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 It introduces oneself in the park.後


 午後になり夏の日差しは激しさを増していた。

 何をするでもなく噴き出す汗に目眩を感じながらも頭上を見上げる。

 滑り台の上で手をふるおかっぱの少女の姿があった。

「ぬしさんも早よう上がってこい〜」

「ハズいわ、ボケ。そんな歳じゃねぇんだよ俺は」

「誰も見ておらん。久方ぶりに童心に帰るのも一興ではないか」

「一人で滑ってろ。俺はここで見守っててやるから」

「むぅぅ」

 不機嫌そうに喉を鳴らすと少女はツイっと滑り台を滑り少年の横に立ち、

「そんなこと言わずに一緒に楽しもうではないか」

 と背中を強く押して無理やり彼を歩かせた。

「やりたくねーって言ってんだろ。しつこい奴は嫌われるぞ」

「カレシであるお主以外に嫌われようと関係ない。それに二人で楽しむのだから、嫌われる要素なぞなにもないではないか」

「あのなぁお前、…あー、めんどくせぇ、なんでもいいよ、もう」

「?おかしなヤツだのう」

 これ以上うだうだとダダをこねるより、彼女の要望通り滑り台をスルっと滑るほうが早いと判断した彼は渋々備えつけられた急勾配な階段を上り、遊具の上にたどり着いた。

「なかなかの景色じゃろ。ふむふむ。こんな狭い空間に二人きりというのも悪くない」

「さっさと滑って地上に戻るか」

「冷めたやつだのう」

 口ではそう言っていたが、少年は密かに同意していた。

 子供むけとはいえ、遊具自体の高さは大人の身長の倍はある。それゆえに見慣れぬ光景と、公園内を支配しているかのような優越感を感じられていた。

 視線を隣で目を細くして微笑む少女にずらし少年は口を開いた。

「今は実体があるんだな」

「うむ?ああ、キチンと人肌しておるだろ」

「そうだけど、こんな狭い空間なら幽体のがいいんじゃねぇのか」

「そっちのがいいというなら、構わんが」

「いや、いいんだ。人間みたいの方が話やすいし。それにしても何で実体化してるんだ?幽体のが楽なんじゃねぇのか?」

「うむ。確かに楽ではあるが、何より」

 すっ、と彼女は少年に人差し指をたてた。

「好きな人の要望は極力応えなくてはのう」

「はっ」

 鼻で笑うが、たんなる照れかくしにしか見えない。

「い、今は狭いし幽体のがいいんだけどな」

「そうかのう」


 しばらく二人は木陰から来る涼風を全身で感じていたが、やがて風景にも飽きたらしい少年が口を開いた。

「とりあえず一旦下に戻ろうぜ。気分良くても羞恥心が疼くわ」

「その前に聞いてくんろ。なんだかんだで3日経つのに未だに我はお主の名を知らん」

 また始まったよ、心内で静かに思った彼は傾斜に身を委ねようとかがみこんだが、首ねっこを座敷童に捕まれ、逃げ出すことが出来なくなってしまった。

「だから名乗りたくねぇーって言ってんだろうが」

「なぜじゃ。それくらいよろしかろう」

「彼氏の希望は聞くんじゃねぇのかよ」

「それとこれとは話が違うわ。良いではないか名前くらい。減るもんじゃなし」

 けらけらと笑い声を上げる少女のあどけない様子に、妙な苛立ちを感じながら腕を振り払う。

「いやなもんはいやだ!」

「だからなぜに?」

「デス○ートかなんかで殺す気だろ!」

「死に神ではない!大体我がお主を殺してなんの得があるというのじゃ!?」

「死亡保険金とか」

「この体では受けとれぬわ!」

 公園の幼児向けの遊具の上でなんともシビアな会話が続けられたが、ようやく少年が折れたのか、ため息をつきながらつぶやいた。

「はあ、やれやれわかった。とりあえずそこに座れ」

「う、む?」

 先ほどまで自分が座っていたステンレスの傾斜部分を指差し少年は言った。疑問に思いながらも彼女は言われた通りにする。

「こうかの、ゥッ!?」

「落ちろ!」

 その背中を容赦なく少年は押し出した。

 シャー、と先ほどより幾らか速いスピードで少女は滑り、勢い余って地面にべちゃりと顔面から倒れた。

「はっ!誰が名乗るか!知りたきゃ勝手に調べて、ろ…?」

 お お お お お…

 不吉を知らせる前触れのように空気が鈍重な負の音を響かせ震え出す。

 地面に倒れたままだった座敷童は、空気の振動を気に練り込んでいるようなゆっくりとした動きで少年の方を乱れた髪の隙間から見た。

