スノフラーのおくりもの
昔々、町はずれにある小さなお菓子屋さんに、サリアという名の少女がいました。
彼女は毎日パティシエの両親と供に、大好きなお菓子作りのお手伝いをして、幸せな日々を過ごしていました。
そんなある日の事です。
その日は朝からとても寒く、夜にはシンシンと雪が降り積もり始めていました。
家の手伝いを終え、サリアが窓辺で外に降り積もっていく雪を眺めていると、お母さんがやってきてこう言います。
「こんな雪が降る夜には、きっとスノフラーが来てくれるわね。」
外を眺めているサリアの頭をそっと優しく撫でながら、お母さんはニコリと微笑みます。
そんなお母さんに、サリアは不思議そうな顔で聞き返しました。
「スノフラーって、何?」
小さく首を傾げて聞いてくるサリアに、お母さんは柔らかく微笑みかけ、彼女を部屋にあるベッドに連れていきます。
そしてベッドに腰を下ろし、すっかり冷え切っていたサリアの両手をそっと包み込みながら、お母さんは彼女の問いに応えます。
「スノフラーっていうのはね、雪に紛れて空から降って来る雪の妖精の事よ。
彼らは今日の様に雪が降り積もる夜に、窓の外にお菓子を用意しいて置いておくと、朝にはそのお菓子と引き換えにおくりものを持ってきてくれるの。
ただし、良い子の用意したお菓子じゃないと来ないらしいわ。」
「良い子だったら、スノフラーがお菓子と引き換えにおくりものをくれるの?」
「そうよ。
もし悪い子が用意したお菓子だったら、そのお菓子は朝になっても食べられていなかったり、残されていたり、お菓子だけ持って行かれちゃったりして、おくりものは置かれないのよ。」
サリアはお母さんの話を聞きながら、スノフラーについて考えます。
彼女が想像したスノフラーの姿は、白いフワフワの服を身につけた小さな小人の姿でした。
想像した小人が自分の用意したお菓子を食べている姿を、そして、全て食べ終えて満足そうに微笑みながらおくりものを用意する姿を想像し、サリアはポツリと零すように呟きます。
「……サリアも、スノフラーにお菓子を用意してみようかな?
おくりものって、一体どんなものなのかしら?」
「そうね……きっと、サリアが欲しがっていた可愛い髪留めじゃないかしら?
サリアは毎日パパやママのお手伝いをしてくれる良い子だものね。
きっと、スノフラーがお菓子と引き換えにおくりものを持ってきてくれるはずよ。」
「うん!」
サリアは満面に期待のこもった笑みを浮かべて、早速お菓子を用意する為に部屋を後にします。
そんなサリアの家はお菓子屋さんです。
彼女の向かったお店の方の台所には、お菓子屋さんらしく様々な種類のお菓子がたくさん置かれています。
「ヴォレッチェにフュードマ、キニピミヅェ……どれにしようか迷うなぁ……。」
目移りするほど種類豊富なお菓子の並ぶ棚を眺めながら、サリアは一人呟きます。
すると――。
「フェニツェが食べたい。」
突然、何処からともなく声が聞こえてきました。
サリアは驚いて辺りを見渡します。
けれども、部屋の何処にも声を出した人の姿は見当たりません。
「誰?誰かいるの?
