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その元勇者、暗躍につき  作者: シシオドシ


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9/10

●退魔師協会

 幸徳井の分家を出た天元が次に向かったのは本来の目的地である場所。分家の屋敷からタクシーで5分、ほどなくしてそこにたどり着いた。そこは日本での有数の名の知れた場所であった。



 『春日大社』



 国と国民の平和と繁栄を祈る由緒ある神社であり、世界文化遺産にも認定されている。朱の社殿の優美さは一目見れば引き込まれては虜にされ、節分とお盆に行われる『万燈籠』は実に幻想的で、その際には多くの参拝客と観光客で身動きが取れなくなるほどだ。


 そんな奈良県でも有数の観光地である春日大社で天元はタクシーを降りる。

 カメラを構える観光客らを避けながら宝物殿を通り二の鳥居をくぐると、天元は人の波から外れて美しくも荘厳な社殿とは別方向へと脚を進める。


 進んだ先にあるのは社務所だ。

 社務所は神社の事務所のような場所であり、神事の受付をする者や業者の人間、或いは迷子や落とし物といった、それこそ用事がなければ関係者以外は来ることはない施設。

 初夏になり緑が濃くなりつつある樹木に囲われた通りを天元は迷いなく社務所へと向かう。その足取りは明確に彼の目的がそこなのだと告げている。


 社務所にたどり着いた天元は玄関扉を躊躇無く引き開けた。

 中に入ると直ぐ左手に受付がある。ガラス張りの受付。中は神社には似つかわしくないスチール製の机や棚が設置されており、机の上には雑多にファイルが積み重ねられているまれている。


 中では2人の職員が談笑をしていた。

 人が入ってきたことに気付いたのか2人職員が同時に天元へと振り向く。

 職員と目があった天元が頷く程度にお辞儀をすると、職員も座ったまま軽く頭を下げただけで、それでおしまいとばかりにまた談笑を始めてしまう。

 天元も職員の態度を気にするでもなくそのまま奥へと進んでいく。

 

 幾度もの改装と増築で意外と複雑となっている社務所の廊下も迷いなく進み、突き当りにとなる扉の前で立ち止まった。

 鉄製の無機質な扉の上部には『倉庫』と書かれた古びたプラスチック製のプレートが掲げられている。

 天元はひやりとする取っ手に手をかけると扉を開けた。

 中はプレートに書かれた通りの倉庫らしい場所で、多くの段ボールや祭事の道具と思しきものなどが置かれた棚が並んでいる。


 天元は倉庫へ入ると扉を閉めると以外な行動に出る。


 閉めた扉の前で立ち止まったままの天元はポケットから何かを取り出した。

 それは特徴的な意匠が施された鍵だった。

 持ちての部分には丸い輪の中心に星方の枠があり、それぞれの星の頂点には色違いのガラス玉みたいなものが埋め込まれている。

 鍵部分も独特で、鍵として最も大事な刻みは無くスルリとした金属棒に複雑な紋様が描かれていた。


 すると天元はその鍵を徐ろに今閉めたばかりの扉の鍵穴へと挿しこんだ。そして小声で何かを呟くと鍵を回す。


 カチンという音が鳴った。


 天元は鍵を引き抜くと再び扉を開ける。



 すると不思議な現象が起きた。

 扉の先に見えたのは先程通ってきた《《廊下では無く広々とした空間が広がっていた》》。

 そこは企業のロビーのような内観をしている。


「幸徳井様、ようこそおいでくださいました」


 そう声を発したのは突如現れたロビー中央に設置されたカウンターにいる女性だった。

 この女性も先程まではいなかったはずだ。そもそも増築でつなぎ合わせたような古びた廊下はどこにも見当たらない。白を貴重としたデザイナーズの洒落た室内はもはや別空間に来たとしか言えない。


 女性はそうすることがさも当然のように綺麗なお辞儀をし天元を出迎えた。


「召喚に応じた」

「存じ上げております。どうぞ《《地下3階会長室》》へ」


 この状況に天元は一切の驚きを見せない。別空間に来たことも、女性が突然現れたことも、それが当たり前だと態度に示す。


 だがそれもそのはずだ。

 何しろこここそが天元の目的の場所なのだから。



 『退魔師協会本部』



 ここは『陰陽師』や『斬の一族』など、《《異形と戦う者たち》》の本拠地である。


 『退魔師協会』、その存在を知る者は極僅かだ。政府でも限られた権限を持つ者だけが知らされ、例え国会議員であってもおいそれと明かされることは無い。それどころか知らない者の方が圧倒的に多いだろう。

 そもそもの話、『陰陽師』や『斬の一族』という存在が現代日本で活動しているなど国民の誰も考えていないだろう。『陰陽師』などフィクション世界の存在だと思っているものが大半のはずだ。そして彼らが相対する異形の存在、『妖魔』の存在もまたしかり。


 存在が秘匿されるには理由がある。

 人は未知なる存在を知ったらどうなるか?

