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俺の机にチョコを入れた奴は誰だ!

作者: 雪夜小路

 朝、学校の自分の席に座り、鞄から教科書を取り出す。

 抜き出した教科書を机の中に入れようとすると、何かにつかえた。

 ん? と不審に思い、中腰になり奥をのぞき込み、ゆっくりと手を伸ばす。


 何かはハート型に包装されていた。

 薄赤のラッピングがチャーミングだ。

 右上に飾られた白いリボンも好感が持てる。

 手のひら二つ分の大きさという点はこの際置いておこう。


 今日は二月十四日金曜日。

 俗に言うバレンタインデーである。

 と、なればだ。さすがの俺でも理解できる。


 これはチョコレート。

 フランスっぽく言うならショコラか。


 ――しかし、これはおかしい。

 俺にチョコ? ありえないだろう。


 さあ、考察の時間だ。

 考えろ、東恭司郎! お前の脳はなんのためにある?!




 まず、俺はいつも通り六時半に家を出た。

 徒歩十分で駅に六時四十五分発の電車に乗った。

 途中で乗り換え到着は七時二十五分。そこから徒歩五分で学校だ。

 今は教室の時計で七時三十八分。腕時計では四十分。

 始業のチャイムは八時半に鳴る。

 到着が早すぎるが、なにぶん住んでいるところがド田舎なので電車は約四十五分に一本だ。

 次の電車に乗るのはリスキーすぎる。


 学校に着き、入り口で靴を履き替えた。

 下駄箱には何もなかった。二度開閉を繰り返し確認したから間違いない。

 廊下では誰にもすれ違っていない。

 教室は二階の一番奥になる。


 ついに教室だ。

 始業ベルよりも一時間早いというのに先人がいた。

 一週間ほど前は誰もいなかったが、何を血迷ったのか今週から俺よりも早く登校している馬鹿な女生徒がいる。

 彼女はこのクラスの学級委員長だ。

 現在、机に突っ伏している。

 そんなに眠いなら登校時間を遅らせれば良いものを。

 家も学校にそこそこ近いと噂を聞いている。

 いったい何を考えているんだか。


 そして現在に至る。

 まず、このチョコが誰からのものかと言う点だ。

 委員長である可能性を考慮する。

 答は即座に出た。


 ――あり得ない。

 語尾にハハッ、ワロスと付け加えてもいいくらいにあり得ない。


 なぜか?

