書籍化&通算100話記念SS④ 令嬢の受難
セラフィナさんのお話です。
「おはようございます、お父様、お母様」
「ああ、おはよう」
「おはよう、セラ」
朝の挨拶を終え、いつものように朝食の席につきます。今朝は久方ぶりにお父様も同席しての朝食です。お母様はダンジョン管理でお忙しいので、お父様が雑務をこなしているのですが、ここ最近は所用で街を離れていました。お母様のお話を聞くと、隣国に行っていたようですが。
「どうした、セラ? 早く食べなさい。好き嫌いをしていると大きくなれないぞ」
「お父様、私はもう十四ですよ? 子供扱いしないでください」
「そうよあなた、もう恋のひとつもしていい年頃なんですから」
「馬鹿なこと言うんじゃない。セラはまだまだ子供だ。変な虫がつかないようにしないといかん」
また始まりました。お父様はいつも私のことを子供扱いします。私だってもう子供じゃないんです。お母様が言うような……その……恋とかは……まだしたことないですけど、いつかは素敵な男性と巡りあえたらと思っています。
「セラもそろそろ学院に入れたほうがいいんじゃないか?」
お父様がお母様にお話されます。私は魔力が多いらしく、お母様としては魔道士としてダンジョン管理を手伝ってほしいらしいです。学院とは貴族の子息や豪商の跡取りなどが通う学び舎で、各国の王都に存在します。そこでは貴族としての作法とか、魔法の基礎を学ぶのですが、実は私はあまり行きたくありません。
一度、お父様と一緒に王都に行った時に見学させていただいたのですが、そのときの男子生徒の私への態度が……とても恐かったのです。
『おい、お前は男爵の娘だろう? 侯爵家次男の俺の妾にしてやるよ』
『成り上がりの田舎貴族が偉そうにするな』
『ダンジョン管理しか能のない下賎な者が』
また、女子生徒も似たようなものでした。
『爵位が低いくせに王家の覚えがいいなんて』
『きっと玉の輿狙いね』
『管理貴族はダンジョンで生活してなさい』
こんな言葉を投げかけられたせいか、私は学院に良い記憶がありません。管理貴族というのは王家から直々に拝命する立派なお仕事です。ダンジョンの管理ができるだけの戦力と管理能力を保持している証であり、お母様とお父様の尽力のおかげなのです。
「あなた、私は反対です。あんなところに行って貴族の放蕩息子に穢されるくらいなら、私の伝手で家庭教師を雇えばいいでしょう?」
「し、しかし、貴族としての作法も……」
「それこそ無駄でしょう? 管理貴族はダンジョンを安全に管理することが第一です。そこに生温い作法が必要ですか? 作法も家庭教師をつければいいはずです」
お母様がお父様に反論します。お父様はお母様に頭が上がらないので、このお話は無かったことになるでしょう。
「だ、だがな、仮にも王国の貴族としてだな……」
おや、どうしたんでしょうか。今回はお父様が珍しく食い下がっています。いつもならお母様の一睨みで終わってしまうのですが。
「あなた……まさか、政略結婚に……」
「い、いやー、そんなことあるわけないじゃないか、ははは……」
お母様がお父様を見る目が険しくなります。お母様は常日頃からおっしゃってました。私には貴族の慣習に囚われずに自由に生きて欲しいと。それは高名な冒険者だったお母様の経験からくるものなのでしょう。貴族としての考え方からは乖離していますが、私にとっては有難いお話です。
「では、魔法と作法の家庭教師をつけましょう、セラも魔道教本での独学だけでは成長しませんから。幸い私には魔法に精通している友人がいますから、お願いしておきましょう」
「はい! ありがとうございます!」
お母様が私ににっこりと微笑みかけてくださいます。お母様は過去の功績もあって、王国でもかなり発言力があります。噂では国王陛下に唯一敬語を使わないとか、勇猛で知られる将軍閣下が泣いて謝るとか色々と根も葉もないものが流れています。ですが、私にとってはいつも優しいお母様です。
「……ちっ、アレを使うしかないか」
「お父様、どうかなさいましたか?」
「あ、いや、なんでもない。ささ、早く食べなさい」
どうしたんでしょう、変なお父様ですね……
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今夜は珍しく、お父様からお茶に誘われました。いつもお忙しそうなお父様ですから、こういう息抜きは必要不可欠だと思いますので、喜んでお付き合いさせていただきました。娘の私が出来ることと言えばこの程度しかありませんから、お茶のご相伴くらいどうってことありません。
「どうだい、このお茶の味は。わざわざ隣国から取り寄せた一級品だぞ」
「はい、美味しいです」
