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異世界でも鍵屋さん  作者: 黒六
第12章 錯綜する迷宮
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救いの手

 フォレストキャッスルの一階、初日に探索した大広間のような場所でテーブルを繋げた簡易寝台の上にロックは寝かされていた。ロックの体からは皮鎧が外され、作業着とワイシャツもボタンを外されていた。

 皮鎧は勇者の蹴りの威力を完全に殺すことができず、原型を留めないほどに破壊されていた。ロックは動かないように桜花の糸で固定されている。


「すまんのう……場所まで提供してもらって」

『今回のことは双方にとって想定外の事故です。探索中の仲間割れは我々も関与しませんが、あの者たちは明らかに彼を狙いました。ダンジョンの主として、決して看過できません』


 ディノの言葉にメイドが応える。


『それに、あの鍵師の容体から見ても、外に連れ出す余裕は無いのでしょう?』

「……ええ、そうよ」


 ダンジョンマスターの少女の問いかけに、ミューリィが静かに返す。いつもの陽気さはどこにも見られず、沈痛な面持ちでロックを見守る。

 ロックの容体は良くない、というか最悪に近かった。外傷こそ見受けられないが、折れた肋骨が内臓に刺さっている状態だ。しかし、治癒魔法を使えばそのような怪我も回復するはずなのに、誰一人として治癒魔法を使おうとはしなかった。

 と、そこへロニーに付き添われてアイラとセラが駆け足で戻ってきた。


「大変だよ! 外は皆眠らされてる!」

「なんじゃと! 皆は無事か!」

「はい、目立った怪我は無さそうですが、念のためにルークさんとソフィアさんが残って対処しています」

「勇者連中はどこかに転移したみたいだ、付近にそれらしい気配は無かったよ」


 それぞれが状況を報告する。最悪の事態を懸念したディノだったが、外の皆が無事ということで少しだけ安心したようだ。だが、それで喜ぶ訳にはいかない。一番大事な問題が最悪の方向へと進んでいるのだ。


「ディノ様! ロックは?」

「早く回復を!」


 ロックは未だに意識が戻っていない。それどころか顔色は次第に悪くなり、呼吸も弱弱しかった。誰の目から見ても危篤状態だとわかる。だが、誰も治癒魔法を使うそぶりは見せない。アイラは苛立ちを隠せなかった。


「どうして誰も治癒魔法使ってくれないの? セラ、お願い!」

「……ダメなんじゃよ、アイラ」

「どうして? 早くしないとロックが……」

「ダメだと言っておるじゃろう!」


 珍しくディノが声を荒げる。それはギルドメンバーでも滅多に見ることがなく、アイラもギルドに入って初めて見るディノの姿だった。


「す、すまん……」

「ディノ様……確認したいことがあります。よろしいでしょうか?」


 セラがディノの剣幕に驚いてべそをかいているアイラの肩を抱きながら、ディノやミューリィへ厳しい視線をぶつける。それは普段のおしとやかな御嬢様風のセラとは思えない迫力があった。


「ロックさんには……治癒魔法が……通じないんですね」

「……え?」


 信じられないといった表情のアイラ。だがディノをはじめとしたメンバーが皆俯いたままで黙っている。沈黙こそが肯定の証と受け取ったセラに、静かにディノは語りだす。


「……いつから知っておった?」

「ロックさんのお師匠様が【病気】で亡くなったと聞いた頃からです。だっておかしくないですか?【病気】で亡くなるなんて私は聞いたことありません。ダンジョンの中ならともかく、普通に街で暮らしていてですよ? それに【病気】なら神殿で回復してもらえばすぐに治ります。ギルドにはルークさんもいらっしゃますし、ディノ様だって回復は出来ますでしょう? なのに亡くなるなんておかしいじゃないですか」


 セラは自分の想定した原因を語る。それが正しければロックに誰も治癒を施さない原因が確定する。セラは自分の想定が間違っていることを願った。そうでなければロックが助かる可能性はほとんどゼロに等しいからだ。だが、ディノの答えはセラのほのかな希望を無慈悲に打ち砕いた。


「そうじゃ、ロックには治癒魔法が効かん。それはロックが無属性ということが原因じゃ。我々の治癒魔法は等しく属性の加護によるものである以上、無属性のロックの体には何の作用も齎さんのじゃ」

「それじゃあロックさんは……助からないんですか?」

「そうさせないためにこうしてるんでしょ? ひとつだけ可能性があるわ。無属性には無属性、同属性の魔力を供給すれば、自己治癒が始まるかもしれない」

「でも……ロックの魔力は多いんでしょ? サーシャじゃ無理だよ」


 アイラが顔を涙でくしゃくしゃにしながら、小さくつぶやく。それは誰もが考えたことだった。だがミューリィは何かを決心したような表情で皆に言う。


「私がやるわ。私の体内で属性魔力を無属性に反転させればいい。精霊に私の中で加護を返せばいい」

「馬鹿なことを言うんじゃない! おぬしにどれだけの負荷がかかるか……」

「このままじゃロックは死ぬわ、ゲンみたいに。そうさせないためだったらこのくらいなんでもないわ!」


 ミューリィはロックの傍に寄ると、大きく息を吸い込んだ。その体内で魔力が大きくなっていくのが皆に感じられる。そしておもむろにロックと唇を重ね合わせると、息をゆっくりと吹き込んでいく。