 委員長は俺を嫌っているからだ。

 彼女はなぜか俺を目の敵のように扱う。

 一年のときから仲はよくなかったが、二年になってから仲の悪さに拍車がかかった。

 挨拶では俺だけ露骨に無視し、こちらから話しかけるとキィキィ怒り出す。

 それでいて、なにかあると事あるごとに突っかかってくるのだから手に負えない。

 同級生からは人気が高いようだが、俺にはよくわからない。

 たしかに顔は良いが、性格に難ありだ。

 せめて、なぜ俺を嫌っているのか教えて頂きたい。

 そうしてもらわなければ改善の余地がない。

 教えてもらえないわけだから、俺も原則、不干渉を貫くことにしている。

 それがお互いのためになるだろう。


 ここでようやく問題のチョコレートに目を向ける。

 とりあえず両面をじっくりと眺めていく。

 次いで、やや厚めの側面に目を移す。


 何も書かれてない。

 なんと呆れたものだろう……。

 誰からのものなのか書いてなければ、返すこともできないではないか。

 きょうび、オレオレ詐欺でも振込先を教えてくるというのに、なんと愚かな。


 …………待てよ。


「そうか!」


 声に出てしまっていた。

 委員長が頭を軽く上げ、長い髪をかき分けこちらを睨んでくる。

 すぐさま失敬と軽く頭を下げ謝っておく。

 彼女はまた机へと頭をダイブさせた。

 寝た子を起こさずに済んだようだ。

 ほんとうるさいからな。


 思考を戻す。

 ふぅ、やれやれだ。

 どうやら俺も浮かれていたようだ。

 そもそも何も書かれていないということはだ。

 これは俺宛でないという可能性が高いということになる。

 そうすると……、ふむ、答はすぐに浮かび上がる。


 視線を前の席に向ける。

 前屈させ腕を伸ばし、前方の椅子を軽く手前に引く。


「ビンゴだ」


 自分の考えが正しかったことを声を潜めて呟く。

 前の机の中にはチョコレートがすでにひーふーみーの四つ入っている。

 羨ましい奴だが、仕方ない。

 机の主である加藤は野球部のエース。

 我が校を十数年ぶりに甲子園へ導いた英雄だ。

 顔もガタイも良ければ、性格もいい。

 どうして自分と仲が良いのか不思議な奴でもある。


 合点がいった。

 そうだ。そうだった。

 下駄箱の時点で気付くべきだったのだ。

 どうして自分の下駄箱を二度も確認したのか。

 それは隣の下駄箱が加藤だったからである。

 チョコレートはすでに下駄箱から溢れ地面に落ちていた。

 間違えて俺のところに入れている間抜けがいないかと、自分の下駄箱を二度ほど確認したのだ。


 それがなんたる失態か。

 いざ自分の席にチョコレートが入っているとなるとその可能性を取り除いてしまった。

 我ながら良い道化である。


 自嘲気味に笑いつつ、宛先・差出人不明のチョコレートを本来あるべき場所、すなわち加藤の机の中へと戻した。


「ちょっ! えっ! 東、アンタ、何やってんの?!」


 戻すと同時に横から叫び声に似たやかましい音が俺の耳をうつ。

 驚き右に視線を移すと、委員長が椅子から立ち上がり目を見開きこちらを見ている。


 しまった。

 どうやら見られていたらしい。

 この状況を見て、いったい何を思うか。


「なんで、アンタ――」

「落ち着け!」


 まずは最悪の可能性を排除しておかなければならない。


「俺はホモじゃない!」

「えっ! あっ……、えっ!?」


 どうやら混乱しているようだが、ちょうどいい。

 頭の回転がおかしくなっているうちに、俺が誘導すればいいのだ。


「まず、加藤の机に入れたチョコは俺からのチョコじゃない」


 委員長は「う、うん」と曖昧に頷く。

 よし!


「俺の席に間違えて入れられていたものだ」

「ふぇっ?!」

「チョコレートには名前が書かれていなかった」

「えっと……、その、そう、だっけ?」

「うむ、見てくれ」


 俺は加藤の机から再度チョコを抜き取り委員長に包装の両面を見せる。


「た、たしかにそうだけど。あんたの席に」

「委員長。このチョコの形をよく見てくれ。ハート型だ」

「……そうね」


 そう。

 チョコの形はハート型。

 あまりにもストレートな恋心だ。


「ここまで前時代的でまっすぐな想いをこめたチョコが俺に来るわけがない。普段から俺を罵っている委員長ならわかるだろう」


 皮肉も込めて言いくるめる。


「……………そう、ね」


 委員長は震えるように小さく頷く。


「そうなるとだ。これは他のクラス、あるいは別の学年の子が加藤の席を間違えて俺の席にチョコを入れたってことだ」


 委員長は無言。

 たたみかけるなら今だ。


「だからな。この子の思いを無事、加藤に伝えるためにも、俺たちは黙ってこのハートが最初から加藤の机にあったということにしておこうじゃないか。それが優しさってもんだろ、な?」


 委員長はわずかに目を伏せて、椅子に力なく座る。

 彼女は諦めたように大きく一度首を縦に振る。


「バーカ」


 それだけ残し、彼女は再び眠りについた。

 一件落着である。




 セカンドインパクトは昼休憩の始まりに起こった。

 移動教室から戻り、教科書を机の中に戻すとまたしても何かが邪魔をしていた。

 形はシンプルな立方体。重心は不均一で、中に複数の物体が入っていると予想できる。


「またか……」


 加藤の机に戻そうと箱をみつめると、今度は宛先が書かれていた。


『東君へ』


 なん……だと…………。


 これは嬉しい。

 めっちゃ嬉しい!

 さて、それでは差出人は! 

 ――と見るものの、字が掠れ潰れて読み取れない。


 なんということだ!

 あってはならないことだ!

 俺が彼女の文字を潰してしまったのか!


 いや、違うな。

 俺の手にインクはついていない。

 よく見ると、宛先の『東君へ』もかなり急いで書かれたのか歪んでいる。

 それに文字は油性ペンで書かれている。

 やれやれ、なんたる間抜け。

 自分で書いた文字を自分で潰すとは。


 ふむ……。

 教室を見渡す。

 移動教室から直接、食堂に行ったものも多い。

 俺が教室に戻ったとき、女生徒はいな……いや、一人いたな。


 ――委員長だ。

 たとえば、彼女がチョコに宛先と差出人を書き、途中で戻ってくる足音に気付き慌てたため文字が潰れた。どうだ?

