ほころび滅び 第二章 滅びの街を救え 第二話 七つの大罪
リビングのテレビがついている。まだデジタル化されていないこの家のテレビは奥行きのあるブラウン管テレビで、大家族で見るにはサイズも小さめだ。だがこの家は大家族ではないので、この大きさで充分なのだった。ブラウン管の中では女性キャスターが、中年の学者と向かい合っていた。国営放送が得意な教養番組かと思われる番組構成だが、時々賑やかなCMが入るところをみると、そうではないらしい。
「七つの大罪とは、そもそも四世紀のエジプトで、修道士エヴァグリオス・ポンティコスという人が著した八つの枢要罪として書かれているのです」
学者が落ち着いた口調で語っている。
「七つではなく、八つ、ですか?」
「そうです。それが後に、六世紀の後半になってから、グレゴリウス一世の手によって、このうちの虚飾が傲慢のひとつとされ、 怠惰と憂鬱はひとつにまとめられて六つになったところへ、嫉妬という罪が加えられました」
男女が映っていた画面は、文字タイトルの画面に切り替わっており、八つの単語がわらわらとアニメーションして、最終的には、「暴食、色欲、強欲、憤怒、怠惰、傲慢、嫉妬」という七つの言葉に並び変わった。続いて、それぞれの言葉の後ろに、カタカナの記号がぱたぱたと付け足されていった。
暴食……ベルゼブブ
色欲……アスモデウス
強欲……マンモン
憤怒……サタン
怠惰……ヴァルフェゴール
傲慢……ルシファー
嫉妬……レヴィアタン
「面白いことに、それぞれの罪には悪魔が対応しています。たとえば傲慢はルシファーという悪魔が担当し、憤怒にはみなさんご存知のサタンが担当しているのです」
「これ、全部悪魔の名前なのですか?」
「そうです。この言葉の中で傲慢とか、憤怒とか、最も悪魔のイメージとリンクしやすい言葉を担当していたルシファーとかサタンとかが、よく物語の中に出てくるので有名になっちゃったんですね」
「ほう。それで?」
「……いえ、それだけですけどね……大罪っていうのは、飽くまでも宗教的に人を悪に導く可能性がある感情や欲望を指すのであって、現実の罪のことではありませんよ。あ、それからついでに紹介しておきますが、最近になってバチカンのローマ法王が、新装版七つの大罪っていうものを発表しています。これがなかなか現在に則しているので面白い」
再び画面にテロップ文字が現れた。
1.遺伝子の改造
2.人体実験
3.環境汚染
4.社会的不公平
5.貧困の強要
6.猥褻な富
7.薬物の濫用
「さらに、マホトマ・ガンジーも現在の資本主義における……」
学者がそこまで話したときに、洗い物を終えたポーラがお盆に乗せたお茶を運んで来た。
「あなた、いつから宗教家になったんですか? どうぞ、お茶淹れましたよ」
いつの間にかソファで居眠りをしていた金田太郎は寝ぼけて言った。
「ふぁぁ〜七つのたいやきは?」
「ばぁかねえ、何寝ぼけてるのよ。たいやきなんて買って来てないわよ」
金田太郎は身体の一部が敏感で、眠っていても外の声や音が勝手に記憶されていることがよくあるのだが、それらはたいてい少し間違って記憶されている。
「はい、お父さんも、どうぞ」
「ああ、サンキュ」
いままでどこにいたのかわからないほど小柄な親父が、二つのソファの間の床上からむくりと起き上がった。頭はつるっ禿で、大きなまんまる目玉に特徴がある小さなおじさんは、金田太郎の実の親、ポーラの義父だ。大学で民族学の教鞭を執っているだけに、実に知識が豊富で教養豊かな親父なのだ。彼はその風貌のイメージから、学生からは禿親父というあだ名が付けられている。最近までは田舎に暮らしていたが、ばあさんが亡くなってから、太郎の家で一緒に暮らすようになっていた。
「おい、金太郎。わしはいま、テレビを見ておったんじゃが、なかなか面白い話じゃったぞ。七つの大罪の話だったが、この前の赤い雨となんか関係がありそうな気がするのじゃ」
金田太郎は友人から金太郎というあだ名がつけられたが、最近では家族までがその呼び名を使う。
「へー、そうなんですか?どう関係するんでしょうか、お父さん」
「それは、まだわしにもわからん」
禿親父は、考え込みながら、お茶にふーっと息を吐きかけた。
「ところで、金太郎さん、今度ね、ノリコの店で一周年パーティがあるの、一緒に行ってくれるでしょ?」
「ポーラ、お前まで金太郎と呼ぶな。うーん、俺はそういうパーティとか苦手なんだけどな」
「そう言わずに、ねーねー」
「わしは行くぞ。パーティというからには、美味いものがたらふくあるんじゃろ?」
「まぁ、お義父さまったら、相変わらず食い意地が張っていますこと。それはそれは美味しいものがいっぱいありますわよ」




