報告しました
俺はディノ爺さんとアイラに連れられて、町の外れを歩いていた。町の外に近くなると畑や牧場もある。牛らしい動物は角が4本あるし、羊らしい動物はほぼ毛玉だ。畑の作物はどこか見たようなものばかりだ。
「もうそろそろじゃ、吃驚せんでくれよ?」
爺さんが俺に話しかける。吃驚ってどういうことだろう? まさかすごい大きな墓なのか?
やがて見えてきたのは小さな神殿のような建物。外では十人くらいの子供が楽しそうに遊んでる。年配の女性が子供の相手をしてるけど、あの人がシスターかな?
「邪魔するぞい、ハンナ、マリーンは奥かの?」
「これはロンバルド様、お久しぶりです。マリーン義姉さんは聖堂の掃除中です…あら、おかえり、アイラ。エイラはさっき帰ってきたところだけど、ギルドで大変だったみたいね」
「ええ、でも大丈夫だったわ」
「ハンナ、マリーンを呼んでくれるか? お客さんじゃ」
ハンナと呼ばれた女性は初老のややふくよかな女性だ。優しそうな笑顔が特徴的だな。オレンジ色の髪を一纏めにしてる。
「あら大変、お茶の支度しないと! マリーン義姉さん! お客さんよ!」
やがて、修道服に身を包んだ老女が入ってくる。灰色の髪を後ろに流してる。修道服と同じ濃紺のカチューシャが似合ってる。
「あら、ロンバルド、久しぶり。そろそろ耄碌する頃だからさっさと隠居したほうがいいわよ。皿洗いくらいならうちで雇ってもいいけど」
「相変わらずきつい言い方じゃのう…」
ディノ爺さんが少々凹んでる、この人見かけによらず言い方きついな…
「今日はお客を連れてきたんじゃ、ゲンの弟子のロックじゃ。ロック、この2人はゲンの嫁じゃ、修道服の婆あがマリーン、優しいのがハンナじゃ」
婆あって…そんな紹介の仕方あるか! この後の言葉選びが難しくなるだろうが!
「ゲン=ミナヅキの弟子のロックです。師匠がお世話になったそうで…」
「あら、ゲンのお弟子さん? そういえばどこか雰囲気が似てるかしら」
「その髪の色、あんた異世界人だね? この死に損ないに騙されたんじゃないのかい? 戻るなら今のうちだよ」
「何いうか! ちゃんとスカウトしたわい! そんなことよりゲンの墓に案内してやりたいんじゃ、案内たのめるかの?」
「忙しいところを突然すみません。こちらに来たことをどうしても師匠に報告したくて…」
俺は頭を下げて頼む。
「まあ、礼儀正しいのね、アイラも見習いなさいな」
「そういうことなら大歓迎さね、あの馬鹿も喜ぶだろうよ」
「それじゃ、私が案内するわ」
アイラは話が自分に向き始めたのを察知して、案内役を買って出てくれた。俺と爺さんはその後を付いていく。そこは教会の裏手の墓地だった。よく見ると、少し離れたところにある大樹の傍に、ひっそりと墓標があった。
俺は直感した、あれが師匠の墓だと。師匠は生前、日本の霊園みたいな場所は嫌だって言ってたしな。まるで大樹に寄り添うように立つ墓標は、とても安らかな雰囲気があった。
「ここにゲンが眠ってるわ…ゲン、ロックが来てくれたわ。ゲンのかわりに私に色々教えてくれるって」
その墓標にはこう彫ってあった、「稀代の鍵師 ゲン=ミナヅキ此処に眠る」と…
俺は背負ってきたリュックの中から紙コップを数個取り出す。続いて出すのは師匠がよく飲んでいた芋焼酎だ。コップに注ぐと墓標の前に置く。なかなかいい焼酎だから、しっかりと味わってくれよ? ついでに俺と爺さんの分も注ぐと、2人で呑む。
「これは…きついがいい味の酒じゃのう、ほんのりと甘い風味が堪らん」
「爺さん、この味がわかるのか? あんたもいける口だな」
アイラも飲みたそうな顔をしていたが、酒を飲んでいい年かどうかが分からなかったからお預けだ。あとで代わりにアレをやるか…
改めて師匠の墓標に手を合わせる。
師匠、俺も師匠と同じ世界に来ちまった。ただ、すごく遣り甲斐のある仕事だと思う。何せ、こうわくわくする仕事ってのはそうそう無いからな、それにアイラの師匠にもなっちまった。アイラは俺が引き継ぐから安心して寝てろ、ここなら2人の嫁さんに面倒みてもらえるんだから…一人身の俺としてはうらやましい限りだよ!
