ヴァレンティア・デー!燃え盛る恋の調理実習
このお話はアストリア戦記 第一章の登場人物が出てきます(第30話からですが、一応そこからでも読み進めることも可能です)。
—とうじょうじんぶつ—
[ピコラス=ライナス](12)
レイン=レグナスの親友。レインとは同じ孤児院出身で、毎日放課後に剣術の訓練を重ねている。ダウナー基質で、かっこいい技の名前を考えるのが好き。武器はロングソード。
[リリア=アリア](12)
この物語の主人公の女の子。異常なステータスを有する蝿の魔物"ヴェスパ"に対する唯一の特攻である『銀の焔』の魔法を使用できる。銀の焔は、分け与え、火継ぎすることで他の部隊もヴェスパとある程度戦えるようになるが、負の感情(瘴気)が場を支配すると焔はかき消されてしまう。毎日戦場に呼び出され、疲弊してきているようだ。レインと同じクラスで一番前の席。武器は両手杖"ハーモニクスヴェガ"。
[レイン=レグナス](12)
この物語のもう一人の主人公の男の子。幼き頃にゼルディッシュに拾われ孤児院で育ち、エオルーン魔導学校に通う生徒。
"アルタイルエッジ"と名付けたショートソードの手入れを欠かさず、親友と毎日剣技に没頭している。技を繰り出すときは毎回声を張る。
激戦続きで疲弊してきているリリアを心配しているようだ。
[ミツキ](??)
エオルーン魔導学校に途中入学してきた女子生徒。突如現れレインに接触する。紫色の宝石のような瞳に、"絵本や童話から飛び出してきたお姫様"のような容姿を持つ。途中入学して速攻でクラスの人気者。リリアの前で彼女の話題はあまり出さない方がいいかもしれない。
[マーロット=フィーリス](12)
マイペースで、自分の世界観を大切にしている子。名前を間違えられるとキレる。
[フィルナス=イングス](26)
リリア、レインのクラスの担任教師。"自由の意思"を原動力とする風の魔導師で、アネットと協力してリリアと戦場に転送することができる。レインの影響か、リリアの様子が変化しつつあることに気づいているが、教師としてどう向き合うべきか、悩んでいる。
[ヴェスパ]
アストリアに突如現れたヒトの骨格を持つハエの魔物で、放っておくと人類の歴史を塗り替えてしまう『夕闇』。
様々な個体が存在するが、共通点として通常の刃物を通さない頑丈な外殻、並外れたパワーに、蝿ならではの異常なスピードと反射神経を併せ持つ。
シルベニア王国を陥落させた後、3年でアストリアに存在する13の国のすべての城を陥落させてしまった。
装備やヒトの能力を奪いながら人々を蹂躙・繁殖し、剣技に長けたタイプや炎に耐性を持つ個体が出現している。
——調理実習——
普段の実習ならば、何気なくレシピに従い、指定された食料を完成させ、仕上げる儀式のようなものに過ぎないのかもしれない。
しかし今日、俺はそんな事を言ってしまえば確実にしばかれる。
何を隠そう、今日はただの調理実習などではない。
血筋を持つ魔導士であろうと、血筋を持たぬ者だろうと関係なく、誰もが使える“相手に気持ちを伝える魔法”の威力が問われる、ヴァレンティア・デーなのだ。
この日は、とある食べ物に意思を込めて、気持ちを伝える魔法と共に相手へとプレゼントする日だ。一般的には女性が意中の男子へと贈るのがスタンダードだが、まあ人によってそのあり様は様々だ。
というわけで、いま、この調理実習教室は様々な思惑が交錯している。今日、実習で完成させるものは“チョコレートマフィン”だ。
──申し遅れたが、俺は“ピコラス”。この調理実習でちょうど同じ班となった、“リリア=アリア”と親しい“レイン=レグナス”とは親友で、しょっちゅう剣の訓練や、新しい技の開発・命名を続けている。
彼女は、やはり張り切っている。いつもは銀の髪のツインテールだが今回は調理実習で束ねており、桜色のバンダナにエプロン姿がなんだか似合っている。
彼氏のために力作のマフィンをバッチリ仕上げるべく、気合いバッチリだ。
・・・
違和感……
(こいつら、付き合ってるってことでいいのか?)
告白したっていう話は親友のレインからも聞かない。
まさか、曖昧なままにしているのだろうか。
アイツなら物凄くありそうだ。だとすれば、良くない、非常によろしくない。そんなヤツの存在が許される世界は恐らくライトノベルの主人公くらいだろう。
目の前のリリアちゃんはとりあえずは機嫌良さそうにしている。親友の恋人…かどうかわからないあやふやな女子。こちらとしてもどう接していいか非常に困るが、ひとまず、この子の機嫌を損ねずにマフィンを完成に導くのがこのクエストのクリア条件といったところだろう。
レインによれば、この子は一旦機嫌を崩すと制御不能に陥るらしい。それはどうやら地雷原の様なものだという。例えばつい先ほど俺が思案したことなんかは、絶対本人の前で触れてはならない“特級地雷”に当たるはずだ。
(とりあえず……)
「リリアちゃん、上手くできあがるといいね」
「うん!よろしくね、ピコラスくん」
「よ、よろしく」
「フッ」
可愛いらしいリリアちゃんの返事と俺の返答にカウンターを返す様に冷笑めいた笑いが横からこぼれる。
今回は束ねているが、同じく一緒の班になった、黒く長い髪、泣きぼくろの女の子は“ムーロット=フィーリス”。ダウナー気質の俺すらも超越したマイペースで、“自分の世界を大切にしている”ミステリアスな女の子だ。この調理実習では……彼女をうまいことリードすることが必要になるだろう。
いけない、リリアちゃんがムーロットちゃんの独特な世界観にカルチャーショックを起こしかけている!
