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6蛇な死神、来訪者 前


 ピン、ポーン

 太陽は沈み、夜の始まりの夕闇に玄関チャイムの音がはじけたように鳴り響いた。

 トイレの前から居間に戻ろうとしていたそのタイミングでの来訪者。

 回覧板かなにかだろうか。

 首をひねりながら、催促するように再び鳴らされたチャイムに「はーい」と返事をしながら、玄関に向かう。

「我が出る!」

 彼を追い抜きリコが足を早めて扉によった。藍はそれを慌てて止め、引き寄せる。

「まて、バカ。お前が出たらマズいことくらい分かるだろ?」

「むぅぅ」

「大人しく塩でもつまんでろ」

「あれ、塩ってつまむものだっけ?」

 彼女の抗議するような視線を無視して、藍は玄関扉を歩みを進めた。

 ピン、ポーン

 ピンポーン

 返事をしているにも関わらずチャイムはしつこく鳴らされていた。音が空気を切り裂く度に、藍はイライラとした気持ちを積もらせ、扉向こうの人物に拳を浴びせたいと思うようになっていく。

 ピン――

 ドアノブをひねり、戸を開くとともにしつこい催促に対する拳代わりの文句をぶちまけた。

「はい、どちら様でしょうか。何度もチャイムを押されると正直、迷惑なんス――」

 ドアの向こうに、

 美女、そう形容するしかないような流れるような長い黒髪の端正な女性が立っていた。

 うぉぉぉぉ!まじで誰だこの人!?こんな美人、今まで見たことないぞっ!し、信じられん!半端ない美女がなんでうちの扉を叩くんだっ!?

 リコが現れた時とは比べものにならないほど、彼のテンションは上がっていた。それほど好みの顔立ちをしていたのだ(おもに胸の)。

 つうかマジタイプだぞ!どえらい美人じゃん!こんなにスタイルよくてっ、……え?

 足フェチらしく視線を彼女の脚部に視線を落とす。そこには本来あるべきものがなく、

 大蛇の尻尾のようなものが蜷局を巻いていた。


 ……な、なに、これ、ば、化け物?

 一気に沸点が下がった彼の脳は、その代償にパニック物質を大量に分泌していた。

 そんな思いを置いてけぼりにするように、どこか気品漂う仕草で、チャイムのボタンにつけていた人差し指を放し、

 ――ぽーん、

 という音とともに来訪者の人外の美少女は呟いた。

「指を放すとポーンと鳴るの。おもしろいわね」


「どどどどちらさまでしょうか?」

 どことなく愛嬌があった座敷童の登場とは比べものにならないほどの恐怖から、つっかえながらもなんとかそう問う。

 目の前にいる人物は、眉目秀麗ながらもほぼ間違いなく人外である。仮装でもしてるのかとも思ったがハロウィンでも文化祭でもない夏の夕暮れに、下半身だけ3D映画の怪物のコスプレをする云われはないだろう。

「うるさい、豚。うがいして来てくれないかしら。口臭が酷いわ」

 豚っ!?今豚って言われたかっ!?俺!?つうかその後にも随分酷いこと言われたぞ!

