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4記念日に君と


 食卓にはズラリと和食が並んでいた。

 いつかの口約通りリコが用意したものだ。彼女の手料理はインスタント食品に慣れた彼の舌を唸らせるものだった。


 そんな家庭料理に舌鼓を打った後、2人並んでテレビを見ていた。画面ではお堅い顔したアナウンサーが正午を知らせている。

「あ、チャンネル取って」

「ん」

「サンキュー」

 受け取るやいなやチャンネルを変える。この時間帯にしては珍しいバラエティー番組がやっていた。

「わははは!バカやってら」

「……」

 順応という言葉がある。環境に適応するという意味だ。

 初めは座敷童という異質な存在に戦々恐々としていたものだが(あれでも)、3日も経てばすっかり慣れたものである。藍にとって座敷童のリコの存在は妖怪でありながら、友達であり、また飯を作ってくれる便利な同居人に格上げしていた。

「のう、」

 テレビを指差し腹を抱えて笑う少年に、なにやら痺れを切らしたように座敷童は話かけた。

「我ら、付き合っておるのだろう?」

「んー、じゃねぇーの?」

「互いに恋する仲、で間違いない?」

「そーだな」

 視線はテレビ画面に集中していて離れそうもないが、耳は僅かだがこちらに向いているらしく適当な返事が返ってくる。

 あからさまな生返事だが、それでも彼女は嬉々として声を荒げた。

「それじゃ彼女にプレゼントとかないのかのう!愛を込めた贈り物みたいなの」

「んー、ああー」

 サンタを待ちわびる子供のように澄んだ瞳をしているリコを藍は見た。

 その表情を確認してから、彼は心底面倒くさそうに呟く。

「プレゼント、ねぇ」

「うむ!男子たるもの、甲斐性はあって然るべきだのう。別に催促しているわけではないが、愛をカタチにするのも愛情表現の一つではないだろうか」

「あーいうのは記念日とかにあげるもんじゃねぇの?誕生月とかクリスマスとか」

「今日で出会って4日記念ではないか」

「毎日がスペシャルなのはいいことだが、いちいち祝ってたらキリがないだろ」

「ああ、ならさっき」

 人差し指をピッと可愛らしく立ててから、それを教鞭のように軽く振るった。

「おぬしが味噌汁が旨いと言うたから、7月10日はおみおつけ記念日」

「少し黙れ」

「酷い言われようじゃ。

 我の味噌スープ作る手は優しさに溢れておるのに、おぬしの心と懐は寒々しいのう」

「勝手にビンボーって決めつけんな!」

 どこからか取り出したのか、彼は財布を妙な落ち込み方をする彼女に投げつけた。

「なんじゃ」地面に落ちたそれを拾って中を開けて見てみる。

「!」

 諭吉がいっぱいいた。

「ななな、なんぞこれ!」

「努力の結晶だ。たまに株なんかで増やしたりするし」

「ギャンブルはよくないぞ!悪銭身に付かず、けしからん!没収じゃ!」

「うるせえバーカ!」

「へぶっ」

 かにばさみで彼女を転ばせ強奪されかかっていた財布を取り返し、床にひれ伏す彼女を見下す。

「幸福の座敷童なのに金を欲しがるってなんだよ」

「欲しがってなど、…おらぬ」

 ダメージを負った額をさすりながら顔を上げたリコを鼻で笑う。

「嘘つくなよ。目が『¥』マークだったぞ」

「我は大事なことを知っとる!大切なのはお金なんかじゃ、ない!」

「まばたきして目を¥からもとに戻してからほざけ。綺麗ごと言いました、って頭の上に浮かんで見えるぞ」

「う、うむぅ」

 唸ってから、二度ほど深呼吸。落ち着きを取り戻してから、

「はぁはぁ、未練がまた一つ増えたわ」

 戻ってなどいなかった。

「テメーが成仏しないわけが分かった気がする」

 ため息とともにそうぼやいた。


「だ、大体学生の身分でそれだけ金を持つというのは危険極まりない!まったく嘆かわしい!少し分けるのじゃ!」

 お金は人(座敷童)を狂わせる。強欲とまではいかないにせよ、さすが妖怪というだけあってなかなか鬼気せまる表情だった。

「本音が出てるぜ」

「ぅ、ぐぬぬ。はぁはぁ。うょし!ダメじゃ、うむぅ!は、はやく!内なる我を抑えているうちにそれ(財布)をしまうのじゃ!」

