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大好きな18禁小説のヒロインに転生しましたが、そんな人生お断りです!

掲載日:2026/11/06

 自分が大好きだった小説のヒロインに生まれ変わったと知ったとき、私は手放しで喜ぶことができなかった。


 いや、最初は喜んだのだ。


 それはもう、たいへんに。


 なにしろ、その小説は私が夢中になって読んでいた作品だったのである。


 タイトルは『五人の王子と異世界の愛玩姫』。


 異世界恋愛ジャンルで絶大な人気を誇る、いわゆる大人向けのウェブ小説で、少女漫画とレディースコミックスとハーレクイーンロマンスを鍋でコトコト煮詰めてドロドロに溶けたような作品だ。


 現代日本の女子高生が、修学旅行中の飛行機事故に巻き込まれ、異世界へ転移する。


 ところが、転移した先で奴隷商人に捕らえられ、奴隷市場で競売にかけられてしまう。


 そこで彼女を買ったのが、とある国の第一王子だった。


 珍しいものが大好きなその王子様は、異世界からやってきた少女に興味を持ち、彼女を自分のものにする。


 そして、そこから始まる五人の王子との恋物語。


 第一王子に愛され、第二王子に奪われ、第三王子に執着され、第四王子に囲われ、第五王子に求められる。


 五人の王子はそれぞれ別の国の王族で、たったひとりの少女をめぐって敵どうしになり争うのである。


 なんという豪華絢爛。


 なんという逆ハーレム。


 しかも、王子たちはそろいもそろって美形で、身分も財産も権力も申し分ない。


 読んでいるぶんには、これほど楽しい小説もなかった。


 私は何度も読み返したし、好きな場面には付箋を貼りたいくらいだった。


 ところが。


 ある日、ふと気づいてしまったのである。


 自分が、そのヒロインになっているということに。


「…………」


 私は鏡の中の自分を見つめた。


 黒髪。黒い瞳。十七歳。


 どこからどう見ても、平平凡凡な日本の女子高生とか言いつつ、実際は目がぱっちりで、とってもかわいいのである。


 名前も、家族も、学校も、小説のヒロインと同じ。


 ただし、ひとつだけ決定的に違うことがあった。


 私は、飛行機事故で異世界転移する未来を知っている。


 そして、その後の未来は、あまりにもろくでもなかった。


「……うそでしょう」


 鏡の中の少女が、青ざめた顔でつぶやいた。


「まさか、あれ?」


 あれ、というのはもちろん、あの小説である。


 修学旅行。


 海外。


 飛行機事故。


 異世界転移。


 奴隷市場。


 第一王子。


 そして、五人の王子との恋愛。


「いやあああああっ!」


 私は頭を抱えた。


 冗談ではない。


 冗談ではないのである。


 小説として読むなら、王子様に取り合われるヒロインというのは、たいへん結構な設定だと思う。


 しかし、自分がそのヒロインになるとなれば話は別だ。


 知らない国に飛ばされ、知らない男たちに囲まれ、奴隷として売られる。


 そのうえ、五人の王子から次々に力ずくで溺愛され、憎み、やがて受け入れてしまう?


