第2節:雷鳴の兆し
昼下がり、リューネ村の広場は鮮やかな旗で彩られ、子どもたちの笑い声が風に乗って森まで届いていた。
屋台からは焼き魚や香ばしいパンの香りが漂い、村人たちは手際よく飾り付けを進める。
「ライル、てっぺんの紐を結んでくれる?」
妹のミラエルが小さな手を差し出す。
「わかった」
ライルは肩をすくめ、少し照れながらも祭りの準備に手を伸ばす。
「兄さま、今日の祭り、楽しみ?」
「まあ、いつも通りかな」
「ふーん……楽しそうじゃないね」
ミラエルは小さく口をとがらせ、けれどすぐに肩をすくめて笑う。
淡くても確かに、兄にしか見せない仕草だ。
そのとき、遠くの丘の向こうで、空気を裂くような轟音が響いた。
空は晴れ渡り、太陽は明るく照っている。
けれど、心臓が跳ねるような振動がライルの胸に伝わる。
「……今の音、なんだ?」
トゥレンが眉をひそめ、空を見上げる。
「風……かな?」
ライルは自分の胸を押さえ、ぞくりと震えた。
空気は変わらないのに、全身の血が熱を帯びるような感覚。
その瞬間、左の角が微かに光を帯び、熱を持ち始めた。
「あっ……」
手で角に触れると、ほんの一瞬、稲光のような光が走る。
ミラエルが駆け寄る。
「兄さま、大丈夫?」
「……わからない……」
ライルは深く息を吸い、祭りの喧騒から逃げるように広場を離れた。
人々の声、笑い声、旗のはためき。
すべてが遠ざかり、胸の中のざわめきだけが鮮明に響く。
森の縁に着くと、足は自然に小道を辿り、樹々の影に包まれた。
息を整えるライルの目に、月光が細く差し込む。
(これは……俺のせい? それとも……)
小川のせせらぎ、風に揺れる葉のざわめき、遠くの鳥の声。
すべてが不思議と静かに感じられる。
ライルは膝を抱え、胸の鼓動を確かめながら、角の熱を手で押さえた。
(俺は……ただの少年のはずなのに……)
幼い頃に母から聞いた神話が脳裏に浮かぶ。
水瓶座の民が雷素を扱い、世界を揺るがした話――。
あれは昔のこと。
今の自分には関係のない話だと思っていたはずだった。
しかし、心の奥底で、何かが目を覚ました感覚がある。
熱を帯びる角、胸の高鳴り、周囲の空気がわずかに震えている。
森の奥深くに進むと、ふと、地面に小さな窪みを見つけた。
落ち葉や小枝をかき集め、そこに座り込む。
冷たい地面が膝に触れる感触、木々の匂い、夜の気配――
すべてが、未知の力と静かに響き合う。
星々が顔を出し始める夜空を見上げる。
淡く瞬く星の光に、心が吸い込まれるようだ。
(もしかして……俺の力も、あの星の記憶の一部なのか……)
そんな時、森の闇の奥から、かすかな光が揺れた。
それは、ただの月光や反射ではない。
確かに、意思を持った光――
そして、静かに、しかし確かにこちらを見ていた。
「……君は、迷い子かい?」
低く落ち着いた声。
知的で、包み込むような響きをもつ声。
ライルは息を呑む。
闇の中、光を帯びて立つその姿は、
伝説の残り香を持つ――幻想種、エルシュ。




