戦闘開始 ソフィアVS緑川
また主人公不在……
「で、アタシの相手はアンタか……エルフっぽくね?」
「そりゃハーフエルフだからね。……ていうかさ、その喋り方やめてくれない?」
「アンタに関係なくね? アタシの自由じゃん」
ソフィアは槍を持った少女と対峙していた。槍の少女は話し方こそだらしなかったが、その体から放たれる威圧感とその手に持った槍から滲み出る魔力は並外れたものであり、百戦錬磨のソフィアはそのアンバランスさをすぐさま看破していた。
(何かしら、この娘。魂の器よりも大きな力を持ってる、でもそれを使いこなせてないわ。これはもしかして……)
ソフィアも今は神官だが、それまでは火の神殿を護る【神殿騎士】として諸国の神殿を渡り歩く生活をしていた。当然のことながら、様々な民話・伝承の類を耳にすることもある。それと同じくらいに、諸国の政治情勢なども耳に入ってくるが、目の前の少女の姿から、かつてとある国で聞き及んだ噂話を思い出していた。
【何の力も持たない子供を勇者に仕立てる方法がある】
当時は一体何の戯言かと一笑に付したソフィアだったが、それが真実であると思い知らされた事件があった。何も知らない一人の少年の全てを奪い去った禁忌の魔法。その末期はあまりにも無残なものだった。【勇者】としての栄誉をほしいままにしていた少年は、おぞましい殺人鬼として討伐された。その少年の様相と、突然現れた少年達の言動が酷似しているのだ。
(……助っ人二人の出身は確かユーフェリアだったはず……どこからか情報が漏れていると考えたほうがいいかも)
目の前の少女が槍を構えるが、その構えには少々違和感を感じられる。それはソフィアが幼い頃から母の勧めで火の神殿に属し、厳しい修行を積んだからこそ感じ取れた小さな違和感。槍をずっと学んできたとは思えない、槍捌きと体捌きの齟齬を感じていた。
そして決定的だったのはその鎧に施された紋章だった。左胸でその存在を主張しているのは紛れもなくユーフェリア王族の証、だがユーフェリア王族に黒目の血統はいない。どこまでも過去の事件と重なり、メイスを握る手に力が籠る。
「さっさと動いたほうが良くね?」
「くっ!」
突然突き出された槍の穂先を左腕の小盾で防ぐソフィア。鈍い音とともに大きく抉られた小盾を見て、小さく溜息を吐く。長年愛用していた小盾をここまで傷つけられたということもあるが、それ以上に槍の威力の高さが尋常ではない。決して目の前の子供に与えていいものではない。それほどに危うい力を秘めた槍だった。
「随分といい得物を使っているのね」
「かっこよくね? 王女様がくれたんだよ」
槍の柄をさすりながらにやにやと笑みを浮かべる少女の言葉を聞いて、ソフィアは確信する。この少年少女を仕向けたのがどこの国かを。
(やはり今回の黒幕はユーフェリア王族か。主要国で王女がいるのはあの国だけだし)
主要四カ国で嫡子に王女がいるのはユーフェリアだけだった。ラムターもペシュカもシドンも王子しかいない。属国まで見れば王女がいるかもしれないが、属国程度が四大国の一角であるラムターに無断でこんな武力の塊のような少年少女を送り込めるはずがない。
「自分のしていることがどれだけ影響を及ぼしてるか分かってるの?」
「そんなのどうでもよくね? アタシら【勇者】なんだし」
「……自分が戦争を起こす火種になってるってこと、理解してないの?」
普通であれば、他国の兵士が無断で侵入してきて狼藉を働けば即座に国際問題となる。ましてやこの少女達はユーフェリア王族の紋章の入った武具を着用しているのだ。すなわち王族が認めた侵略行為ととられてもおかしくはない。
しかも、ここはラムター王国より正式に任命された管理貴族が管理する「国有地」であり、しかもまだ一般に公開されていない国家機密扱いのダンジョンだ。それこそ宣戦布告と考えるほうが普通だ。そして、ユーフェリアには【勇者】について前科がある。
「で、そんな力を貰った気分はどうなの? 二代目【勇者】サマ?」
「は? そんなの知らねーし」
ソフィアは軽く探るようなことを言ってみた。もしこの言葉にある種の反応を見せるのであれば、まだ救いようがあった。
(どうやら過去のことは知らされていないみたいね。都合の悪い事実は全部隠して都合よく使うつもりなんだろうけど……あの時の二の舞になる危険性を考えていないのかしら)
ソフィアはその【事件】に直接関わった訳ではないが、その概要は知っている。それは父であるディノから聞き及んでいたことで、そのときの被害者がメルディアのメンバーの中にいることも知っている。それゆえに、怒りの感情が湧き出してきた。メルディアのメンバーとは親交の深い彼女は、父が子供のように自慢げに話すロックのことも直接言葉を交わすことで、かなりの好印象を持っていた。そんな人物が目の前で傷つけられたのだ、穏やかでなくなるのは当然だろう。
しかも、彼女はまた違う方向からも憤っていた。
(どうしてこれだけの【加護】を与えられながらこのような振る舞いを!)
