぞいると思うか?」
どこまでも冷静な仮面の女はつまらなそうに返す。
「それは俺達に秘められた可能性が……ひぃっ!」
「な……なんで?」
「「 ひっ!」」
四人は突如声を詰まらせた。仮面の女の後ろに大勢の人影が現れたからだ。人間はもちろんのこと、獣人やエルフ、見たことのない種族までいた。その場に立つ尽くす者に老若男女の区別は無く、その姿は真っ赤な血に染められていた。その誰もが四人に対して訴えかけるような視線をぶつけてくる。
怒り・悲しみ・絶望・落胆、そういった感情に満ちた瞳が四人を容赦なく射抜く。
「おいおい、そんなに邪険にしてやるなよ。お前達にとっては見知った仲だろう?」
「……見知った? 会った事もないのに……」
「よく会ってるだろう? 夢の中で」
その言葉に四人が固まる。白井は他の三人が固まるのを見て、彼等が自分と同じ夢を見ていたことを理解する。
「あなたがあんな夢を?」
「ああ、あれは私も知らんよ。それだけこの連中がお前らに言いたいことがあるんだろう? お前らに殺されたも同然だからな」
四人の中で唯一、白井だけがその言葉に大きく動揺した。自分の中にあった僅かな最悪の可能性、それが当たってしまったのだ。召喚された部屋に満ちていたあの匂い、今思い返せばそれは間違いなく……血の匂いだった。
「うぐぇ……」
自身の想像が当たってしまったことで内臓をかき回されるような不快感に襲われた白井は耐え切れずに嘔吐してしまう。胃の中のものを全部吐き出した白井は何とか声を出そうとする。
「おや、アンタは大体のことを把握してるみたいだね。ま、よほどの馬鹿じゃない限りその結論に至るのは当然だが」
「……その人たちは……召喚のための生贄ですか?」
白井のか細い声、だがその内容を聞いた他の三人は驚愕の表情を浮かべている。
「ん? 誰も教えてくれなかったって顔をしているな? 普通はそんなこと言わないわな、そのためにお前らみたいな馬鹿な子供を対象にするんだ。それに……召喚のためだけじゃない」
仮面の女が小さく指を鳴らすと、途端に背後の者たちが声をあげはじめる。
『返せ……』
『どうして私が……』
『こわいよ……たすけて……』
「やめてくれ!」
「もういや!」
耳を塞いで目を閉じて拒絶しようとする四人。だが、白井だけはそれすらも出来ずに呆然と立ち尽くしていた。白井の視線の先には虚ろな瞳をむけてくる小さな女の子の姿があった。年の頃はまだ小学生にもなっていないくらいだろうか、簡素な衣服はその大部分が血で染め上げられていた。だが、白井の動きを止めているのはその姿ではなく、その少女が発した言葉だった。
『そんな汚れた手で……人を救うの? わたしを殺して奪った力で?』
「ああ、この子は確か……あの国の属国で治癒魔法の才能があるって言われていた子だね。突然行方不明になったって聞いてたが」
「そんな……違う……違うの……私だって……知らされてない」
目を背けようにも身体を動かすことすらできない。かろうじて拒絶の言葉を吐くのが精一杯だった。だが、仮面の女はそんな白井に冷たく言い放つ。
「そんなことはどうでもいいんだよ、お前らがまともに動いていればな」
仮面の女は動けない四人のところへ歩み寄ると、しゃがみ込んで顔を覗きこむ。仮面の奥の表情をうかがい知ることはできなかった。
「この世界に誰かを招き入れたとしても、特別な力が宿るなんてことはありえない。これはゆるぎない事実だ。だが、属性の神々を崇める馬鹿な連中がそれを揺るがす術を考え出したんだよ」
仮面の女は大きく溜息をつくと、再び話し出す。
「無いのなら持っている者から奪い取って付与してやればいい、とな。お前達に今宿っている力は全てこいつらから毟り取ったものなんだよ、この盗人が」
勇者の話はここで終わらせるつもりだったのに……次回で終わる予定です。
本日より一週間、仕事の都合で返信等が遅れる可能性がありますのでご了承ください。出張なもので……。
それから業務連絡です。
9月7日、無事に「異世界でも鍵屋さん」の書籍が発売されました!
一部書店では発売日前に並んでいたようですが……
書店で自分の本を見るたびにどきどきします。
これからも面白い話を書いていけるよう頑張りますので、よろしくお願いします。
読んでいただいてありがとうございます!