 あり得んな。あり得ん。絶対にない。皆無だ。

 彼女はクラスの男ほぼ全員にチョコをばらまいていた。

 『ほぼ』とつけたのは俺が入っていないからだ。

 加藤にチョコを渡した後、俺を親の敵みたいな目で睨め付け、鼻を鳴らし立ち去った。

 そんな彼女が俺にチョコを渡す道理は――ない!


 そうなると、これは移動教室の前に入れられたものだろう。

 前に時間を絞ると同クラスの可能性はない。

 最後に教室を出たのは俺だ。前の数学の時間からそのまま寝ていた。

 慌てて教室から出て、次の教室へ移るとすでに全員がそろっていた。

 入るや否や委員長がすぐ機嫌悪げに号令をかけた。


 他クラスの同級生か、あるいは後輩、もしくは先輩、大穴で教師、最悪は男。

 無限の可能性を秘めたチョコだ。ブラックボックスと呼んで良い。


 俺は好きなものは最初に食べる口だ。

 さっそくだが、チョコレートを食べさせて頂こう。


 リボンをほどき、青色の包装紙をはぐっていく。

 包装の下手さから理解してはいたが、どうやら手作りらしい。

 箱の中には黒っぽいチョコがいくつも転がっていた。

 形は歪だが、こういうものは気持ちだろう。


「頂きます」


 小さく呟き、口に入れる。


 ガッ!