「さて、師匠にも挨拶したし、戻るか」
「そうだ、ロック、夕食食べていかない? 皆も紹介したいし」
「何言っとる、アイラ。今日の晩飯はロックの歓迎じゃろうて、皆愉しみにしとるんじゃ」
「あ、そうだった。それじゃエイラだけでも紹介するから待っててね。エイラ! ちょっとこっち来て!」
そう言うと、エイラを探しに行くアイラ。エイラはさっきの子供達と遊んでるみたいだ。子供達の中ではリーダーみたいだな。
「ほら、こっちよ。ロック、さっきも会ってるけど改めて紹介するわね、私の妹のエイラよ。まだ未熟だから尻尾は隠せてないけどね」
「エイラです、よろしくね、ロック兄ちゃん!」
兄ちゃん…いい響きだな…俺は一人っ子だったから、ちょっと感動した。それはそうと…エイラの後ろにさっきの子供達が控えてるのはどうしてだ?
「ここは孤児院なんじゃよ。ハンナとマリーンが面倒みておる。アイラもジーナもここの卒業生じゃ、いつも給料の一部を入れてくれとるんじゃよ」
成る程、これなら師匠があの2人を嫁にした理由がなんとなく分かる。師匠は無類の子供好きだったから、女手だけで孤児院を運営するのを見て心打たれたんだろう。子供達は若干栄養不足な子も見られたが、概ね元気そうだ。そうだ、アイラも含めて、子供にはアレをあげるか…
「すみません、子供達にお菓子をあげてもいいですか?」
「まあ、ありがとう! なかなかお菓子なんて買ってあげられないからねえ」
「余計な気遣いさせて悪いな」
「いえいえ、多分師匠がこの場にいたら、同じことすると思うんで…それじゃ一列に並んで手を出せ」
俺はリュックから出した円筒状の器の蓋を開ける。中から出てきたのはカラフルなボタンのような形の、甘ーい香りのお菓子だ。未だに俺もよく食べてる「マーブ○チョコ」だ。皆その鮮やかさに目を奪われている。
「甘い! 美味しい!」
子供達の歓喜の声が広がる。エイラも喜んでいるようで、狐の尻尾をぶんぶんと振っている。一方、アイラは…貰いたいけど恥ずかしいんだろう。さっきからもじもじしてる。
「ほら、アイラ、さっきの酒はあげられなかったから、これは謝罪がわりだ。…少し多いのは内緒だぞ」
俺はそう言って小さくウィンクすると、その意味を理解したのか、満面の笑みで一粒口に含む。
「甘~い! こんなお菓子初めて食べたわ!」
気に入ってくれたようだ。尻尾がぶんぶん振れている。この子も苦労してるんだよな…とそんなことを考えてると、アイラが何かに気付く。
「大変! もうそろそろ陽が沈む! 早くしないと遅れちゃう!」
「おお、そうじゃったな。早く戻らんと!」
どうやら今日は俺の歓迎会らしい。昼に仕事に出ていたメンバーも戻ってくるらしいから、どんな面子が揃うのか、凄く愉しみだ。…ところでアイラ? お前凄く嬉しそうだが、酒飲めるのか? ていうか飲んでいい年齢なのか? そのへんはっきりしてくれないと、来て早々に警察の厄介にはなりたくないぞ。
読んでいただいた方、誠にありがとうございます。