 ゾクっ、

 その全てを凍らすかのような視線に鳥肌がたつ。


 お お お お…


 空気はなおも震えていた。その振動に合わせるように、座敷童はゆっくりとナメクジが這うように、今滑ってきた場所をノロノロと登りはじめる。

 周りの雑木林から響いていた鳥の鳴き声は、いつのまにかやんでいて、シンと静まり返っていた。静寂ととも彼女はゆっくり滑り台を逆走している。

「こぇえよ!頼むから普通に登ってこいよ!」

 登頂部分にいる少年は恐怖を感じながらもなんとか震える声でそう言うが、彼女は何も言わず、まるではじめて出会った時のような威圧感で距離をつめてきていた。

「だから怖いって!なんとか言ったらどうだよ!」

「……」

「頼む!悪かった、悪かったから!」

 彼女が距離をつめる度に空気が張りつめていく。後ろの階段から逃げ出そうにも足が竦んで動けないし、そうはさせないオーラがあった。

「わかった!名乗る!名乗るから命だけは助けてくれっ!」

「ほんとうっ?」

 耐えきれなくなった彼が、情報だけ引き出され殺される脇役のようなセリフをはいた。それに待ってましたと言わんばかりの彼女の素敵な笑顔がふりそそいだ。


「それで、名前は?」

 滑り台の上に、二人は並んで立っていた。

「……」

「あなたの、お名前、何ですかぁー?」

「……まずお前から名乗れ」

「なんぞ?」

「お前にだって名前があるだろ。まさか戸籍謄本が存在しない座敷童には、名前なんてないってか?」

「いや、名前自体は、あるが……ふむ。良かろう、一理ある」

 彼女はコクンと頷いた。

 あんのかよ

 ないならないで、それを言い訳にごまかそうと考えていた彼の目論見は外れた。

「我の名は、梨子りこという」

「リコ?名前か?名字はないのか?」

「名字でなく名前で呼んでくれ。そっちの方が親しみやすいからのう」

「はいはい。わかりましたよリコさん」

「さんはいらぬ」

「リコ」

「そ、それで良いのじゃ」

「……何赤くなってんだよ」

 呼び捨てされて恥ずかしかったのか、微かに頬を赤らめていたが、場をしきりなおすように咳払いを一つした。

「ごほん。さてぬしさんの名前じゃ」

「……はぁ、仕方ねぇな」

 心底嫌そうな顔をしてから少年は続けた。

「あい」

「は?」

「俺の名前だよ。あい」

 名を聞いたリコは、少しだけ考えるような仕草をしてから、

「……おなごみたいな名前だのう」

「だから名乗りたくなかったんだ」

 小さくため息をついた。

「でも良い名ではないか。愛するの愛」

「字は藍色の藍な」

「うむ。その方がぬしさんにはしっくりときていい感じだのう」

「はいはいサンキュー」

 てきとうにあしらってから少年は、滑り台をツイっと滑った。


「さて、帰るか」

 地面に降り立った二人は公園の出口を目指し歩きだした。

「うむ。まあ満足だのう。いみじくも良いデートだったぞ。カレシとしては及第点といったところじゃ」

「はいはい。帰ったらゲームでもすっかな。久しぶりに外でたら疲れたわ」

「たかだか30分の外出に何を言っておる。……む」

 あと数歩歩けば公道にでる、その手前。座敷童ことリコの足がピタリと止まった。

 それを見て藍は眉を微妙にひそめる。

「おい、どうした?」

「……これ」

 彼女が指をさした先には、忘れられているのかお世辞にもキレイとは言えない赤色のバイクの遊具があった。

 下の部分がバネになっていて、それにまたがり体重を移動させて遊ぶ、いささか低年齢向きの遊具である。ちなみに正式名称はスプリング遊具という、そのままな乗り物である。

「これはなんぞ?」

「上に乗って遊ぶもんだ」

「ふむ」

 考えていたのは一瞬だった。

「これで遊ぼう」

「いやだ。帰るぞ」

「良いではないか。時間はとらせん。すぐにすむ。そこで待っておれ」

 言うやいなやリコは元気いっぱいに駆け出し、その三輪車サイズのバイクにまたがった。

 突っ立っているのも、暇なので少年も彼女のあとに仕方なく続く。

 なんでこんなクソつまらないもんに興味をもつかな。回転するジャングルジム(正式名称グローブジャングル)とか半球状の穴や石がついてるやつ(俗称プレイスカルプチャー(コンビネーション遊具))はスルーしたくせに。