「よし分かった、手切れ金だ」

 ぴしぴしぴし

「いたっ、いたた、さ、3円じゃ無理!」

 デコピンで打ち出されたアルミニウムに少女はたじろぎながら、なんとか口を開いた。

「お金で遊んではならぬ!一銭を笑うものは一銭に泣くのじゃ!」

「なるほど守銭奴は言うことが違う」

「幸福の座敷童は、そのようなセコい存在ではない。守銭奴はおぬしだろう。それだけお金があってプレゼントをせぬのだからな」

「だれもあげないなんて言ってないぜ」

「え、本当?」

「ああ、場合によってはやらんでもない。俺だって初カノジョだし、お前は大切にしたいから」

 それを聞いたリコはみるみる耳まで赤くなっていき、恥ずかしそうに俯いた。視線を合わせずらそうにもじもじしているが、彼の言葉を正確にするなら、食料供給元として、である。

「それで何か欲しい物でもあるのか?」

「そ、そうだのう……。例えば指輪とか、そういったアクセサリー」

「アクセサリーか……。んー、あ、ブレスレットなら」

「ブレスレット!欲しい!」

 嬉しさを隠すことなく彼女は幸せの息をついた。それから頬を綻ばせ「プレゼント!プレゼント!カレシからのプレゼント〜」と変な節をつけ歌いだした。

 少年はにこにこしながら立ち上がり、なにやらゴソゴソと押し入れをまさぐり始めた。

「押し入れにあるのかのう」

「ああ。なんだかんだで結構高かったんだ。未開封ではないが、お前によく似合うと思うから勘弁してくれ」

「全然良いよ。むふふ、嬉しいのう。ブレスレット!最初の贈り物としては上々じゃ。流石は藍、なんだかんだて押さえるところを分かっておる」

「お、あった」

「おおっ!」

「ほらよ」

 放りだされたそれを見て彼女は怒鳴った。

「これは数珠ゥゥゥ!」


 立ち上がり埃を払いながら少年は彼女の怒りなど露ほども気にしないようすで平坦に言った。

「似たようなもんだろ。数珠もブレスレットも」

「全っ然ちゃうわ!カノジョへの贈り物に法具を贈るバカがどこの世界におる。祓おうとしているのか知らんが、その行為がどれだけ我を傷つけてるかわかっとるのか?」

「っう、悪かったよ」

 痛ましい表情の彼女に素直に謝罪を述べていた。

「謝って済む問題ではない、我は著しく気分を害した。よって慰謝料1000万円を要求する」

「小学生かテメーは!」

 謝って損したよ。

「それにしても、こうして見ると数珠もどうしてなかなかキレイだのう」

「だろ?ブレスレットにピッタリじゃないか。去年の法事に使ったきりだったから丁度良いし」

「……女心がわからぬ男よ。いらぬわ、こんなもの」

 不機嫌そうに彼女は、ぽいと数珠を投げかえしてきた。

 誰かの葬式で使用された物を贈られて喜ぶはずがなかった。

「しょうがねぇなー。だったら欲しくなるような決めセリフを言ってやるよ。愛の告白だぞ」

「ぬ。それなら話は別だ、続けて」

「おう、まず前置きだ」

「うむ」

 彼女の頷きを合図として彼はぶつぶつと呟き始めた。

「どうして俺ばかりがこんな目に」

「う、……む?」

「本来テスト休みってのは夏休み前の心のリフレッシュとテスト明けの沈鬱な気分の解消をすべき時間なのにわけわからん妖怪にからまれている間に明日で休みも終わりじゃないか。いくら一週間ほど授業受ければ夏休みだからってこれではあまりに報われない。大体にして座敷童とか言ってるこいつの存在自体がうさんくさい。やはりただの浮遊霊ではないだろうか。だがしかし霊がいただけ奇跡でそれとコンタクトが取れた俺の事を幸運だと、なにも知らぬくせに言うバカもあらわれるだろう。そんな奴に俺は言いたい、なんにせよ俺はまっぴらごめんだと」

「……」

「座敷童は幸運を呼ぶとかいうがこいつが来てから俺は少なくとも不幸だ。風船のようにあちこち彷徨うボヘミアンな友達にあこがれてしまう。キレイなボンキュボンなお姉さんと付き合う夢を断たれた俺がこのアヤカシに数珠というブレスレットとともに贈る言葉は!」

「……」

「ナウマクサマンダバザラダンカン!!」

「愛の告白はっ!?」

 不動明王の真言だった。






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