 切れ長の強い瞳での訴えに混乱を極める彼の横を、さも当然のように現れた蛇の尻尾をもつ少女は、足代わりのそれを波立たせ、優雅に通り過ぎた。

「って、ちょっとまて!なに当然のように家に上がってんだ!」

 慌てて彼女の肩を掴む。普通の女性の肩だ。どうやら異質なのは下半身だけらしい。

 なんとなくホッとしたがそれも一瞬だった。

「たかだか豚ごときがぜ私の肩に手をおくの?大概にしないと本当にト殺場に連れて行くわよ」

「ぶ、ぶたって、おい!てめぇふざけんなよ!いきなり現れて何様のつもりだ!」

「あなたにいちいち行動の許可を取らなきゃいけない社会になったらこの世界は崩壊するわね。あ、それと顔近づけないで、目が腐る」

「がっ、この、クソアマ…っ!」

 怒りに我を忘れて握りしめた拳を彼女に浴びせようかと思案しはじめた時だった。

「あっ、来てくれたの?」

 ひょこりと奥に引っ込んだはずのリコがリビングから顔をだした。

「私がリコの頼みを無視するはずないじゃない。どう、うまくやってるの?」

「ぼちぼちかのう」

 昔馴染みとの会話に花をさかせるよう、藍を対岸に置き去りにしたまま彼女たちは楽しそうな声をあげた。

「しばらく連絡なかったから心配してたのよ。こまめに報告してって頼んでたじゃない」

「うむぅ。すまない。ついつい忘れて……」

「まあいいわ。ここが今リコが住んでる家?」

「うん。なかなかの住み心地じゃよ」

「おい、ちょっとまて」

 すっかり置き去りにされたままだった少年は、玄関の開きっぱなしになっていたドアを閉めながら二人の少女に向き合う。

「誰だよ。そいつ」

 バタンとドアが閉じる。

「おお、そうじゃまだ紹介してなかったの」

 明るい声をあげ、リコは隣の蛇の尻尾をもつ少女を指差し、彼女の代わりの名前を告げた。

「彼女の名前は あやめ。我の友達じゃ」

「どうぞよろしくお願いします。あやめと申します」

 にっこり。

 見るものをとろけさせるようなダイナマイトスマイルにぴったりな丁寧な自己紹介を彼女は告げた。

「……おい、さっきと態度が随分違うな」

 散々ブタだなんだと罵倒されてきた彼は、あやめが急に殊勝な敬語に言葉を切り替えたのに、多大な違和感を覚えた。

「何をおっしゃってるのか意味がわかりませんわ」

「とぼけるのか。そーか」

「?」

 二人の間に無言の火花が散っているのにリコは気づかぬまま、あやめに向けていた指を今度は藍にむけた。

「そしてこっちが我のカレシぃ(語尾あがる)の藍じゃ」

「まぁ、ウジ虫さんとおっしゃるの!素敵なお名前ね!」

「おいちょっとまて!わざとだろ!ぜったいわざとだろ!それ!」

 彼の突っ込みをあっけらかんと無視してリコはあやめにけらけらと伝えた。

「もぉう、藍って名前だってばぁ」

「あら、聞き間違えてしまったみたい」

 二人合わせてうふふ、と笑いあっているのを見て、彼は密かに頭を抱えた。


 この下半身は蛇の胴体をしたあやめという少女はリコが呼んだ客人らしい。仕方がないのでリビングにあげ、リコを問い質すことにした。

「それで、そのあやめさんがなんで家主の俺の許可なく遊びに来たんだ?」

「だぁてぇ……」

 語尾を中途半端に延ばし、質問を受けた座敷童はぼそぼそ続ける。

「一人で寝るのがの、その、……ねぇ、いや、こ、怖くはないんだけど」

「ああ、そう」

 チラリとテーブルの上に置きっぱにされたレンタルショップのロゴの入った袋を見て彼は全てを理解した。

 ホラー映画みて、まだビビってやがるのか。

「藍に添い寝を頼んで襲われるのも困るしのう」

「襲わねぇよ!」

 つうか幽体じゃすかすかして無理だよ!

「一人で居るのも寂しいから、友達を呼んだんじゃ」

「俺の許可なく勝手に客を招いたのは百歩譲って許そう。だが気になることがいくつかある」

 ビシっと人差し指を向けて彼は言い放った。

「いつこの女を呼んだんだよ!どうやって呼んだんだよ!テレパシー能力でもあんのか妖怪には」

「そんなものないぞ」

「んじゃどうやってこの蛇を家に呼び寄せた?日が沈んだから口笛でも吹いたのか?」

「違うわ。トイレの中で電話しただけじゃ」

「で、電話っ!?」

 予想を斜め上いく答えに我が耳を疑う。

「け、携帯のことか」

「うむ」

 頷いて彼女は懐から電卓を取り出し彼に見えるようヒラヒラ揺すった。

「……いや、もういいや、なんでも」

 彼女にとっては電卓にしか見えないそれが電波を帯びた携帯電話の代わりらしい。

「いやぁ、とにもかくにもあやめを持てなさなくてはならないのう。ちょっとまってて、今おいしいもの作るから」

「俺はキレていいよな?」

 明るく元気にキッチンへとリコは駆けていった。

 後には、初対面の二人が残される。微妙に空気が重かった。

「ねぇ豚さん」

「さっき名乗りましたよね?俺の名前は藍です。いいかげんにしねぇと追い出すぞこのやろう」

「あら短気は損気よ。ド低脳のクサレ脳味噌で容量が有り余ってるんだから、そのくらい許容しなさいよ」

「てめぇクソアマ!わざとやってるだろ!」

「口が悪い人ね。顔も悪いし頭も悪い。良いとこを見つけてあげたいんだけど……、ごめんなさい」

「謝るな!」

 初対面でズケズケと振るわれる言葉のナイフに血管がブチ切られそうになる。

「それはそうと、藍」

「いきなり呼び捨てかよ」

「ゾウリムシって呼んだ方が良かったかしら?私的にはゾウリムシがベンジョコオロギの二者択一なのだけど」

「藍で」

「そう。藍。部屋は汚い割には綺麗にしてるじゃない」

「どっちだよ」

 彼女は一回小さく息を漏らすと、続けた。

「さっきの話に戻るけど、もしリコのか弱い身体を襲ってみなさい?あなたの股間の貧弱なソレをひねり潰してあげるから」

「だから襲わねぇてッ!」

 なんなんだよ、この蛇女は!彼のイライラ度はこの数ヶ月で限界点を突破した。ただいま記録更新中だ。





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