第一章 第一節 月に叢雲、花に風
継続は力なり。しかし実践するには難しく、それでも一歩の歩みが大事ではないかと思うおやつ時。一人でも楽しんでくれたなら幸いです。
死龍騒動から丁度一年。ウプデサラン帝国はお祭りムード一色だった。
隣国オウェーロ王国との国境から一番近い街、ここイェムダーレンも例に漏れず賑わっている。
イェムダーレンは宿場街として栄え地方都市の中でも三番目の大きさを誇る大都市。
隣国の行商人の往来が多く物によっては帝国中央の貿易都市より先に商品が買えるため国内からの宿泊客も多い。好事家な貴族たちも別荘を建てたりと人が増え始め今の大都市となった。
更に今日から三日間行われる英雄祭で普段の約二倍近い人が集まっている。
英雄祭は死龍騒動の時、命と引き替えに平和をもたらした救国の英雄〈粉砕の魔女〉に感謝を捧げる英雄の日から始まる祭りだ。
英雄の日が制定されたその日、王城のテラスから四賢者が一人〈幻惑の魔導師〉マーティン・H・デュオンは人々に向かって一つの願いを口にした。
「四賢者が一人〈粉砕の魔女〉ソフィア・W・ルストは誰よりも国民を・・・いや、人々を愛していた。誰よりも平和を願っていた。そして誰よりも人々の笑顔が好きだった。」
マーティンは流れ出しそうな涙を堪えながら続けた。
「皆にお願いしたい!彼女に感謝の祈りを捧げた後は大いに笑って欲しい。各々に楽しい一日にして欲しい。楽しかったと思える日にして欲しい。それが彼女にとって何物にも勝る手向けとなるだろう!」
彼の言葉を聞いた民衆から喝采が巻き起こる。
マーティンは眼前に広がる光景を満足そうに眺めていた。
初めて開催される英雄祭は順調に進んでいた。
陽が昇りきったころに皆で祈りを捧げ、その後は友人との会話を肴に酒を飲む者や儲け時として露店を出す者、そして露店で買い物を楽しむ者と思い思いの形でその日過ごしている。
大通りのカフェテラスから祭りを楽しむ人々を眺める一人の少女が居た。
レイス・ウェスト。中央通りから南側一つ隣の表通りに存在する魔術具工房〈夢幻鍛〉を営む。
普段は鍛冶師服で過ごす彼女だが今日は鳥の子色のワンピースに白のサンダル、ほんのりと葵色がかかる髪にはコスモスの彫刻が施されたヘアピンを付けている。
行きかう人々を映す黄色い瞳が一人の人物を捉えた。
「あの人は・・・」
整った顔に青い瞳、腰まで伸びた黄金色の髪をリボンで二つ結びにしている。フリルのついた白いブラウスに浅緑色のストールを羽織い、群青色のロングスカートから生える茶色のブーツ。
全てが物珍しいのか忙しなく顔が動いている。
そんな彼女の後ろには大きなカバンを持った侍女がついていた。
人の流れに乗って進んでいく。
レイスは近くにいた店員に声をかけ、会計を済ませると椅子に立て掛けていた杖を手に取り二人の後を追った。
気付かれないように人混みの中を進もうとするが思うように進めず少しずつ離れていく。
(うーん。人混みに慣れた歩き方してるなぁ。意外とお転婆なのかな?)
