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異世界でも鍵屋さん  作者: 黒六
第12章 錯綜する迷宮
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白井小夜子の葛藤、そして……

後書きにて書籍化記念のいろいろのおしらせがあります。

 白井小夜子は今ほど後悔の念を抱いたことはないだろう。

 まさか赤沢があんなに短絡的に攻撃をしかけるとは思ってもいなかった。それほどまでに精神的に病んでいたことに気付かなかった自分に歯噛みをした。いや、もしかしたら自分も既に病んでいるのかもしれない。目の前で繰り広げられた暴挙を見ても、そんなに衝撃を受けることがなかったことがその証のようにも思えた。


 白井が毎夜うなされる悪夢、聞けば他の皆も同様の悪夢に苛まれているらしい。それは四人だけでなく、王女も同様らしいが、元々の性格のせいもあるのか、彼女は自分達ほどに混乱していないように見えた。


「いけない! 早く治療しないと!」


 呆然とその光景を見ていた白井だったが、他の三人が戦い始めたのをきっかけに我に返ると、赤沢に蹴り飛ばされた【鍵師】に治癒魔法をかけるべく動きだした。他の三人はもうこちらの世界に馴染んでいるようだが、彼女は未だ日本へと帰ることを諦めていない。そんな彼女だからこそ、今回王女が下した指令にはいささか疑問の念を抱いていた。


(他人の【招待状】を奪って本当に大丈夫なの?)


 普通に考えてもありえない。他人あての招待状を使って入ることなどできないし、もしその権利を譲るのであれば、委任状のようなものが必要になる。殺して奪うようなことが露見したらどのようなことになるか想像もつかない。

 それにあの【鍵師】はどう見ても日本人だ。服装も作業着のようなものを着ているし、ダンジョンの外にあったのは間違いなく四輪駆動車だ。あんなものがこの世界に存在しているはずがない。近くに寄っても【護り】の魔法っぽいもの以外の魔力を感じることはなかったので、魔法で動かしているとは考え辛い。そのことがある結論へと彼女を導いた。


【あの鍵師は日本に帰る方法を知っている】


 それは白井にとっては闇に差し込む一筋の光明だった。何とかして帰りたいと思っていた彼女にとっての望みの糸だ。それが今、赤沢の攻撃によって断ち切られようとしている。このチャンスを逃せば、もう帰ることなどできなくなってしまうかもしれない。その焦燥感が白井の体を動かした。だが、それは【鍵師】の仲間によって遮られることとなった。


「ロックに近づくことは許しませんよ……」


 神官服を着た男性が白井を遮る。その背後には強い魔力が渦巻いているのが少し離れた位置からでもはっきりと確認できた。おそらく結界が何重にも張られているのだろう。それを見た白井は己の疑問をそのまま声に出す。


「何をしてるんですか! 結界なんかより治癒魔法を!」

「……あなたをロックに近づけることはできません。トドメを刺されては困りますから」

「そ、そんなことしません!」

「……あなたの仲間が今の状況を作り出したんですよ?」


 白井の動きが止まる。言われてみれば確かにその通りと思ってしまう。もし自分の仲間を相手が瀕死の状態に追いやったとして、その後で治癒魔法をかけさせてくれと言ってきたとしても、それを信用するかどうか。いや、間違いなく信用しないだろう。信用できる材料というものがどこにも存在していないのだから。足止めされて唸る白井の耳に、さらなる不可解な言葉が投げかけられた。


「あなたでは無理です。あなたが与えられた・・・・・力ではロックを助けることは不可能なんですよ」

「そんなことは……やってみなければ……」

「あなた程度が出来ることであれば、こちらに出来ないはずがないでしょう? こちらのメンバーを考えれば理解できると思いますが?」


 冷ややかな視線はこの世界に召喚されてから初めて向けられるものだ。自分の仲間がしでかしたことへの批判であることは十分理解できたが、それでも彼女は自分の行動を阻害されることの意味がわからなかった。


「今はそんなことを言っている場合では……」

「あなた程度の治癒魔法であればディノ様ならば簡単です。それができないから、ここまで慎重になっているんですよ?」


 その声はどこまでも冷静だった。それゆえに端々に垣間見える語気の荒さに尋常ではない怒りがうかがい知れた。

 ディノ=ロンバルド、その名前は聞き及んでいる。この世界において、人族でありながら魔道士最高位に君臨する天才魔道士。あらゆる魔術に精通し、自ら開発した魔法も数知れずと言われている。今回の任務の最大の障害と思われる要注意人物だ。その人物が治療に専念しているのだから問題はないのだろうが、それにしては結界が厳重すぎるのが府に落ちなかった。その結界はまるで手術室や集中治療室のような印象だった。

 

(どうしてこんな厳重な結界を? 治癒魔法を使えばすぐなのに)


 白井はいまいち状況が把握できていない。しかし、今まで感じたことのない巨大な魔力が動き始めるのを感じて背筋を凍らせた。その魔力は仲間のものではない。自分達に対して圧倒的なまでの敵意に満ちた巨大な魔力が三つ・・だ。一つはディノ=ロンバルドのもの、そして残り二つは……


『よくも御嬢様の居城で狼藉を……』

『あの方に招かれた・・・・者を私の目の前で害するなんて……どのように始末してあげようかしら』


 このダンジョンのマスターとその側近だろうか、今まで自分達が倒してきたモンスターとは比べ物にならないほどに濃密で禍々しい魔力だった。ちらりと他の三人を見るが、それぞれ闘いに没頭しており、巨大な魔力には気付いていない。


(この魔力にはまだ気付いてないの? どうして?)