 ロックの表情が若干だが落ち着いたようにも感じられたので、ミューリィはさらに魔力を吹き込んでいく。しかしそれが数分続いたとき……


「かはっ!」

「ミューリィ!」


 ミューリィが崩れ落ちる。その口からは大量の鮮血が流れていた。ディノ以外の皆は何が起こっているのか理解できなかった。


「馬鹿者! おぬしはエルフじゃろうが! エルフが属性を拒絶すれば精霊の加護も受けられんのはわかりきってるじゃろう! 死ぬつもりか!」

「……だって……約束……したから……護るって……」


 エルフは精霊とともに生きる種族だ。精霊の加護、すなわち属性の加護をより多く受けて生きている。そんな種族が属性の加護を返還すればどのようになるか……無属性の魔力は体内を蝕み、破壊していくのだ。


「とにかく、ロックにはこれだけ魔力を送ったんじゃ、あとは様子を見るほかない」

「……私はロックさんについています」

「私も」


 かなり広い大広間の中央に寝かされているロックの傍に寄るアイラとセラを残し、皆は出て行った。


「ディノ、もしもの時は僕が……」

「やめんか! ロックはそんなこと望んではおらん! わしらが先に諦めてどうするんじゃ!」


 ロニーが何かを言い出そうとするのをディノが怒声を以って制した。ロニーはもう助からない場合、自分が楽にすると言いたかったのだろう。


「おぬしもこれ以上業を重ねる必要はない。……それに、その役目はわしが適任じゃ。冥府でゲンに謝罪せねばならんからの」

「ディノ……」


 ダンジョンの中を重苦しい空気が流れる。それは決してダンジョンという環境だけが原因ではないことは誰もが理解していた。だがどうしようもない現実の前に、皆の心は折れる寸前だった。



 *******



「ランスさんは先に戻ってください、私達にはまだやることがありますから」


 白井はランスにそう告げると、踵を返してダンジョンに戻ろうとした。

 今五人がいるのはフォレストキャッスルからそこそこ離れた森の中、青木の転移魔法を繰り返してここまで来た。


「どうしました? また出直せばいいでしょう?」

「いえ、あともう少しでした。今なら瀕死ですし、簡単に【招待状】を奪えるでしょう」


 他の三人はとても疲れた表情をしているが、白井にはそんなことはどうでもよかった。赤沢の馬鹿な行動で日本に戻れる可能性が消えそうになっている今、なんとしてもあの鍵師を回復させて日本への手がかりを見つけなければならない。あの神官の言葉が少々気になるが、とにかく死なせてはならない。


「……わかりました、そのかわり危険と感じたらすぐに逃げてくださいね」

「はい、もちろんです。青木さん、夜まで休憩しましょう」


 白井の言葉に三人は黙って頷く。それを見たランスは四人に背を向けて歩き出す。


(元の世界へ戻るために必死ですね。それが無駄なことと知ったら……あなたたちはどんな顔をするんでしょうね……)


 そしてランスは森の中へと消えていった。



 *******



「ひっく……ぐす……」

「ロックさん……ぐす……」


 アイラとセラはロックの傍で泣きながら看病していた。だが状況は悪くなるばかりで、ロックの顔色も再び悪くなりはじめていた。現在、大広間には結界は張っていない。結界の魔力が悪い影響を与えかねないという判断によるものだった。桜花は既に魔力供給が出来なくなって札に戻っていた。二人は桜花の札をロックの傍に置くと、甲斐甲斐しく汗を拭いたりしていた。 


 ふと、アイラが周囲の状態がおかしいことに気付く。かなり広い部屋にいるはずなのに、何故か閉塞感を感じるのだ。それが何を意味するのか、アイラは即座に判断した。


「セラ! 結界! 閉じ込められた!」

「どうして? ここのマスターとは話がついてるはず!」

「……これでしばらくは誰も入ってきません。さあ、治癒魔法をかけさせてください」


 突然現れた魔法陣から現れたのはロックを傷つけた四人の勇者。だが、白いローブの勇者は敵意がないことを表すかのように杖を置いて歩いてくる。ロックに近づきながら何かの魔法を放つつもりのようだ。


「時間がありません。でもこれで……あれ? どうして?」

「ロックさんにはあなたの魔法は効きません。これだけやっておいて今更どうするつもりなんですか?」


 セラは今まで出したことのないような冷たい声が出ている自分に少々驚いていた。怒りというものは限界を超えるとかえって冷静になるということを理解した。アイラはセラの隣でショートソードを抜いて構えている。