 結構です。


 たいへん結構ですから、どうぞほかの方をお探しください。


 私は普通に日本で暮らしたい。


 朝寝坊をして、学校へ行って、友達とおしゃべりをして、帰りにコンビニに寄って、新作のスイーツを買う。


 そんな、平凡だけれど平和な毎日が欲しいのである。


 王子様なんていらない。


 豪華な宮殿もいらない。


 ましてや、奴隷生活など、こちらから願い下げだ。


「そうよ」


 私は顔を上げた。


「飛行機に乗らなければいいんだわ」


 考えてみれば、簡単なことではないか。


 小説のヒロインが異世界へ転移した原因は、修学旅行中の飛行機事故である。


 ならば、その飛行機に乗らなければいい。


 事故に遭わなければ、異世界へ行くこともない。


 そうすれば私は、いつもの日本で、いつもの女子高生として暮らしていける。


 なんてすばらしい計画だろう。


 問題は、修学旅行が明日からだということだった。


 *


 修学旅行前日。


 私はまず、母に直談判した。


「お母さん、お願いがあるの」


「なあに?」


「修学旅行、行きたくない」


 母は包丁を持ったまま振り返った。


「……は?」


 無理もない。


 昨日まで、私は修学旅行を楽しみにしていたのだ。


 行き先は海外。友達と一緒。自由時間もある。


 普通の女子高生なら、胸を躍らせて当然だろう。


 しかし、私は普通の女子高生ではない。


 未来を知っている女子高生なのだ。


「お願い。どうしても行きたくないの」


「急にどうしたの? 楽しみにしていたじゃない」


「気が変わったの」


「今さら?」


「今さらなの!」


 母は困ったように眉を寄せた。


 当然である。


 私だって、自分の娘が突然こんなことを言い出したら、まず頭を疑う。


 けれど、こちらは命がかかっているのだ。


 私は父にも頼んだ。


「お父さんからも言ってよ」


「何を?」


「飛行機は危ないって」


 父は新聞から顔を上げた。


「飛行機は自動車より事故率が低いんだぞ」


「そういう問題じゃないの!」


 そういう問題なのである。


 いや、そういう問題ではないのだが、とにかく父は私の危機感をまるで理解してくれなかった。


 翌日、学校でも担任の先生に相談した。


「先生、修学旅行を欠席したいです」


「具合でも悪いのか?」


「心が」


「……心?」


「心が、飛行機に乗りたくないと言っているんです」


 先生はしばらく私を見つめ、それから真面目な顔で言った。


「何か悩みがあるなら、話してごらん」


 しまった。


 これはまずい。


 先生は本気で心配している。


 まさか、十八禁ウェブ小説のヒロインに転生したので、修学旅行中に飛行機が墜落して異世界へ行く予定です、などと言えるわけがない。


 言ったところで、保健室送りが関の山だろう。


 こうして私は、家族にも先生にも理解されず、そして先生の未来がエグいことも打ち明けられず、修学旅行当日を迎えた。


 *


 空港は、浮かれた女子高生でいっぱいだった。


 大きなスーツケース。おそろいの旅行バッグ。スマートフォンを片手に写真を撮る友人たち。


 みんな楽しそうである。


 実に楽しそうである。


 そして私は、ひとりだけ葬式にでも参列するような顔をしていた。


「ねえ、どうしたの?」


 友人が顔をのぞき込む。


「お腹でも痛い?」


「痛くない」


「じゃあ、どうしてそんな顔してるの?」


「人生について考えてるの」


「修学旅行の朝から?」


 あなたたちは知らない。


 この旅が、人生最後の平和な旅行になるかもしれないということを。


 私は最後の抵抗を試みた。


「ねえ、やっぱり飛行機に乗るの、やめない?」


「またそれ?」


 友人は笑った。


「大丈夫だって。みんな一緒なんだから」


 違う。


 そうじゃない。


 みんな一緒だから怖いのだ。


 小説では、ヒロインだけではなくクラス大半が異世界へ転移する。


 けれど、実際に何が起こるのかはわからない。


 私の知っている物語と、現実の展開が完全に一致する保証など、どこにもないのだ。


 それでも、飛行機に乗らなければ、少なくとも私は助かるはずだった。


「お願い。私だけでも残らせて」


 しかし、先生は容赦がなかった。


「全員そろってから搭乗します。勝手な行動をしないこと」


 ああ。


 なんということでしょう。


 学校というところは、どうしてこうも融通が利かないのだろう。


 結局、私は先生に促されるまま、飛行機に乗り込んだ。


 窓際の席だった。


 外には青空が広がっている。


 美しい空だ。


 これから起こることさえ知らなければ、きっと感動しただろう。


 私は座席に深く腰を下ろし、シートベルトを締めた。


「……神様」


 小さくつぶやく。


「お願いですから、今日だけは私の味方をしてください」


 飛行機が動き出した。


 そして、離陸した。


 *


 最初のうちは、何事もなかった。


 友人たちはおしゃべりに夢中で、機内食の話や、現地で買いたいお土産の話をしている。


「ねえ、免税店って何があるかな?」


「ブランドのバッグ見たい!」


「私はコスメ!」


 私は笑うことができなかった。


 時計を見る。


 まだ大丈夫。


 窓の外を見る。


 まだ大丈夫。


 また時計を見る。


 小説の冒頭では、離陸してしばらくした頃に事故が起こる。


 お願い、私の妄想であって……。


 お願いだから、何も起こらないで。


 そのときだった。


 ゴォォォォッ!