 それは混乱を招き恐怖を生む。

 そしてその混乱や恐怖といった《《負の感情は妖魔をこの世に定着させる源》》となる。


 だからこそ国は、《《世界》》はその存在を隠す。

 人々に未知の存在を隠すことで《《世界を脅威から守っている》》。



 天元はカウンターの女性に促されカウンター隣にあるエレベーターへと進む。

 エレベーターの表示を見ると、ここが地下1階なのだというのが分かる。そして地下は4階までありエレベーターに上階は無い。

 天元はエレベーターに乗り込むと『B3』のボタンを押す。扉が閉り動き出すエレベーター。階表示がスルスルと回りる程なくして地下3階に到着すると小気味よい音が鳴った。


 天元が降りた地下3階、そこはそれこそ企業のオフィスのように見える。

 地下であるがゆえに窓こそ無いが、社務所の曲がりくねった廊下とは違い長く真っ直ぐな廊下。両側はパーティション仕切壁で等間隔で扉が並んでいる。その整然とした機能的な景観は由緒ある神社の施設とは思えない。ましてや地下にこのような場所があるなど地上の観光客は思いもしないだろう。


 地下3階フロアの一番奥に位置する場所、立派な木製扉の前まで来ると天元は三度ノックをする。


『入れ』


 中から返ってきたのは低い男性の声。

 立派な扉は重さを感じさせないスムーズさで開いた。


 中には一人、真っ白な御髪の偉丈夫がいた。


 随分と高身長で2m近く、体格は屈強な格闘家を思わせるガッシリとしたもの。ぴっちりとしたスーツを来ているだけにやけにその肉体が強調される。眼光は鋭く生気に満ちている。ただ顔に刻まれた皺は多く深く、真っ白な御髪と髭が老齢さを伺わせていた。


「おぉ天元、やはりおんしが一番にやってくるか」


 偉丈夫の威厳のある低音が室内に響く。

 室内だというのに偉丈夫の声は大きい。

 

 天元は偉丈夫へと頭を深く垂れた。


「《《先生》》、ご無沙汰しております」


 明らかな敬仰が表立った仕草と言葉に偉丈夫は困ったような苦笑いを浮かべる。


「先生などと儂を呼ぶのは、いい加減『五家』の当主として示しがつかんのではないか?」

「いえ、恩義と礼節を守れぬようではそれこそ当主の名折れとなりましょう」

「よう言うわい」

「あなたに教わった事はそれだけ私にとって代えがたいものなのですよ。それに『退魔師協会長』の肩書も、『陰陽五家筆頭当主』の肩書も、そう呼ぶにふさわしいものだと思いますよ。『土御門定義(つちみかどさだよし)先生』」


 一切の偽りを感じさせない真っ直ぐな天元の言葉に、偉丈夫こと『土御門定義』は諦念したように目を細め、「分かった分かった」と手を揺らしてソファーに腰を下ろす。

 定義に促された天元も定義の対面に腰を下ろすと居住まいをただした。


「世間話でもといきたいところではあるのですが・・・・先生、『あれ』はどういった要件でしょう?」


 間髪入れず問いかけた天元の顔は先程までとは違う『当主』のそれになっていた。

 定義は天元を真っ直ぐ見据えそれから一拍して「なるほど」ともらす。


「おんしも何も知らないのだな」


 その謎掛けのような言葉に天元は眉間を僅かに寄せた。


「何も知らないとは、一体どういう意味でしょうか?」


 黙す定義に天元が問い返す。そこには苛立ちや憤りはなく単純な疑問。

 定義は丸太のような腕を組むと深く息を吐いた。


「言葉のままじゃよ。細かな内容は皆が集まってからするが、今回のことに関してはあまりに分からない事が多い」

「謎の発光現象、でしたか」

「うむそうじゃ。それが何でどういったものなのか、正直わしらも何も分かっておらん。だから知っておるものがいないか確認も兼ねて全当主を集めた」


 定義の話に天元はやっぱりかと内心で納得する。

 それは天元がまさに考えていたことだ。


 協会は今回の事を何も分かっていない。


 ただそれだけに別な疑問も湧いてくる。


「分からない? それなのに全当主を、でございますか? それは些か事を荒立てすぎているような気がするのですが。前回我ら退魔師協会所属の当主を集めたのは、あの『海洋の厄災』、位階『紫』の最上位妖魔でした。今回のがそれに匹敵されると?」


 天元はそれが疑問であり弟の処へ寄り情報を集めたりこうして早めに脚を運んでいた。

 全部の当主を集めるなどそれこそ国家の危機に相当する案件以外ではありえない。だというのにこの度の召喚は緊急性を然程感じないのだ。翌日の夜に集まることは普通に考えれば緊急かも知れないが、彼らが相対する脅威は一分一秒で多くの人々が犠牲になるような存在だ。それであれば全当主を集めなければならないような事態が起きたのならば即日に集めるのが妥当だろう。

 その疑念をぶつけた天元は次の定義の言葉に絶句することになる。


「今回のは『海洋の厄災』位階『紫』よりも脅威となるやもしれん」


 事態は天元が予想していたよりもずっと深刻であった。

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