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その元勇者、暗躍につき  作者: シシオドシ


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7/10

●謎の発光現象

「お父様、『協会』から連絡が来ております」


 幸徳井(こうとくい)家の当主である天元(てんげん)が書斎で書類に目を通していると、扉がノックされ一人の少女が入ってきた。

 天元は無作法に怒るでも無く目を柔らかくさせると、手にしていた書類の束を机へと置いた。


「あ、申し訳有りません。今はお忙しかったですか、お父様?」

「いや問題ない。ちょうど一段落したところだ。ところで協会からは何用か?」


 入室したのは天元の娘である花純(かすみ)であった。

 花純は自分が返事を待たずに入ってしまったことに気が付き慌てて頭を下げる。天元は愛娘に気にするなと軽く手を振ると、優しくも威厳のある声で問いかけた。


 花純が持っているのは一つのタブレット。

 古い体質の『協会』であるが、最近では若い衆がDX化が必要だと訴え、紙媒体からこうして電子通信へと変わっている。古い人間の天元に扱うのが難しく、こうしてまだ若い娘に協会とのやり取りは任せている次第だ。


 天元に促され花純は応接セットのソファーへと腰を下ろす。

 天元も机から移動すると花純の向かい側に座りタブレットを受け取った。

 タブレットには協会から送られてきたメールの内容が表示されていた。

 

「謎の発光現象? ・・・・『退魔師』の《《全当主》》を召喚だと? これは随分と穏やかじゃない話だな」


 天元は眉を潜める。

 記載されていたのはあまりに簡素な文章だった。だがそこに含まれた意味は簡単に済ませられるものではなかった。


「あの、何となくは分かるのですが、当主の召喚とはそれほどなのですか?」


 天元の表情に娘の花純が不安げに相貌を崩す。

 天元は娘を不安にさせまいと不器用な笑みを浮かべる。


「まぁあまり無いことだが、そう心配しなくてもいい」


 花純は「そうですか」と幾分納得していない返事を返す。

 その事に気をかけながらも天元の心中は穏やかではなかったことでフォローにまで気が回らない。


(《《あの時》》以来だぞ? 謎の発光? それが《《国の危機》》に相当する何かだとでも言うのか!?)


