書籍化&通算100話記念SS⑤ そのエルフ危険につき
記念SSの最後は酔いどれエルフさんです!
「おっさけ♪ おっさけ♪ おっさっけ~♪」
そんなふざけた歌を歌いながら、エルフの女が通りを歩く。一見すればかなり見目麗しいのだが、不思議と誰も声をかけようとしない。それが不満なようで、露骨に顔を顰めるエルフの女。
「あーあ、つまんないわね。誰かお酒奢ってくれる人いないかな? ……ん?」
少し離れた建物の陰で、男共の下品極まりない声が聞こえた。
「どう、一緒に飲まない? 奢っちゃうよ」
「い、いえ、結構です……」
かなり強面な十数人の男共が一人の少女を取り囲んでいた。下卑た笑みを浮かべていることから、単に酒を飲むだけでは済まないだろうことは誰の目から見ても明らかだった。
「おら! 見世物じゃねぇんだよ!」
「ひっ!」
周囲に人だかりが出来そうになると、リーダー格の男が周囲を威嚇する。助けに入ろうとした者もいるのだが、皆威嚇に怯えてその場を立ち去っていった。今も助けてもらえると思っていた少女は失望に涙を流している。
「おら、彼氏はとっくに逃げちまったぜ」
「うう……ひどい……」
少女の恋人は男共に果敢に立ち向かう……ようなことはせず、早々に逃げてしまった。その光景を思い出したのか、少女の顔に深い絶望の色が浮かぶ。それを見た男共はさらに追い込みをかけようとする。
「なぁ嬢ちゃん、酒を奢ってやるから一緒に飲もうって誘ってるんじゃねぇか」
「でも……その後は……」
「嬢ちゃんが酔い潰れても、俺達は知らねぇ。それは自己責任だからな。たとえどうなっても……な」
どう考えても酒など飲んだことないような少女にとって、この連中と飲み比べして勝てる要素などどこにもない。それが理解できているからこそ、少女の絶望は深い。
「奢るって言ってんだろ? 好きなだけ飲んでいけばいいじゃねぇか」
「それ本当? 途中で逃げたりしない?」
「ん? なんだテメエは? ……おい、エルフじゃねぇか。それも上玉だ」
いきなり横から割り込んできたエルフに男共は驚くが、その姿を見て違う意味で驚いた。エルフは基本的に人間との交流を良しとしない風潮がある。もちろん積極的に交流を持とうという者もいるのだが、そういったエルフは基本的にはどこかの組織に所属しており、こんな街中をぶらついたりはしない。
しかも、エルフは美男美女が多く、今割り込んできたエルフもなかなかの美しさだった。さらに、完全な違法ではあるが、エルフの奴隷は高く売れる。主に愛玩用としてだが、長命種であるエルフはその美しさが長く続くので買い手がつかないということはない。
「ねーねー、奢ってくれるんでしょー?」
「ああ、たっぷりと飲ませてやるよ」
男の脳裏には、酔い潰れたエルフを好き放題弄ぶ光景と、飽きて売り払った時に入る金のことしか頭になかった。
「じゃ、そっちの子はもう要らないわよね?」
「ああ、お前みてぇな地味な女はいらねぇ。さっさとどっかへ行け」
そう吐き捨てると、さっきまでご執心だった少女を突き飛ばす。少女はかろうじて転倒することはなかったが、未だにその顔から怯えが消えていなかった。
「そんじゃ、私はこの人たちとお酒飲みに行くから、あなたはおうちに帰っていいよ」
「おら、さっさと行くぞ」
「あ、あの……」
「いーのいーの、気にしないで」
手をぱたぱたと振って問題ないというアピールをするエルフの女。そして男達と近くの酒場へと消えていった。少女はしばらくおろおろしていたが、やがて意を決したかのように走り出そうとした。だが、それは背後から何者かに肩を掴まれてしまい、実現することはなかった。
「離してください! あのエルフの人が!」
「大丈夫、心配いらないよ」
肩を掴んだのはこの街の住人の男性だった。必死に追いかけようとする少女を優しく宥める。
「君はこの街は初めてかい?」
「は、はい、今日来たばかりです」
「そうか、ならあの連中も似たようなものなんだろう。ここいらで見かけない顔だったからな」
男性は納得したようにうんうんと頷く。ふと見回せば、周囲の住人達も皆同じように頷いている。少女は何が起こったのか全く理解できていない。
「早くしないとあの人が!」
「だから心配いらないよ。この街であのエルフに酒を飲ませようなんて馬鹿はいない。あいつらもその意味をしっかり理解することになると思うよ」
その男性は悪戯っぽく言うと、少女を解放する。
「追いかけるならもっと後にしておきなさい。きっと面白いものが見られると思うから」
「は、はい……」