神殿騎士というのはただ神殿の守護するだけが仕事ではない。信者がモンスター被害に遭えば、その討伐に向かうこともある。そのときに何度も聞かされていた。
【自分達に力があれば】
被害にあった信者達の遺族の言葉だ。力を求めても与えられずに死んでいく者からすれば、目の前の少女の振る舞いは到底許せるものではないだろう。その悲痛な思いを受け止めてきたソフィアは思う。
(この少女達をこのまま野放しにしてはいけない)
彼女達からすれば、先ほどのような狼藉は遊びの延長でしかないのだろう。おそらく他でも同様のことをしているはずだが、表沙汰にならないところを見ると王族の力で握りつぶしていると見て間違いない。
「あなたたちはさっきのを見て、何も思わないの?」
「弱いやつなんか、どうでもよくね?」
「……そう、わかったわ。仮にもわたしは神官だから、率先して戦うことは禁じられているんだけど、あなたみたいなのを野放しにすることはできないわ」
手に持つメイスに魔力を通すと、先端部分が炎に包まれる。触れば確実に火傷するであろう金属製のメイスを握るソフィアの表情に陰りはない。これこそが火の神アグニールの【加護】を受けるソフィアの力だ。ミューリィのような特例はあるが、エルフは本来【火】に関わる精霊や神の力を扱うことは不得手だ。【森の守護者】という種族特性とは対極にあるからだ。
だが、ソフィアは母譲りの【加護】により、火との親和性が高い。そのため火傷をするようなことがない。真っ赤に焼けたメイスを構えて、ソフィアはゆっくりと呼吸を整える。
「うっさいな、アンタに関係なくね?」
「あなたたちの存在自体が……この世界のためにならないのよ!」
ソフィアが叫んだ。それはつい感情を抑えきれなくなったためだろう。そのとき、ソフィアに向かって強烈な殺気が叩きつけられた。その殺気は洗練されたものではなく、粗削りなものではあったが、そこに籠められた殺意は尋常ではなかった。ソフィアが殺気の放たれた方向を見ると、そこには純白のローブを着た少女がいた。まさに射殺さんとばかりの形相で睨みつける少女はソフィアと目が合うと慌てて目をそらした。
(あの子はまだまともみたいだけど……かといって積極的に止めるつもりもないみたい)
もし他の子供たちのようになっているのであれば、即座に加勢していたところだろう。だがそれをしてこないということは、まだかろうじて理性が抑え込んでいるのかもしれない。だが先ほどのむき出しの殺意は、やがて同じ轍を踏むであろうことは容易に想像できた。
「あなたは……もう救えないかもね」
「はぁ? 何わけのわかんないコト言ってんの?」
目の前の少女が突き出す槍をメイスで受けるソフィア。槍の穂先とメイスが交錯するたびに周囲に炎が撒き散らされる。ロックの方向に炎が飛散するのを見て一瞬背筋を凍らせるソフィアだったが、既にディノが結界を張っているようで、見えない壁のようなものに当たって消えていった。
「さすがお父様、仕込みが早いわ」
「……遊んどらんで、さっさと終わらせい」
ディノは背を向けたまま、短くソフィアを窘める。いつもの飄々とした空気が微塵も感じられないことにソフィアは顔を青褪めさせる。いつもの父の様子とは全く違う、底冷えのするような声。実の娘でさえもこれまでに数回聞いたことのある声、それはディノの怒りが限界を超えつつあることを証明するものだった。
「やば……お父様、相当怒ってるわ。さっさと終りにしましょう」
自分に檄を入れるように呟くと、メイスを振るう。決して力任せではない攻撃は、防御のために構えられた槍にて阻まれる。だが攻撃は止まらない。ソフィアは槍とメイスがぶつかった瞬間に半歩後退すると、押し返そうとして力をこめていた少女・緑川は抵抗が消えたことで思わず前のめりになってしまう。ソフィアは体を半歩分右にずらすと、左足を強く踏み込んだ。
「くっ!」
「遅い!」
槍で防ごうとした緑川だが、防御に使おうと槍を動かすが間に合わず、左脇腹にソフィアの右足がめり込む。かなりの名品であろう皮鎧がおおきくへしゃぐ音がして、ソフィアは足から伝わる硬い何かが折れる官職に相応のダメージが通ったことを確信する。
緑川の利き腕が右であることは、槍の握り方と体捌きから見当がついていた。だからこそ右足での蹴りを選んだソフィアだったが、まだ余力を見せている少女に内心で歯噛みする。
(こいつ、他の二人よりも齟齬の幅が小さいかもしれない。元々の身体能力が高かったと見るべきかしら)
緑川は日本ではダンスを学ぶ少女だった。かなりの実力を持っていた彼女は、全身がしなやかなバネのような筋肉を持っており、基本スペックだけでいえば四人の中でもダントツだった。そのため、槍という未経験の武器でも他の者よりも早く使いこなせているのだろう。
「……わるいけど、災いの芽は早いうちに刈り取るのが一番だから」
「なんでアタシらが災いなんだよ!」
ふらつきながらも立ち上がる緑川だが、確実にダメージがあることは誰の目から見ても明らかだったのだが、突然その体が光のヴェールに包まれた。ソフィアはその光の正体を即座に看破する。メイスを構えたまま、彼女は先ほど殺気をぶつけてきた白ローブの症状を視界に収める。その少女は錫杖のようなものを構え、全身に魔力を高まらせていた。
(回復役としての仕事はしてるんだ。見殺しにはできないってことよね)
「ずいぶんと便利な役割ね。それならなら、回復もできないくらいに潰すか、場合によってはあっちを先に始末しないとまずいわね」
「……白井センパイはやらせない」
「そう、それじゃ……防いでみせて」
おそらく小さなダメージはあの白ローブの少女が回復させてしまうだろう。それならば回復できないくらいのダメージ、つまりは即死させる威力の攻撃で終わらせなければならない。ソフィアとしても子供相手に戦うことに全く躊躇いがない訳ではない。だが、今はそのような迷いを捨てなければならないことも十二分に理解している。
ソフィアは小さく呼吸を整えると、魔力を高めはじめる。目の前の少女を灰すら残らないほどに焼き尽くすための一撃を放つために。
主人公不在の話はできるだけ引き延ばしたくないんですよね…
読んでいただいてありがとうございます。