 機体が大きく揺れた。


「きゃっ!」


「なに?」


「ちょっと、怖いんだけど!」


 あちこちから悲鳴が上がる。


 私は座席の肘掛けをつかんだ。


 まさか。


 いや、そんなはずはない。


 もう少し先だったはずだ。


 そう思った直後、機体が再び大きく傾いた。


 頭上の照明が点滅する。


 機内にざわめきが広がった。


『お客様にお知らせいたします。ただいま機体に異常が発生しております』


 機長の声が流れた。


 私は息をのんだ。


 嘘でしょう。


 嘘だと言って。


 窓の外で、まばゆい光が走った。


 雷だった。


「いや……」


 私は首を振った。


「いやよ、こんなの!」


 どうして?


 あれほど嫌だと言ったのに。


 あれほど必死に逃げようとしたのに。


 母にも父にも先生にも頼んだ。


 友達にもお願いした。


 それでも、私はここにいる。


 そして、物語は始まってしまった。


「誰か、助けて……!」


 視界が白く染まる。


 悲鳴も、揺れも、何もかもが遠ざかっていく。


 最後に思ったのは、たったひとつだった。


 ――こんなことなら、もっと本気で逃げればよかった。


 *


 目を覚ましたとき、私は草の上に倒れていた。


「……う」


 身体を起こす。


 目の前に広がっていたのは、見知らぬ森だった。


 木々は大きく、空は不自然なほど青い。


 太陽も、どこか見慣れない。


 ここはどこだろう。


 そんなことを考えるまでもなかった。


 私は知っている。


 ここがどこなのか。


「まさか……」


 小説の冒頭に登場した森。


 ヒロインが最初に目覚めた場所。


 つまり、ここは。


「異世界……?」


 声が震えた。


 少し離れたところで、人影が動いた。


「先生!」


 私は立ち上がり、駆け寄った。


 倒れていたのは、同じ飛行機に乗っていた女子生徒たちだった。


 その数は、女生徒の半数ほど。


 そして、引率の女性教師たちもいる。


「みんな、大丈夫?」


「痛い……」


「ここ、どこなの?」


「先生、帰りたい……」


 泣き出す子もいた。


 先生たちも困惑していたが、さすがに大人である。


「みんな、落ち着いて。まずは怪我がないか確認しましょう」


「先生、スマホが使えません!」


「電波もありません!」


「どうしよう……」


 私は周囲を見回した。


 ほかの生徒たちはいない。


 男性教師たちもいない。


 私たちだけが、ここにいる。


 いや。


 違う。


 私たちだけが、ここに転移したのだ。


 そのとき、遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。


 私は顔を上げた。


 *


 現れたのは、武装した男たちだった。


 馬に乗った男たちは、私たちを見るなり、何やら声を上げた。


「何だ、あれは」


「見たことのない女たちだな」


「珍しい衣装を着ている」


 先生が前に出た。


「私たちは旅行者です。どうか助けてください!」


 もちろん、通じなかった。


 男たちは私たちの言葉を理解できないらしく、互いに顔を見合わせている。


 そして、ひとりが笑った。


 嫌な笑い方だった。


 私は友人の手を握った。


「……ねえ」


「なに?」


「逃げよう」


 けれど、遅かった。


 男たちは私たちを取り囲んだ。


「全員、連れていけ」


 その声を聞いた瞬間、背筋が凍りついた。


 知っている。


 この展開も知っている。


 小説の中で、ヒロインが捕らえられた場面だ。


「いやです!」


 先生が叫んだ。


「この子たちはまだ学生なんです! 私たちは何も悪いことをしていません!」


 しかし、男たちは聞く耳を持たなかった。


 腕をつかまれ、引きずられる。


 悲鳴が上がる。


 誰かが泣いている。


 私は必死に抵抗した。


 けれど、相手は大人の男たちで、こちらは武器も何も持たない女子高生である。


 勝てるはずがなかった。


 こうして私たちは、見知らぬ男たちに連れ去られた。


 *


 奴隷市場というものを、私は本の中でしか知らなかった。


 だから、そこに立たされたとき、最初は何をされているのか理解できなかった。


 鉄格子。


 大勢の男たち。


 値踏みするような視線。


 そして、競売台の上に並べられた私たち。


「……うそ」


 隣の友人が震える声でつぶやいた。


「ねえ、これって……」


 答えたくなかった。


 答えたくないけれど、答えはひとつしかない。


「奴隷市場よ」


 友人の顔から血の気が引いた。


「そんな……」


「帰りたい……」