追いかけようと決死の覚悟をした少女だったが、少々毒気を抜かれてしまった。だが先ほどのエルフが心配なのは変わりない。それに住人達の反応も気にかかる。なので少女は住人達の言うとおり、少し時間を潰してから追いかけることにした。
*******
「こっち、おかわりねー」
「姉ちゃん、ずいぶんいい飲みっぷりだな」
エルフの女がジョッキを空ける度に男共が歓声をあげる。たくさん飲めば飲むほど男達の獣欲を満たす時が近づくので、男共もより一層煽り立てる。その熱気に身を任せるかのように、さらに酒を飲み干してゆくエルフ。そんなことを繰り返すこと数刻、そして……
「ねー、もう飲まないのー? 偉そうなこと言って大したことないね」
「ふ、ふざけんな! こんなの序の口だ!」
確かに酔ってはいるんだろうが、一向に潰れる気配の見えないエルフ。さらに男共を煽ってくる。だが、獣欲を満たすという目的が酒によって増幅されている男共は、既に自分達が限界に近いことにも忘れてエルフの煽りに乗ってしまう。
「おい、もっと酒もってこい!」
「樽でよこせ! 樽で!」
「やったー、おかわりきたー!」
男共は自分の限界すら忘れて、さらに酒を追加注文する。数人が追加で用意された大量の酒を目の前に口を押さえて顔を青くしているが、エルフは全く動じないどころか、喜色を浮かべて酒を空けてゆく。そんな光景がしばらく続いた。そして……
「おい! しっかりしろ!」
「うっぷ……もうダメだ……」
「…………」
酒場の一角は酷い有様だった。既に半数近い男が酔い潰れて横たわっており、自分達の吐瀉物にまみれている。かろうじて意識のある男達もほとんどがテーブルに突っ伏しており、まともに飲み続けている者はいない。そんな中、エルフだけが平然と酒を飲み続けている。
「あー美味しー、まだおかわりある?」
「うっぷ……まだ飲むのかよテメエ……」
男共のリーダーはなんとか意識を保ちながら、エルフに対して虚勢を張る。自分を奮い立たせようと勢い良く立ち上がると、テーブルの酒を腕を振ってなぎ払う。まだ半分以上残っていた酒が床にぶちまけられる。
「ふ、ふざけんなよテメエ……こうなりゃ力ずくだ」
「…………」
彼等にも安っぽいプライドはあるようだ。さすがにこれだけの人数で飲み比べして負けるなど、笑い者になるだけだ。こうなればなんとしてもこのエルフを自分達のものにしなければ面子がたたないといったところだろうか。
「ふん……どうした? びびったか?」
「……私のお酒……」
「ん? どうした?」
いきなり表情を変えたエルフ。男達はさきほどの行為で恐怖に竦み上がったと思ってその肩に手をかけた。だがその思い込みが間違いだったと即座に理解させられることになった。
「私のお酒に何てことするんだー!」
突然、男共を突風が襲う。決して小柄ではない男の体は軽々と宙を舞い、上下左右もわからないほどに弄ばれてしまう。まだ意識のあった男共は泥酔している状態で回転させられ、嘔吐しながら宙を舞い続ける。
「飲ませろ! 飲ませろ! のーまーせーろー!」
エルフの女はトドメとばかりに入り口の方へと風を操る。風は吐瀉物を巻き込みながら、扉から通りに抜け出ていく。後に残ったのはカップに残った酒のしずくを必死に舐めているエルフだけだった。
*******
「そろそろ大丈夫だろ。ほら、見てごらん」
「は、はい……あ!」
少女は住人達に連れられてエルフが連れ込まれた酒場に向かっていた。しばらくしてその酒場が見えた時、常識では有り得ない光景を目の当たりにした。
屈強な男達が汚物にまみれながら、入り口から外へと放り出されていた。そして悠々と出てくるエルフの女。そこそこ酔っているようだったが、その体には怪我どころか衣服の乱れすらない。
「それじゃ、お会計は外の連中にお願いね。奢りって約束だったし」
店内にいるであろう主人にそういい残すと、ふらふらとどこかに行ってしまった。少女はお礼を言うのも忘れて、ただ呆然と見送っていた。
「あ、お礼言ってない……」
「今はやめとけ、この街で酔ってるアイツに関わって無事なヤツはいない。あの【酔いどれエルフ】ミューリィ=ミューレルにはな」
迷宮都市プルカに伝わる伝説の一つとしてまことしやかに噂されている話がある。
【決して酔っぱらいのエルフには関わってはならない】という噂が。そして今もどこかで語り継がれている。
「へくしっ! ……また誰かに噂されてんのかな? もてる女は辛いわねー。あ、そういえばデルフィナに呼ばれてたんだ。また美味しいお酒奢ってもらおうっと」