第9節:神訓
夜の森は、昼間の喧騒をすっかり忘れたかのように静まり返っていた。焦げた木々の匂いが微かに鼻をくすぐる。ライルは肩を落とし、手に握った雷石の微かな振動を頼りに歩く。角の光はいつもより不安定に脈打ち、昨日の森での火事や自分の力の暴れっぷりを思い出させた。
「前にも言ったが生き急いでは行けないよ。君たちは、短命なのだから」
背後から柔らかな声。振り返ると、エルシュが静かに立っていた。森に溶け込むように、しかし確かに存在を主張する姿。
「……エルシュ」
ライルは小さく息を漏らす。力を完全に制御できているわけではない。昨日の火事の記憶が胸を締めつける。
エルシュは森の床に腰を下ろすと、角の光の揺れを確認する。
「昨日のことで、少し不安定になっているね。君はもう、何度も角の光や力の扱いを経験している。だけど力が新しく発現したときや、恐怖や興奮が重なると、誰でも揺れるものだ」
ライルは雷石を握り、角の光と振動を同期させる。以前ならほぼ安定していたのに、今は少し暴れた。
「……制御できていたはずなのに、どうして?」
「力そのものは変わらない。変わったのは君の感情や環境、恐怖だ。力が動揺するのではなく、心が動揺しているんだよ」
エルシュは静かに微笑む。
「昔、この大地にも雷素の力を持つ者が現れたことがある。光と炎が暴れ、森を焼き、川を干上がらせたという神話がある。力そのものは悪くない。しかし、制御できなければ災いしか生まれない――そう、神々も警告していた」
ライルは息を呑む。昨日の森での火事が頭をよぎる。
「君は経験者として知っているはずだ。今回は力そのものを教えるのではなく、揺れたときの心構えを確認する。呼吸を整え、角の光の揺れを感じ、感情の波を静める――それだけでも暴走を防げる」
雷石を指先で微かに振動させ、角の光と合わせてみる。少しだけ光が落ち着き、胸の内の動揺もわずかに和らぐ。
「……こうすれば、少し落ち着く」
「そう。まだ完全ではないけれど、経験者としての第一歩を踏み直すだけでも違う」
森の夜は深く、二人の間に静かな時間が流れる。角の光と雷石の振動が、ライルに安心感を与える。神話の教訓と現実の恐怖が交差する中、ライルは心の中で小さく誓った。
(……怖いけれど、学ぶ……制御できるようになるまで、焦らず……)
エルシュは微笑みながら夜空に浮かぶ星々を見上げる。
「力は一日にして成らず。揺れたときこそ、経験者としての冷静さを思い出すんだ」
雷の光と星の夜が、静かに少年の心を照らしていた。