 そんな音が俺の脳天に響いた。


「なんじゃこりゃっあ!?」


 口から異物を吐き出す。石を噛んだかと思った。

 チョコを見る前に、口の中に指を入れ、歯が欠けていないか確認する。

 これは味以前の問題だ。気持ちとかそんな甘ったるいこと言ってる次元の代物じゃない。

 もしかしたらと思ったが、どうやら嫌がらせだったらしい。

 文字の滲みまで計算に入れて書いてやがったな。

 俺の反応を見て楽しんでる奴が犯人だ。

 絶対にゆるさん。


「なにやってんのよ、東!」


 犯人を特定しようと辺りを見渡す前に委員長が近づいて来た。

 ――こいつが犯人か。


「委員長! このチョコもどきはお前がやったのか」

「わ、私があんたにチョコレートをあげるわけないじゃない! な、なな、なに馬鹿いってんの!」


 それもそうだ。

 嫌がらせとしたら、遠くから笑って見ているべきだ。


「すまなかった。今回は全面的に俺が悪い」

「そうよ。いつもアンタが悪い。それで、チョコの味は――」

「それだ! まさにそれなんだ。聞いてくれ委員長。このクラスにとんでもないやつがいる!」


 は? と呆気にとられて彼女は俺をみつめる。


「このチョコを見てくれ」

「形は、確かに悪いけどぉ、ふ、ふつうのチョコじゃない」

「たしかに見た目はそうだ。俺もだまされた。だが、こいつはそんな柔なもんじゃない。石と言ってもいい。おそろしく硬い」

「どう、いうこと……」

「おそらく、俺が浮かれて食べる反応を見て楽しもうとしている奴がいる!」


 委員長は再び無言。

 こいつもうるさかったり、黙ったり忙しい奴だ。

 躁鬱の気があるんじゃないだろうか。


「味は、どう、なの……?」

「馬鹿を言うな! 味なんてわかるわけないだろう! そもそも食べ物かどうかすら怪しい! これならまだ、カカオをそのまま食べた方がマシだ!」


 周囲を観察してみるが、誰も彼もぼけーとこっちを見ている。

 だめだな。犯人が特定できない。

 仕方ないか。

 教室の隅にあるゴミ箱へ歩いて行く。


「いいか。誰だか知らんが、二度とこんな遊びはするんじゃない! 次は絶対に許さんぞ。断固とした措置を講じさせて頂く! この東恭司郎、決してテロには屈しない!」


 声高々に宣言し、チョコもどきをゴミ箱に投げ入れる。

 振り返ると委員長が鋭い目つきで俺を見ていた。


「なんだ委員長? ああ、騒がせてすまな――」

「もういい」

「何がだ?」

「よく、わかった」

「だから、何がわかったんだ」


 言い争いになるなという予想は外れ、彼女は静かに踵を返し教室の外へと歩を進める。

 扉を蹴って押し倒し、直すことなく教室の外へ出て行った。

 廊下の冷たい空気が教室に流れ込む。

 教室外の視線は委員長に向けられたが、教室内の視線はなぜか俺に向いていた。

 いったいなんなんなんだか。




 最後の授業が終わり、それぞれが部活・帰宅・塾と各人の目的地を持って散っていく。

 俺も部室に向かおうと席を立ち、鞄を手にかける。


「ちょっと」


 苛立ちを隠せていない声に気付き横を見ると、すぐ横に委員長が腕を組み仁王立ちしていた。

 ここまで近づき気配を察させないとは、さすがだな。


「ツラかしなさい」


 彼女はそう言って顎を向ける。

 どうやら話がしたいようだ。

 俺も昼休憩の一件が気になる。


「わかった。それじゃあ、ここで話そう」

「屋上に来て」

「なぜだ? ここで話せばいいだろう。わざわざ屋上まで行く理由が俺にはわからん。あそこは寒いぞ」

「二人で、話し合いたいの」

「よくわからないな」

「いいから、早くして」


 彼女は背を向ける。

 ついてこい、ということらしい。


 階段まで後ろをついていき、彼女は階段を上り屋上へ、俺は部室へと階段を下りていく。

 彼女は最後まで振り向かなかったが、訳のわからない道理に付き合う必要はない。


 部室には誰も来ていなかった。

 ひとまず、灯油ストーブの電源をつけ、ガラス窓から火がつくのを確認する。

 椅子に腰掛け、今日一日の出来事を反芻する。

 あの委員長はいったいなんなんだろうか。

 明日の朝にでも話してみよう。


 部室棟は静けさに包まれている。

 すぐに吹奏楽部やその他の部室が騒ぎ出し、静けさはなくなるだろう。

 この儚い静寂が俺は好きだった。


 部室に目を移す。

 三年も引退し、部員数も四人と少ない。

 そのうち一人は加藤から名前だけ借りているから実質三人。

 一人で過ごすこともよくあることだ。

 来年がまずい、存亡の危機だ。

 部員が五人以上いないと来年の巣がなくなる。

 今から一年で暇してる奴を引っ張ってくるべきだろうか。


 ぼんやり思考を巡らせていると、慌ただしい足音が静寂を壊していく。無粋な奴だ。

 無粋な影は我が部室の前を通り過ぎ、すぐにまた戻ってきた。


「アズマァ! アンタなんでぇ! 来ないのよっ!」


 目と口を大きく開き、肩で息をつきながら委員長は扉を蹴り開く。

 鼻水と赤く染まる頬から見るに屋上で俺が来るのを待っていたのだろうか。

 ご苦労なことだ。


「委員長。ストーブの側に座るといい、屋上は寒かっただろう」


 俺は優しく、努めて笑顔で椅子を勧める。

 委員長のこめかみには血管が浮いている。どうやらお怒りのようらしい。

 それでもやはり寒かったのかストーブの側に近寄り手を当てる。

 俺の勧めた椅子ではなく、別の椅子を手で寄せ腰かけようとする。


「委員長」

「なによ!?」

「その椅子は危険だ」

「えっ、きゃ!」


 まるで女の子のような悲鳴を上げて椅子ごと彼女は崩れる。


「ここにある椅子は使用年数を超えたため、余所から持ってきたものが多い。不用意な着席は慎むことだ」

「アァァアズゥウマァアア!」


 先ほどの可愛らしい悲鳴は消え、喉の奥から俺の名を呼ぶ。

 自らの非を認めることができないとはおろかしいものよ。

 さて、


「それで委員長。話というのはなんだろうか」

「それはね! それは! それは……その」


 怒り狂っていた語尾が徐々に小さくなっていく。

 どうやらというべきか、彼女の精神は極めて不安定なように思える。

 幸い、良い精神科には心当たりがある。紹介するべきだろう。

 そうすれば今後の彼女との関係も改善するのではなかろうか?


「委員長――」

「これ」


 彼女はポケットから手を抜きだし、正拳突きの如くこちらに突き出す。

 距離がなければ、俺も無事では済まなかっただろう。

 しかし、これはいったいなんだ?

 ああ、そうか。


「見事な正拳突き、さすが委員長だ!」

「これよ!」

「どれだ?」

「これ!」


 そう言って、彼女は手を上に向け手のひらを開ける。

 そんなの見えるわけないだろ。

 俺は超能力者じゃないんだぞ?


