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【短編小説】上階の怒声は

掲載日:2025/12/27

 おれは間取りの書かれた何枚かの紙をめくって首を横に振った。

「もう少し安いと良いんですけど」

 わざとらしい大きなため息を吐いた不動産屋は、やたら緩慢な動作で一枚の紙を取り出しながら

「あんまりお薦めしませんよ」

 と言った。

 そして青いストライプスーツの下に押し込めた、全身を駆け巡る大量の不満を出すような暗く長い暗渠の様なため息を吐いた。

 その紙には告知事項あり、とあった。


 まぁ手数料も安いし空き部屋を埋めたってボーナスも出ないんじゃヤル気にならんよな。

 おれは一定の理解を示しつつその用紙を眺めながら、それがどんな事故物件なのか訊いた。

 青ストライプスーツの筋肉質で色黒な不動産屋は言った。

「別にその部屋そのものじゃないんですよ、告知事項があるのは」

 そしてまた暗渠みたいな陰鬱で長いため息を吐くと、事務員の女に合図をした。


 今どき珍しい名古屋ロールの事務員ガールが置いたコーヒーを飲んで、ストライプスーツの不動産屋は「薄……」と呟いた。

 確かに薄いコーヒーを舐めながら、おれは続きを待った。

 その薄いコーヒーを飲んだ色黒筋肉ツーブロックの青ストライプ不動産マンは、ようやく腹を決めて一息に告げた。

「実際に事故があったのはご紹介している部屋の真上にある部屋なんです。そこはもう別の方が住んでいまして……まぁ、言ってしまえばその方が原因で、いまご紹介しているお部屋が安くなってるんですけど」


 どう言う事かは行けば分かりますよ、と言いながら色黒筋肉青ストライプスーツの不動産屋は、刈り上げたばかりであろう新鮮なツーブロ頭を撫でながら立ち上がった。


 知らない街を行くのは不安と新鮮さがつきまとって、知っているチェーン店も知らない店みたいに見える。

 この街で生活していけるんだろうか。

 色黒筋肉ツーブロックが運転する営業ナンバーのエコカーは、静かに目的のマンションに近づいた。

 築浅のマンションは外壁に雨染みひとつなく、陰惨な事件があったとは感じさせない綺麗な建物だった。


「どうぞ」

 色黒筋肉ツーブロックの青ストライプ不動産は、営業カバンから使い捨てのスリッパを寄越しながらおれを部屋に通した。

 部屋の中は広々とした1LDKで、白い壁も樹脂サッシもピカピカの新品みたいに見えた。

 悪く無いどころか、良い部屋に思えた。

「この部屋自体には被害とかは無かったので、綺麗ですよね」

 青ストライプスーツの色黒筋肉ツーブロックの不動産屋は便器と同じくらい白い歯を見せて笑った。

 だがその白い歯と同じくらい目玉の白い部分は、笑っていなかった。


「いつまでもメソメソすんな!」

 唐突に上の部屋から絶叫が聞こえた。

 これか、と思った。想像より激しい怒声が響いている。

 青ストライプスーツの色黒筋肉ツーブロック不動産は、細い眉毛を微動だにさせず、相変わらず便器と同じくらい白い歯を見せて笑うだけだった。


 上階の怒声は続いていた。

「それは社会のせいじゃねぇお前のせいだ!」

「それはお前が悪いんだよ!」

「考え方が甘いんだ!お前の人生はお前がケツ持つしかねぇんだよ!」

「そうだ自己責任だ!お前が決めるんだよ!」

「うるせぇ!泣いたって解決しねぇ!」

「社会はお前の親父じゃねぇんだ!」

「いつまでもこんなところに残ってんじゃねぇ!」

 上の階に住む男はひたすら誰かに向かって怒鳴り散らかしている。


 確かに、これは告知事項アリの事故物件だ。

 おれは天井にやっていた視線を、青ストライプスーツの色黒筋肉ツーブロック不動産屋の丹精な顔面に付着した便器と同じくらい白い目にやった。

 青ストライプスーツの色黒筋肉ツーブロック不動産屋は、細い眉毛の下にある便器と同じくらい白い目の真ん中にある穴より暗い瞳孔を開いて

「まぁ、そう言うことです」と言うと、便器と同じくらい白い歯で笑った。

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