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星の記憶 ー 十二幻想記 ー  作者: ぶれ
第3章:星の門

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第13節:呼び声

森の呼び声(改訂版)


 夜の雨がようやくやんだ朝、村の上空には薄く靄がかかっていた。

 湿った大地の匂いが、夜に起こった出来事をなぞるように漂っている。


 その日の空気は、どこかざらついていた。

 風は穏やかで、陽もさしているのに、肌に触れる空気の粒が細かく震えている。

 ――まるで、雷がまだ空の奥に残っているような、そんな気配。


 ライルは家の裏手、畑の端で朝露を踏みながら、遠くの森を見つめていた。

 その視線の先には、黒ずんだ焦げ跡が残る木立。

 先日の嵐の夜、雷が落ちたという場所。

 けれど、その周囲の草木は妙に元気で、むしろ生命の脈動を取り戻したかのように光を帯びていた。


 父・カイロスはすでに村の広場に出て、村長たちと話をしている。

 母・アリアナは家の中で朝の支度をしながらも、何度も窓の外を気にしていた。

 妹のミラエルだけが無邪気に声をあげて、庭に集まった雫を両手で掬い、空に放っている。

 その光景を見ながら、ライルは胸の奥に冷たいものを感じた。

 何かが、始まってしまった。そんな予感。


 村ではここ数日、奇妙な噂が広まっていた。

 森の奥が夜ごと光る、雷でもないのに音が響く、風がないのに木々が揺れる――。

 誰かが「星の門が呼んでいる」と言い、誰かが「災いの兆しだ」と言った。


 村長のもとに集まった男たちは、皆、顔をしかめていた。

 星の門の近くには古い封印があり、それを越えてはならないという掟がある。

 それは、古から伝わる戒めだった。

 昔、門が開きかけたとき、空と地が混ざり合い、光と雷が大地を裂いた――。

 その話は伝承ではなく、確かにあった災厄として村に残っていた。


「……ライル」


 声をかけられて振り向くと、カイロスが立っていた。

 濡れた赤褐色の髪を手で払い、鋭い眼差しで息子を見下ろす。

 角の先が淡く光を反射していた。

 怒っているというよりも、迷いと警戒の色が入り混じっている。


「森へは、しばらく近づくな。わかったな」


「……どうして?」


「理由はどうでもいい。言われた通りにしておけ」


 父の声は低く、言葉の奥に焦燥がにじんでいた。

 いつもの穏やかな調子ではない。

 村の掟が――それ以上に、“何かを恐れている”気配があった。


 ライルは反発しかけたが、言葉を飲み込んだ。

 胸の奥の雷が、静かにうずく。

父の言葉を聞きながらも、心のどこかで、森の奥の光が自分を呼んでいるように感じていた。



 夜。

 村の灯がひとつ、またひとつと消えていく。

 家々の軒先には干した薬草の影が揺れ、犬の遠吠えが風に流れていった。


 ライルは小さな布袋を手に取り、腰のポーチに忍ばせた。

 その中には、エルシュから受け取った雷石が入っている。

 黒曜石のような深い色をしているが、光にかざすと内部に微細な稲光が走る。

 指で触れると、ほんのりと温かい。

 まるで心臓の鼓動のように、一定のリズムで震えていた。


 あれ以来、エルシュは姿を見せていない。

 けれど、彼女の声はときどき心の奥に響いた。

 ――焦ってはいけない。

 ――雷は、心の形を映す。


 その声に導かれるようにして、ライルは外に出た。

 月のない夜だった。

 湿った風が森の方から吹き、木々の間で低い音が鳴る。

 まるで、大地そのものが息をしているようだった。


 森に入ると、土の匂いが濃くなった。

 生い茂る根と枝の間を縫うように進む。

 かつて嵐の夜に逃げ込んだ道を、今度は自分の意志で辿る。


 足元で、雷石が明滅した。

 光がひときわ強くなり、まるで呼応するように森全体が淡い光を帯びる。

 ライルの髪がふわりと浮き、角の根元が熱を帯びた。

 体の奥の雷素がざわめく――この感覚。

 まるで、何かに“呼ばれている”。


 木々のざわめきが次第に低い音へと変わり、

 風が渦を巻くように回り始める。

 その中心に、淡く光る裂け目のような空間が見えた。

 雷石の光がそこに吸い寄せられていく。


 「――また来たのね」


 声がした。

 振り向くと、そこにエルシュがいた。

 以前よりも淡く、輪郭が光の粒のように揺れている。

 まるで、幻のように。


「エルシュ……どうして……」


「どうして、か。ふふ、私が聞きたいくらいよ。

 君がこんな時間に来た理由を」


 その声は柔らかいが、どこか哀しみが混じっていた。

 エルシュは足元に視線を落とし、雷石に目を向けた。


「その石が……呼んでいるのね。

 あれは眠りを保つ石。けれど、いまは違う。

 門の脈動が、再び世界に響き始めた」


「門の……?」


「星の門は、ただの遺跡じゃないの。

 あれはこの大陸の“血管”。

 雷も風も、水も火も、そこから生まれ、流れていく。

 でも、門が乱れれば、流れも乱れる。

 ……君の中の雷素も、門と同じリズムで震えている」


「そんな……どうして僕が……」


「君は“共鳴者”だから。

 血の奥に、門の律を宿している。

 それは偶然ではないわ――かつて、門の一つ“リュミナリア”を守った民の末裔。

 その血脈は今も、雷と光の間にあるの」


 ライルの息が止まった。

 リュミナリア――聞き覚えのない名。

 エルシュは静かに続けた。


「リュミナリアの門は、西の果てにある。

 風と雷が永遠にぶつかりあう“嵐の海”の中。

 その門は他の門よりも古く、光の記憶を司っている。

 大地の記録、星々の周期、命の誕生と終わり――

 世界の流転を記す“記憶の門”よ。

 そこが再び動き始めれば、時の流れそのものが歪む」


「時の……流れ……?」


「ええ。時間は、雷のようなもの。

 一瞬の閃きが、過去と未来をつなぐ。

 君が今、門の鼓動を感じ取れるのは……

 リュミナリアが君を“見ている”から」


 ライルは自分の胸に手を当てた。

 心臓の鼓動と雷石の震えが、確かに同じリズムを刻んでいる。


「僕に……何ができる?」


「行くしかない。門は一つじゃない。

 星々の下に、十二の門が眠っている。

 その最初が、リュミナリア。

 君がその門へ至るとき――この世界の真実が動き出す」


 エルシュの声が、風に溶けていく。

 彼女の姿は淡くなり、森の光と混ざり合うように消えた。


 残された雷石が、かすかに脈動を続けている。

 ライルはそれを強く握りしめた。


 夜明け。

 東の空が白み始めるころ、彼は立ち上がる。

 胸の中には、ひとつの言葉だけが残っていた。


 ――「リュミナリアへ、行かなくちゃ」。


 星の門が、再び呼んでいる。


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