更に人の密度が増え二人を見失うも慌てた様子はなく露店の商品をチラ見しながら進む。
ふと気になる物が視界の隅に入ってきたその時、前方から悲鳴とどよめきが聞こえた。
少し体を屈め地面を蹴って跳躍すると近くに生える木の枝に摑まる。すかさず木の幹を蹴り隣の木に飛び移り進む。
人の輪が視界に入る。その中心には背中から血を流す侍女に寄り縋る少女の姿とフードを深めに被ったローブ姿の者が三人組がいた。内二人は遠巻きに事態を見守る民衆を牽制しており最後の一人は振り上げた剣を少女目掛けて振り下ろそうとしている。
レイスは枝に飛び乗り空中に身を躍らせ右手に持った杖を構える。杖の装飾部分に刻まれた刻印術式が赤く光り出し少女に襲い掛かるローブ男に向かって火の槍を放つ。
火の槍は男に当たると爆発し吹き飛ばす。レイスは庇う様に少女の前に着地する。
「今日はとっても大事な日なの。暗殺なんかで穢さないでくれる?」
杖先を男に向け睨みつける。
男は立ち上がり腕を引くと剣を腰の位置に構え一気に駆け出す。
「魔術師風情の小娘が!我らの邪魔をするな!!」
叫び声共に距離を詰め剣先をレイスの心臓目掛けて突き出した。
並みの魔術師なら対応できないほどの手練れた剣技だったがレイスは一歩下がり杖先で鍔を弾いて剣の軌道を逸らす。
その勢いのまま腕を捻り腰の後ろへ杖を回し左手に持ち替える。そのまま相手の顎に目掛け杖先を突き出した。
魔術師とは思えぬ杖裁きに反応を遅らせた男は強烈な一撃を顎に受け白目をむきその場に崩れ落ちる。
「一流の魔術師は最低でも一つ、武術を習得しているものなの。覚えておきなさい。」
狼狽する残りの二人に向けて言葉を放つ。
「ここで大人しくお縄につくなら見逃してあげる。退路がなくどうしても役割を果たしたいというのなら相手になってあげるわ。」
二人は震える身体を意思で抑え一人は剣を構えながら右に駆け出す。もう一人はローブで隠していた魔術具で風の刃を放ちながら逆方向に駆け出した。
「〈リフレクション〉」
詠唱魔術で風の刃を防ぎながら魔術師に右手を剣士に杖先を向ける。
「凍てつく大地よ今この場に顕現せよ〈アイスフィールド〉」
石畳の上に氷が広がっていく。
急に変わった足場に魔術師は足を滑らせ尻もちをつき、剣士は少しバランスを崩すも立て直しそのまま進む。良い体幹をしている。
「〈アイスバインド〉」
転倒した魔術師の手足を氷で拘束し杖の術式で剣士の足元を狙い火の槍を撃ちだす。
爆発する寸前に剣士は飛び退き氷の上を転がる。
杖を持ち直したレイスは杖底の刻印魔術を起動させ地面をたたく。そこから氷の突起を生やしながら転がる剣士に向かって突き進む。
先に到達した氷の突起物は転がる剣士を受け止める。
「彼の者の四肢を凍てつく牢獄にて拘束せよ〈アイスバインド〉!」
魔術師同様手足を氷で覆われ身動きがとりずらくなった剣士は観念したのか大人しくなった。
事が終わると観衆から喝采が起きる。ほどなくして警備兵がやってきた。
襲撃者を捕縛しているのを確認してから二人の少女に向き直る。そこには怪我をした侍女を治療する初老の男性が居る。
「ビルさん来てくれてたんだ。」
ビルイェル・フパリソン。イェムダーレン南側の裏路地に診療所構える医師なのだが性格に少々難があり医師会連合組合所属の医師と職員とは折り合いが悪い。
しかし医師としての腕は街一番で治療に関しては信頼されている。
「たまには外に出ろと助手がうるさくてな。まぁ今日は初めての英雄祭だし少し街をぶらついて息抜きするかって矢先に仕事になっちまったよ。」
会話をしていても手の動きは止まらない。応急処置鞄の外にはアルコール度数の高い酒と縫合道具が一式並べられていて流れるように器具を手に取る。
「ところで嬢ちゃん。剣で切られるのは初めてかい?」
傷を縫合しながらは侍女に尋ねる。
「は、はい。」
「そうかい。ならこいつはちょいとしたアドバイスだ。この程度の怪我の痛みで動けなくなるようなら護衛失格だ。今すぐ辞めて別の仕事を探したほうが良い。」
「なっ」
侍女の顔が赤くなり怒気を含んだ。
「ほい、終わり。」
「っ~~~~。」
縫合を終え余剰の糸を切り化膿止め薬を塗ったガーゼを張り付ける。薬が染みたのか侍女顔が苦痛に歪む。
「ビルさん相変わらずだね。女の子にはもっと優しくしないと。そんなんだから患者さんは寄り付かないし奥さんには逃げられるんだよ。」
「う・る・せ・え。」
レイスは治療が終わるのを見計らって口をはさむ。苦虫を潰した顔をしながらビルイェルは言い返す。
「あ、あの!」
事の成り行きを見守っていた少女が声を上げる。
「危ないところを助けていただき本当にありがとうございます。エマの治療もしていただきなんとお礼をいっていいのか・・・。あ、お金でしたらいくばかあります。」
少女は鞄を漁る。その手をレイスは手で押さえる。
「一旦話はあと。まずは安全な場所に移動しましょ。ビルさん彼女たちを私の工房に連れて行って。私は警備の人と話してくるから。」
一人待機している警備兵の元に向かって歩き出す。
「わかった。というわけでお嬢さん方ついて来な。はぐれるんじゃねーぞ。」
「あなたはいちいち失礼な方ですね!」
後ろから聞こえるビルイェルとエマの言い合いを聞きながらレイスは思案する。今日の晩御飯は何にしようかと。
投稿日から一週間以内に次の話を載せます。未完成でも載せます。続けるのが大事だと思うので。