確かに美味しいお茶ですが、少し変わった香りがします。やはり高級なものは違うんでしょうか。お母様がこういうものにはあまり興味を示さないので、お茶はあるのですが拘ったことはありません。
あれ……どうしたんでしょうか? 少しぼーっとしてきたような……
「そういえば……お母様は?」
「デルフィナは古い友人が来たとかで接客中だよ」
「そうですか……すみません……眠いので……ここで……」
睡眠はしっかりとっているはずですが……どうしてこんなに眠いんでしょうか……お母様のご友人にもご挨拶しなければ……ならないのに……
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「よし、さすが高位貴族御用達の眠り薬だ。ここまで早く効果が出るとは思わなかったが……さっさとアレを着けてしまおう。その鍵を先方に渡してしまえばいい。これで我がリスタ家も安泰だ、いつまでもダンジョン管理だけの貴族とは言わせん!」
セラフィナの父、ゲオルグはほくそえむ。今の管理貴族拝命という栄誉はほぼデルフィナの功績だ。ゲオルグはそれが納得できずにいたので、セラフィナを高位貴族の二男、三男あたりに嫁がせようとしていた。実際はダンジョンの利権を狙う貴族達に唆されていただけだったのだが。
だが、そういった裏の話に少々疎いゲオルグは全く気付かない。その証拠に、今セラに取り付けたものの鍵を先方の貴族に渡すために外出しようとしていた。
「あら、あなた、こんな夜にお出かけですか?」
「ああ、ちょっと急用ができてな」
「セラを見ませんでしたか? 私の友人に挨拶させないと」
「セ、セラなら眠いと言って部屋に戻ったぞ」
少々目を泳がせながら話すゲオルグの前に、酒臭い息を吐くエルフの女が顔を出す。
「やっほー、ゲオルグ。相変わらず辛気臭い顔してるのね」
「お前か……今は忙しいんだ、これで失礼する」
急いでその場を立ち去ろうとするゲオルグに、エルフの女がさらに声をかける。
「ゲオルグー、あんたが何か企んでるときは必ず失敗するから気をつけなよー」
「……ふん!」
けらけらと笑うエルフの女に一瞥をくれると、ゲオルグは慌てて出て行く。デルフィナはその様子をおかしいとは感じたが、自分の夫に出来ることなどたかが知れているので、旧友との再会に華を咲かせることを優先してしまった。
「それじゃ、娘の家庭教師をお願いしてもいいの?」
「ええ、うちには【大御所】もいるしね」
「あの子は小さな頃見たきりだけど、当時から魔力も多かったからね」
「ええ、教本の魔法は全部使えるし、自分で作ったりもしてる。親馬鹿って言われるかもしれないけど、きっと高名な魔道士になれるわ」
そんな会話をしているとき……
『きゃーーーーーーーー』
少女の悲鳴が屋敷に轟いた。
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目を覚ました私は、いつのまにか自室のベッドで眠っていました。きっとお父様が運んでくださったのでしょう。後でお礼を言わなければいけないですね。
「そうだ、お母様のご友人がいらっしゃるとのことでした。ご挨拶に……」
ベッドを出た私は少々肌寒いことに気付きました。ふと姿見を見ると……そこには全裸に見たことも無い道具がつけられた私の姿が……
「きゃーーーーーーーーーー!」
どうしてこんなことになってしまったんでしょうか……
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「あちゃー、これは酷いわね」
「全くあの馬鹿は……本当に碌なことしないんだから……」
「あ、あの……どうすれば……」
私は恥ずかしさで涙が止まりません。どうしてお父様はこのようなことをなさるのでしょうか? お母様のご友人のエルフの女性が色々と調べてくださっているんですが……どうしてこの方はこんなにお酒臭いんでしょうか?
「これは魔法じゃ無理ね、悔しいけど物理的解除しなきゃダメみたい」
「どうにかならないのかしら、あの馬鹿よりも先にこっちを何とかしないと……」
「それならメルディアの鍵師を連れてこようか?」
「お願いするわ、こんな恥ずかしいもの、一刻も早く外さないと」
エルフの女性が部屋を出ていきます。恐らく鍵師を連れてきてくださるのでしょう。
ああ、どなたでもいいです。早くこの辱めから解放してください。私を救い出してください。
この錠はかなり複雑だということは知識のない私でも分かります。こんなものを解除できる鍵師が本当にいるのでしょうか?
あの有名なゲン=ミナヅキなら可能かもしれませんが、もうお亡くなりになったと聞いています。私はどうなってしまうのでしょう?
ああ、女神様、私の願いを聞き入れてくださいまし……