 白井は他の三人のことが信じられなかったが、それは当然の結果と言えた。白井は常に治療院と呼ばれる場所で治癒魔法を使っていた。そのために常に魔力を使うことで魔力に対する感覚が他の三人よりも上がっていたのだ。もっとも、その治癒魔法の相手は多額の治療費を払える貴族や豪商がほとんどだったが。


(それにしてもこの魔力……あのときの黒いドラゴンと同じかそれ以上の強さかも。あの時は何故か弱ってたから対抗できたけど、それが二体なんて無理……)


 以前は青木の転移魔法を使っての不意打ちという反則技、そして白井達には知らされていなかったのだが、その直前に王女ミルファリアにて送り込まれた冒険者たちがその命を以って黒竜を消耗させていたがために勝利することができた。それに匹敵する相手が二体、いや……


「ちょっと待たんか……ワシの獲物を横取りするでない」

『では共闘といきましょうか?』

『そんな必要ないわ、早い者勝ちよ』

「それならワシの独り勝ちじゃのう」


 知らずうちに膝が笑う。今までに味わったことのない威圧感が白井の精神を蝕んでいく。同じ日本人を傷つけてしまったという動揺と、日本へ帰る手がかりを失うかもしれないという不安、そして叩きつけられる威圧に心が折れそうになる。

 このまま戦えば間違いなく負ける。こんなところで命を落とす訳にはいかないという思いが白井の心を満たしていく。


「! 魔力障壁マジックシールド!」

「ほう、反応の速さは一人前じゃの」


 突然現れた青白い輝きを放つ火の玉をかろうじて障壁で防ぐ。だが、その火の玉はじりじりと障壁を侵食しながら迫ってくる。白井は自身の魔力のほぼ全量を注ぎ込みながら防御に専念する。


(なんて威力! このままでは間違いなくやられる!)


 火の玉を放ったのはディノだ。しかも無詠唱で魔力の揺らぎを全く感じさせなかった。さらに全く息を乱していないところから、まだまだ余力を残しているのは明白だった。しかも火の玉の色は青白かった。それだけでも常軌を逸した高温であることがわかり、より高度な術式の構築の証明であった。白井は即座に決断して叫ぶ。


「青木さん! すぐに転移魔法で離脱を!」

「どうしてですか! こんなやつらすぐに……」

「力の差がわからないの!? こっちの状況も考えて!」

「何を言って……って何よ、この魔力!」


 白井の言葉の意味を理解した青木はすぐさまサーシャから距離を取ると、転移魔法の構築に入る。そこはさすが勇者といったところか、即座に展開される転移魔法陣。


「場所の指定は!」

「どこでもいい、とにかくこの場を離れて!」

「わかった! 健斗! 友紀! 離脱するわよ!」

「ちっ! わかったよ!」

「仕方なくね?」


 二人もこのままでは分が悪いとようやく理解したのか、渋々だが転移魔法陣に入った。それを待っていたかのように閃光を放つ魔法陣。次の瞬間には四人の姿は跡形もなく消えていた。




**********



 

 ロックが目を覚ますと、そこは不思議な空間だった。巨大な通路のような場所の真ん中にいたロックは、何があったのかを思い出そうとした。


「確か……誰かに脇腹を蹴られて……あれ?」


 脇腹を触ってみてあることに気付く。身に着けていたはずの皮鎧が無い。それどころかかなりの力で蹴られたはずなのに、その形跡すらない。ゆっくりと立ち上がると、さらに違和感に気付く。いつもの作業着姿なのだが、いつも身に着けているIDカードが無い。仕事の際には欠かさず身に着けているはずなのに、それが無いのだ。


「おかしい……何がどうなってる……」


 思わずそんな言葉が口からこぼれる。そもそも自分はフォレストキャッスルにいたはずなのに、何故こんな場所にいるのか? それに仲間の姿も見当たらない。通路のような場所は遮蔽物のようなものはなく、隠れているということも考えられない。


「どうして俺一人なんだ? 皆はどこに……ん?」

『……こちらに……こちらに……』


 ふと耳についた、か細い女性らしき声。それはただ同じ言葉を繰り返していた。訝しげに思ったロックだったが、何故かその声に少し懐かしさのようなものも感じていた。その声はロックの心に入り込み、声のする場所へと向かわなくてはという衝動が湧き上がってきた。


「……行ってみるか、ここでじっとしてても埒があかないしな」


 ロックは声に導かれるように、ふらふらと覚束ない足取りで歩いてゆく。ロックが歩き始めると同時に、その声にほんの少し喜色が宿ったのだが、ロックはそれに気付くことなく歩いていった。

いよいよ9月7日に拙作「異世界でも鍵屋さん」が発売されます。つきましては、その記念として明日8月31日から9月4日までの5日間、毎日一話ずつSSを投稿いたします。また、どこかのタイミングで登場人物紹介もしますので、あまり期待せずにお待ちください。

SSは本編の流れを妨げないように、閑話章への割り込み投稿としますのでご注意ください。


*新作をUPしました。人外少女と少年のほのぼの同居生活のお話です。

「メデューサさんと倹約生活」

http://ncode.syosetu.com/n8777cv/

不定期ですが、一話3000字程度のお話です。

まだプロローグですが、こちらもよろしくお願いします。

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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