「だからさっさとトドメさせばいいんだよ!」


 赤い髪の男が剣を抜くと、ロックに近づいてくる。とっさにアイラがその腕にしがみつくが、軽く振り払われただけで床に叩きつけられてしまう。


「きゃあ!」

「アイラ!」


 アイラは叩きつけられた衝撃で気を失ってしまう。セラは咄嗟に魔法を放とうとしたのだが、体の自由が利かないことに気付く。


「悪いけど魔法は使えないよ。声を封じたからね」


 黒ローブの少女が乾いた笑顔で言う。魔法が使えなくなったセラは体が動かない。声と同時に体の動きも束縛されてしまったようだ。

 そんなセラを嘲笑うかのように、赤い髪の勇者はロックの首に狙いをつけて剣を振りかぶる。振り下ろされる剣は、まるで時間が長く伸びたかのようにゆっくり見えた。だが、どんなにゆっくり見えても剣の行き先はロックの首だ。セラは目をつぶることも顔を背けることもさせてもらえない。そして剣がロックの首に吸い込まれる直前……


 ぎぃぃん!


「これが今の勇者? もっと腕を磨くべきだね」

 

 淡いブルーに輝く剣が勇者の剣を受け止めていた。その持ち主は闇のような色の鎧をつけており、フルフェイスの兜のために顔まではわからなかったが、不思議と敵ではないことがセラには理解できた。


「ふざけんな! この! この!」

「なるほど、地力は欠片もなく得た力だけ……こんなの剣技じゃないね」


 勇者の剣を片手で捌く鎧の男。その威圧感に他の三人は動くことすらできない。だが、黒ローブの勇者が何らかの魔法を使おうとした時……


「え? どうして? 魔法が使えない!」

「アタシも体が動かなくね?」

「手間かけさせんな、クソガキ共。分不相応な玩具もらったからってはしゃぐな、バカヤロウ」


 アイラとセラの前にシンプルな白いドレスを着た黒髪の女性が現れた。まるで幻のように現れたその女性は白銀の仮面をつけている。一瞬だけ振り向いて二人の無事を確認すると、まっすぐにロックの傍へと歩み寄る。


「なんとか間に合ったみたいだね、魂は……そうか、もう対処済みか。ならアタシの役目は体の補修か」


 仮面の女はロックの体に手をかざす。するとロックの呼吸が次第に落ち着きはじめ、顔色も徐々に明るくなってきた。折れた肋骨が刺さって内出血していた箇所は黒ずみがとれて骨折の形跡もなくなっていた。


「あとは……まぁオマケだな。こいつだけ何もなしってのは不公平だし。ま、これで簡単に死ぬこともないだろ」


 女が手を添えると、ロックの体に複雑な魔法陣が浮かぶ。それはセラも見たことがないほどに精密な魔法陣だった。ただ、何故かそれが危険なものではないとセラは感じていた。


「悪いがアタシらはこいつらに仕置きしてやらなきゃならん。後は任せたよ」


 女はセラの呪縛を簡単に解くと、耳元でそう囁く。そこでセラはその女から嗅いだことのある匂いを感じた。その匂いの元を思い出そうとして……


「あ、あなたは……もしや……」

「すまないが、今は忘れておいてくれ」


 女がその手をかざすと、セラはそのまま眠りに落ちていった。


「さて、そっちのキツネっ子も治療したし、そっちはどうだ?」

「もういいよ、大したことなかったし」


 女は鎧の男に声をかけると、赤沢は既に肩で息をしながら膝をついていた。ここでようやく白井が何とか声を絞り出す。


「どう……する……つもり……ですか……」

「そんなの決まってるだろ、おイタが過ぎるお子様にはきっちりとお灸を据えてやるのが常識だろ?」


 それだけ言うと、鎧の男と共に消えていった。四人の勇者を連れて…… 

いよいよ9月7日に「異世界でも鍵屋さん」の書籍が発売されます! 早い書店ではもう店頭に並んでいるようですね。

活動報告にも書きましたが、複数の書店さまにおいては特典SSがあります。また、5連続SSは楽しんでいただけたでしょうか。


これからも引き続きWEBの更新を続けていきますので、よろしくお願いします。


*新作をUPしました。人外少女と少年のほのぼの同居生活のお話です。

「メデューサさんと倹約生活」

http://ncode.syosetu.com/n8777cv/

不定期ですが、一話3000字程度のお話です。


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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
― 新着の感想 ―
[気になる点] いきなり転移して来て奇襲をかけられ、一瞬で仲間を瀕死にする奴ら それを軽く遇らえそうな格上感を出してるくせに逃げるのを律儀にお見送り その上、重傷者に見張りや護衛もつけないで目を離すベ…
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