ここは……。
「“ムーロット”ちゃん、よろしくな〜。上手いこと完成させようぜぃ」
「は?私、“マーロット”だけど?」
(やっちまった・・・!)
「ご、ごめんごめん。“マーロット”ちゃん!あはははは」
「ちっ」
この調理実習は、班の空気が終わり、瘴気が立ち込めるとクエスト失敗と言っていい。瘴気のもとで作られたチョコレートマフィンを親しいものに贈るのは、流石に正気の沙汰ではない。
そして今、調理が始まる前からもうやばいところまで来ている。
レインの奴は一体──
アイツはどうやら、真面目に実習書を読み込んでいる。普段見れない、エプロン姿のリリアちゃんには目もくれない。本当にラノベの主人公の様な⚪︎⚪︎野郎だ。……いや悪くいうのは良くない。アイツは釣りでもなんでも趣味の世界に入るととことんのめり込む奴だった。
──
「みんな。ここまではいいかい?」
前で解説するのは、アストリア13国の一国“ビストランド”出身の調理講師、ピエール先生だ。
料理には意思の力が宿り、完成した料理そのものが魔法となる。そこには魔導士の家系といった、血筋など超えた効果があるという。そんな意思の力のこもった料理を極めた達人が集まるグルメの大国“ビストランド”、悍ましい魔物“ヴェスパ”さえいなければ俺もぜひ訪れてみたい場所である。
だが、いかんせん、ピエール先生は早口すぎてなかなかついていけない子もいそうだ。
実習書には書いてあることではあるが、じっくり読めば──
「〜♪」
(もう始めている!?)
機嫌良さそうにリリアはボウルにたっぷりのバターを砂糖をまぜまぜしている。分量は確認できなかった・・・。
「油ってたくさん入れてもいいんだよね?」
(それは違う作品とニアミスするからやめろ!!)
「あ、油は少しずつでいいんだよ」
「ふーん?」
ボウルに継ぎ足されるそれは、俺が思う“少し”ではなかった。どうやらこの子、ノリで分量を決めている…。
だが、機嫌と雰囲気はどうやら改善が見られる。こっちの方がよければ多少は目をつぶろう。
そして、マーロットちゃんにも、何かしてもらおう。
「マーロットちゃん、今のうちに、玉子をとこうか」
「・・・」
玉子を使った料理は、シンプルな料理でも特に意思の力が直に現れやすいという。
それはまず、そのすべての始祖、卵を割るという動作から始まる──
「……」
俺の目の前には、粉々の殻が入り混じったボウルが差し出された。
マーロットちゃんは知らんぷりをして目を逸らしている。
リリアちゃんは夢中で生地のもとをまぜているが、その様を目撃していないものには、この絵面は俺が玉子を破壊した様にも見える。
こいつマジで覚えとけよ…と言いたいところだが、俺が瘴気を発する元となっては元も子もない。リリアちゃんが夢中なうちに、速攻で殻を取り除くことにした。レインとの剣術の日々を思い出し、俺は極限まで集中力を発揮させた!
「おお〜」
声。そして人だかりが出来ている。
小声で話す生徒の声がヒソヒソと俺の耳にも聞こえてきた。
あれはクラスの人気者の途中入学生、ミツキちゃんの班だ。片手で玉子を割り、華麗に生地づくりを進めているらしい。中には髪を束ねエプロン姿の彼女をみたいだけの奴も混じっている。
ま、当然じゃろう。ミツキくんがとんでもなく器用な事はワシにとって当たり前。ワシがとうの昔にすぎた道じゃ。片手で玉子を割ったことくらいで別に──
“ドンッ”
(・・・)
今誰かが机殴った!?
「あの、リリアちゃん?」
「なに?」
「いや・・」
本来であれば生地は玉子を入れた後で組み合わせたパウダーを継ぎ足し、混ぜるという工程で教わっている。“グ⚪︎ットン”とかいう何かが出てしまうためらしい。
──が、あれれーおかしいぞ、溶き卵はここにある。
そしてどうやら、油の量が減っている。卵が来るまでの間、彼女は油で生地を混ぜてしまった様だ。パウダーの配合は非常に重要だがもちろん確認はできていない。ここは本で読んだ"誰かを認め、信じ抜く力"が必要だろう。
「え、えっと、リリアちゃん。玉子とミルク、足すね」
「フッ」
マーロットなにわろてんねん。ほんまにしばくぞ。
……レインの気持ちが、1ミリだけわかった気がする。告白しないのは良くないが、とりあえずこの子の伸び代は凄まじいということは理解できた。
あとは、リリアちゃんが溢れんばかりのチョコレートを入れてくれる。そして、必死な想いで一周した俺たちは魔法のオーブンを予熱するという事を忘れるほどに熱中し、その分燃え盛るような温度に設定した。
俺は実感した。このすべての工程に、しかるべき理由がある。だから、なにが完成しようとこの想いは相手へと届く。
途中から俺がリリアちゃんの地雷を踏んだ気がするが、完成すればきっと帳消しだ──
──
そして、出来たものは。
「わぁ〜・・・・・・」
”ダークマター“
という言葉が脳裏をよぎった。ふわふわではなく、ねっとりとしてずっしりと、”重い“。
結果はどうあれ、その工程には彼女なりの想いがこもっているのには違いない。ただ、悪いがフォローの言葉が見つからなかった。
いったいそれをどうするつもりだ。
「フィルナス先生にあげよっと」
ヤバいという自覚はあって、でもあげるんだ・・・。
こいつはつくづく、“おもしれー子”だ。
「よ、よろこふよ。きっと」
「フッ」
おしまい
AI非使用




