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星の記憶 ー 十二幻想記 ー  作者: ぶれ
第3章:星の門

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第12節:星の門の脈動



夜明けの空は、薄い紫色の靄に包まれていた。

村の東の端、草地の上に立つ古い見張り台の上から、

ライルは森の方角を眺めていた。


二年が過ぎたとはいえ、あの森には今も彼の足跡が残っている。

焦げた木々の根、風に磨かれた雷石の破片、

そして、星の門のある丘――。


その丘の方角から、ここ数日、奇妙な光が立ちのぼるようになっていた。

夜になると、まるで霧の奥で星が脈動するかのように淡い光が浮かぶ。

ライルはそれを幾度も見たが、今朝の光は明らかに違っていた。

より深く、より重く、まるで地の底から響くような震えを伴っていた。


「……また、門が鳴ってる。」

呟いた声は風に溶け、靄の中に消えた。


そのとき、背後から足音がした。

「ライル、また見張り台に?」

振り返ると、父のカイロスが立っていた。

額の角が朝日を受けて、微かに橙色に光っている。


「……気になります。森の光が、昨日より強くなっていて。」

「そうか。お前だけじゃない。村の者たちも皆、落ち着かん。」

カイロスの声は低く、どこか張りつめていた。

「昨夜の集会で、村長が話していた。門の丘へ近づくのは禁止だ、と。」


「……星の門、やっぱり何か起きてるんですね。」

「“起きている”というより、目を覚ましつつあるのかもしれん。」

カイロスは眉間に皺を寄せる。

「星の門は古い伝承では“息づく器”と呼ばれていた。

その呼吸が乱れれば、天の流れそのものに歪みが生じる。」


ライルは思わず息を呑んだ。

星の門――古代に天と地を繋ぎ、幾多の文明と災いをもたらしたとされる遺構。

その封印は、幻想種と地上種の長き戦いの果てに閉じられたはずだった。

今まで“静かな眠り”だったはずの門が、再び脈を打つ。

それが何を意味するのか、誰にもわからなかった。


「……父さん、あの門の近くには鉱脈があるんですよね?」

「雷石の鉱脈か。そうだ。だが近年は採掘を禁じられている。」

「どうして?」

「封印の力がそこに通っている。乱せば門の均衡が崩れる。

それに――」


カイロスは一瞬、言葉を切った。

「お前も知っているだろう。あの日、森で起きた“火”のことを。」


ライルは視線を落とした。

燃える森、落雷、恐怖、そして――初めての出会い。

その全てを思い出す。


カイロスは続けた。

「雷石の力は、制御を誤れば災いを呼ぶ。

雷は、怒りや焦り、恐怖に反応する。……あの時、お前はまだ子どもだった。

だが、もし今も同じことが起きれば、村は耐えられない。」


「……僕は、もうあんなことはしません。」

ライルの声は震えていたが、真っ直ぐだった。

「エルシュに、教わりました。雷は、心を映す力だって。」


カイロスの眉がわずかに動いた。

「……エルシュ?」

「……ええ。森で出会った人です。」


沈黙。

風が止まり、靄の向こうで木の枝が軋んだ。

父の角が淡く光り、感情が波打つ。

だが怒りではなく、迷いと警戒の光。


「……その者は、村の者ではないな。」

「はい。でも、悪い人じゃない。

森の奥に住んでいて……僕が倒れたとき、助けてくれました。

あのとき、僕は雷を恐れていました。けど、彼女は違った。

“雷は怒りじゃなく、呼応だ”って。

心が乱れているときほど、世界はそれを返すだけだって。」


カイロスは静かに目を細めた。

「……呼応、か。」

「はい。彼女は、不思議な人です。

でも、どこか懐かしい感じがして。

たぶん……昔、母さんが話してた“海の精”って、あんな感じなんだと思います。」


父の表情に、一瞬だけ驚きが浮かぶ。

「海の……精、だと?」


「髪が、夜の海みたいな色で。

光の中では、まるで水が動いてるみたいに見えるんです。

でも、それだけじゃなくて……彼女の言葉は、胸の奥に直接響く感じがして。」

ライルは言葉を選びながら続けた。

「それに、星の門のことを知ってるようでした。

“門は痛んでいる”って言ってた。

それを治すには、天の記憶を辿らなきゃいけないって。」


その名を口にした瞬間、

カイロスの目が僅かに見開かれた。


「……天の記憶だと?」

「はい。でも、僕にはそれが何を意味するのか分かりません。

ただ、あの時の彼女の顔が……とても悲しそうだった。」


長い沈黙が落ちる。

父の視線は遠く、森を越えて、その向こうを見ているようだった。


「……ライル。お前が見たのは、ただの迷い人ではない。

おそらく、“星を渡る血”を持つ者だ。」

「星を……渡る?」

「かつて天と地を結んだ者たち。幻想種の血筋――。

滅びたと思われていたが、今も僅かにその血が流れる者がいるという。

だが、彼らが再び地上に姿を見せる時は、“門が呼ぶ時”だ。」


「……門が、呼ぶ時。」

ライルはその言葉を繰り返した。

エルシュの瞳に宿っていた、あの淡い光を思い出す。

まるで星そのものが彼女の中で呼吸しているようだった。


「――父さん。もしそうなら、あの人は……。」

「おそらく、門と関わりがある。

だが、彼女が何を望んでいるのかは分からん。

お前が信じるなら、それでいい。

だが、決して軽々しくその名を口にするな。」


「……はい。」


カイロスはしばらく黙り込んだ後、

ゆっくりと肩の力を抜いた。

「……お前の言葉に偽りはないな。

ならば、エルシュのことも信じよう。だが――」

「だが?」

「もし次に門が呼ぶ時が来たなら、

その呼び声に飲まれるな。お前の“雷”はまだ若い。」


ライルは静かに頷いた。

彼の中の雷素が、わずかに脈を打った。

そのリズムが、森の奥の光と呼応している気がした。


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