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ほころび滅び 第一章 妖気な人々 其の六 最低で最悪の親友

 溝川は中学からの同級生だ。ローティーンという人間にとって最も大事な時期に出くわさなかったのが、せめてもの幸いだ。金目のもの欲しさに悪事を働くというほど貧しい家庭で育ったわけでもないはずなのだが、奴の中には生まれつき悪しき何かが巣食っているのではないかと、ぼくは思っていた。 

 中学のときは仲がいいどころか、ほとんど話したこともなかった。奴の成績は悪くないらしく、むしろ実力テストではいつも上位のグループに入っていた。なのにどういうわけだか、出来の悪い連中とばかり付き合っていて、溝川はそうした連中のボスのように振舞っていた。奴はきっと、賢いやり方で落ちこぼれたちを操っていたのではないかと思う。徒党を組んで何か警察ごとになるようなことをしでかした、というようなことは一度もなかったのだが、学校の中では教師に見つからないところでこっそり悪戯ばかりしていたように思う。

 たとえば、昼休みになると、廊下の隅っこに集まって、よからぬ相談をするかのようにひそひそやっている。女子が通ると、ヒューヒューと口笛を吹き、外国映画の不良の真似事をする。弱々しい男子生徒をつかまえて、その両手両足を四人がかりで吊り下げて、「空中ブランコ」と称する遊びをする。手足を吊られた者は、怪我はさせられないものの、容赦なく廊下を宙吊りの低空飛行で飛び回ることになるのだ。ぼくも一度やられたが、これは案外怖いのだ。

ぼくは溝川たちの一部始終を監視していたわけではないし、どちらかというと近寄らないようにしていたので、それ以外には詳しいことは何も知らない。

 高校は公立の進学校だった。その中でも成績上位者ばかりが集められた特Aクラスにぼくは入学したのだが、同じクラスに奴もいた。最初はいやな奴と一緒になったものだと敬遠していたが、ぼくと奴は出席番号が近く、並ぶときは常に隣同士だったために、自然と友達になっていった。

 人間というものは歳と共に変化するからなのか、あるいは奴ではなくてぼくの見方が変わったからなのか、話してみるとずいぶんと普通な奴で、嫌なところは何一つなかった。妙に大人びていて、ぼくが知らない大人の事情なんていうものを実に色々と知っていた。学生服の下に着ているパーカーのフードを、いつも表に出して頭からかぶっているという、いささか変わった服装の溝川は、煙草の吸い方とか、女の扱いはとか、金はどんなところに集まるのかとか、政治家は腐った奴らがなるものだだとか、そんなことを熟知しているかのように話すのだった。

 中学の時には、不良に違いないと思っていた溝川は、決して不良などではなく、お互いに品行良性とは言いがたいけれども、ぼくらはともに普通に学校に通い、落ちこぼれない程度に勉強をして、週末は喫茶店で煙草を吸い、ときどきは下宿している同級生の部屋で酒を飲んでいた。そんな普通の高校生活を送った後、ぼくらは都内にある別々の大学に進学した。

 大学は学びの舎だなんて考えている友人は、ぼくの周りには一人もいない。ぼくは落第しない程度に授業を受け、残りの時間はほとんどアルバイトとサークル活動に費やした。面倒くさいことは嫌いだったので、大学公認の部活ではなく、有志が集まって勝手にやっている自由な音楽バンドのサークルでギターを弾いて歌った。大学がわかれた溝川とは滅多に会うこともなかったが、時折風の便りで溝川に関する良くない噂が流れてきた。

 溝川は高校時代からギターを弾いており、ロックに関してはぼくよりもうんとよく知っていた。はっきり言って、クラシックにしか興味を持っていなかったぼくをロックに引き入れたのは奴だ。そんなわけだから、奴もぼくと同じようにバンドサークルに入っていることは不思議でもなんでもなかった。

 当時のロックはハードロック全盛の時分で、ビートルズはとっくに解散していた。ロックファンの多くはイギリスに魅せられていて、ストーンズはすごいだとかツェッペリンがどうしたとかディープ・パープルのリフがだとか、そんな話ばかりしていた。こういうロック好きは、およそカタチから入りたがる。