 バイクにまたがったはいいが何もせずボーとしている彼女をみて彼はそう思った。

「……これで終わりかの」

「またかよ」

 ブランコの時と同様、遊び方がわからなかったらしい。それにしても下がバネになっているのは丸分かりなのだから気づきそうなものだが。

「それは、体重移動を楽しむ遊具だ。ブランコとさほど変わらん」

「うむ。むむ…、」

 力をこめうなっているのは口もとだけで、遊具はなんの変化もしていなかった。

「はぁ、まったく」

 しょうがないなぁ、と呟きながら少年は彼女が跨るバイクの隣にある、パンダのスプリング遊具の上に腰を下ろした。なぜパンダとバイクの組み合わせなのだろうとチラリと疑問を感じたが今は無視して彼女に遊び方をレクチャーする方が優先だ。

「いいか、よく見てろよ。こうだ」

 ぐぐぐ…

 パンダを思いっきり傾け、地面スレスレまで接近させる。黒い模様の塗料がはげシロクマなりかけの愛らしい顔が傾げたみたいに斜めになった。

「おおっ!」

「ほれ、やってみろ」

 ばいんばいん、と音をたて、パンダが左右に揺すれた。

「おおー!」

「感心はいいからやってみろって」

「うむ!」

 とてもいい返事だが、彼女のバイクが動くことはなかった。

「なぜじゃ!」

「こっちが聞きたいよ。あ、お前が軽過ぎてできないのかも。でもブランコは漕げてたしなぁ。お前体重何キロ?」

「りんご3つぶん」

「真面目に答えろや」

 リコはあひる口で続けた。

「乙女に体重を訊くなど、言語道断だとは思わんのか」

「はっ。どちらにせよこの程度の遊具を遊べないとか器が知れるな」

「なんじゃとー!」

 挑発されぷりぷりと頭から湯気をだす少女をみて、憎たらしい含み笑いを起こし少年はもの凄く楽しそうに、

「うぉおー!俺の超絶テクニック!」

 パンダの遊具を思いっきり動かし始めた。

「凄まじいコーナリング!輝け白黒カラーリング!どんな激しいアールも切り抜ける!」

 ネジがサビの軋んだ音を発する。

 唖然とした表情をしたあと、その遊具が自分のような幽体では楽しめないと知った彼女は「むぅ!」と悔しそうに唸った。

 それを鼓膜で捉えながらも、さらに調子に乗る。

「イグニッション!アクセレレーター!ぐぉぉ〜!夜に映える真っ赤なテールランプ!白黒大熊猫のテクニカルな動き、刮目せよ!」

 ばるんばるん!

「アクセルターン!うぉぉぉ!俺は風になる!膝擦りパンダ、ぶぅぅぅぅ〜〜〜」

「なに、してんの?」

「〜ん……へ?」

 バネが揺れる音に混じって、声が響いた。

 一瞬、座敷童の声かと思ってそちらをチラ見するが、彼女は無表情で少年の背後を指差すだけだった。

 嫌な汗をたらしながら振り返る。

「……」

「公園にいるのが見えたから、寄ってみたんだけど……、あ、えっと、忙しそうだから、ま、またね」

「お、おい、待てっ!」

 同じクラスの女子だった。それも割と仲が良い、斜め後ろの席に座る女生徒だ。

 いくらテスト休みだからって、同じクラスの生徒に遭遇するだなんてっ!

 激しく後悔しながらも必死に彼女に呼びかけるが、

「ごめん、また今度っ!」

 そう言って彼女は去っていった。

「……」

 首だけ動かし、隣のバイクに腰掛けるリコに向ける。

「我は今、幽体で普通の人に姿が見えぬようになっておる」

「……」

 震える唇で呟く。

「うそ、だろ?」

「ほんとう」

 公園で、一人遊んでた、変質者……。


 あい は 目の前が まっ暗に なった!




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