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星の記憶 ー 十二幻想記 ー  作者: ぶれ
第3章:星の門

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17/21

第10節:午後の光

あの日の嵐から、二度の季節の巡りが過ぎた。

 森を焼いた雷火の跡は今では柔らかな若木に覆われ、かつて黒く焦げた幹の根元には、苔が淡く光を返している。


 午後の陽は傾きかけ、空を流れる薄雲の下で、ライルはゆっくりと呼吸を整えた。

 指先に集まる雷素が、皮膚の下をかすかに走る。痛みではなく、熱でもない。ただ、内にある何かが脈を打つ感覚。

 「……っ」

 息を吐くと、小さな放電が指の間を走り、空気の匂いを変えた。焦げた草の香りが混じる。

 まだ完璧ではない。だが、以前のように暴走することはなくなっていた。


 木の陰で見守っていたエルシュが、静かにうなずく。

 「だいぶ安定してきたね。雷素の流れが滞らなくなってる」

 「……たぶん、ようやくだよ。あの日から、ずっとこの感覚を掴もうとしてた」

 ライルは掌を見つめた。掌の中には、かつて雷石を受け取ったあの夜の光が、微かに宿っているような気がした。


 エルシュは少し笑って肩をすくめた。

 「焦らなかったのがよかった。制御っていうのは“抑える”ことじゃない。

  流れを知って、“委ねながら導く”ことだって、もう気づいてるだろう?」

 「……ああ。力は戦うためじゃなく、繋ぐためにある、って……君が言ってた」

 「ふふ、それ、私が言ったんだっけ?」

 「忘れたふりするなよ」


 ふたりの間に、穏やかな沈黙が降りた。

 森を渡る風が、葉の間をくぐり抜ける。その音に、ライルはほんの少しの懐かしさを覚える。


 ──あの嵐の夜。

 村の人々は、空を裂いた雷鳴を「神々の怒り」と呼び、星の門の近くに誰かが立ち入ったのではないかと怯えた。

 火事の後、森の一部は禁域に指定され、誰も近づかなくなった。

 ライルもその一人だった。けれど、時間が経つにつれ、誰もがその出来事を語らなくなっていった。

 ただ、父のカイロスだけは、何も言わずにライルを見守り続けていた。


 今では、家の仕事を手伝いながら、日中はこうして森で修練を積む日々だ。

 村の人々も、ライルが時折不思議な力を扱うことを知っている。だが、それを誰も口に出しては言わない。

 “火を受け継ぐ者”として生まれたはずの少年が、なぜ雷を纏うのか。

 答えのないその問いを、村人たちはいつしか「天の巡り」として受け入れていた。


 「ねえ、エルシュ。……“門”のこと、最近どうなってる?」

 ふと口を開いたライルに、エルシュの瞳が揺れた。

 「感じるんだ。時々、森の奥が……呼んでる気がする」

 「呼んでる?」

 「うん。以前はただ静かに光っていたはずなのに、最近は――鼓動みたいに、脈を打つ。

  それがこの島だけの現象なのか、他の門でも同じなのか……わからない」


 エルシュの声には、かすかな不安が混じっていた。

 雷素の波動が微かに乱れ、風の流れが変わる。

 ライルは額の汗を拭いながら、空を見上げた。

 雲が、ゆっくりと渦を描いていた。


 「星の門って……やっぱり、ただの古い遺跡じゃないんだね」

 「ええ。あれは、“世界を渡るための道”だった。神話の中ではそう語られてる。

  でも今は封じられている。開けば、何が起こるか分からない。

  だからこの島の人たちは、“門が動く時代”を恐れているのよ」


 ライルはその言葉を聞きながら、ゆっくり拳を握った。

 自分の力の出どころ――それが門に関係しているのではないか、という予感が、いつからか心に巣くっていた。


 エルシュはその様子を見て、静かに続けた。

 「でも、ライル。……君は“雷”を宿す子。

  雷は、空と大地を繋ぐもの。破壊でもあり、再生の象徴でもある。

  もし門が再び目を覚ますなら、君がその“境”に立つことになるかもしれない」


 「……そんなの、俺にできるのかな」

 「できるよ」

 即答だった。エルシュは微笑み、そっと彼の頭に手を置いた。

 その掌から流れる力は、いつものように柔らかく、しかし深い波動を持っていた。

 「君がこの二年、力を恐れずに向き合ってきたのを、私はずっと見てた。

  大地は焦げても、芽吹く。雷もまた、命を導く光になる。

  ――だから、きっと大丈夫」


 その言葉に、ライルは目を閉じて息を吐いた。

 頬をかすめた風が、微かに湿っている。

 遠くで、雷のような低い音が鳴った気がした。


 「……ありがとう、エルシュ」

 「ううん。礼を言うのはまだ早い。これから、もっと大きな選択が君を待ってる」

 「選択?」

 エルシュは少し視線を遠くに向けた。

 「この島だけじゃない。星の門は世界に十二あり、それぞれが“異なる素”を抱いている。

  もし脈動が連鎖しているのだとしたら――君の力が、その中心に触れるかもしれない」


 ライルは息を呑んだ。

 胸の奥で、再び雷素が静かに震えた。

 何かが、遠い場所で目を覚まそうとしている。

 それが希望か、災いかは分からない。


 だが、確かに“世界”が動き始めている。

 それを肌で感じながら、ライルは夕暮れの空を見上げた。

 赤く染まる雲の端で、一筋の光がゆっくりと走った。

 それはまるで、天と地を繋ぐ細い導線のように――

 新しい旅の始まりを、静かに告げているかのようだった。

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