 別の子が泣き始めた。


「お母さんに会いたい……」


「お願い、帰して……」


 女性教師たちは、生徒たちを守ろうと必死だった。


「この子たちは未成年です! どうか、別々にしないでください!」


 しかし、奴隷商人は冷淡に言った。


「商品のクセに喚くな!」


 商品。


 私たちは商品なのだ。


 人間ではなく、売り物。


 その事実が、じわじわと胸に染み込んできた。


 やがて競売が始まった。


 ひとり、またひとりと、私たちは買い手に引き渡されていく。


 裸に剥かれ値踏みされ値段が付いていく。


「いやああっ!」


「先生!」


「待って! 離して!」


 友人が私に手を伸ばした。


「助けて! お願い!」


 私も手を伸ばした。


 けれど、届かなかった。


 彼女は別の買い手に連れていかれる。


「いや! 行きたくない!」


 その声が遠ざかっていった。


 先生たちも、別々の貴族や商人に買われていった。


 生徒たちを守ろうとしていた先生が、最後までこちらを振り返っていた。


「みんな……どうか、無事で……!」


 その姿が人混みに消える。


 私は一人になった。


 どうしよう。


 どうすればいいのだろう。


 これは恋愛小説なんかではない。


 少なくとも、今の私にとっては。


「次!」


 競売人の声が響いた。


 とうとう私の番だった。


「こちらも大変珍しい異国の娘でございます!」


 私は俯いていた。


 見ないでほしい。


 誰も私を見ないでほしい。


 誰も買わないでほしい。


「美しい黒髪に黒い瞳! このような娘は、なかなかお目にかかれません!」


 やめて。


 そんなことを言わないで。


 私はただの女子高生なのだ。


 珍しい骨董品でも、異国の宝石でもない。


 お願いだから、誰も手を挙げないで。


 そのときだった。


「私が買おう」


 よく通る、落ち着いた声がした。


 私は顔を上げた。


 会場の奥に、一人の青年が座っていた。


 金色の髪。


 整った顔立ち。


 仕立てのよい衣装。


 周囲には護衛らしい男たちが控えている。


 その姿を見た瞬間、私の心臓が嫌な音を立てた。


 知っている。


 もちろん、知っている。


 忘れるはずがない。


 何度も小説の挿絵で見た顔だ。


 第一王子。


 レオンハルト・フォン・リューデン。


 珍しいものが大好きで、異世界から来たヒロインを最初に買った男。


 そしてヒロインに異常な執着を示し、何度奪われても奪い返すのだ


 てか、どうして何度も奪われる!


 その人が、今、目の前にいる。


「ほう。君が例の異国の娘か」


 彼は興味深そうに私を眺めた。


「実に珍しい。こんな髪色も瞳も、見たことがない」


 その目には、好奇心が浮かんでいた。


 まるで珍しい動物でも見つけたような目だった。


 私はぞっとした。


 やめて。


 そんな目で見ないで。


 私は珍しいものではない。


 あなたのコレクションでもない。


「この娘は私が引き取ろう」


 王子は、あっさりと言った。


 競売人が嬉しそうに頭を下げる。


 木槌が打ち鳴らされた。


 落札。


 その瞬間、私は悟った。


 終わった。


 私の人生は、ここから始まるのだ。


 大好きだった小説の、あの物語が。


「さあ、おいで」


 第一王子が手を差し伸べた。


 私は動けなかった。


 彼は不思議そうに首を傾げる。


「どうした? 怖がらなくていい」


 怖いに決まっている。


 あなたが、誰よりも怖いのだ。


 あなたの後ろには、まだ四人も王子の順番が控えている。


 私はその先に何が待っているのか、知っている。


 知っているからこそ、行きたくない。


「……いや」


 声がかすれた。


「私、行きたくない……」


 けれど、誰も聞いてはくれなかった。


 護衛の男が私の腕を取る。


 私は抵抗した。


 けれど、その手を振りほどくことはできなかった。


 そして、私は第一王子の前へと連れていかれた。


 ああ。


 なんということだろう。


 私は大好きだった小説のヒロインに生まれ変わった。


 けれど、ヒロインになりたかったわけではない。


 王子様に愛されたかったわけでもない。


 ただ、普通に生きていたかっただけなのに。


 こうして私は、第一王子に買われた。


 そして、私の望まない物語が、とうとう始まってしまった。


 宮殿に連れて行かれ、侍女たちに香油入りの風呂に入れられ念入りに洗われる。


 その意味を私は小説で知っているのだ。

(おしまい)

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