第1節: ― 創世と誓約 ―
序:虚無より生まれた息吹
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かつて、時も名も存在せぬ深淵があった。
そこには「始まり」も「終わり」もなく、
ただ沈黙と闇だけが満ちていた。
やがて、その闇の中心に、
一つの光が生まれた。
それは“アエテル”と呼ばれる最初の息吹、
存在そのものが世界を望んだ「意志」である。
光は震え、波紋を広げ、
沈黙にわずかな“律動”を刻んだ。
その振動こそが、やがて時を生み、
時間が生まれた瞬間、
闇はゆるやかに形を与えられた。
その光の中から、“アストリア”が現れた。
彼女は世界を孕む母なる意識であり、
アエテルの心臓そのもの。
アストリアは深淵に囁いた。
「静寂は美しい。だが、動きなき世界は、いつか腐る。」
そうして彼女は、自らの内に宿る十二の理を分けた。
それは光と闇、命と死、風と大地、炎と氷、
水、雷、音、夢、時、そして均衡。
こうして十二の理は星座となり、天をかける光の群れとして散った。
それぞれが意思を持ち、声を持ち、
母の名を呼びながら己の役割を求めた。
やがて、天は瞬き、名が与えられる。
炎を司る獅子、氷を抱く山羊、水を満たす魚、
雷を放つ水瓶、風を渡る双子。
そのひとつひとつが宇宙の律動となり、
互いを照らし、支え、時に争う。
アストリアは彼らを見守り、
やがて彼らに告げた。
「汝らはこの虚空を彩る“理の子”である。
だが光は必ず影を落とす。
汝らが歩む先に、影が生まれぬよう――
誓いを立てよ。」
十二の星座はその言葉に応え、誓約を交わした。
光は光を見守り、闇は闇を束ね、
均衡の理がすべての狭間を結ぶと。
こうして天は秩序を得た。
だが、そこにまだ“地”はなかった。
星々が歌う中、アストリアはその胸の奥、
アエテルの残した核を掴み取り、
それを深淵へと落とした。
光は落下し、砕け、散り、
その破片が地を成した。
それが――この世界、アルカ=レメルの始まりである。
星の光が降り注ぎ、岩は燃え、海が生まれ、風が流れた。
雷が雲を裂き、火が森を育て、氷が山を削った。
それらすべてが、星座たちの理の欠片であり、
ゆえにこの地上には、星の理が血脈のように流れている。
そして、十二の星座たちは地上に降り立ち、
それぞれが己の領域を見出した。
山に住まう獅子は火を灯し、
水辺の魚は流れを制し、
風を纏う双子は声を交わし、
そして水瓶は、雷を握った。
だが、雷の理はほかの理と異なっていた。
それは秩序を壊し、新たな秩序を作る。
「変革」の象徴であり、
時に創造と破壊を同時に生む危うき理だった。
その理に魅せられた星座の子ら――後の幻想種の祖たちは、
雷の光を“天の力”と呼び、神の象徴と崇めた。
アストリアは静かにそれを見つめ、
その力の行方を憂えたという。
「雷は、あらゆる理を穿つ。
それは我らが天をも貫くだろう。」
だが、すでに雷は地を走っていた。
星座たちが息吹を与えた地上に、
炎も氷も風も、すべての理が混じり合い、
生き物たちが芽吹き始めていた。
そして――その中に、人が生まれる。
アストリアはその姿を見て、こう名づけた。
「これは、我らの理を映す“器”。
星のかけらを宿し、すべてを理解しようとするもの。」
星座たちは驚き、そして恐れた。
人という存在は、あまりに脆く、あまりに自由すぎたからだ。
その自由が、いつか理の均衡を崩す。
それを悟った星座たちは、
人の成長を遠くから見守ることにした。
やがて、星々は天へ帰り、
地上には神話だけが残された。
光は去り、夜が訪れた。
しかし、夜空には星々が瞬き続ける。
それはアストリアが最後に遺した“誓約の証”。
「汝らが見上げる限り、我らはそこにある。」
こうして、世界は始まり、
星は語りを刻み続けた。