いるなら出てきて?」
辺りを見回しながら、サリアは姿の見えない相手に向かって話しかけます。
けれども、何度話しかけても先程声を出した人は現れません。
「何処に居るのかしら……?」
サリアはそう呟きながらお菓子を選ぶ事も忘れて、声の主を探して台所中を歩き回ります。
棚の下、引き出しの中、オーブンの奥、コンロに置かれた鍋の中……。
様々な場所を開けては確認して、サリアは誰かいないか探し回ります。
けれども何処にもその姿を見つけ出す事が出来ません。
「何処に隠れているのかしら……?」
サリアが腕を組んで首を傾げ、他に探す場所がないか、隠れる場所がないか探していると――。
「サリア、どうしたの?」
「ママ……。」
お母さんが、いつまでも戻ってこないサリアを心配してやってきました。
不思議そうな顔をしたお母さんに近付き、サリアは先程の出来事を話します。
「あのね、さっき、スノフラーのお菓子何がいいかなって言ったら、フェニツェが食べたいって声が聞こえたの!」
「フェニツェ……?」
サリアの話を聞いて、お母さんは少し驚いた表情を見せた後にクルリと辺りを見渡します。
そして、誰の姿も見つからない事を確認してからサリアに言います。
「もしかしたら、スノフラーが答えたのかもしれないわね。」
「え?スノフラー?」
「そう。
スノフラーはね、とっても恥ずかしがり屋の妖精なの。
だから、この部屋の何処かに隠れて、サリアの用意するお菓子が何なのかを見ているのかもしれないわ。」
ニコリと微笑んでそう教えてくれたお母さんを見て、不思議そうに首を傾げていたサリアは表情を満面の笑みに塗り替えます。
そして、楽しそうに口を開きます。
「本当?それなら、言われた通り、フェニツェにする!」
「そうね、それが良いわね。」
優しく微笑んでいるお母さんに笑いかけ、サリアは掌サイズのお皿いっぱいにフェニツェを乗せて部屋へと持っていきました。
そして、お母さんに言われたように、窓の外に持ってきたフェニツェがたくさんのったお皿をそっと置きました。
「これで、スノフラー、来るかな?」
「そうね、きっと来るわよ。」
隣でお母さんは微笑み、サリアの頭を優しく撫でてくれます。
サリアはお母さんの言葉が嬉しくて、満面の笑みで微笑みました。
「さあ、サリア。
スノフラーはとっっっ……ても恥ずかしがり屋さんな妖精なの。
ずっと此処でサリアが窓の外を眺めていては、スノフラーがお菓子を食べに来れないわ。
今日はもう遅いし、眠って待ちましょう?」
お母さんはそう言って、サリアをベッドへと促します。
サリアが布団に潜り込むのを待って、お母さんはサリアの額にそっと口付けを落とし、部屋の灯りを消して部屋を出ていきました。
「スノフラー、来てくれるかな……?」
サリアはそう呟き、重たくなった瞼を下ろし、そのまま夢の世界へ向かいました。
この部屋に、サリアの寝息が響きます。
それを聞いて、窓辺に小さな影が一つ、二つ、三つ……。
「もう寝ちゃった?」
「寝てるよ、寝てる寝てる!」
「僕、もうお腹がペコペコだよ!」
そんな窓辺から、小さな声が聞こえてきます。
夢の中に居るサリアは、その声に全く気付きません。
声の主たちは、サササッと窓辺に置かれたお菓子に近付き、その小皿を囲んで覗き込みます。
そんな彼等の姿は、白い真綿を編んで作ったようなモコモコの服の、三人の小さな人たちでした。
彼らこそ、サリアが楽しみに待っていたスノフラーという妖精たちなのです。
「おいしそう……。」
よだれを口から垂らしながら、一番太ったスノフラーがポツリと零すように呟きます。
すると、その右隣に居るスノフラーが、一番太ったスノフラーを呆れた表情で見ながら言います。
「フィク、今度は一人占めしないでよ?
僕もキヒカもお腹が空いているんだから。」
「リヴィの言う通りよ、フィク。
今度はちゃんと三人で分けるわよ。
さ、早く食べましょう!」
頭にリボンを付けたキヒカと呼ばれたスノフラーが、一番太っているフィクを注意した小柄なリヴィに同意しながらそう言います。
そんな二人に、フィクは慌てて謝ります。
「さっきはごめん。
もうお腹が空き過ぎちゃって、つい……。」
「いいよ、フィク。
僕もキヒカももう怒ってないから。
けど、そういう事はもうしないでね?」
「うん!
許してくれてありがとう、リヴィ、キヒカ。」
此処へ来る前にもお菓子を食べてきたのだろう三人はそんな会話をして、きちんと反省しているフィクに二人は優しく微笑んで見せていた。
「さてと……では、いただきましょうか!」
「うん!」
「そうだね!」
キヒカの言葉を合図に、フィクもリヴィも同意してから、三人同時にお菓子へと手を伸ばします。
すると……!
