熊殺し少年の夢日記
昨夜の某テレビ放送に影響されて書いたものではありません。
言ったからどうなることでもありませんが、一応言っておきたくて。
2013年7月13日、夜。
昨日の朝、熊を見た。
いるいるとは話に聞いていたけど、実際に野生の熊を生で見たのは初めてだった。最初は、ドーベルマンのような黒い色した犬だと思ったが、動き方が少し変だと気付いて、それが小熊であるのだと解った。山から下りてきて、道路を横切り、茂みに消えた。
数秒間、遠目ではあったが、僕は小熊を見た。
学校に行って、クラスメイトにその話をした。
気持ち的には自慢に近かっただろう。動物園でも愛くるしいその姿は人気で、赤色のTシャツを着た世界的人気を博する熊もいる。僕は、そんな熊をタダで見たのだ。しかも、大型犬と同じくらいの小熊だ。あれは可愛かった。と、興奮しながら話した。
「どこで見たの?」
偶然僕の話し声が聞こえた先生が、僕に訊いた。
その顔には、自分も見に行きたい、といった好奇心は無く、むしろ不安が浮かんでいた。
どうしたのだろうと不思議に感じたが、先生の質問には答えた。と同時に、それを聞いてどうするつもりなのか訊いた。
「警察や近隣の学校に連絡して、注意を呼び掛けるの。この間も隣町の学校のグラウンドで親子の熊が見つかって、猟友会に射殺されたでしょ」
先生は、当り前のことの様に言った。
しかし、「でしょ」と言われても、僕はそんな話聞いてない。
「あの熊も、殺されるの?」
「もしかしたらね」
「なんで?」
「その熊が、誰かを襲うかもしれないでしょ。誰かが傷つく前に危ないから、殺すの」
「なんだよ、それ?」意味が分からなかった。「襲うかもしれないからって、まだ何をしてない熊を危ないって、それで殺すのかよ?小熊だよ?可愛かったぞ?」僕は、次から次から出てくる不思議な気持ちを抑えきれず、叫んだ。
「危ないからって、誰かを傷つけるかもしれないからって理由で殺すなら、人間も殺せよ!」
そう言ったら、先生にビンタされた。
クラスからは、気味悪いモノを見る様な視線を向けられた。
意味が分からなかった。
僕が、熊を見たから、それを嬉しくなって話したから、あの小熊は殺される。
もしかしたら僕以外の人もあの小熊を目撃していて、僕が何を言わなくてもあの小熊は殺されるかもしれない。もしかしたら、殺されずに無事 山に帰るかもしれない。
でも、僕のせいであの小熊に危険が及ぶのは事実で、僕はそれがやる瀬なかった。
このままだと、僕があの小熊を殺したみたいじゃないか。
ちょっと前まで最高の気分だったのに、今は最悪な気分だ。
最悪な気分は放課後まで消えず、いつもはおかわりする夕飯もほとんど食べずに残し、結局そのまま最悪な気分で寝た。
夢を見た。
夢には、熊が出てきた。
それがどこの誰なのか分らなかったけど、僕は頭を下げた。
「ごめんなさい」
「絶対許さない」
熊は、怒りのこもった声で、そう言った。
もっともだ、そう思いながらも僕は頭を下げ続けた。
謝る以外にどうすればいいのか、わからなかった。
「忘れるな」熊は言った。「お前は、これから先も無自覚に誰かを傷つけ誰かの命を奪うこともあるだろう。だから、そいつらに悪いと本気で思うなら、死ぬ気で生きろ。お前の為に泣いたモノを侮辱するようなマネは、けしてするな」
「…うん」
「謝る必要はない。謝られても、嬉しくも何ともない。許す気なんてこれっぽっちもない。お前がすべきことは、今ここで聞いたことを忘れないことだ。いつの日か、『ただ生きているだけで罪を背負うのだ』ということを理解し、命に感謝して生きられるようになるまで、忘れるな」
「…はい」
僕は、よくわからなかったが、返事した。
変な夢を見た。
朝起きて、まずそう思った。
変な夢は、僕の最悪な気分を曖昧にしていた。
やらなければならないことがあったから、昨日の最悪な気分を引きずっている場合でもなかった。
夢の中で、僕は「忘れるな」と言われた。
忘れるなと言われたことの内容は、覚えているがよく分からない。
だから、僕は日記を書いた。
いつの日か〝忘れてはいけない事″を理解出来る日が来ると思うから。
忘れないように、夢を日記に書いた。
直接的な被害を受けたことがないから言えることだと思うのですが、私は『殺処分』という言葉が嫌いです。
この物語の「少年」は、まだ社会を知らない子、という意味です。