破れたジーンズに皮ジャンを着てみたり、ロンドンブーツで脚を長くして闊歩したり、ベローンと舌を出したイラスト入りのTシャツを自慢したり、つまり、まともな人間から見れば、ロックをやっている奴など、ろくな者ではなかったということだ。反対に、ぼくらのようにロッカーを気取った若者たちは、イキってミュージシャンみたいな格好をし、ショートホープだのロングピースだの慣れない辛い煙草を吸ってはバーボンを口飲みする、そんな生活を送っていた。

 溝川の場合は、ロックにはまったから悪ぶるようになったのではなく、元々小悪党な性分だったところにロックがはまったということなのだと思う。アマチュアバンドとしてときどき出演するライブハウスに入り浸るようになってからは、一人前なワルの顔をして客の女性にちょっかいを出したり、財布を膨らませた大人の常連客に取り入って金をせびろうとしたり、悪い評判ばかりが聞こえて来た。

 最後に聞いた悪い噂は、ついに警察に捕まったという話だった。溝川が根城としているライブハウスの裏手にビールの空き瓶がケースごと置かれているのだが、実は中味の入ったケースが置かれていることもあると知り、ある深夜、後輩を一人伴って乗用車で乗りつけ、そのビールケースをごっそり持ち去ろうとしたらしい。運悪く、その夜はライブ明けで、深夜だというのにオーナーはまだ店に残っていた。オーナーは裏手でごそごそと音がしているのに気がついて、溝川の犯行を発見し、警察に通報した。間抜けな溝川とその友達は警官が駆けつけたのにも気づかず、せっせと積み込みをしていたそうだ。この大泥棒事件に対して、溝川のことをよく知る店のオーナーは、学生ということもあるし、今回切りだぞと念を押したうえで罪に問わなかったそうだ。だが、この事件はそれだけでは済まなかった。乗り付けた車は盗難車だったし、溝川は少し酔っ払ってそんな馬鹿なことをしでかしたのだった。溝川は車の持ち主である同級生にも許しを乞い、それはなんとかなったが、結局酒気帯び運転という道路交通法違反の罪だけが残り、当時はまだ緩かった交通法規のお蔭で、免許停止と罰金という反則でカタがついた。

 後に出会った溝川が、笑いながらその事件のことを話してくれた。まぁ、あんなものはちょろいもんさ。別に犯罪でもなんでもないさ、と強がった。そして最後に嘯いた。

「裏さ。なんだって裏に行けば儲かる話なんて山ほどあるんだよ」

 あれから二十数年。ぼくはロックとはかけ離れたごく普通の会社の勤め人だが、溝川は大学卒業後、まだTATSUYAも何も無かった時代にレンタルレコード店をはじめ始め、それが成功。みるみるうちに資本を増やして会社組織にし、今ではさまざまな物をレンタルする中堅企業の経営者になっている。年に一度くらいは酒を交わして昔話をするのだが、社長になった今でも溝川の本質は変わっていないようだ。

「あのなぁ、世の中には裏というものがあってな。この裏を知っておきさえすれば、どんなことだって思いのままになるんだぜ」

 果たして溝川が成功した秘訣は、社会の裏を操ることだったのかどうかまでは聞かされていないが、多かれ少なかれそのようなことはあるのだろう。ぼくはといえば、その、裏というものにあまり縁がなかったようだ。

言い忘れたが、ぼくの名前は金田太郎。溝川の名前はちょっと変わっていて、根津巳と書いて、「ねつみ」と言う。

「なんで俺の親がこんな名前をつけやがったのか知らねえけどよ、俺のこと、絶対にねつみなんて呼んでくれるな。呼ぶんだったら、”ねづみ”にしてくれや」

ぼくはめんどくさいから”ねづ”もしくは奴とかあいつとか言うんだが、そう、溝川の名前は溝川ねづみ。人は”どぶねづみ”と呼んでいる。


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