 表情に出さないよう必死に堪えるが衝撃が強すぎて上手く出来ている自信が無い天元は娘から逃げるように机へと戻る。それがより一層娘に不審がられるとも気づかずに。


 花純は天元に気づかれないようため息をこぼす。

 あまりに態とらしすぎる態度ではあるが、それを問い詰めても自身の父親は口を割らないことを知っているからだ。

 それにこの家には《《秘密にしないといけないこと》》が多くある。

 その辺りを察する事ができる出来た娘は早々に話を切り替える。


「そういえばお母様がそろそろ休憩してはとおっしゃってました」


 あからさまではあるがそこに天元は気づかない。

 家族を大事に思いながらも不器用な父親は察しが悪いようだ。


「そ、そうか。うむ、では休憩しよう」

「召喚の方はよろしいのですか?」

「それは明日の二〇時だから、出るのも明日の朝にする」

「分かりました。お母様にもそうお伝えします」

「あぁ、たのむ」


 些かぎこちない父と娘の会話が終わると、花純は「失礼します」と今度はきっちり断りを入れて退室する。

 天元は娘が出ていくのを見送ると再びメールに目を向けた。


「全家当主の召喚・・・・あの《《日本が崩壊しかけた海洋の災厄》》以来か」


 その表情は娘が居た時とは比べ物にならないほどに厳しい。






 翌日、妻と娘に見送られ天元は奈良県までやってきていた。


「これはご当主様、今日はいかような御用向きで」


 市街地から少し離れた場所にある歴史を感じさせる大きな屋敷に訪れた天元を和装姿の妙齢な女性が出迎える。


「突然すまんな。霧高(きりたか)には連絡していたのだが今いたか?」

「まぁそうでしたのですか? もう、あの人ったら何も言わないものですから失礼いたしました。主人でしたら中におります。どうぞこちらへ」


 困ったように眉をへのじに折り曲げ恭しく先導する女性に天元は頷くだけでついていく。


「旦那様、ご当主様がお見えになりました」

「おう、入ってもらえ」


 障子越しに声を駆けると中から豪快な男の声が。

 女性は男の口ぶりに「もう」と言わんばかりに頬を膨らませながら障子を開く。


「久しいな、霧高」

「久しぶりじゃわい、《《兄者》》」


 中に居たのは岩のような大男。

 両腕を組んででんと座る姿がなんとも似合っている。


「おう、寧々もご苦労じゃわい」

「ご苦労ではありません。ちゃんと伝えてもらわないと困ります。お陰で私、ご当主様に失礼になったではありませんか!」

「お、おぉ。そいつはすまんかった」

「すまんかったはもう何度目ですか? そんなんで幸徳井家の分家を任されている自覚を・・・」

「ま、まぁまぁ、寧々さん。私からも愚弟によく言っておきますから」

「あ、あら、失礼いたしました。では私めはこれで、直ぐにお茶をお持ちいたします」


 何も気にしていない霧高に案内をしてきた妻の寧々が憤慨する。犬も食わない夫婦喧嘩が始まりそうな雰囲気に天元が慌てて間をとりなし事を収める。

 寧々が去っていくと恨めしそうな目を霧高に天元が向けると、悪びれた子供用な顔で「すまんすまん」と霧高は手を合わせた。


「あいも変わらずだな、お前は」


 霧高の前に静かに座ると天元は呆れに吐き捨てる。


「がっはっは。この歳ではもう治せんよ。ところで急ぎ会いたいと兄者が言ってくるのはめずらしい。まさかと思うが弟が恋しくなったわけじゃあるまい?」

「私がそんな男だと思うか?」

「思わんな。堅物で偏屈な兄だ」

「ばかたれが。はぁ・・・・まぁそうだ、ただ顔を見に来たわけじゃない。お前に聞きたいことと確認しておきたいことがあってきた」


 そこまで話したところで廊下から声がかかる。寧々がお茶を持ってきたようだ。

 寧々はお茶だけを置くと直ぐに退出した。

 天元は出されたお茶で口を湿らせると話の続きを切り出した。


「昨日協会から召喚状が来た。その理由が謎の発光現象だという。お前はそれが何かを知っているか?」


 すると霧高はずずっとお茶をすすると「知らん」と短く断言で返す。


 霧高の返事に天元は落胆するでもなく平然と「そうか」とだけ口にする。その様子から天元も然程期待はしていなかったのだろう。


「で、謎の発光現象とはなんだ?」

「それに関しては私も知らない。だが協会がそれを理由に召喚してきた」

「召喚とは穏やかじゃないが、兄者だけが呼ばれたのか?」

「いや全当主だ」

「全当主? 『陰陽五家』全部ってことか?」

「いや違う・・・・『退魔師』全てだ」

「ばかなっ!?」


 天元の言葉に霧高がそれまでのひょうひょうとした態度から一転、驚愕の表情を受けべ跳び上がるように膝立ちになると、一枚の天然杉で作られたテーブルを両手で叩いた。


「まさか『紫』が現れたのか!?」

「落ち着け、霧高」

「バカ言え兄者! そんなものが現れて落ち着けるものか!!」


 気勢を荒げる弟に兄が穏やかな口調でたしなめるも、それは火に油を注ぐように更に弟を逆上させる。


「まぁ聞け。それ以上騒げば寧々さんが不審に思ってやってくるぞ」

「ぐ」


 兄は仕方無しと弟の弱点で無理やり言うことを聞かせる。

 渋々ながら弟霧高は腰を下ろした。


「今回の召喚に『妖魔』の話は出ていない。関係があるかも知れないが、まぁその辺りをお前に確認しておきたかったのだが、その反応で大体分かった」

「それならそうと先に言えよ。回りっくどいのは好かん」

「あぁ悪かった。まず最初に言っておくがことの詳細は私にも分からん。だからお前に《《聞きに来た》》し、協会でなにか動きがないかを《《確認》》しようと思っていた」

「なるほどな。家は協会のお膝元だからな、動きがあれば何かしら変化に気付く。それで言うなら《《退魔師全当主》》が集められるような《《物騒な動き》》は見てねぇな。当然だが話もきいてねぇ」

「そうか。と言うことは今回のは上層部だけでの話なのだろう。もしくは『巫女殿』が《《何かを予見》》されたのかもしれん。ただどちらにしてもこの様子を見る限りではそこまで緊急性がある話でもないのかもしれない。あの時の『海洋の災厄』のような事態では無いだろう」

「一人完結しやがって。まぁいい直ぐどうこうじゃ無いってんなら気を回しても意味がねぇ。だがよ兄者、それならそれでなんで全当主が集められた。《《陰陽師だけならまだしも退魔師全ての家》》となれば、中途半端な話ではねぇだろ?」

「そうだな・・・・だからこそ先にここへと寄ったのだが」


 天元は顎を擦り目を伏せる。

 それは天元が深く考えに浸るときの癖だ。その事をよく分かっている霧高は黙してジッと天元を見ていた。


「もしかしたら《《協会も何が起きているのか分かっていない》》のかもしれないな」

「あん? どういうことだ?」


 閉じられていた瞼を開いた天元が、表情を難しくさせそう口にする。

 霧高は首を傾げる。


「そのまんまの意味だ。協会も《《何が起きているのか、これから何が起きるのか》》それを分かっていない。だが事を放置できる規模ではない」

「つまりそれって《《巫女の婆》》も分からねぇってことか?」

「うむ、その可能性があるってだけだがな」

「なるほど、それならこの動きも納得がいく」


 それがどれだけの事かを知る二人の表情を硬くした。


「ま、あれだ。兄貴よ、悩んでも始まらねぇ。結局のところは向こうに行って話を聞いてみてのことだろ」


 しばし続いた沈黙を破ったのは霧高だった。

 霧高がガシガシと頭を掻き毟るながら言う。

 そんな霧高に天元は「フ」と短く笑うと「変わらないなお前は」と自らの膝を叩いた。


「何があっても大丈夫なように用意だけはしてやる」

「あぁ、その辺りは任せた」


 弟の頼もしい言葉に兄は自らの役目を果たすべく立ち上がった。

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