「チ○ルチョコだな」

「そうよ!」

「それでこれが何だと言うんだ?」

「ん!」


 力むように唸り、チ○ルチョコを突きだしてくる。

 やる、ということだろうか。


 欲しくない。

 四角形だったと思われる外見は固く握りしめられた手の熱でとけ、丸くなっている。

 見ただけで歯にどろりとくっつくのが、容易に想像できてしまう。


「そんな大層なもの、俺には受け取れないよ。外は寒かったろう、委員長がお食べなさいな」

「ん」


 俺の声など無視して彼女は手をさらに伸ばしてくる。

 食べるのはおろか、手に取りたくもない。

 手袋を常備しておくべきだった。


「ああぁもう!」


 とうとうチ○ルチョコを投げつけてきた。

 勢いよく投げられたそれは俺の制服にぐちゃりと叩きつけられる。


「義理だからね!」


 彼女は顔を背けて叫ぶ。

 そんなことは百も承知だ。

 間違いなく食べない。帰ってから妹に食わせよう。


「じゃあ、私、部活があるから!」


 蹴り開かれ、未だ閉じられていない扉に彼女は歩き出す。

 ここで俺の脳に天命が下る。


「ちょっと待て委員長!」


 彼女はびくりと震えて足を止める。


「な、なによ!」

「委員長は部活動に一つだけしか入っていなかったな」

「そうよ。それがなんなのよ?!」

「この部活は人数不足なんだ。名前だけでいい、入ってくれないか?」


 首がギギギと動いてこちらを向く、油をさせばスムーズに動くだろうか。


「私に?」

「そうだ。委員長にだ」

「私じゃないとだめなの?」


 そんなことはない! と言うと逃げられることは確定的明らか。よって、


「ああ。委員長じゃないと駄目なんだ」

「ふ、ふぅん。それじゃ仕方ないわね。特別に名前だけ貸してあげるわ!」

「ありがとう委員長。感謝する。書類はこちらで書いておこう」


 ちょろいな。

 これで来年度の廃部はない。

 少なくとも俺の代は安泰と言っていい。


「私も、そのね、お願いがあるんだけど」

「なんだ?」


 ここで交換条件を持ち出すか。

 聞くだけ聞いておこう。


「名前で呼んでいい?」

「俺か? もう呼んでるじゃないか」

「違う。下の名前……」


 体の前で両手の指をもじもじくっつけている。

 なんだ、そんなことか。


「構わんぞ。好きに呼べ」


 彼女は一瞬、パァッと顔を綻ばせ、口をゆっくりと動かす。


「きょ、キョウシロー」

「なんだ委員長」

「あの、もう一つお願いなんだけど……」


 お願いお願いってキリがないな。

 それなら最初からまとめて言ってくれ。


「私のことも、名前で呼んで欲しいなって」


 下を向き指を気持ち悪いほどぐるぐる動かしている。

 やはり精神科を紹介すべきなんだろうな。


「だめ?」


 これからは委員長とも部活動の一員だ。

 彼女は活動に来ないだろうし、来て欲しくないが、クラスと部活で扱いを区別すべきだろう。


「わかった。名前で呼ぼう!」

「ほんと!」

「ああ!」


 彼女は目を煌めかせ、こちらを見てくる。


「それでは委員長の名前を教えてくれ!」

「えっ――」

「俺は委員長の名前を覚えていない」

「へ、なんで?」

「委員長は委員長だからな。それ以上でもそれ以下でも、それ以外でもない!」

「ふ、ふふ……」

「さあ、委員長。名前を言ってみろ!」

「あ、アハハハハ」


 彼女はついに笑い出した。

 俺も嬉しい。長く続いた委員長との不和も今日で終わりそうだ。

 彼女に続いて俺も笑う。


「アズマァ! 歯ァ食いしばれェ!」


 気がつけば宙を飛んでいた。

 地面に叩きつけられ、視線の先には見知った天井。

 委員長はさっさと部室を出て行った。

 口の中が切れ、血が出ている。


「苦いな……」


 静寂が舞い降りる。

 窓の外には雪が散っている。

 俺はこの静けさが嫌いじゃない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 鈍感な主人公と素直に慣れない委員長の雰囲気がとても良く伝わってきました。 クラスメイトのみんなは委員長の気持ちに気付いているんだろうなー。
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