三人が手に取ったお菓子――フィニツェが、金色に輝き始めました。
その輝きを見つめながら、リヴィは呟くように言います。
「此処の家の女の子は、お家の手伝いをしっかりしているとっても良い子らしいね。」
「そうね!
手にとって銀色に輝く事はあっても、金色に輝く事は滅多にないもの!」
「うぅ~ん……とっても美味しそうなフィニツェ!
フィニツェが食べたいって頼んで正解だったね!」
リヴィの言葉に同意するキヒカの隣で、今にもフェニツェにかぶり付きそうなフィクがそう漏らします。
すると、少し不機嫌そうにリヴィが言います。
「フィク、妖精の掟を破っちゃダメじゃないか!
人に話しかけるのは、しちゃダメな事なんだよ!
危うく姿を見られる所だった!」
「そうよ、フィク!
私達スノフラーは、人に見られると雪の結晶に戻ってしまうのよ?
そうすれば、こんな美味しいお菓子を、もう二度と味わう事が出来なくなるのよ?」
「それは嫌だ!
ごめん、もうしないよ……。」
シュンと落ち込んでそう言うフィクが、きちんと反省しているのを見て、二人は互いに見合って笑い合います。
そして……。
「でも、フィクのおかげでこんな美味しいフィニツェが食べられるんだ。
ありがとう、フィク。」
「確かに、リヴィの言う通りだわ。
ありがとう、フィク。」
二人がそう言うと、シュンと落ち込んでいたフィクはパァッと顔を綻ばせて満面の笑みを顔に浮かべます。
そして、三人は仲良く笑い合い楽しくお話をしながら、サリアが用意したお菓子を頬張るのでした。
いつの間にやら雪が止んで、雲の合間から顔を出したキラキラ輝く月の下で、小さな妖精たちの楽しげな会話が響き渡ります。
夢の中に居る町の住人が、そんなスノフラー達の会話に気付く事はありませんでした。
翌朝――。
閉め忘れていたカーテンの間から、朝を知らせる太陽の光りがサリアの顔を照らします。
その眩しさで目を覚ましたサリア。
眠気眼を擦りながら身体を起こし、ふと、昨日お菓子を置いた窓辺へ目を向けると――。
「お菓子が、ない……!」
サリアはその目でしっかりと確かめる為、ベッドから飛び出し、窓へと駆け寄ります。
そして、一気に窓を開け放ちました。
「お菓子が、全部なくなってる!
スノフラーが来たんだ!」
サリアはそう言いながら、小皿を手に取ります。
すると、小皿の下からサラリと何かが部屋の中へと入りこんできます。
「これって……っ!?」
床に落ちたそれを手に持ち、サリアは慌てた様子で部屋から飛び出しました。
ドタドタと足音を家中に響かせながら、サリアが駆けて入った場所は、お母さんが朝御飯の支度をしている家の台所でした。
「ママっ!ママっ!」
「どうしたの、サリア?」
お母さんはスープを混ぜる手を止め、台所へと駆けて入ってきたサリアへ振り返ります。
そして、彼女が一生懸命にお母さんへ見せようとしている手の平をのぞき込み、一瞬驚いた表情となりました。
そして、彼女の手にしているものを見て、優しく微笑みます。
「綺麗なリボンね?
どうしたの、それ?」
「これはね、昨日スノフラーの為に用意したお菓子の載ったお皿の下から落ちてきたの!
きっと、ママが言ってた、スノフラーからのおくりものだよ!」
そう言って、サリアが嬉しそうに胸に抱きかかえるのは、キラキラと輝く銀の糸で雪の結晶の模様が描かれた、二本の青いリボンでした。
サリアは、このリボンを一生の宝物にしようと心に思うのでした。
お菓子のお礼におくりものを……。
良い子には、幸せを届ける、そんな小さな雪の妖精の物語でした。
Fin...
此処までお付き合いくださりありがとうございました。




